鷹の爪
シャーリィは積み木を楽しみぬいぐるみを抱き締めて身を清めたばかりなのにまた汗をかいてしまうのではないかと思うほどに楽しんだと思ったらぬいぐるみを抱き締めて眠ってしまった。本当にありがとうございます。おやすみなさいと声をかけてロアは扉を閉めた。
メアリ達はまだ眠らず彼女達の部屋の前を通るとメアリの泊まる赤い部屋に集まってお喋りに花を咲かせているのが聞こえた。
ミアはいつも最後に眠る。彼女が最後にまたジャスと一緒に戸締まりの確認をして眠りにつくのだ。
今日一日色々とあったと思い出しながら、祖母が使っていたであろう部屋で横になる。
明日はまた早く起きて朝食を作りカプセルホテルにする部屋の事を考えなくては。
「…え?」
「あ、おはようございます。アリヤ様」
掃除道具を勝手にお借りしました。すみませんとロアは頭を下げた。
きっと何日もまともな生活を送れていないはずだ。深く眠って起きてこないだろうと思っていたが、ミアと同じくらい。いやそれよりも早く起きて掃除を始めていた。
私の中では朝食を食べてから始めてもらおうぐらいにおもっていたためあまりに早い行動に呆気に取られてしまった。
「…すみません勝手に…」
「あ、いえいいのよ。でもまずは朝食を食べないと…」
「え?よろしいんですか?」
「よろしいんですか?」
「朝の仕事を終えない内に食べてしまっても」
「…ん?」
何だかおかしな反応が返ってくる。朝食を食べない内に働いて倒れても困るからと掃除を中断させて朝食に案内する。
まだ眠っていたシャーリィはロアに起きなさいと声をかけられながらふらふらと半分夢の中のまま歩いていた。
「おはようございます」
「おはよー」
「おはよう。メアリ達も早いわね」
「すごくよく眠れて早く目が覚めてね」
「ここだとよく眠れるのよねえ」
早く起きたついでにミアの朝食作りの手伝いをしに来たらしい。寝ぼけ眼のシャーリィを見つけたミアはメアリ達に一度朝食作りを任せてどこかに行ったと思うと濡らしたハンカチを持ってシャーリィの顔を拭いた。
「んや~」
まだ眠いシャーリィは顔を拭かれる事に抵抗したがまったく効いていない。
「いけませんよ。シャーリィ嬢。淑女としてきちんとしなくては」
ミアにされるがままに顔を拭かれるシャーリィの顔が面白くつい笑ってしまうとようやく目が覚めたシャーリィが朝食の匂いに気付き走ろうとする。
「ごはん!」
「シャーリィ嬢」
「なあに?」
「走ってはいけませんよ。ここはご飯を食べる場所です」
「だめなの?」
「いけません。熱いスープや美味しいご飯にぶつかり食べられなくなってしまいます」
「たべられないの…?」
「シャーリィ嬢が嫋やかにしていて下されば大丈夫です。お席にどうぞ?素敵な朝食をお持ちします」
椅子を引いてシャーリィのためにクッションを重ねた特別席だ。ミアに促されてどこか背筋を伸ばしたシャーリィがよじ登るように椅子に座り真剣な目で朝食を待っていた。
「すみません娘が…」
「いいのよ」
子どもは本来そうあるべきだ。
私が子どもの頃はとにかく勉強勉強だったため、シャーリィが今無邪気にしているのが少し羨ましくもあった。
運ばれた朝食は相変わらずの山盛りサラダ。パンにチーズ。そろそろ飽きる頃だろうか、デザートにオレンジ。
それでも朝食を囲む私達は相変わらず美味しい美味しいと言いながら食器を空にしていく。ロアとシャーリィは初めて見る白い調味料、マヨネーズに首を傾げていたが一口食べると目を白黒させて美味しいと称賛していた。
「それじゃ、帰るわね」
「ええ。また来てね」
「今度はちゃんとお金を持ってくるわ」
何だかんだメアリ達からは宿泊に関するお金を貰っていない。初めて来た日にセイラとエリザから渡されたきりで、私達もまだ正式にホテルとして開業していない以上受け取るにも料金設定が出来ていない。
結果、泊める代わりにお菓子を貰ったり、今回は積み木の作成を頼んだりと物々交換のような形になっていた。
メアリ達が元の家に帰ったのを見てロアは不思議そうに尋ねた。
「彼女達はここで働いているわけでは?」
「違うわ。お客様…友人のような感覚になっているけど」
「自然に朝食の準備なのをしていたので…てっきり…普段は町で働いているのですね」
「…そうね」
娼婦と言うのは私の口から言わない方がいいだろう。
また遊びに来るだろうし、もし言う機会があれば彼女達から言うだろう。
「それじゃあ…」
「はい!一宿一飯…いえ、一宿二飯の恩返させていただきます!」
目を輝かせてながらロアは張り切って掃除に取りかかった。
シャーリィを呼んでいるが当のシャーリィは庭にいるジャスに目を奪われている。
「いいわよ。シャーリィはジャスに見てもらいましょう」
「ですが…」
「賢いのよ。ジャスは」
きっと守ってくれるわ。
犬に子守りなどファンシーな真似だ。シャーリィには庭に出てもいいがジャスからは離れないように伝える。
それと昨日突貫工事のように作った服もどきから屋敷に残っていたメイド服から白黒のワンピースを作ったので彼女に着せるとご機嫌に回り始めた。
「シャーリィちゃん。目が回りますよ」
「うふふ」
「ご機嫌ね。かわいいわね」
「ごきげんよう」
