弟・その二
第一話というくらいだから、第二話もあるとは思ったけど……これも酷いよ、兄さん。
これが児童文学だと云い張る評者がいるなら是非とも、お目にかかりたい。お目にかかって、完膚なきまでに叩きのめしてやりたい。それほど、我々の収集対象からはかけ離れている。
かと云って、これが何かと問われたら、途端に答えに窮してしまう。与太話は与太話だろうが、趣旨が判然としない。取り留めのない妄想の類――くらいが適評だろう。そういう意味では、下衆な輩の喜びそうな第一話の方がまだ、物語としての存在意義があろうというものだ。
細部に至っては、指摘すべき点が多すぎる故、駆け足で見ていく。――だから、亜光速とは何なのだ? 夢の女が王女だと確信した根拠は? 理屈を超えた何か、では納得できない。低栄養に陥ったら先ず、睡眠を取るだと? 栄養補給が先だろう……持っているのか。だったら、先に食えよ。障害物を予測する? 寝言は寝て云え。予知夢、閾値、後催眠暗示、健忘暗示……胡乱な文言で読者を煙に巻こうとするな。競技はどうなった、だと? こっちが訊きたい。
取り分け納得がいかないのは、最後の場面だ。千々に砕け、勢いよく飛び散り、血肉の雨と化した我が身を、主人公は最期に見ている? いや、だから、おかしいだろう。視覚器も破壊されているだろうから、肉眼で当該の光景を見ることは不可能だ。もし出来たとすれば、それは超自然的な力のなせる業に違いなく、それはもう、最期ではなく死後ということになろう。
そこで思うのだが、これは怪奇物語の類ではあるまいか? 神の声と称して――この表現は弁解の余地なく、神への冒涜である――他人を思いの儘に操る妖術にも、老女と子供が猟銃男の腿肉を奪い合う悍ましい光景にも、怪奇趣味が見て取れる。それならそれで今度は、随所に見られる取って付けたような空想科学的薀蓄が、怪奇物語的妙味を減殺しているように思えてならない。このように、文学的に考察しても、どっち付かずの駄作と云わざるを得ないのだ。
主人公を突き動かす動機付けが不明な点も、指摘しておこう。金貨にも王位にも王女にも興味を示さず、夢中の女に翻弄されるだけの男に、感情移入しろと云われても、無理な相談だ。
主人公の機転に三、四回だけ感心し、最後にあっと驚いたのを除けば、退屈な話だった。




