12.きゅっ…初めての気持ち!
「ハトさん!お返事、まだですかー!?」
今日も私は、伝書鳩を追いかけている。追いかけられるのに慣れてきたのか、伝書鳩の飛ぶスピードは、日に日に速くなっている──気がする!
──すごい!私も負けていられないわ!
負けじと、追いかけて、追いかけて、追いかけ続けて──
「ゼェッ…、ハァッ、ハァッ…。」
「お嬢様、お水ですわ。」
「姉さま、タオルだよ。」
「わぁ、ふたりとも、ありがと〜。」
ヘトヘトの私に、ずっと見守ってくれていたララとマシューが、手慣れた様子で、シュバッと差し出してくれる。私はお水とタオルを受け取ると、二人と一緒に木陰に座った。そうして、ララからもらったお水を、ちびちびと飲む。
「つめたい!おいしい!」
「ふふっ、ただでさえ暑いですから。冷たいものをご用意しました。マシュー様も、どうぞ。」
「ありがとう、ララ。やっぱり、夏は暑いね。」
「夏…」
そう、もう夏なのだ。三通目の手紙を送ってから、1ヶ月が経った。私の誕生日の時に咲いていた花々は、とっくに散り、青々とした草木が生い茂っている。
それなのに、未だにお返事は来ない。お返事が欲しくて、伝書鳩を追いかけてみたけど、今日もお返事はもってないみたい。
──どうしたら、お返事をもらえるのかしら?
以前、お母様が仰っていた“プンプンのルカス様”が、ニコニコする姿を思い浮かべる。そうして考え込んでいると、マシューが私の手を引いた。
「姉さま、気分転換しよう。」
「ええ、そうですね。お嬢様がお好きな御本をご用意しましたよ。よろしければ、読み聞かせしましょうか?」
「読み聞かせ!?」
私は思わずパァッと笑顔になった。
──だって、私はララの読み聞かせが大好きだから。
過去――私がまだ緊張してしまって、ララとお話できなかった時──ララは、自室に籠もっていた私のために、扉越しに読み聞かせをしてくれた。最初は、布団に潜ったまま聞いていた。けれど、感情の込められたララの声や、ワクワクドキドキするお話に夢中になった私は、気づけば扉近くで聞くようになっていた。お話できるようになってからは、ララにたくさん読み聞かせをせがんだ。読み聞かせは、ララと私を繋げてくれた特別なものだ。
──私の好きな本ってことは、きっとあのお話よね!
私は、ララに期待の眼差しを向けた。すると、ララは自分の膝上をポンポンとしてくれたので、すぐさまララの膝上に座った。ララは、私やマシューに見えるように本を開いてくれた。
その本には、挿絵があった。不思議と目を惹かれるような──そんな絵だった。
「昔々のお話です。光と花に彩られた国──ルミエール王国には、とある花冠がありました──」
ララの口から紡がれたのは、これまでも何度も耳にした“妖精の花冠”のお話。“気まぐれな妖精”、“かけがえのない幸せ” ──なんてステキなのかしら。
以前、「妖精の手でも借りたいです…。」と言う新人に対して、周りの使用人たちが「幻想ばかり見てないで、手を動かしなさい。」と話しているのを耳にしたことがある。
──確かに、妖精の姿を見たことはないわ。…けど、ステキなことに変わりはないもの。
そう思いながら、ララの読み聞かせの続きに、耳を傾ける。
「そんな物語が受け継がれる王国には、花それぞれに、物語があります。」
「わぁ、それぞれに?」
「ええ、そうですよ。例えば、お嬢様の名前のアイリスは“虹の花”と言われているんです。」
「「虹の花?」」
私とマシューは、互いに顔を見合わせて、同時に小首を傾げた。
──だって、アイリスって紫色じゃなかったっけ?
