6-3
「ていうかさあ、黎は誕生日いつなんだよ」
話の矛先が急にこちらへ向き、喉の奥から引きつった声が小さくもれた。顔が勝手にこわばる。
「おまえ、次の誕生日でハタチになるんだろ? 俺にも祝わせてよ。……もしかして、もう終わったとか?」
灯真の声は明るいのに、どこかぎこちないようにも聞こえた。訊かれている。答えなければ。そう思うのに、薄くひらいたくちびるからはかすれた吐息しか出てこない。どうしよう。だって、答えられない。いつまでも黙っていると、灯真がふっと眉を下げた。
「いや、まあ、言いたくなかったら言わなくてもいいよ」
明るい声音は変わっていないはずなのに、どこか翳りの混ざった声だった。黎のくちびるがはくりと震える。
違う。そういう意味でなにも言わなかったわけではないのに、灯真にそう思わせてしまったことが申し訳なかった。誤解させたままではいけない。なにかを言わなければ。答えなければ。黎は頭がうまく働かないまま、喉奥から声を絞りだす。
「……わかんない」
散々迷った挙句、黎はそんなひとことしか告げられなかった。灯真が怪訝そうに片眉を上げる。けれどなにも言わない。まだ足りていないのだ、と黎は必死に言葉を続ける。
「わ、わかんない。誕生日、知らない……」
「いや、どういうこと?」
「ほんとうに、誕生日、しらなくて……」
嘘も偽りもない事実だが、灯真は怪訝な表情を崩さなかった。信じてもらえていないのか。なにか他にも言わなければ。なにか。なにか。懸命に思考を巡らせ、あ、とひとつ思いついた。笑みを浮かべながら灯真を見る。
「ねえ、そうだ、久我さんが誕生日決めてよ」
「……は?」
黎が言うと、灯真の眉がぴくりと動いた。空気がぴりっとしたのを察し、黎の頬がひきつる。あれ。どうしよう。怒っている。怒らせた。間違えた。なんとかしなきゃ。思考が鈍っていく中、黎はとにかく話しつづける。
「誕生日、いつでもいいよ。久我さんの好きな日にして。そうしたら、それが俺の――」
「なんだよそれ」
黎の言葉を遮り、灯真が小さく吐きすてた。鋭い目つきで睨まれ、黎は息を呑む。
「意味わかんねえ。そんなことしたくねえんだけど」
灯真はそう言って、片笑みを浮かべた。けれど笑っているのは口元だけで、目はひとつも笑っていない。
「なに、そんなに誕生日教えるの嫌だった? 悪かったな、むりやり聞こうとして。もう聞かねえよ」
「あ……」
苛立ちを隠すことのない灯真の言葉に、血の気がさっと引く。違う。そんなつもりじゃなかった。謝りたいのに、口がうまく動かない。灯真は大きなため息を吐いて立ちあがった。
「洗い物するわ」
灯真はつっけんどんに言ってシンクへ向かった。黎は半端に口をひらいたまま、灯真の動きを目で追う。
灯真はもうこちらを見ることもなく、食器を洗いはじめた。いつもはさして気にならないはずの流水音が、今日はうるさく響いている。
ちがう、と喉の奥で声にならない声が鳴る。そんなつもりで提案したわけではなかった。今までの飼い主たち相手にも同じことを言ってきただけで――そこまで考えて、黎のくちびるがかすかにわなないた。
灯真は今までの飼い主たちとは違うのに、わかっていたのに、同じことをしようとした。自分は、また間違えたのだ。それにようやく気づき、黎は口元を手で覆った。視界の端で指先が震えている。
間違えた。間違えてしまった。次に間違えたら、もうここにはいられないのに。ああ、でも、間違えたからってすぐには追い出されないんだっけ。灯真がそう言っていた。でも、きっともうだめだ。灯真に愛想を尽かされた。ずっと一緒にいたいと言ってくれたのに、自分の軽率で不用意な発言のせいで、灯真を怒らせてしまった。どうしよう。謝らなきゃ。違うって、そんなつもりじゃなかったって、ちゃんと言わなきゃ。
