子連れ浮浪
思わず固まってしまった。
どう見ても身なりがよろしくない男性は片手に私達の畑の野菜を持ってそのまま泥など気にしないように食べていたらしく口回りが黒い。その側にいる小さな女の子、だろうか。オレンジを皮ごと食べている。髪が好き放題に伸びており男の子にも見えてしまった。
ジャスが今にも噛みつこうとしているのが分かったらしく、男性は子どもを抱き締めて頭を下げた。
「…すみません!」
「え、えっと…あの?」
「すみません!すみません!すみません!」
「えーっと…」
こちらが何かを言う前に謝り始めてしまい、質問する隙を与えない。
抱き締められた子どもも今の状況を理解したのか食べかけていたオレンジを差し出して来た。
「いや…それは」
「本当に、すみません…!誰もいないものと思って…」
「明かりは点いていたでしょう?」
私と同じ様に呆気に取られていたミアが口を開いた。
「気付かなくて…すみません」
「何?どうしたの?」
ジャスがすごく吠えてるけどと、メアリ達もやって来て目の前の光景を見つめて「なるほど…」と呟いた。
「…アリヤ。どうする?」
「ど、どうする?」
「畑を荒らした浮浪者よ。追い出す?」
「……」
「可哀想に見えるけど…あんまり可哀想で同情するのは良くないわ」
病気を持っているかもしれないし、同情を引いて強盗する可能性だってあるわ。
私よりも多くの人間を見てきたメアリがそう言う。セイラとエリザも頷き私に考えさせた。
追い返そうと思えば追い返せる。ジャスにお願いすれば彼等はすぐにでもこの敷地から立ち去るだろう。
「…と言うか…」
「え?」
「まだ誰も住んでない廃墟だと思われてるのね…」
「まあ…明かりが点いてるっても…少ないしね」
まだまだここは無人の屋敷と思われているよとメアリが話す。
「だとしても…無断で立ち入る事は許されないわ」
「…ごめん」
「あ、まあ…メアリ達はもう過ぎた事だしね」
何か私に危害を加えようならジャスが黙っていないだろう。一歩足を踏み出して事情を尋ねる。
「あなたは浮浪者?」
「は、はい…妻を亡くして身を切られて」
「その子はあなたの子?」
女の子か男の子か分からなかったが女の子らしい。未だに食べかけのオレンジを差し出す姿にそれはいいからあなたが食べなさいと答えるとよほどお腹が空いていたのか皮ごとまた食べ始めた。
「皮は剥きなさい。食べれる部分じゃないでしょう?」
女の子に言ってはみたがその言葉も届いておらずひたすら貪っていた。
「……ミア、お湯を用意して…」
「えぇ!?」
「招くの?泊まらせるの?何があるか分からないわよ?」
驚くミアに怪訝な表情をするメアリ。
確かにそうだが考えたのだ。
「…これで追い出して屋敷の近くに死体が出来るのは嫌なのよ…」
「…まあ確かに…」
「それは…嫌ね…」
「そうなると変な疑いをかけられるだろうし…」
問題が増えるのはごめんだ。
ただ屋敷にそのまま入れるのは気が引ける。体を清めてから中に入れる事にした。ミアがお湯を沸かす間に外に出したままのテーブルセットに座り事情を尋ねる。
男性の名前はロア。
先ほど言っていた通り、奥さんを病気で亡くし一人で娘を育てていたが勤め先の宿泊場から切られてしまったらしい。
何故切られたのかと尋ねると、どうも新しく若い男性が雇われて来て自分は用済みとなってしまったらしい。
「あなた何年も勤めたのでしょう?それなのにいきなり出てきた若い男に仕事を?」
「…宿を、大きく改装する計画がありまして…その資金をその男性が用意したのです…」
何でそんなお金を若い男が持っているのかと疑問になったが、どうも家族から遺産を引き継いだとか何とか。しかも新婚で妻を幸せにしたいと強く言って金と若さを持つ男を雇い入れてロアは解雇。
その後、他の宿で雇ってもらえないか探したが見つからずお金が尽きてしまい浮浪している。
「仕事ねえ…そんな見つからないの?」