「ふふっ、紫色だけではありませんよ。」
思っていたことを指摘されて、肩をビクッとさせた私達に、ララがクスッと笑う。そして、本のページを捲って、アイリスの花が描かれたページを見せてくれた。
「確かに、一般的に紫色のイメージが強いですよね。ただ、この本にあるように、アイリスの花は、赤、白、黄、オレンジ、黒──お嬢様の髪や瞳と同じ桃色や空色のものも、あるんですよ。」
「わぁ、本当に虹みたいね!」
「姉さまに、ピッタリのお花なんだね。」
「その通りですね。アイリスの花は、その彩豊かさから虹の妖精の名前がつけられたのですが…そのお話は、後の楽しみにとっておきましょう。今日は、夜にだけ咲く花の物語です。」
「夜にだけ?マシューは知ってる?」
「ぼくも、分からない…。」
私とマシューは、再び顔を合わせた。そんな私たちを、ララが笑顔で見つめながら口を開く。
「だからこそ、お話しするんですよ。さぁ、物語の始まりです。」
そう言って、ララがページを捲る。そこには、空に浮かぶお月様と、その下で咲く花々の絵が描かれていた。
「夜にだけ咲く花・エノテラは、月明かりに照らされて花開きます。中でも、泉のほとりに咲くエノテラは、自ら光輝く美しさを誇るのです。これは、そんなエノテラに纏わる物語──」
昔々、自ら光り輝くエノテラに、心奪われた少女がいました。
少女は、夜更けに家を抜け出して、泉のほとりへ向かいました。
すると、そこには一人の少年がいました。
彼も、エノテラに魅せられ、家を抜け出したのです。
意気投合した二人は、約束を交わしました。
また一緒に会おうと。
二人は微笑み合いました。
──けれど、その約束は果たされませんでした。
来る日も来る日も、少女は泉のほとりで、待ち続けました。
月を見ながら待ち続ける少女。
その姿から、エノテラは“月見草”という異名をもつようになりました。
「──おしまい。」
そう言って、ララはそっと本を閉じた。物語を聞き終えた私は、自然と胸を押さえた。
──な、なんてお話なの!?てっきり、花を通して仲良くなるお話だと思ったのに…。
読み聞かせを終えたのに、いつものように感想を言わない私を、不思議に思ったのだろう。ララが心配そうに声をかけた。
「…お嬢様、お気に召しませんでしたか?」
「ううん、とってもステキよ!けど、二人は、お友達になると思ったのに…。なんだか胸がキュッとするの…。こんな気持ち、初めてだわ。」
「それはきっと、切ないという気持ちですわ。二人の気持ちに寄り添うからこそ、胸が締め付けられるのかもしれませんね…。」
「せつない…。」
「ええ、……そろそろ、お屋敷に戻りましょうか。」
私は、差し出されたララの手を取る。そして、隣にいるマシューとも、自然と手を繋いで、歩いた。
物静かな私を気遣ってくれているのだろう、ララやマシューは笑顔で話しかけてくれる。そんな二人に、私は相槌を打った。けれど、頭の中では、エノテラに纏わる物語が、ぐるぐると駆け巡っていた。
◇◇◇
自室に戻ってからも、私は考え続けていた。
──あの物語の少女は、ずっと待っていた。…でも、待っているだけじゃ、ダメだわ。
私は、ララとの過去を思い出す。ずっと関わり続けてくれたララ。ララを通して仲良くなった屋敷の人たち。
──行動しなくちゃ、何も変わらない。…ルカス様と仲良くなるためにも、返事を待っているだけじゃ、ダメだわ!自分から動かなきゃ…
「そうだわ!」
──自ら光り輝く花・エノテラを贈ればいいんだわ!物語の少女と少年を魅了するくらいだもの、きっと、とーってもステキだわ!そんなエノテラを受け取ったら…
私の頭の中で、プンプンのルカス様が、パァッと笑顔になって、ルンルン気分でお返事を書いてくれる姿が浮かんだ。
「これだわ!そうと決まれば、行動よ!」
そう考えた私は、書庫で伯爵領の地図を見つけると、いつも身につけているウサギのポシェットに入れた。
──きっと、夜に咲く花を見ると言ったら、家族や屋敷のみんなに止められちゃう。けど、一人で出かけたのがバレたら、心配をかけちゃう。バレないように、こっそり屋敷を抜け出して、こっそり戻ってこなきゃ!
夜更け前になって、私はウサギのぬいぐるみと、手燭を手に取った。人目を掻い潜って、外に出ると、辺りは薄暗かった。
私は、ぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
手燭の温かな光に包まれながら、私は、泉へと駆け出した。




