11.逃避(ルカス視点)
「ハックシュッ!」
「あらあらまぁまぁ、お大事にー!!」
「お大事に、ルカス。夏日が続くから、体調管理には気をつけないとね。」
「……。」
不思議と寒気を覚えて、くしゃみをした途端――バンッと開かれたドアから、ローズとラウルが笑顔で入ってきた。
──いや、何勝手に入ってきてんだよ。
「──と、思っているわね!?ルカス!!」
「…心を読むなよ。」
「じゃあ、当たっていたんだね」
「うるせぇよ。」
愛用の鉄扇をビシィッと向けながら、俺の心を読むローズと、俺たちのやり取りをニコニコしながら見守るラウル。
──何なんだよ、こいつらは。暇なのかよ。
俺は、思わず頭を抱える。最近はいつもこうだ。前々から一方的に絡んできていた二人だが、より一層遠慮がなくなってきた気がする。…思いつく節はある。
アイリス・マーキア──例の婚約者。今までの流れだと、アイツからの手紙が届く度、コイツらが届けに来た。
──……まさか。
「そのまさかだよ。はい、アイリス嬢からの手紙。」
「……。」
──……双子揃って、人の心を読むのはやめてほしい。
そう思いつつ、俺は渋々手紙を受け取った。いつも通り、桃色の封筒には、丸みを帯びた字で、宛名が書かれている。けれど、いつもと違うところがあった。
「…かたい?」
「大丈夫だよ。いつも通り、使用人が確認済みだから。危険なものは入っていないさ。」
「……。」
──まぁ、だろうな。こんな封筒と、あんなハンカチを贈るようなやつが、危険物を入れるわけないか。
そう考えながら、俺は手紙を、引き出しへ強引に押し込んだ。
「…ッ、ちょっと!そんな風に扱うなんて「…また、読まないのかい?」」
粗雑に押し込まれた、これまでの手紙が目に入ったのだろう。
ローズは、銀色の瞳を鈍く光らせ、言い募ろうとする。そんな彼女を押さえるように、ラウルが、俺たち二人の間に割って入った。ラウルの瞳は、彼女と反して、怒りの感情が見えない。ただ真っ直ぐに、俺の心を見透かすように、静かに射抜いていた。
そんな二人の様子を見た俺は、「ハッ…。」と、吐き捨てるように笑ってから、口を開いた。
「当たり前だろ。何で俺が、赤の他人からの手紙を読まないといけないんだよ。」
「そんな言い方!!「ローズ。」…ッ。」
静かな空気を劈くようなローズの声を、ラウルがたった一言で静めた。口を噤んだローズの様子を確認してから、ラウルが再び、俺と向き合った。
「ルカス、大丈夫だよ。強制はしない。僕達の感情を、君に押し付けはしないよ。…けれど、アイリス嬢の気持ちは、無碍にしないでくれ。きっと、手紙に込められたルカスへの想いは、本物だから。」
「……。」
「じゃあ、僕達は、これで失礼するよ。」
ラウルはそう言うと、部屋から去った。ローズは、最後まで何か言いたそうにしていたが、彼の後に続いて、静かに出て行った。
「…お前らに、何が分かるんだよ。」
──“手紙に込められた俺への想いは、本物”?……そうとは限らないだろ。
俺の頭に、3年前の記憶が過る。
父さんと母さんが死んだ日。
突然、屋敷に押しかけてきた親族たち。
当時の俺には、彼らが何を考えているのか、分からなかった。
けれど、今なら分かる。
彼らの視線に込められていたもの──媚び、猜疑心、そして貪欲さ。
侯爵家に来てから、嫌というほど人の欲を見てきた。
だからこそ、今なら分かる。
親族たちは…アイツらは、両親の遺産を。天涯孤独になった子爵家嫡男の俺を、利用しようとしていたんだ。
あの時に感じた“嫌な予感”は、正しかった。
──人は信用できない。自分の利になることでしか、動かない。だからきっと、こいつも…“侯爵家”という、今の俺の地位しか見ていない。…俺自身のことなんて、誰も見てはくれないんだ。
そこまで考えた俺は、開いたままだった引き出しを閉じようと、手を伸ばす──その時、目に入った。
以前、引き出しの奥にしまった白いハンカチ。
ワンポイントの、歪な、ウサギの刺繍。
瞬間、胸が酷く痛んだ…気がした。
それから目を逸らすように、乱暴に、引き出しを閉じた。




