第14話 六月九日
六月九日。宴は、明日でございます。
朝のうちに、ベルクマン家から橇が七台上がってまいりました。
伯爵家の馬丁と、庭の者と、厨の者。八人でいらっしゃいました。アルヴィン様が方々に頼んで、集められたのだと伺いました。
「一台に三箱でございます。下りは押さえてお引きくださいませ。走らせますと角が欠けます」
「承知しております。若様から伺いました」
馬丁の方が、そう仰いました。
七台で二十一箱。往復で二刻でございますから、日に二度で四十二箱。今日と明日と明後日で、百二十六箱ほどでございましょう。
宴に要るのが四百箱でございます。
どなたも、その引き算は口になさいませんでした。
わたくしは扉の内に積んだ四百箱の山から、手前の二十一箱を出して、七台に分けました。藁を掛け直して、縄を締めて、帳面に書きます。
——六月九日、宴、二十一箱。
宴の欄に数が入るのは、今年はこれが初めてでございます。
橇が坂を下りていったあと、ヨナスが橇をもう一台、脇から引き出しました。
「わしは村へ行く」
「三度目の配りでございますね」
「二十五軒だ。二箱ずつで五十箱。二度に分ける」
「わたくしも」
「お嬢さんは残れ。あの連中が二度目に上がってくる。数える者がおらんと困る」
それもそうでございました。
ヨナスは綱を肩に掛けて、坂を下りてゆきました。
橇を待つあいだ、扉の内で四百箱の並びを直しました。
三日で運びきれないことは、もう分かっております。分かっておりますが、並びが崩れていると、次に出すときに手前から取れません。取れなければ奥へ入ることになり、奥へ入れば藁が乱れ、乱れれば融けます。
運びきれない氷ほど、丁寧に積み直しておくものでございます。九月まで置くことになりますので。
母の帳面には、そういうことは書いてございません。書くほどのことではないからでございましょう。
午後、橇が二度目に上がってまいりました。もう一度二十一箱を出して、帳面に書きます。
四百箱の山は、手前が四十二箱ぶんへこんだだけで、まだ壁のようにございました。
馬丁の方が、その山をご覧になって、少し立ち止まられました。
「お嬢様。これは、全部お出しいただけるのですか」
「はい。帳面に載せてございますので」
「……三日では、運びきれません」
「はい」
この方は、それ以上は何も仰いませんでした。縄を締め直して、坂を下りてゆかれました。
夕刻、ヨナスが戻ってまいりました。橇の荷台は空で、綱の跡が肩に赤く残っております。
「配ってきた。二十五軒。五十箱」
「熱は」
「フェルデの三軒が下がった。グレタのとこの孫も起きとった。粥を食っとったよ」
わたくしは、息をつきました。
ヨナスは井戸で顔を洗って、それから思い出したように申しました。
「宿に二箱出した」
「宿、でございますか」
「街道の宿だ。熱じゃない。泊まりの客が、水を冷やしてくれと言うたそうだ」
わたくしは帳面を開きました。
「どちらのお客様でございますか」
「知らん。聞かんかった」
ヨナスは手拭いで顔を拭いております。
「立派な馬車が停まっとった。幌に覆いが掛かっとって、紋は見えん。宿の主人が坂の下まで走ってきてな、二箱でいいから分けてくれと」
「お代は」
「取らんかった。丸に点でつけとけ」
わたくしは筆を持ちました。
村の欄に、書きます。
——六月九日、フェルデ、二十五軒へ五十箱。丸に点。
その下に、もう一行。
——同日、街道の宿へ二箱。丸に点。
お客様の名前は、書きませんでした。伺っておりませんし、伺う必要もございません。
去年も同じことがございました。街道を通る旅の方が熱を出して、宿の主人が坂を上がっていらして、三箱お渡ししております。あのときも名前は書いておりません。
村ではない方に出した氷でも、要る人がそこにいたのでしたら、村の欄に書きます。母がそうしておりましたので、わたくしもそういたします。
筆を置いて、蓋を閉じました。
書き終えてから、六月の頁を頭から見返しました。
一日で七百二十七箱。今日で、五百六十一箱でございます。九日間で百六十六箱減りました。
内訳を書き出しますと、宴へ下りたのが四十九箱。村と宿へお出ししたのが九十八箱。融けたのが十九箱でございます。
村の方が、宴の二倍でございます。
二倍という数を、わたくしは今日まで意識したことがございませんでした。毎年、宴が四百で村が九十でございましたから、村は宴の四分の一でございます。
今年は、逆になっております。
逆になった理由は、こちらが変えたからではございません。運べる方が運べるだけ運んだ結果でございます。
その晩、氷室へ入って、四百箱の山の前に立ちました。
灯りを近づけますと、藁の隙間から白いものが見えます。一月の九日から二十二日までの十四日ぶん。十四人の方々の手で切って、担いで、埋めたものでございます。
このうち四十二箱が、今日、坂を下りてまいりました。
明日、また四十二箱が下りるでしょう。
残りは、ここにございます。
わたくしは扉を閉めて、閂を掛けました。冷たさが指に来て、それから手のひらに広がります。
明日でございます。
今日の話で、読者の皆さまはエルナより先に一つのことをご存じになりました。エルナは知りません。明日の朝も、知らないまま宴の日を迎えます。
村の欄に毎年つけてきた印が明日どう効くのかは、エルナの口からは出てまいりません。出るとしたら、氷を受け取った人たちの口からでございます。
次は最終話。宴の卓に、氷桶が二十並びます。