うるさいくらい響いていた流水音が止まり、黎の肩が反射で揺れた。灯真がこちらへ近づいてくる。体が、こわばる。
「黎」
「ひ、っ」
呼びかけとともに灯真の手が伸びてきて、黎は思わず顔を両腕でかばうように覆った。勝手に呼吸が浅くなる。こわい。たたかれる。おこられる。
けれどそのままどれだけ身構えていても、痛みも衝撃もなにひとつこなかった。黎は腕の隙間からそろりと灯真を見あげる。目の前の灯真は表情をこわばらせたまま、黎の前に立ちつくしていた。その表情がどこか泣きだしそうに見えて、黎は顔をかばったまま何度か目を瞬かせる。
黎にとってはずいぶんと長く感じる静寂のあと、灯真がそっと深呼吸した音が聞こえた。そのままのろのろとその場にしゃがむ。
「……黎」
ふたたび名前を呼ばれ、黎の体が勝手にびくつく。返事をしなきゃ。呼ばれたんだから。わかっているのに、喉が閉まったみたいで声が出てこない。腕の隙間からただじっと灯真を見ていると、灯真が弱々しい笑みを浮かべた。
「黎、なんもしないから、手、さわっていい?」
おそるおそる訊かれ、黎は硬い表情のまま小さくうなずいた。こわばった腕をそろそろとおろす。膝に手を置くと、灯真がその手をそっと取った。こわい。でも、灯真に手をゆだねる。
「……手、冷てえ」
灯真は黎の両手に視線を落としたまま、ぽそりと呟いた。灯真の言う、手、がどちらのものを指しているのか黎にはわからない。洗い物をしていたからか、灯真の手も冷えているように感じた。
黎は灯真のつむじを見つめながら、荒れていた呼吸をゆっくりと整える。なにか言わなければと思うのに、頭の中は真っ白だった。なにも考えられないまま、うずくまるようにしゃがんでいる灯真の姿をぼんやりと眺める。
「……ごめんな」
先に口火を切ったのは灯真だった。黎はその声を聞きはっと我に返る。
「ちがう、くがさんはなにも、おれがわるくて、ごめんなさい、ちがう」
動揺した頭で必死に言うと、灯真が口元に力のない笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、くがさん……」
そんな顔、させたくなかったのに。黎はうなだれながらかすれた声で謝罪を口にする。灯真は表情を変えないまま軽く目を伏せ、長く息を吐いた。
「……おとなげなかったよな、俺。むっとしちゃった。今思ったら、あんな怒ることなかったのに」
「ちがう、おれが、おれがわるかったから、くがさんは、なにも」
黎が必死に言いつのるが、灯真は軽くかぶりを振っただけでそれに応えてはくれなかった。ひとつ深呼吸をした灯真が、まっすぐに黎を見る。その表情はやわらかいが、まなざしは真剣だった。
「誕生日、知らないってのはほんとう?」
はっきりと訊かれ、黎は浅くうなずいた。「そっか」と呟いた灯真の眉がわずかに寄る。
「……じゃあ、十九歳って言ってたのは? あれは適当だった?」
今度の問いには、首を大きく横に振って答えた。息を吸いこみ、口をひらく。
「適当じゃない。数えるの間違ってなかったら、久我さんが拾ってくれたとき、十九歳だった」
「……数える? どういうこと?」
灯真が怪訝な顔で小首をかしげる。どう答えればいいんだろう。黎は目を泳がせながら言葉を探す。
「その……春になったら、ひとつ、歳取ることにしてたから……」
「春?」
黎の返事を聞いて、灯真がどこかすっとんきょうな声をもらした。
「え、じゃあ、おまえ、もうハタチってこと?」
灯真が目を丸くする。黎は迷いながらもそっと顎を引いた。それを見て、灯真が鼻から長く息を吐く。
「じゃあ、春に生まれたってことなんじゃねえの?」