「元々家が貧しく…字が少ししか読めないので…そう言った部分もありまして…」
「お子さんは…」
「シャーリィです」
父親の側を離れずいるシャーリィは五歳。本来なら頬を赤くしてもっと太っていてもいいはずなのに細い手足が痛々しい。
「…アリヤ。泊めるの?」
「さっき言った通りよ…このまま追い出すのは」
「でも与えるならその分対価を貰わなきゃ」
「そうね…世の中ギブアンドテイクよ」
「何て?」
こちらが座っているのにずっと立ったままのロアとシャーリィの親子にミアが体を清めるお湯を持ってきた。
取り敢えずその体を洗って異臭を放つ服を脱いでもらう。着替えはあるのかと尋ねるがやはり予想通りに無いと答えた。心底申し訳無さそうに。
「ええと服…」
「バトラーの制服がありますよ。かなり古いデザインの物ですが…」
「今着てるのよりいいよ。それ着てもらおう」
「じゃあ体洗うの手伝うよ」
「私も~」
「え?」
セイラとエリザが親子の体を洗うのを手伝ってくれるらしい。ロアは首が取れるのではと思う程に首を振り断ったが、自分で洗えない部分を手伝うだけだと言ってセイラとエリザは半ば無理やりロアの服を脱がしているようだった。
ようだったと想像するしかないのはミアが私の目を塞いだからだ。
「ここって服も残ってるの?」
「私服みたいなのは残ってないけど…ここで働いていたメイドやバトラー達の制服が残ってたの」
「お嬢様のお祖父様おばあ様の頃の物なので…先ほど言った通りに古いデザインです」
「劣化してないのね?」
「生地が丈夫で保存していた部屋の環境も保存するのに適していたんでしょうね」
「シャーリィちゃんのはどうする?」
「メイドの服…?」
「大きいわね…」
「どうしようかしら…」
「……切るわ」
「…え?」
もし持ってきたドレスが着れなくなったらこのメイド服をアレンジして着ようと思ったが、今がそのアレンジの時だ。
この屋敷に残されていたバトラーの制服はロアに、メイド服は切って二枚折りにして首が通せる穴だけ作り後はもうこれで、上から被せて腰を紐で縛れば見た目は服だ。黒いワンピースだ。
「…こんな短い間にワンピースが出来たわ」
「…切ったメイド服はシャーリィちゃんの服をもう一着作るのに使うわ」
「流石お嬢様。お優しい!」
「そろそろ洗い終わったかしら?」
体を清めるのは終わったらしくタオルに包まれたロアとシャーリィがいた。シャーリィは残ったお湯を手で叩きセイラが止めていた。
殿方の裸体を覗かないように私は見ないようにミアが差し出してこんな立派な服を着るのなんておそれ多い。裸でうろつく気ですか?そうよそうよと声が聞こえて静かになると体を清めて汚れていない服を着た親子がそこにいた。そこでようやくロアは亜麻色の髪に緑の目。シャーリィも同じく亜麻色の髪だが目の色は茶色である事が分かる。
「本当に、すみません…」
「さてどうしようかしらね…」
外で身を整えてもらっていたため中に招き入れる。
「この玄関ホールの隅で構いません…せめて娘だけでも屋根のある所で眠らせたいのです」
「…外には出さないわ。そんな小さな女の子を外で眠らせるほど非情じゃないわよ」
「ありがとう、ありがとうございます」
「ありがとうー」
シャーリィが屈託の無い笑顔でお礼を言う。布を巻いただけにしか見えない服だが彼女は気に入っているのかくるくる回っている。
「シャーリィ、シャーリィ大人しくしなさい」
「お城だねーお姫様いるの?」
「メイドならいますよ」
「酸いも甘いも知る女もいるわよ」
「ホテル経営を目指す女もいるわよ」
「???」
何を言っているんだろうと言う表情でこちらを見つめている。
「ロア。あなた働いていた宿泊場では何をしてたの?」
「掃除を担当していました…後はベットメイクを…」
読み書きが殆ど出来なかったため受付や帳簿などは出来なかったらしい。そのため掃除とベッドメイクを何年もしていたらしい。
「うーん…」
考える。
