15.ぽかぽか!温かなハグ
あれから、一週間が経った。
「…わぁ、キレイ…!」
机の上に置かれた、小さな紙。その中央には、私が押し花にした一輪のエノテラがある。あの日、屋敷のみんなにバレないかドギマギしていたものの、特にバレることはなく、無事自室に戻れた。
──足音を立てたり、躓いたりした時は、見つかっちゃうと思ったのに…。…ラッキーだわ!!
そんなことを思いつつ、私は、以前マシューに教えてもらった通りにエノテラを押し花にしたのだ。
そっと、完成した押し花に顔を近づけると、かすかに花の香りがする。泉のほとりで見た時とは違って、花はもう光っていない。それでも、花弁の柔らかな輪郭や淡い桃色を見ていると、あの時に見たエノテラの美しさを思い出す。
──これなら、きっと喜んでくれるわ!
私は、お気に入りの便箋を取り出して、手紙を書き始める。
再啓──
最近は、この書き出しにもすっかり慣れてきた。「返事のない相手に、続けて手紙を送る時に使うんですよ。」とララから教えてもらった。書き慣れた言葉を書いた後、私は続きを書き進めた。
夜にしか咲かないエノテラのこと。
中でも、泉に咲くエノテラは自ら光り輝くこと。
それが、今まで見た景色の中で、一番綺麗だったこと。
そして──
そこまで書いて、私はペンを止めた。
「…泉のことを書いたら、あの子とのひみつ、バレちゃうかも…。」
頭に思い浮かぶのは、月明かりの下で出会った少年。妖精のことも、泉で再会することも、二人だけの秘密にしようと、約束したのだ。
──泉のことを伝えたら、興味をもったルカス様が泉へ行こうとするかも…。もしその時に、あの子がいて…妖精さんがそばにいたら…。うん、約束を守るためにも、泉のことは書かないようにしよう。
光り輝くのは“泉のほとりのエノテラ”のみ。
私は、ふと手元の花を見た。押し花にしたエノテラは、光を失っている。このまま手紙に添えても“泉にあったエノテラ”とは、バレないはず。
──本当は、光り輝くエノテラを見せたかったけど…。…ルカス様、ごめんなさい。
私は、手紙に書いた泉についての部分だけ消して、書き直した。そして、押し花をそっと封筒に入れて、封をする。
──今度こそ、きっと。
そう思いながら、私は伝書鳩に手紙を託した。
「ハトさん!よろしくお願いします!」
バサバサッ。
小さな羽音とともに、鳩は青空へ飛んでいく。その姿が見えなくなるまで、私はずっと手を振っていた。
◇◇◇
数日後。
「アイリス、準備はできたかい?」
「はーい!」
私が馬をなでなでしていると、お父様に声をかけられた。お父様に抱っこしてもらって、馬車に乗り込む。今日から1ヶ月間、お父様のお仕事で王都に滞在するのだ。お父様付きの使用人達や、私の専属メイドのララも、使用人用の馬車に乗って、同行している。
まだ8歳の私は、大人向けの舞踏会やお茶会に参加することはできない。けれど、子供向けの集まりには参加できる年齢になりつつある。そういった場にも参加できるように、「勉強の一環として王都へ行こう」と、お父様が提案してくれた。
──緊張しちゃう…。けど、私にはもう“屋敷の外でできたお友達”がいるんだもの。王都に行けば、ステキな人たちにもっと出会えるかも!
私は期待に胸を膨らませつつ、ウサギのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。そして、気になっていたことを、お父様に尋ねた。
「お父様、王都でのお仕事ってなにをするの?」
「王都に着いたら、いくつかの商会と話し合いをする予定なんだ。領地で作っているものを王都へ運ぶ話もあるからね。」
お父様は、少しだけ真面目な顔になった。
「領地で作ったものを売ったり、必要なものを買ったりする。そのためには、王都や他の領地との関係も大切なんだ。」
「……ゔゔ〜むずかしい!」
「ははは。まだアイリスには少し早かったかな。」
「うーん…。」
私は少し考えてから、首を傾げる。
「つまり、お父様は、マーキア領と王都を繋ぐ人ってことよね。お父様、とーっても格好いいわ!」
「ははっ、ありがとう、アイリス。…家族も領民たちも、私にとって大切な宝物だ。…私が必ず守るからね。」
お父様が、空色の瞳を細めて、優しく抱きしめてくれる。
「うん!」
私はギュッと抱きしめ返す。心がぽかぽかして、何だか安心する。そうして、二人でお外を見た。
いつも、屋敷の窓から見ていた景色。広い畑や緑の森、色鮮やかな花々、のどかな人々の暮らし。マーキア領は、どこを見ても自然がいっぱいだ。
「お父様、王都って、どんなところなの?」
「そうだね…。アイリスがいつも暮らしているところとは、少し違うかもしれないね。」
「どう違うの?」
「まず、人が多い。」
「人が?」
「そうだよ。それから、店も多い。遠くの領地や異国から来た商人や、職人、旅人……いろいろな人が集まるからね。」
「へぇ〜!」
──王都。どんなところなのかしら。想像するだけで、ドキドキするわ!
しばらく馬車に揺られていると、景色が次第に変わってきた。畑が減って、建物が増えていく。道を行き交う馬車も、だんだん多くなってきた。
「人がだんだん増えてきたわ!お父様の言う通りだわ!」
「ははっ、そうだろう?マーキア領では、ここまで人が集まることは滅多にないからね。」
「そうなの?」
「あぁ、マーキア領は農地や森が多いからね。そこで暮らし、働く人が多い。必要なものも、領内である程度揃うようになっている。」
「じゃあ、王都は?」
「王都は、いろいろなものが集まる場所だよ。人も、物も、情報もね。」
「じょうほう?」
「例えば、遠くの国で何が起きたとか、どこで新しい商品が作られたとか。そういう話も、王都にはすぐに集まってくる。」
「すごーい!」
──同じ国なのに、こんなに違うのね!
馬車が大きな門を潜る。その先には、今まで見たことのないほど大きな街が広がっていた。
「わぁ……!」
思わず、窓におててをくっつける。
道の両側にはたくさんのお店や焼きたてのパンの香り、聞いたことのない言葉で話す人、荷物を運ぶ人の足音──
──色々な音が混ざり合って、まるで街そのものが生きているみたい!
「お父様!」
「ん?」
「王都って……すごいところなのね!」
「そうだね。」
お父様は、楽しそうに笑った。
「だからこそ、アイリス。今日は私のそばを離れないようにね。」
「はーい!」
元気よく返事をする。けれど──私は、まだ知らなかった。
ここで出会う人たちが、これから私の人生を大きく変えていくことを。




