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第一話・あなや、氷の女王

 あなやッ……いかん、手元が……狂った……。


 俺ら五人は、ある計画を実行すべく頭目に雇われた、各人各様の能力者――《豪傑》だ。

 計画はこうだ。国王は予て、『長距離走で王女に勝った者を娘婿に迎える、但し破れた挑戦者は斬首刑に処す』という、馬鹿げた触れを出していた。これに、稲妻男を出走させる。当代一の駿足で、亜光速にも達するが、如何せん生来の怠け者で、途中で居眠りをする悪い癖があった。そこで、猟師で狙撃手の俺の出番となる。正確無比な一撃で、奴を叩き起こす寸法だ。

 国王は信用出来ない。この国にはファラリスの小屋がある。真鍮製の小体な建物で、床下で火を焚き中の者を炙り殺す、世にも恐ろしい処刑装置だ。たとえ稲妻男が勝っても、王は俺らを焼き殺そうとするだろう。それには氷結男で対抗する。普段は斜めに被っている帽子をまっすぐに被り直せば、忽ち辺りを凍り付かせるという技を持つ。灼熱地獄など何処吹く風だ。

 王は愛娘の代わりにと、金貨を差し出すに違いない。そうなればもう、こちらのものだ。俺らは謹んで、怪力男が担げる限りの金貨を要求する。奴はいとも容易く、国庫を空にするだろう。怒り狂った王が俺らに兵を向けたら、鼻息男の一吹きで蹴散らしてくれようぞ――。

 しかし――。計画はのっけから頓挫する。稲妻男は危惧されていた通り、折返し地点であり給水場所でもある泉の畔で、道端に落ちていた馬の頭蓋骨を枕に眠りに就く。それを見越して、泉にほど近い崖の上に仲間とともに移動していた俺は、ものの見事に頭蓋骨を撃ち砕いた。

 すっかり白骨化した馬のそれではなく、ぎっしり中身の詰まった野郎のそれを……。

 鼻息男と氷結男が憤然と立ち上がる。しくじった俺を、今ここで、亡き者にするつもりだろう。鼻息男の耳障りな鼻息に集中力を削がれた、氷結男の帽子が高みの風に揺れ、指がかじかんで仕方なかった――などとは、云い訳にはなるまい。とはいえ、座して死を待つのもごめん蒙る。斯くなる上は、応戦あるのみだ――俺は伏臥姿勢から、弾かれたように跳ね起きた。

 銃を腰撓めに構え、大まかに狙いを定めたところで、はたと失策に気付く。薬室には実包が一発しか残っていない。首尾よく一人を斃せても、もう一人が確実に俺を仕留めるだろう。鼻息に煽られて崖下へと転落するか、極寒の冷気に晒され全身が凍り付くか――二つに一つだ。

 剣ヶ峰に立たされた俺は、万已むを得ず銃口を下げた。「落ち着け、いい考えがあるんだ」


 決勝線付近は案の定、黒山の人集りとなっていた。誰もが勝者の到着を今か今かと、首を長くして待ち構えている。俺らはそれぞれの持ち場に就き、絶妙な時機を捉えて行動に出た――。

 決勝線から一哩も離れると、人影も途絶える。鼻息男がその辺りの走路上に立ち、細長い葦の茎を片鼻に宛てがい、それを通して呼気を一気に、勢いよく噴出する。圧縮され、方向を定められた空気の塊は、弾丸宛らに走路を駆け抜け、決勝線を越え、遥か遠方へと過ぎ去った。

 薙ぎ倒されこそしなかったものの、観衆は猛烈な煽り風を浴びて荒肝を拉がれる。と同時に、氷結男が帽子をちょいと被り直したので、得体の知れない薄ら寒さも覚えたことだろう。

 ここぞとばかりに、俺は大声で叫んだ。「稲妻男だッ、稲妻男が、走り抜けたんだッ」

 一拍、遅れてどよめく観衆。ざわめきは立ちどころに歓声へと変わり、会場を包んだ。

 満を持して、俺は王の許へと歩み寄る。「陛下、恐れながら申し上げます。稲妻男はひと度亜光速に達すると、おいそれとは止まれません。ですので彼は、この壺を私に託しました」