どこで覚えたのかシャーリィはカーテシーをして挨拶した。足元はふらつき見様見真似だが、それは何とも言えない可愛らしさがある。
「ご機嫌よう」
私も久し振りにその挨拶を返すとシャーリィがお姫様みたいと笑っていた。
恩を返すと言ったロアの仕事振りは凄まじかった。
本当に屋敷の隅から隅まで掃除をするんじゃないかと思わせるように掃き掃除をしてブラシをかけて拭き掃除をして窓ガラスは今までに無いぐらいに綺麗になり、埃一つ残さない程に部屋を一つ一つ丁寧に掃除をしていた。
「や、休んでいいのよ?」
「いえ!まだまだです!」
「ロアさん…倒れますよ?」
「お気遣いありがとうございますメイド長様!」
「……もう少ししたらお茶をしましょう?」
掃除はしたがそれ以降手をつけられていない階を任せてみると私とミアが掃除した時とは比べ物にならない程に綺麗にしていく。
ふと、彼が掃除した後に柑橘の香りがした。尋ねてみると何と不要になったオレンジの皮を頂戴して掃除に使っていると言う。
「え?使えるの?」
「以前働いていた場所でもやっていまして…汚れが落ちますしどこにでも使えるのです」
「知らなかった…捨てていたわ」
「そ、そうですよね…私もそうでしたがテーブルの汚れを退かそうとした時にいつもより綺麗になったので…試したらこれが凄いんです」
「それじゃロアが働いていた場所では皆それを?」
「いえ…貧乏臭いので止めろと…」
「あら…」
「あ、勝手にしてすみません!貧乏臭いですよね!すぐに止め…」
「止めなくていいわ!」
「…で、ですがこんな立派なお屋敷に」
「とても綺麗になっている。素晴らしいわ…ロアの技術をまんべんなく使って頂戴」
「は、はい!ありがとうございます!アリヤ様!」
まさかそんな活用方法があるとは知らなかった。私の今までの生き方からだと発見する事が出来なかった事を彼は知っている。
何とも素晴らしい。ミアにもその技術を伝えるとゴミと思っていたそれがそんな風に使われるのかと、改めて彼が掃除をした場所を見て感心していた。
「…ちょっと悔しいですね」
「あら?でもミアは家事全般を出来るじゃない」
「出来ますが…更にその技術を磨けるのなら磨きたいのです」
一段落ついたのでロアさんに学びます。そう言ってミアはロアを追いかけて行った。
「さて…」
シャーリィはどうしているかと思うと、外でジャスをクッションのようにして日を浴びていた。
「シャーリィちゃん」
「あ、お姫様!」
「すっかりジャスと仲良しね。お庭の散歩は楽しかった?」
「うん!お花がたくさん咲いてて、木の実もあった!」
「木の実?」
畑の作物は取ってはいけないと教えたためそこには近付いていないはずだ。どこにあったの聞くと小さい手で私を引っ張り連れていく。
そこには確かに赤い実を付けた木があった。
「…何かしら?」
「食べられる?食べられる?」
「うーん…初めて見る食べ物だから…止めておきましょう?」
「えー?」
「それよりも、お花がたくさんあったでしょう?シャーリィちゃんはお花で指輪を作りたくない?」
「作りたい!」
興味を逸らしてシャーリィを誘い庭の花が咲いている場所に招きミアに教えて貰った花の指輪と花冠を作ってあげるとシャーリィは跳ねて喜んだ。ジャスとお姫様にも作る!と私の膝に座り教えてもらい、小さな手で苦戦していたが呑み込みが早くシャーリィはあっという間に花冠を作り上げてまずはジャスに、そして私に被せてくれた。
「ふふ、うふふ」
私の膝にすわりながらシャーリィは口を手で押さえながら笑いを溢していた。
「ん?楽しいの?」
「うん!楽しい!」
こんな風に自由に遊ぶのは初めてだと。
シャーリィの話を聞くと、彼女の母はロアが言っていたように亡くなっているのだが彼女が物心つくかつかないぐらいの頃に亡くなり朧気な記憶しか無いらしい。
父のロアは私達でも分かるようにシャーリィを深く愛している。しかし、朝から晩まで働く必要があったため遊ぶ時間は殆ど無かったと言う。
「お父様がいない間は宿のお部屋にいたんでしょう?お友達はいなかった?」
「ひとりでいたの」
宿の大人から邪魔になるからと部屋に閉じ込められてそこでロアが時折様子を見に来たり食事が運ばれる意外は人との接触がなく、窓から景色を眺めて過ごしていたらしい。
「…そうなのね」
この国は、学校に通える年齢になるまでは家で母と過ごすのが当たり前だ。もし、いない場合はとそんな風に考える事は無い。
親切な隣人がいれば任せられるかもしれない。お金があればシッターを雇い安心して仕事に行ける。ただそれらに恵まれずお金も無い場合はどうするか。
子どもを厄介な存在として放り出すか、早々に再婚するか。選択肢が少ない。
「…シャーリィちゃん」
「なあに?」
「お父様の事は好き?」
「大好き!」
「じゃあずっと一緒にいたいわね」
「うん!」
「……そうよね」
彼等をここに置いてしまいたい。
そう考えてふと、そろそろお腹が空く頃だと思い出して屋敷に戻るとロアはミアに自分の持つ掃除の知識を拙いながらも教えていた。
彼に任せた箇所は本当に隅々まで綺麗になっていた。ミアを呼び彼について話をする事にした。
“雇っちゃう?”