「ちがう、と思う……。わかんないけど、春になったら、みんな絶対、歳取ってるんでしょ?」
うまく説明できないままそう言うと、灯真がまたしても怪訝な顔になった。どういうことだ、と灯真の目が言っているのがわかる。
「だって、一年生が二年生になったら、七歳になって、二年生が三年生になったら、八歳なんでしょ。三年生が四年生になったら、九歳で、春になったら二年生になって、三年生になって、四年生になったから、それで……」
うまくまとめられずしどろもどろになりながら説明すると、灯真が目線を落として黙りこんだ。しばらくして、「そういうこと?」と小さな声が聞こえる。自分のつたない説明でも、灯真は理解してくれたのかもしれない。伝わったというわずかな安堵から、黎はそっと息をもらした。灯真がふたたび鼻から息を吐き、黎を見る。
「誕生日がわかんないのも、どうやって歳数えてたのかもわかった。とりあえず今は、おまえのことハタチだと思っておく。でも、今はお祝いすんのはやめとこう。ほんとうの誕生日がわかったら、そんときにあらためてお祝いしよう。いつか、絶対」
真剣な声音で言われ、黎は曖昧な表情になってしまった。そんなこと言われても、ほんとうの誕生日なんてわかるはずがないのに。
黎の返事を待たず、灯真が「それで」と言う。同時に、さっきまでよりも少し強く手を握られた。
「誕生日、俺が決めてってどういうこと? おまえがそんなん言うってことは、前にも誰かに誕生日決めてもらったことあるの?」
まっすぐに訊かれ、思わず黎の喉が鳴る。言えばきっと、灯真が怒る。そう思ったけれど、ここでごまかすこともできなかった。黎は観念して小さくうなずく。灯真の手がぴくりと揺れた。
「……そっか」
これまでよりも重く、小さな声だった。黎は肩に力を入れ、身を縮こまらせる。灯真はなにかを考えているのか、それきり黙りこんでしまった。重い沈黙がふたりを包む。やがて灯真は息を吐き、「……とりあえず」と話しはじめた。
「俺はおまえの誕生日を勝手に決めたりはしない。俺とおまえで誕生日の考え方が違うかもしれないけど、俺からしてみればおまえの誕生日は、おまえがこの世に生まれてきた大事な日だから、俺が適当に決めたくない。おまえが生まれてこなかったら、俺はおまえと会うこともなかったんだから」
「おれは、うまれてきちゃだめだったんだよ」
気づけば言葉が口をついていた。鼓膜に届いた自分の声は、自分のものとは思えないくらいに暗い色をしていた。灯真が息を呑んだ音がする。一拍遅れて、灯真が痛いくらいに力をこめて黎の手を握った。その表情があまりにも険しくて、黎は少しだけのけぞる。
「そんなこと二度と言うな。……二度と、言わないで」
灯真はかすれた声でそう言って、そのままうつむいた。表情は見えなくなったが、手の力は変わらない。また怒らせてしまった。今日だけで何回間違えるんだろう。
「ごめんなさい」
黎がぽつりとこぼした途端、灯真が勢いよく顔を上げる。
「違う。おまえは悪いことしてない。おまえが謝ることじゃない」
「でも、久我さんのこと、おこらせた」
「違う。おまえには怒ってない。おまえはなんにも悪くない。だから謝るな。わかったか」
どこか痛みをこらえるような表情で言われ、黎は半ばけおされるようにうなずいた。灯真がため息のような長い息を吐き、手の力をゆるめる。またしても会話が途切れてしまい、黎はどうすればいいかわからない気まずさを感じながらも、灯真と、灯真に握られている手のあいだあたりにぼんやりと視線を置いた。
「……俺はさ」
灯真がおもむろに話しはじめ、黎は視線を灯真に合わせる。
「おまえがいるおかげで、毎日楽しいんだよ。ほんとうに……前にも、言ったかもだけどさあ」