 俺が恭しく差し出したのは、給水場所の泉の水を湛えた壺だった。規定の壺を指定された場所の水で満たし、出発地点に持ち帰ることで初めて、当該走者の完走が認定されるのである。

 王は怪訝な顔をしつつも、お抱えの学者に壺の水を検めさせた。匂いを嗅いだり味見をしたりした後、学者は右を件の泉の水と同定する。ここに、今は亡き稲妻男の勝利が確定した。

 何のことはない、壺は端から、俺が後ろ手に隠し持っていた。子供騙しもいいところだが、鶏ほども頭の回らない王はそれと見抜けず、不承不承の体で己が娘の敗北を認めるのだった。


 王の二の矢は案に違わず、ファラリスの小屋だった。凡君の考えなど見え見えである。奴は賜宴と称して俺ら五人を室内へと誘い、閉じ込めた。ならば、氷結男の技で対抗するまでだ。

 俺らの対抗手段はしかし、決して快適なものではなかった。何でも、微調整は効かないとのことで、凍えるほど寒い。この、役立たずめッ。俺は何を隠そう、帽子野郎が大嫌いだった。

 とまれかくまれ、ことは一応、計画通りに進んだ。俺らが焼け死んだと思ったか、王は小屋の扉を開けさせた。凍えてはいたものの、俺らは勿論、ピンピンしている。一人、また一人と小屋の外に出てくる俺らを見て王は仰天し、激怒し、火入れ役の家来を叱り飛ばすのだった。

「いやいや、そんな訳ありませんよ、ちゃんと燃やしてますって、ほら、ご覧下さいな」

 小役人のどうでもいい口答えを耳にした時、俺の脳裏に天啓の如く閃くものがあった。

 見れば、最後の一人である氷結男が、小腰を屈めて扉を潜ろうとしている。今だッ――奴の頭から素早く帽子を剥ぎ取り、その胸板を思い切り蹴り飛ばす。奴が小屋の内側に無様な格好で尻餅を搗くと、俺は透かさず扉を閉め、閂を下ろした。床下でごうごう燃え盛る焔に、奴はなす術もなく全身を焼かれ、獣染みた断末魔の叫びを辺り一帯に撒き散らすのだった。

 俺らを炙り殺そうとした己れのことは棚に上げ、悪魔を見るような目でこちらを見る王に、俺は云い放った。「大会の前夜祭で、姫君のことを嫌らしい目で見てました。国賊です」


 それから暫くは、生ぬるい予定調和が続く。国王は金銭での解決を持ちかけ、怪力男の期待通りの働きにより、国の財宝を根刮ぎ持ち去ると、筋書き通りに俺らは追われる身となった。

 そこまでは余裕綽々の俺だったが、迎撃の秘密兵器に異変を生ずるに至り、周章狼狽してしまう。あろうことか、氷結男のお粗末千万な仕事の所為で、鼻息男が鼻風邪を引いてしまったのだ。酷い鼻詰まりを起こしているらしく、呼気しようにも水っぽい鼻汁しか出てこない。

 とこうするうちに、怒髪天を衝く王の放った大軍が、濛々と砂埃を上げてやって来た。

 斯くなる上は、二人きりで迎え撃つしかない。怪力男が敵兵を次から次へと素手で叩き潰し、俺は俺で、撃って、撃って、撃ち捲くる――俺らは文字通り、獅子奮迅の戦いを繰り広げた。

 気が付けば、死屍累々たる荒野に立っている生者は、ただ右往左往していた頭目を含め、俺ら三人となっていた。三人である。役立たずの洟垂れ野郎は、どさくさに紛れて撃ち殺した。


 追手を返り討ちにした旨を報せるべく、俺は屁垂れの頭目を王宮へと伝令に出した。

 さてと、お次は怪力男だ。こいつも退治してやろう。しかし、どうやって? 無駄だとは思いつつも一応、撃ってみる。――案の如く、強靭な肉体は散弾を弾き返す。あまつさえ、不敵な笑みを浮かべてやがる。蚊に刺されたほどの痛痒も感じていないのは、一目瞭然だった。

