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 エンドロールが最後まで流れきってから、灯真が大きく伸びをした。すとんと体の力を抜いたあと、「おもしろかったなあ」としみじみ息を吐く。黎はまだ映画の余韻に包まれたまま、映画のあらすじに戻った画面をぼんやりと見ていた。

 映画が始まっても、これがどんな映画なのか灯真からの説明はなかった。説明されたところでなにも理解できないだろうし、と思いながら見ていたけれど、気がつけば映画の世界にすっかり惹きこまれていた。すぐ隣にいるはずの灯真の存在が意識から外れている瞬間が、たびたびあったくらいに。おもしろかったのかどうかはわからない。でも、最後まで集中して見ていたのは確かだった。

 映画ってこんな感じなんだ、と黎はさっきまで見ていた映像を頭の中で反芻する。音も、映像も、すごかった。ドラマやアニメは飼い主が見ているものを隣で見たことがあったけれど、それらとはまた違っていたような気がする。はあ、と余情をまとった息がこぼれおちた。

 黎が初めて見た映画の衝撃からまだ抜けだせないでいるあいだに、灯真がテーブルの上の空き箱を片付けはじめた。その最中に「あ」と声を上げる。


「レイ、あ」


 灯真が黎に向かって口をあけろとしぐさで示す。灯真もそれをするんだ、と頭の隅で思いつつも従うと、すぐに口の中になにかが入れられた。黎は素直にそれを咀嚼する。ふにゃふにゃになったポテトだった。


「隠れてた」


 灯真は黎を見たまま、どこかいたずらっぽく笑った。黎はすっかり冷めたポテトをごくんと飲みこむ。映画の最中に食べていたものと味は変わらないはずなのに、なぜか強い塩味が舌の上に広がったような気がした。


「誰かと映画見たのも久しぶりだわ。斎は休み合わねえからさあ。誘いづらくて」


 片付けを進めながら、灯真がぽつりとつぶやく。


「いいよなあ、こういう休日。酒飲みながら映画見て、ちょっといいもん食って。……おまえがいてくれてよかったわ」


 そう言って灯真は黎に顔を向け、やわらかく笑った。黎の心臓が大きく跳ねる。灯真の言葉を理解するよりも前に、反射的に重心がうしろへかたむいた。

 言われたことを整理しきれていないうちに、灯真はテーブルの上をすっかり片付けてしまった。キッチンへごみを捨てて戻ってきた灯真が、ソファに寝転がる。出しっぱなしだった毛布にもぞもぞとくるまったあと、大きくあくびをした。


「あー……飲みすぎたかな。ねむ……」


 あくびまじりにつぶやいた灯真が、黎を見てちょいちょいと手招きをした。飲みすぎた、ということは、酔っているのだろうか。まださっきの動揺が残っているのに、なおさら緊張が走る。それでも、呼ばれているのだから行かなければ。黎がなんとかにじりよると、灯真は眠たげに瞬きしながら黎の頭を撫でた。いつもよりもずっと豪快で、……いつもと同じ、優しい手つき。黎は息を詰め、体をこわばらせる。

 灯真はしばらく無言で黎の頭を撫でまわしたあと、また大きなあくびをした。


「……わり、ちょっとねる」


 それだけ言ってすぐ、灯真の手がぱたりと落ちた。眠そうに瞬きしていたまぶたが閉じ、すぐに小さな寝息が聞こえてくる。黎は灯真が寝ているのを確かめてから、ずっと詰めていた息を静かに吐きだした。

 黎は唾を飲みくだし、無防備に眠る灯真のそばへもう少しにじりよってみる。黎が身じろいでも、灯真が起きる気配がなかった。眉間に皺ひとつ寄せずすうすうと眠る灯真を見ながら、黎は顔を歪める。

 俺はいつまでここにいていいの。俺はなにをしたらいいの。なにを返せるの。なんで撫でるの。なんでありがとうって言ったの。なんでいてよかったって言ったの。なんで俺を拾ったの。俺はなにでいたらいいの。ペットとしてここにいたらいいの。……俺は、なんなの。

 腹の奥でうずまいていた疑問が濁流のようにあふれかけ、黎は下くちびるに強く歯を立てる。灯真といると初めてのことばかりで、わからないことだらけで、おそろしくて、ひどく居心地が悪くて、おちつかなくて、息が苦しくて……なのに、あたたかい。

 灯真の穏やかな寝顔をじっと見ながら、黎は考えこむ。

 今なら、出ていける。今着ているのは灯真の服だから、自分の服に着替えないといけないけど、それが洗濯機の上に畳んで置いてあるのは知っている。家事をする灯真の後ろで見ていたから。灯真はぐっすり眠っているし、黎が動いてもたぶん起きない。灯真がいるから、出ていっても鍵をかけなくていい。今なら、出ていける。

 そう考えたけれど、黎は結局腰を浮かせることすらなく、灯真の寝顔を見つめつづけた。ここにいてもなにひとつ返せないのに、役割すらもらえないのに。それでも、ここを出て別のひとに拾ってもらおうとは、思わなかった。……思えなかった。



初めてのオリジナル小説です。

楽しんでいただけると嬉しいです。

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