13.キラキラ!月下の約束!
バサバサッ!!
「ぎゃあっ!?」
薄暗い小道を進んでいると、怖い音がした。私は思わずウサギのぬいぐるみをギュッとして、恐る恐る音のした方を見る。そこには、ふっくらとしたフクロウがいて、ほっと一息ついた。そうして、徐にウサギのポシェットから、地図を取り出した。
「…本当に、この先にあるのかしら?」
前方の道を見ようとするものの、手燭の小さな明かりでは、足元くらいしか照らせない…。
「うぅ…。お父様…お母様…マシュー…ララ…。」
──会いたいよぉ…。
ぬいぐるみを抱きしめたまま、みんなの名前を呟く。頭の中で、家族や屋敷のみんなの顔が過る。いつも優しくて、大好きな人たち……ふと、まだ会ったことのないルカスのことが、頭を過った。
私の初めての目標──“ルカス様と仲良くなること”。
──もう私は、過去の臆病な私とは違う。人の温かさも優しさも、知っているわ。
私は、再び前へと歩みを進めた。そうして、不意に思った。
──もしかしたら、ルカス様も、私と同じなのかしら。
“ルカス様はいつもプンプンしている”と聞いたから、てっきり怒りっぽい人だと思っていた。
──けれど、もしルカス様も、過去の私と同じように、人と関わることに臆病になっていたら…?
まだ、会ったこともないから、臆病かどうかは分からない。けれど、もしそうなら、力になりたい。笑顔になってほしい。ただ、そう思った。…私が、人の温かさを知ったように。
──だからこそのエノテラよ!物語でも、少女と少年を魅了したお花。エノテラなら、ルカス様も笑顔になってくれるはず!そうして、嬉しさのあまり私へお返事を書いちゃうのよ!な〜んて完璧な作戦なの!!
私は思わずニマニマした──が、その瞬間、話し声が聞こえた。
「ぇ…?」
足を止める。辺りを見回しても、誰もいない。気のせいかと思って、再び歩く。少しずつ、少しずつ、道が開けてくる。それに伴って、先ほど聞こえた話し声が、段々ハッキリとしてくる。
──やっぱり、だれかいる?
思わず、ぬいぐるみを抱く手に力が入る。もう、泉は目前のはず。私は不安を抱えながらも、一歩を踏み出した──
そこは、開けた場所だった。
泉の周りには、物語の通り、自ら光り輝く花々──エノテラがあった。ふわりと丸みを帯びた桃色の花弁は、白い光を仄かに放っている。
しかし、それだけではなかった。
そこには、一人の少年がいた。
花々とは対照的な黒いフードを被った少年。
私はドキリとした。慌てて近くの茂みに隠れ、そっと様子を伺う。距離は遠いが、僅かに見える彼の口元から、笑顔で誰かと話していることがわかる。
──誰かと話してる?…けれど、一人だけ、よね。
少年の周りには、誰もいない。それに、一向に聞こえてくる声は、一人のものだけ。
──緊張しちゃう。緊張しちゃうけど…気になっちゃう!
生まれてこの方、家族や屋敷のみんなとしか話したことのない私は、ドキドキする胸を抑えながら、じ──っと彼を見つめる。そのまま話しかけられずにいると、パチリと目が合った。
彼は、驚いた様子でズササッと後ずさり、その勢いのまま泉に落ちそうになる。
「危ない!!」
私は咄嗟に彼の手を引いて、彼と一緒に、泉とは反対側に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫!?」
私は慌てて起き上がり、彼が怪我をしていないか確認した。
腕の中の彼は、とてもキレイだった。艶やかな黒髪と、瑠璃色の瞳──月明かりに照らされているからか、瞳孔の周りが金色に煌めいている気がする。
思わずじっと見ていると、彼はフードを目深に被って、目元を隠した。
──あ、見えなくなっちゃった。せっかくキレイだったのに…。けど、怪我がないみたいで、よかった。
私はほっとしてから、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「ねぇ、さっきは誰と話してたの?」
「…ッ!」
彼は黙り込んでしまった。もしかしたら、怖がらせたのかもしれない。私は慌てて口を開いた。
「わ、私、アイリスっていうの。よろしくね。」
初対面の相手への自己紹介は、緊張しちゃう。けれど、今の私の目の前には、私以上に怖がっている子がいる。私は、彼を安心させたい一心で、そっと手を差し出した。すると、彼はじっと私の手を見つめた。
「…ぼ、僕のこと…怖くないの?」
「…?ちょっぴり緊張しちゃうけど……あなたは怖くないわ。」
予想外の質問に、戸惑うものの、笑顔で応えた。けれど、未だに彼は、何かに怯えるように震える声で続ける。
「ぼ、僕が話していた相手が、………よ、妖精、だとしても…?」
「………ぇ?」
――妖精と…お話し?それって、それって…
「…や、やっぱり…「とーってもステキだわ!妖精さんはどこにいるの?私もお話ししたいわ!」…ぇ?」
辺りをバババッと見回す私を見て、彼は目をパチクリとさせる。
「えっと、その…今は、君の周りを、ふわふわ、して、ます…。」
「えぇ!?ふわふわ!?」
私は手をジタバタさせながら妖精を探す。
──全然ふわふわした感じがしない!スッカスカだわ!!
「…ふ、ふふっ。」
私が暫くジタバタしていると、彼の笑う声がした。フードのせいで目元は見えないけど、口元が緩んでいる。
少しは緊張が解けたのかもしれない。嬉しくなった私は、ウサギのぬいぐるみを抱き直してから、彼の隣に座った。
「ねぇねぇ、妖精さんのお話、聞かせてくれる?」
「…!…ぅ、うん。」
彼は小さく頷くと、私にいろんなことを教えてくれた。
物心ついた頃から、妖精が見えていたこと。
妖精は、寂しい時にいつもそばにいてくれたこと。
妖精と話していた時、周りを驚かせたことがあること──
「──だから、人がいない、ここで…妖精たちと、話していたんです…。」
「そうなのね。…あなたにとって、妖精さんは大切なお友達なのね。」
「…!」
彼は私の言葉に、こくこくと頷く。夢物語だと思っていた妖精の存在。けれど、彼の話を聞いていると、本当に実在していると思えてくる。それが嬉しくて、私はニコニコしながら彼の話を聞き続けた。
ふと空を見上げると、もうすっかり夜更けになっていた。お日様はスッポリとお山に隠れて、お月様が輝いている。
──そろそろ帰らなきゃ…みんなが心配しちゃうわ。
「…ごめんなさい。もうそろそろ帰らなきゃ。いっぱいお話ししてくれて、ありがとう。とっても楽しかったわ!」
そう言って、私が立ち上がると、彼が私の手をキュッと握ってきた。無意識だったのかもしれない。彼の顔を見ると、ハッとした様子で、頬を真っ赤にしている。彼は口をパクパクとさせた後、俯きながら口を開いた。
「ぁ、あの…また、ここで、会いま…せんか?」
「…!もちろん!今日から私たち、お友達ね!」
「ぉ、お友達…。」
彼は小さく頷いた。それを見た私は、ますます嬉しくなった。
──屋敷の外でできた“初めてのお友達”!
私達は、手を繋いだまま微笑み合った。
そして、妖精のことも、この泉で再会することも、二人だけの秘密にした。
月明かりの下、約束を交わした私たちを、エノテラの淡い光が優しく包んでいた。