聞きながら、黎は静かに息を呑んでしまった。
「おまえとなんでもない話とかすんの、すげえ楽しいの。休みの日も、前はだらだらスマホいじって終わりの日も多かったけど、おまえがいるから充実してんの。おまえといると癒されるっていうか、仕事で疲れてたり嫌なことあったりしても、気になんなくなる。おまえがいてくれてよかったって思うこといっぱいあったし、おまえと出会えてよかったなって思ってるよ。おまえと出会えたのは、おまえが……黎が、生まれてきたからで、だから、生まれてきたらだめなんて、そんなことねえよ。あるわけねえよ……」
言いおわらないうちから灯真の声はかすれていて、今にも消えてしまいそうだった。灯真は深く息を吐き、そのままうなだれる。ふれている手は力なく、かすかに震えているように思えた。
黎は灯真の手の中からそっと手を引きぬき、彼の頬にふれる。てのひらでゆるく揉んでみたが、そこはさらりと乾いていた。灯真がふっと笑い、黎を見る。
「泣いてねーよ」
黎の行動の意図をすぐに察したらしく、灯真がくつくつと笑う。黎はつられるように眉を下げ、「そっか」と手を離した。手の置き所に迷い、灯真の手の甲に重ねてみる。折り重なった互いの手を見つめていると、灯真が「はーあ」と大げさに息を吐いた。
「とにかく、俺はおまえの誕生日を勝手に決めたりしないから。おまえの誕生日も、正確な年齢も、よくわかんねえままにしとく。それでいいか?」
灯真に訊かれ、黎はうなずいた。黎自身は誕生日があってもなくても変わらないし、灯真がそうすると言うのなら拒む理由もない。灯真もひとつうなずき、ゆっくりと深呼吸をした。それからふたたび真剣なまなざしで見つめられ、黎もつられて居住まいをただす。
「それと、これは……俺からの、約束? なんだけどさ」
灯真はそこまで言って、今度は浅く息を吸った。
「俺はおまえを、殴ったり、叩いたり、暴力をふるったりしない」
きっぱりと言われ、黎は目を瞠ってしまった。灯真は黎をまっすぐに見つめたまま話を続ける。
「約束っていうか、誓い? なんだろうな……うまく言えねえ。とにかく、俺はおまえに約束するけど、信じるのも信じないのもおまえの自由だ。信じなくていいし、疑っててもいい。でも、俺はこれから先もずっと、絶対にそんなことしない。……って言っても、胸ぐら掴んだやつの言うことなんて、信じらんないかもだけどさ」
灯真が苦笑する。黎はあわてて首を横に振ったものの、なにか言葉を発することはできなかった。だってさっき、殴られると思ってしまったから。黎はくちびるを嚙み、眉根を寄せる。灯真は苦笑の名残を表情に含ませたまま、軽く歯を見せて笑った。
「まあ、なんていうの。宣言に近いのかもしんない。俺はおまえにそういうことしないよって言っておきたかった。俺が言いたかっただけだからおまえは別に信じなくてもいいし、……怖いと思うことに、罪悪感とか、そういうのなんにも感じなくていいからな」
灯真はどこか大げさなくらい明るい調子でそう言って、一度視線をそらした。そっと息を吸いこんだあと、あらためて黎をまっすぐに見る。
「さわっていい?」
どこを、とは訊かれなかった。黎はためらうことなくうなずき、そのまま少しだけ頭を下げた。灯真がふはりと笑い、黎の頭をくしゃくしゃ撫でまわす。いつものてのひらだった。この手は、自分に決して痛いことをしないと知っていたはずなのに。黎は申し訳なさからくちびるを嚙む。罪悪感を覚えなくてもいいと言われたけれど、うまく抑えられなかった。ひとしきり黎を撫でた灯真が、「よっ」と軽く声を出して立ちあがる。
「今日はこのまま寝るかあ。歯磨きしにいこうぜ」
