初夏の迷路-5
「本当?」夜子は遠慮がちに聞いた。
「うん、大切にするから!」
晴はもう自分のものだというように固く握りしめている。
「よかった。」
夜子はほっと息をついた。そういえば、友達にプレゼントをしたのは低学年の時に招かれた誰かのお誕生日会以来だった。
いつの間にか自分がこの学校の総理事長で、駅と駅とを結ぶ地域一帯の大地主の孫娘だということが皆に知れ渡り、ヒイキだとか、ネクラだとか、イイ子ぶってる、という子供が成長とともに自然に耳にとめる陰口を覚えるようになった途端、夜子と友人関係になることは退屈で、先生に媚びてる、という風潮が広まり、気付くと誰からもイベントに声をかけてもらえなくなったことを思う。
「でね、思いついたんだけど」
晴が少し赤くなって呟いた。
「この子がもし悲しそうにしてたら、僕が風花サンの近くに行けばいいんだもんね。」
「え。」
ぼんやり感傷に浸っていた夜子は驚いて顔をあげ、晴の眼に焦点を合わせた。
先ほどまで小学生にしては達観した思考を繰り出していた人物にしては随分幼い台詞に、面食らう。
「でも…わたしと一緒にいたら、美野和さんもなんか言われちゃうよ。」
夜子は自分から率先してそう言い、防御線を張った。
晴は男子とばかり一緒にいるから、現時点では自分が無視されたり除け者の対象になっているのを知らないのかもしれない、と思う。
でもいつか、噂を耳にしたときに離れていかれることは簡単に想像できて怖かった。
「なにかって、何て言われるの?」
晴は無邪気に聞き返す。
「うー。」
夜子は言葉に詰まった。
自分から“陰気”だとか“根暗”と周りから言われていることを告白するのはあまりに辛い。
親にも打ち明けていないのだ。
「そんなの、僕のほうが、色々言われてるんじゃないの。」
晴はあっけらかんと言った。
先生にだって言われてるよ、今日のことで、今頃職員室でもワーワーなってるよ。
その状況を思い描いたのだろう、晴は言いながら、アハハと笑った。
夜子もつられて笑いだす。
「何なら、ご近所でも夕食時の話題にされてるしねぇ。」
晴が全く誰のことも構わない、といった意識で自分を貫いていることに夜子は改めて憧れを抱く。
「いいなあ。」
なので自然に言葉が漏れた。
「わたしも、美野和さんみたいに、なりたいよ。」
「えー、なったら大変だよー。」
「だって…わたしって、駄目なんだもん。暗いし。」
夜子は眼に涙の膜が溢れてくるのを苦々しく思い、そっと指を宛てながら消え入りそうに呟いた。
突然泣き出した相手に、晴はギョッとして焦り始める。
キョロキョロ辺りを見まわして、自分が先ほど借りたタオルを勝手に夜子のプールバッグから引き出し、ゴシゴシと顔を拭って言った。
「駄目じゃないよ、暗くないし、優しいよ。」
「だって、だって今は、二人だから。」
止め処なくあふれる涙にしゃくり上げながら、夜子は絞り出すように言う。
「ごめんね美野和さん…あんまり喋ったことないのに…。」
こんな時にまで気を遣われ晴は逆に戸惑ってしまい、夜子の頭をおずおずと撫でてやった。
「謝らなくていいよ、風花サンはホント色々気にするんだね。」
「うん…嫌になるよね…」
タオルに顔を埋めながら、くぐもった声で夜子は返す。
「ぜーんぜん。嫌なんてちっとも思ってないよ。」
晴は笑いながら言った。
「そうだ、色々言われてるモノどうし、仲良くなろうよ。」