浮浪者であり文字の読み書きは難がある。しかも小さな子どももいる。
「そうねえ…」
考える。
同情などで雇ってしまうときりがない。そもそも同情すると言う事は下に見ているようにも思える。
「でも経験者かあ…」
彼は宿に関する仕事をしていた。
私達には無い経験を持っている。
「…ロア」
「は、はい」
「一晩泊めるわ」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
「ただし!」
「はい!」
「一宿一飯をあなたは返せる?私達は慈善団体ではないのよ」
「……お金は」
無いでしょうね。予想はついている。
「一宿一飯、その代わりにあなたにこの屋敷の掃除をしてもらうわ」
「…え?」
屋敷の掃除は一通り終わったと言え、細かな部分はまだ出来ていない。長い時間によってこびりついた汚れ。バスタブの洗っても落ちない汚れなど実はまだあるのだ。
それを掃除を仕事としていたロアに任せる。
「出来る?出来ない?」
「やります!やらせて下さい!」
「交渉成立ね」
屋根のある場所で眠れるとシャーリィは喜んでいた。ロアはとにかく私に頭を下げて何度もお礼を言っていた。
「お嬢様。もしかしてですが…」
あの浮浪者の男性を雇い入れる気ですか?
「…試用期間と言うか…正直女だけだとやれる事に限界があると思うの」
「まあ…動かせないまま放置してる家具とかありますしね…」
「服とか脱がせたけど持ち物に危ない物は無かったわよ」
セイラとエリザがそう言ってほぼ布切れのような服を籠に入れて話す。この服は洗ったとしてもまた着れるようになるのか。
イベントが行われていた。
ビジネスホテルにはあまり無い、温泉付きのホテルにて仕事の疲れを癒すためにここぞとばかりに温泉成分を吸収してホテルのベッドに倒れ混む。
アリヤはどうしているのか、スマートフォンを見るとイベントが更新されていた。
「……“従業員を増やそう”か」
何だ何だ。アリヤのホテルに一体どんな従業員がやって来たのか。例えばホテル経営に長けた人材が来ているならアリヤも歓迎だろうと思い期待しながら見てみると、やって来たのは子連れの浮浪者だった。
「いや、もっと…いるでしょ?」
何で雇い入れるにはハードルが高い人材が来てるのさ。
私が仕事やホテルの温泉を堪能している内に話が進んでおり、畑で野菜を貪っていた二人は懇願して屋敷に入らせてもらったらしい。
“リリナ?”
「あ、アリヤ」
“少し悩ましい事が出来たわ”
「だろうね」
“…ご存知?”
「…ご存知だよ」
アリヤは私に向かって素直な気持ちを話した。一応女のみの今、やはり力仕事などで男手が必要なために彼を招き入れたが、実際はあんな小さな女の子を連れている姿に同情してしまった気持ちの方が強いと吐露する。
“私、家にいた頃は城下町にもそう言った人がいるとは話には聞いていたの”
その頃は整備されて隅々まで綺麗にされた町しか見ていなかったため、住む家が無いような浮浪者を幻だと思っていたらしい。
しかし、実際に目の当たりにして声も出ない程に驚いた。
“あんなぼろぼろで…痩せて…土の付いたままの野菜を食べて…シャーリィ…あんな小さな子まで”
アリヤの国はそう言った人達を救済するような制度は無いのかと尋ねると、あるにはあるが、仕事や家を失ったのは本人の怠惰の責任とされて寝る場所や食事を与えられても牢獄の方がまだ良いと言われる程に評判が悪い。
子どもだけでもと思っても、孤児院に預けられるのは天涯孤独。父親、母親がまだ健在ならば断れるらしい。
「社会福祉がなってない…その、ロアさんは真面目に働いていたのに…」
“お金を持っていれば長年勤めた人間でも解雇されるの…気の毒だわ”
「だから、雇うの?」
“…こんな…同情したような気持ちでそうするのはあまりにも失礼な気がするわ…”
「……優しいだけでやっていけない時もあるしねえ」
“だから、掃除を任せてベッドメイクを任せて…その成果によって決めるわ!”