 三十六計逃げるに如かず。一も二もなく相手に背を向け、俺は脱兎の如く駆け出したが、怪力男は軽業師顔負けの身軽さで宙を舞うと、地響きとともに俺の行く手に立ちはだかった。

 女の胴ほどもある太い腕が、こちらににゅっと、伸びてくる。怪力男は俺の手から散弾銃を乱暴にもぎ取り、その両端をぐいと掴むと、溶けた鉛のようにぐにゃりと曲げてしまった。

「武器は……もう……ない」奴は徐に背後を振り返り、ひん曲がった散弾銃を遠投する。銃は綺麗な直線を描き、蒼穹の彼方に消えた。「素手で……くるか?……喜んで……相手になる」

 退路は断たれた。やるしかない。奴の陥っている事実誤認が、俺に勝機を齎すと信じよう。

 怪力男が完全に向き直るのを待って、俺は懐中に忍ばせていた得物を紫電一閃、奴の眉間を目がけて投擲する。――命中。底気味の悪い笑みはその儘に、己れの眉間を見遣るように寄り目になったかと思うと、不死身にも思われた化け物は、ゆっくりと仰向けに倒れていった。

 猟師なら誰しも、何処へ行くにも常に、ナイフを携行している。俺の場合だと、仕留めた獲物をその場で解体するためだけでなく、渉猟中に実包が尽きた時に備えて、また、いざという時の自衛手段として、あらゆるナイフ捌きに習熟している。投げナイフも、お手のものだ。

 如何なる怪物にも、弱点はある。巨人のそれは総じて眉間にある、と伝え聞く。奴はこれでも人間だとのことだが、巨人の親戚のようなものだろうと思い、そこを突いてやったまでだ。

 邪魔者はもう、いない――。血塗られた原野を後にして、俺は独り、王宮を目指した。


 王宮に着くと、予め話を通して貰っていたお陰で、中へはすんなりと請じ入れられた。広大な宮殿の中をうんざりするほど歩かされ、やがて俺は、見覚えのある扉の前に案内される。

 重厚な扉がゆっくりと、厳かに開かれ、広々としたその寝室に、俺は再び足を踏み入れた。

 贅の限りを尽くした内装が、室内の其処彼処に灯された蝋燭の焔に照らされ、妖しい幻想美を放っている。大きな硝子窓を背にして置かれた背の高い籐椅子に、薄い絹衣を纏った、猫のそれを思わせるしなやかな肢体を預けて、部屋の主はこちらに気怠げな視線を投げていた。

「随分、遅かったじゃないの。手間取っちゃった?」と云って、雌猫は婀娜っぽく笑った。

「まさかだろ。楽勝さ」俺は精一杯、虚勢を張ってみせる。「相手は、雑魚ばっかだぜ」

 抗し難い魔性を宿したその雌猫――王女の円な瞳が、艶かしくも冷たい輝きを放った。


 王女から唐突に声を掛けられ、この寝室に連れ込まれたのは、前夜祭が始まって間もなくのことだった。会話もそこそこに、俺は乱暴に被服を剥ぎ取られ、ベッドに押し倒されたと思ったら、あれよあれよという間に一戦を終えていた。俺は生憎と、そっちの方も早撃ちだった。

 高々、二分足らずのことだったはずだ。こちとら訳も解らぬうちに、一方的に、荒々しく、肉体を貪り食われた。行為の最中にはしかし、めくるめく陶酔感が永遠に続くようにも思われた。俺の意識はその間中、掛け値なしに、ここではない何処か別の場所を彷徨っていたのだ。

「私は競走に負けるから、貴方は仲間を皆殺しにしてちょうだい。一人残らず殺すの。そしたら貴方と私は確実に、一緒になれる。貴方を王にしてあげるわ」王女は寝物語にそう云った。

 今回の競技会からして、豪傑の中の豪傑を見付けるという秘めたる目的のために、父上にせがんで催して貰ったのよ――と嘯くのだから、いやはや恐れ入る。俺は俄には諾否を決め兼ねたが、稲妻男を誤射したことで、腹を括らざるを得なくなった。そして、西瓜が転がった。


