高屋 雨音は邂逅する。
「なんでも、するんですって。」
ブラックフォード先輩は少し温かみのある声で笑った。
私へ言っているんだろうか、もう一度ダメ押ししてみるべきかな、そう考えて口を開きかけたとき、転がったままだった塊が時間をかけてのそりと起き上がって言った。
「……じゃあ、僕もやる。」
「言質は取りましたから。」
ブラックフォード先輩はその答えを見越していたように自信ありげに言う。
「……でも、アマネも、いるんだよね…?」
心配の声を含めつつ、美野和先輩に確かめられるように聞かれて、私は「はい!!」と無駄に力強く返事をした。
いきなりのことにギョッとする。
勿論、突然名前を、しかもファーストネームを呼ばれたことに対してで、私は目を白黒させながら先輩と目を合わせた。
「え、な、?え?」
「そこに書いてあるから。」
そういって指さされたのは部屋の端にひっそりと置いた学校指定の通学鞄だった。
裏側の右下に名前を書く欄があって、確かに黒のサインペンで小さく“高屋 雨音”と書いてあるのが見える。
「あー、見られてたんですね。」
私は結構驚いて言葉を返した。1分前までぼやぼやしていたこのヒトはいつの間にこれを見つけていたんだろう。
「道化のフリして目ざといんですよ。」
ほめ言葉とも貶しているとも取れる言い方で、ブラックフォード先輩は再び部屋に戻ってきて、美野和先輩の頭を鞄から出した黒い棒でゴチン、と叩いた。
「また廃人にならないように、ショック療法です。」
「痛い!」
小型犬のように高い声を出して鳴いた可哀想な先輩は、頭を抑えて取りあえず何で殴られたのか確認するようにその手元を見上げて叫んだ。
「それっ、ウチのリモコンじゃん!」
「高校生の平均テレビ視聴時間は平日一日二時間まで。」
「あ、あはは」
私はもうどう反応してよいのか正解が分からず、取りあえず頓珍漢なやり取りに笑いを漏らすしかできない。
この二人はじゃれているのだろうか?にしては、割と手加減なく殴られる回数の多さに美野和先輩の頭が本気で心配になってくる。
「ま、まあまあ!その辺で…その、ちょっと美野和先輩がマシになってよかったです、よね。」
言いながら精一杯微笑んだ。
すると美野和先輩がボーっと感心したように私を眺めてくる。
「変な気を起こすんじゃないですよ。」
ブラックフォード先輩はその様子に気づいて、目を伏せながら綺麗なラインの唇へ、曲げた指を宛がい厳しく呟いた。
「変な気?」
私は聞き返した。
「起こさないよ!!!」
するとギョッとするくらい大声で、美野和先輩がブラックフォード先輩の回答をさえぎるように叫んだ。
一体、何がどうしたというのだろう?疑問を口にするより先に、目の前で再び美野和先輩の身体がぐらりと大きく揺れ、そのまま倒れてしまった。
もう何日もダラダラゴロゴロしていた栄養失調の不健康体で急な興奮に見舞われたせいだろう(おまけに何発も叩かれている)、顔をますます白くして気絶したのである。
「ひゃ、ひゃあああ」
私は情けない声をあげて後ずさった。
「手のかかる。」
また力加減無視の鉄拳制裁が水色の頭に再度振り下ろされるのかと私は怯えたが、ブラックフォード先輩といえども流石に病人に鞭打つことはしないらしく、立ち上がりながら私に言った。
「お時間大丈夫ですか?」
外はもうすっかり夕暮れがさしかかっている。




