16.過る過去、過る言葉(ルカス視点)
「じゃあ、僕達は出発するね。」
「ええ、気をつけてね。お母様とルカスのことは、私に任せてちょうだい!」
「ははっ、頼もしいな。」
「後、お土産も忘れずにね!このリストに書いたお菓子、全部買ってきてちょうだい!」
「…こんなに食べて、太らな「は??」ははっ、何でもないよ。」
自室のベランダで空を見上げていると、ラウルとローズの会話が聞こえてくる。今日、侯爵は仕事のため、ラウルはレイモンド殿下との約束事のため、王都に向かうそうだ。俺を除いた“家族”と使用人たちは、屋敷前で見送りを行っている最中だ。
屋敷には、侯爵夫人とローズ、俺が残る予定だ。ラウルとローズの隣では、侯爵夫妻が何やら話しているようだが…、距離が遠くて聞こえない。対して、長女・ローズの声は──
「にしても、ルカスは見送りにも来ないだなんて!薄情な弟だわ!」
「仕方ないさ。ルカスにはルカスなりの事情があるんだよ。」
「もう!ラウルは甘いのよ!そんなだから「そこまでにしないと、ルカスに聞こえちゃうよ。」」
──声デカすぎて、丸聞こえだっつーの…。
ラウルがやんわりと制止したところで、ローズの自分に対する苦言は、すでに聞こえている。俺が苦々しく見下ろしていると、パチリとラウルと目が合った。そうして、銀色の瞳を細めた彼が、こちらへ小さく手を振ってくる。
「……ちっ。」
俺は小さく舌打ちすると、自室に戻った。
“アイツ”から三通目の手紙が届いて以来、俺は二人とまともに話していない。ここ1ヶ月、ずっと無視し続ている。
──まぁ、ラウルもローズも、相変わらず一方的に絡んできてたけどな…。
俺はベッドに横たわった。家庭教師による授業や普段の生活では、常にラウルやローズが同伴のことが多かったため、何だかんだ一人の時間は久しぶりだ。
しかし、本来なら自分も、侯爵とラウルと共に、王都へ向かうはずだった。というのも、家庭教師やローズから「勉強の一環として、一度は行くべきだ。」と言われたからだ。けれど、俺は一向に頷かなかった。それには、理由があった。
──未だに馬車がトラウマなんて…言えるかよ。
思い出すのは、3年前の事故。
別に自分は、事故に遭ったわけではない。けれど、両親が事故に遭ったことなんて信じたくなくて、「現場を見ない限り、両親の死を認めない」と言って、周りの大人達にせがんだのだ。大人達は、俺を止め続けていたが、必死な俺に同情したのか、近くまでならと連れて行ってくれた。俺は大人達の目を盗んで、現場まで駆けた。
現場の惨状は、言葉にできないほどだった。まだ撤収できていない土砂やボロボロに押し潰された馬車──二人がどうなってしまったかなんて、目の前の光景を見ただけで、子供ながらに想像できた。
それ以来、馬車に乗ろうとすると、どうしても足がすくむ。自業自得だ。
──自分で見たいなんて言ったくせに、勝手に見に行って、勝手に怖がって…。……馬鹿みたいだ。
自然と、両手で顔を覆う。
──…何で俺だけ、生きてるんだろう。
一人になると、いつも考えてしまう。両親との幸せな日々、馬車の惨状…思い出す度に、胸が締め付けられる。
──あの時、俺が止めていれば…。
幼い俺に対しても、いつも真摯に向き合ってくれる──そんな両親だった。きっと、自分が遠出を止めていれば、聞き入れてくれたかもしれない。「仕方ないなぁ」なんて言って、そばにいてくれたかもしれない。そうしたら、あんな事故だって…そんな“たられば”ばかり考えてしまう。
不意に、指の隙間から窓の外を見た。以前のように、青く澄み渡った空は、自分の心とは対照的で、それが嫌で嫌で、逃げるように目を閉じようとした──その時だった。
バサバサッ。
羽音が聞こえて、塞ぎかけていた目を開けた。見れば、白い伝書鳩が窓際にとまっている。
「………は?」
思わず呆然と見ていると──
「クルッポー!クルッポー!!グルッボォォオオ!!!」
早く受け取れと言わんばかりに、鳩がバッサバッサと暴れ始めた。
「うるっせぇぇえ!!!」
思わず大声で言っても、鳴き止まない鳩に耳を塞ぐ。
「分かった!分かったから!何なんだよ!ったく!」
俺が嫌々、鳩の足についた筒を取り外すと、先ほどまでの喧騒が嘘かのように、鳩はスンと静まった。
──こ、こいつ……!
怒鳴りそうになるのを抑えて、仕方なしに筒の中身を取り出す。中には、くるまれた手紙があり、丸みを帯びた筆跡から“例の婚約者”だとわかる。
──よりにもよって、アイツんちの伝書鳩なのかよ…。
思わずジト目で鳩を見てしまう。鳩は「もう役目は終えた。」と言うように、空高く飛び去ってしまった。
「はぁ…、何なんだよ。本当に…。」
俺はため息を吐くと、いつも通り引き出しを開き、手紙を押し込もうとした──が、手を止めた。
──いつも真摯に向き合ってくれる両親…。
もう自分には、そんな存在はいないと思っていた。けれど、コイツは……この婚約者は、どうだろうか。返事をしない俺に対しても、ずっと手紙を送り続けてくる。そればかりか、不器用な刺繍入りのハンカチまで添えてくる始末だ。
《…けれど、アイリス嬢の気持ちは、無碍にしないでくれ。きっと、手紙に込められたルカスへの想いは、本物だから。》
不意に、ラウルの言葉が、頭に響いた。
「……………ちっ。」
俺は小さく舌打ちすると、引き出しの一番奥にしまった手紙を手に取り、封を切った。