「雇っちゃうかも…」
この屋敷の空き部屋をロアとシャーリィ親子専用の部屋にして、衣食住の保証を引き換えにこのホテルの掃除とベットメイクの仕事を与えてしまいたいとリリナに相談する。
“まあ、アリヤ達が見て大丈夫って判断はしたんでしょう?”
「ええ。いずれミアにもそうだけど…ホテルとして営業許可が出たらきちんと賃金を払うと約束しようと思うの」
“そんなにロアさんは有能なの?”
「掃除の技術はミアも自分より上って感心してたわ。ベットメイクはミアと同じぐらいの物だった」
ミアの負担も少し減らせる事になるだろう。
「シャーリィちゃんにはお仕事の間は私達の目に届く範囲にいてもらうわ」
“そうだね。いずれ子どもの宿泊客が来たらシャーリィちゃんに玩具の使い方とか案内してもらえば?”
「あら、いいわね」
“ちなみにミアさんにも話したの?”
「話したわ。ミアも学ぶ事があると言ってロアさんをこの屋敷に招くのは賛成だって」
ただ一つ不安な部分があるのだ。
彼は休みをまったく取らない。聞くと前の宿でも年中ほぼ休み無し、休憩はあるようで無いものらしくそれが染み付いている。
“ブラック企業じゃん!”
「何それ?」
“人を人と思わず家畜のごとく扱う職場よ!許すまじ!”
「ゆ、許すまじ!」
“適度に休ませないとね…体が一番だ”
かわいい一人娘との時間もちゃんと与えてやらないと。
休みなさいと言う度に断る彼を説得して休ませるのが難しいものだと話す。
“洗脳みたいなもんだよ。前の仕事と違うとゆっくり思わせよう”
それじゃそろそろ昼休み終わるからと話を終える前にリリナに尋ねる。
「ねえ。リリナ…リリナはこれが食べられるかどうか分かる?」
シャーリィが見つけた赤い実を見せて尋ねると、リリナはそれを見て“懐かしい”と話す。
“グミだよ。酸っぱ甘くて美味しいんだよ”
「グミ?」
“食べられるよ。どんどん取っちゃないなよ”
「ありがとう。リリナが言うなら食べてみるわ」
リリナとの会話を終えてロアの元に向かう。
「本当にありがとうございます」
お世話になりましたと頭を下げるロアに待ってほしいと声をかける。
「この後はどうするの?」
「どう、とは…」
「家が無いでしょう?お仕事も無いでしょう?」
「……はい」
「シャーリィちゃんもきちんた屋根のある場所で育てたいわね?」
「…はい」
「ロア。あなたにここにいてほしい」
「…う、嬉しいお言葉ですが」
私は身分も下です。学もありません。このような綺麗な場所で働く事など部相応ですと、項垂れて話す。
「ロア」
「はい…」
「私達を真っ直ぐ見て頂戴」
「は、はい」
顔を上げてロアは私達を見つめる。
「私達が評価したのはあなたの身分や生い立ちを哀れんだからではない」
「そうです。働き振りとその技術…」
「あなたの持つ力を評価したわ。初めは同情的な部分もあったけど、今見ているのはあなたの持つ力」
そして受けた恩を返そうとする誠実さを評価した。過剰な程に溢れるそれをここで外に放り出したくない。
「ただ…今は営業許可が出ておらずホテルの他の部屋も開発途中よ…だからミアも同じ…給与をまだ出せない状況だけど衣食住は必ず保証するわ」
だから私のホテル経営に力を貸してほしい。
ロアの手を取り長い時間仕事に費やした職人の手を離すまいとしていると、ロアは涙を流していた。
「そ、そんな風に言っていただけるのは…妻以来です…」
「あなたの事を良く知っていた素敵な奥様だったのね…」
「はい…やります。どうかやらせて下さい!」
アリヤ様のために頑張らせて下さいと、このホテルのための仲間が新たに加わった。