 ……西瓜? 我に返って視線を落とすと、先乗りしていたはずの頭目と、思いがけず目が合った。俺の足元に転がされたのは西瓜ではなく、早くも腐臭を放ち始めている首級だった。

「仲間は皆殺し、って云ったでしょう? こいつを仕留めなかった貴方の挑戦は、失敗ね」と、王女は冷たく云い放った。「それじゃあ約束通り、敗れた挑戦者には死んで貰いましょう」

 触れれば切れそうな殺気を、藪から棒に全身に浴びせられたが、不覚にも微動だに出来なかった。背後の扉には、俺の頭をぐるりと囲むように、五本もの投擲ナイフが突き立っている。

「ご存知かしら? この国ではごく稀に、豪傑と呼ばれる能力者が生まれるけど、それは下々の世界に限ったことじゃないし、男の子ばかりでもないの。だって私も、その一人だもの」

「つまり」俺は辛うじて、声を絞り出した。「王家に出現した豪傑の血を強化するために、俺と交わったっていうことか? 首尾よく子胤を宿したら、俺はお払い箱ってことなのかよ?」

「誰が、貴方の賤しい血で高貴な血筋を穢すものですか」氷のように冷たい表情で、王女は吐き捨てた。「私ね、交わった男からその能力をそっくり、写し取ることの出来る能力者なの。だから、射撃とナイフ捌きにかけてはもう、貴方と互角なのよ。複写猫って呼んで下さる?」

 散弾銃は怪力男に毀棄され、ナイフも回収し損ねていたが、俺にはそれ以外にも、王の兵から鹵獲しておいた回転式拳銃がある。王女が話し終える前に、俺は二丁拳銃を抜いていた。

「そりゃ、よかったな」俺はどうにか、余裕を取り戻していた。「だが俺は何も、生まれ持った能力だけでこれまで勝負してきた訳じゃない。弛まぬ努力で磨いてこそ、能力は真価を発揮する。俺の遺伝子情報を写し取っただけのお前が俺と互角とは、心得違いも甚だしいぜ。その差がどれほどのものか、これから実演してやるから、冥土の土産によく見ておくんだな――」

 俺の放った銃弾はしかし、些かも威力を減ずることなく、硝子窓を粉砕する。王女は目にも留まらぬ素早さで、右手の壁際へと移動していた。照準を定め直し、俺は二発目を撃つ。またも高速移動した彼女は、今度は壁と天井の入隅に、蜘蛛か悪鬼のようにへばり付いている。

 大いに取り乱した俺は、二丁拳銃を闇雲に乱射して、手持ちの弾丸を徒に減らした。その間にも王女は悪魔的な空間移動を繰り返し、あまつさえ、挙措を失った俺を嘲笑うかのように、その都度、一番遠くに灯っている蝋燭の火を、片鼻の鼻息だけで器用に吹き消していった。

 俺が弾を撃ち尽くし、王女が最後の蝋燭を吹き消すと、部屋は忽ち全き闇に包まれた。と同時に、俺の体幹がもの凄まじい力によって捩じり上げられる。体を床に叩き付けられたが、痛みよりも違和感の方が先に立つ。手で探ってみると、俺の下半身が行方不明になっていた。

 ――畜生めッ、皆とヤッてやがったなッ。死ぬことより、よっぽど悔しいぜ。しかしまあ、あの腐れ帽子野郎とだけは兄弟にならずに済んだ。それが、せめてもの救いだろうな……。


          *


 王女はその後、親兄弟を含めた政敵を次から次へと葬り去り、瞬く間に王位にまで上り詰めた。しかし、好事魔多し。異常気象に見舞われ、空前の大飢饉が起こり、それにともない税収は激減し、一揆も各地で頻発するなどして、王国はあれよあれよという間に衰退していった。

 王国を相次いで襲った災禍は、新女王の振舞いに起因していた。敵や家来に腹を立てる度にティアラをまっすぐに被り直しておっては、王国が氷に閉ざされてしまうのも、無理はない。

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