そう言って踵を返そうとした灯真の服のすそを、黎は反射的につまんでいた。灯真がふしぎそうな顔でこちらを振りかえる。黎は灯真の服をつまんだまま、くちびるを薄くひらいて閉じるのをくりかえしてから、ようやく声を出した。
「……もう、おこってない?」
おそるおそる訊くと、一拍置いて灯真がふっと目元をゆるませた。
「怒ってない。なんなら、最初から怒ってないよ。いや、うーん、むっとしちゃったのは怒ったに入るのか? でも別に、怒ってるつもりはなかった」
灯真の話を聞き、怒ってなかったのか、と黎は安堵の息をこぼした。それから灯真をちらりと見る。
「……これは、けんか?」
「ふはっ」
黎が訊くと、灯真がこらえきれなかったみたいに笑った。灯真はかすかに肩を震わせたまま、「喧嘩ねえ」とうなじをさする。
「おまえは俺になんか言いてえことねえの。文句でもなんでもいいよ」
突然訊かれ、黎は慌てて首を横に振った。文句なんてなにひとつない。それを見て、灯真がやわく苦笑する。
「じゃあ、喧嘩じゃない。俺が一方的にかっとなって、勝手におちついただけ」
そうなのか、と黎は肩の力を抜く。あれは喧嘩ではないのか。となると、喧嘩というものがどういうものなのか、なおさらよくわからなくなってしまった。眉を寄せて考えこんでいると、灯真が黎の腕をぽんと軽く叩いた。
「ほら、寝る準備しようぜ」
灯真に声をかけられ、黎はのたのたと立ちあがった。灯真の服から自然と手が離れる。灯真は黎よりも一歩前を歩いて洗面所へと向かっていた。黎はその背中を見ながらついていく。
ふたり並んで歯を磨いているあいだも、寝支度を整えているあいだも、会話らしい会話はなかった。隣で布団に潜った灯真が「おやすみ」と黎に声をかける。どうやら今日は本を読まないらしい。
「おやすみ」
まだ暗さに慣れない目でぼんやりと灯真を見ながら、黎も挨拶を返す。暗がりの中で、灯真が瞳を細めたような気がした。そのまま会話が途切れ、寝室が静かになる。黎はそっと息を吐き、もぞもぞと体を丸めた。
頭の中がざわめいていて、目を閉じる気にもなれない。せっかく灯真が誕生日だったのに。そう考えた直後、黎ははっと大切なことに気がついた。慌てて上体を起こす。
「久我さん、もう寝た?」
「いや、まだ。どうかした?」
黎が声をかけると、灯真が黎に目線を向けた。
「久我さん、誕生日おめでとう」
黎が言うと、灯真がきょとんと目を丸くしたのがわかった。数度の瞬きのあと、灯真がはにかむ。
「うん、ありがと」
灯真のどこか照れくさそうな声を聞き、黎の口端もわずかにゆるむ。今日が誕生日だと知った衝撃が強すぎて、すっかり言うのを忘れていた。ちゃんと今日中に言えてよかった。黎は体を横たえようとして、けれどふたたび灯真を見た。小さく唾を飲んでから口をひらく。
「久我さん」
「うん?」
「俺も、……久我さんに拾ってもらえて、よかったって思ってる。ありがとう」
言いおわらないうちからなんだか胸が詰まったような気がして、声が震えてしまった。わずかな沈黙のあと、「うん」と灯真の返事が聞こえた。それからするりと灯真の手が伸びてくる。今度はなにひとつ身がまえることはなかった。
「おいで、寝よう」
灯真に導かれるまま、黎は体を横にする。灯真のほうを向くと、ゆるく抱きしめられた。ぽん、ぽん、と背中を撫でられ、気の抜けた吐息が落ちる。
黎はそのまま口を閉じ、もぞもぞと身じろいだ。灯真の胸元に額が来るように体を丸め、身を寄せる。灯真はやわらかな息を吐き、黎を抱きしめる力を少しだけ強くした。ぽん、ぽん、とてのひらが背中に触れるたび、ざわめいていた頭が静かになる。目をつむり、灯真の気配に包まれた暗闇の中で、自分と出会えてよかったと言ってくれた灯真の言葉をゆっくりとなぞりつづけた。




