第11話 領民の務めでございますか
六月五日。街道の宿場から早馬で、一通の書状が届きました。
封蝋に、見たことのない紋がございます。麦の穂を三本、輪で括った形でございました。
アウエンベルク侯爵夫人からでございます。
まだ道中でいらっしゃるはずでございますのに、途中の宿から書かれたものと見えます。紙は上等で、字は大きく、読みやすうございました。
——リンデ家のご息女へ。
——このたびの宴の後援を引き受けました。ベルクマン伯爵夫人より、氷の手配に難がある由を伺っております。
——夏の宴に氷を出すのは、この土地の務めではなくて?
——ご息女がお持ちの氷を、宴のためにお出しくださいませ。代価はこちらでお持ちいたします。
——なお、この宴には王都から二十七家がまいります。そのうち九家は、この地方に領を持つ家でございます。
わたくしは、その最後の一行を二度読みました。
九家。
この地方に領を持つ家が九つ。リンデは小さな領でございますが、道も水も市も、その九家と重なって使っております。冬の切り出しの人夫の宿も、麓の市で買う縄も、そちらの領を通って来ます。
脅しの言葉は、一つも書いてございません。
書いてなくて済むように、九家と書いてございました。
わたくしは書状を机に置いて、九家が何であるかを、順に数えてみました。
冬の切り出しのとき、麓から上がってきてくださる十四人は、湖の畔の小屋に二週間泊まります。あの小屋の土地は、隣の領のものでございます。毎年、冬のあいだだけお借りして、借り賃を麦で払っております。
氷を締める縄は、麓の市で買います。市が立つのは、街道の分かれ目にある町でございまして、あれも別の家の領でございます。
橇の鉄具を打っていただく鍛冶は、川向こうでございます。
三つ数えて、やめました。
どれも、明日すぐ止まるものではございません。けれど、来年の冬に小屋が貸していただけなければ、十四人はどこに泊まるのでしょう。
この方は、そこまで書いていらっしゃいません。書いていらっしゃらないので、こちらが勝手に数えているだけでございます。
勝手に数えさせるのが、上手な書き方というものなのでしょう。
わたくしは書状を裏返して、しばらく窓の外を見ておりました。
午後、返事を書きました。
——ご書状、確かに拝受いたしました。
——お尋ねの氷でございますが、六月十日の見込みで七百箱ございます。
——うち四百箱を宴の分として帳面に載せてございます。宴までは、これまでどおりにいたします。
——残る三百箱のうち、九十箱は麓の七つの村へ配る分でございます。こちらは、お出しできません。
——氷は、もう配る先が決まっております。
書き終えてから、最後の一行を消そうかと考えました。
消して、代わりに理由を書くこともできます。村の家々に何が起きるかを、丁寧に書き並べることもできます。そうすれば、この方は分かってくださるかもしれません。
けれど、分かっていただくために書くのでしたら、それは分かっていただけなかったときに引っ込める文章でございます。
わたくしは、そのままにいたしました。
夕方、封をして、宿場へ出す手配をいたしました。
クルトさんが坂を上がっていらしたのは、その直後でございます。
「お嬢様。奥様からのお言伝で」
「はい」
「侯爵夫人がお書きになったことは、伯爵家の意向ではない、と」
わたくしは、思わずクルトさんのお顔を見ました。
「奥様が、そう仰ったのでございますか」
「はい。……その、正確には、こう仰いました。あの方に頼んだのは宴の後援であって、うちの領のことではないと」
「さようでございますか」
クルトさんは、少しだけ肩の力を抜かれたようでした。
「奥様は、四月からずっと、あなたのことをリンデのお嬢さんとお呼びでした」
「はい」
「先日、お名前でお呼びになりました」
「うかがっておりました」
「わたくしはあの家に三十年おりますが、奥様が人の呼び方をお変えになったのは、二度目でございます」
一度目はいつでございますか、とはお尋ねしませんでした。
クルトさんが坂を下りたあと、ヨナスが氷室から出てまいりました。手には空の桶を提げております。
「麓へ下りたか」
「いいえ」
「グレタのところの孫、まだ熱が下がらんそうだ」
わたくしは、手を止めました。
「五月から、でございますか」
「一度下がって、また出た。フェルデで三軒だそうだ」
三軒。
夏の初めに熱が出るのは、珍しいことではございません。去年もございました。丸に点の八箱は、そのために出したものでございます。
けれど三軒というのは、去年よりも多うございます。
「ヨナス」
「なんだ」
「明日、麓へ下りてまいります」
「一人で行くな。橇を出す」
その晩、わたくしは帳面の六月の頁を開きました。
村の欄には、六月十五日から先の割り付けが書いてございます。フェルデ、三十箱。十日後にオーバーバッハ、三十箱。
六月十五日。
宴の五日後でございます。
わたくしは筆を持ったまま、その日付をしばらく見ておりました。
それから、六月六日の行に一つだけ書き入れて、蓋を閉じました。
——六月六日、麓へ下りる。氷室を開けるかどうかは、見てから決める。
明日、村を見てまいります。
「領民の務め」と言われたとき、エルナは頭を下げております。下げますが、承知はしておりません。この二つは別のことでございます。
ところで、この話の終わりに帳面へ書き入れた日付を、覚えておいていただけますと嬉しゅうございます。六月十五日。宴の五日後でございます。
次の話、氷室の扉が開きます。開けてほしいと申し出た相手は、ベルクマン家ではございません。




