色とりどりの毒-4
濁った空気の中、やけに明瞭な音が部屋に響いた。
「イッタい……歯、抜ける…」
「食べ物を粗末にした罰で、歯ぐらい抜きましょう。」
冷ややかに言い放った金髪の女王は、躊躇いなく手首を返し、逆側からもう一発、箕輪先輩の頬にビンタを繰り出す構えを見せる。
「わ、わわわわわ!やめてくださいっ!」私はすでに崩されて散らばる箱の山を気にせず滑り込み、その修羅場の中へ割って入った。
「先輩、弱ってるんで!」振り上げられた腕を縋るように掴んで、必死にフォローする。
流石に自分も巻き添えを食らうかと思ったが、中等部の、しかも初対面の女子に手をあげるような女性ではなかったらしく、ブラックフォード先輩は解った、とでもいうように一呼吸置くと力を抜いた。
「――あなたも、このヒトのファンですもんね。」
嘲笑するような冷たい言い方に背筋が凍る。
「ファン、とかそんなんじゃ…」否定しようにも根拠が浅すぎ、言葉は独りでに萎んでいった。
「そうだ、回覧板なぞに書いたら如何でしょう。“箕輪 晴はファンの女の子たちが心配して作った食事を腐らせる”というように。」
絵本に出てくる妖精の様に華やかに笑いながらブラックフォード先輩は言う。
「あ、はは…。」私は乾いた笑いを漏らした。
そんなこと出来るはずがない。
当の箕輪先輩本人はといえば、そんな会話に我関せずともいうように背中を丸めながら先ほど打たれた頬を半泣きで静かに撫でていた。
「氷、とか、要りますか?」私は居たたまれなくなって静かに問う。
先輩は首を僅かに横へ振っただけで言葉を返さなかった。
成績優秀者として学校に任命され、中等部の生徒たちに補修授業を行っていた姿はこんなにも弱弱しいものだっただろうか?
ふわふわした男装の美少女、という印象ではあったもののここまで腑抜け同前のような姿になり下がってしまった今、キャーキャーさざめく女の子たちの来訪が止まないのは全く不思議。
寧ろ落ち込んだ先輩を、生まれたてのパンダの様な愛らしさでも鑑賞するように見に来る人間が急増しているようにすら思えた。
「僕をしばきに来ただけ?」
ぼんやりと私が考えていると、それを打ち消すように箕輪先輩の舌足らずな声が聞こえてきた。
今まで私に話していた、いかにも病人めいた口調ではなく、一応ハッキリした中身のある科白に少し驚きながら、わたしは隣に正座するブラックフォード先輩を眺める。
「いいえ?」
「じゃあ何してくれんの。」
「あの人を、探します。」
熱を感じさせない鋭利な美しさを纏いながら、ブラックフォード先輩は真っ直ぐ言い放った。
その一瞬で、アイスブルーの光彩が静かに輝きを増した気がする。