「成果がアリヤから見て駄目なら解雇?」
“………そうなったら賃金としていくら渡して解雇するわ”
スマートフォンの向こうでアリヤが苦悩の表情を浮かべていた。
ちなみにロアさんが仕事をしている間はシャーリィちゃんはどうするのかと聞いたら無言になってしまった。どうやらそこまで考えていなかったらしい。
野菜を土が付いたまま食べない。洗ってきちんと食器に盛り付けて食べる。オレンジを皮ごと食べない。手掴みしてはいけません。
その日の夜は一層賑やかだった。賑やかと言ってもシャーリィがとにかく興奮していた。
「綺麗なお皿!」
「これなあに?」
「これ美味しい!すごく美味しい!」
「お父さん!これ食べてー!」
「シャーリィ大人しくしなさい」
本当に賑やかだ。
シャーリィが様々な反応を見せては笑って表情を変えてあれは何だこれは何だと小さな体を目一杯動かして聞いていた。
口を閉じる時と言ったら食べ物を入れている時、これまた感激したように震えて父であるロアの口にも運ぼうとしていた。
「…シャーリィちゃんこれ食べる?」
「なあにそれ?」
メアリが焼き菓子をシャーリィの口に運ぶ。口一杯に広がる焼き菓子の甘さに頬を押さえていた。
「シャーリィちゃんこれはどう?」
今度は私がドライフルーツを食べさせると初めての味に目を白黒させていた。
「シャーリィ嬢、食後にカモミールティーはいかがです?」
ミアがそう尋ねるとシャーリィはミアの背の高さに驚いていた。素直に大きいと声を上げるシャーリィにロアは慌てていたが気にすること無く彼女はシャーリィを抱き上げて高くなった視界にシャーリィは声を上げて笑っていた。
「…子ども面白いわね」
セイラが小さく呟く。
「無邪気ね~。それでいいのよ」
メアリがシャーリィの頬をつつきながら言う。
「子どもは無邪気で、もっともっと太るべきよ」
エリザが細い手足に触れながら話し、また焼き菓子を口に運ばせた。
ミアにシャーリィを任せて屋敷の探検に出掛けたため、セイラとエリザが食器の片付け、ロアの事をもう少し詳しく聞くためにメアリと私がロアと話す事にした。
「奥さんも亡くなって、シャーリィを育てながら仕事をしていたのよね?」
「はい…シャーリィには仕事の間は勤め先の空き部屋で過ごしてもらっていました」
仕事の合間合間に様子を見に行き忙しいながらも何とかやっていたそうだ。
「勤め先から解雇されて…浮浪するまでも無いのでは?あなたのご両親や奥さんのご両親を頼ったり」
「……私も妻も孤児で」
「………」
天涯孤独で育ち、若い労働者を求める町から町へと転々として落ち着ける場所をようやく見つけたと思ったらこれらしい。
「…お嬢様」
「アリヤよ」
「アリヤ様…一宿一飯の恩、私が持ち得る物で返させていただきます。明日は隅から隅まで掃除をさせていただきこちらを出ます」
シャーリィは私の側に置いて下さい。迷惑をかけないように見張りながら掃除をします。
「…そうしてもらうわ」
成果によっては雇い入れる事を考える。そうは告げずに部屋に案内する。
シャーリィはミアに抱き上げられて今日泊まる部屋、例のお子様とお泊まり出来るお部屋に案内すると悲鳴にも似た声を上げて一目散にぬいぐるみに向かい抱き締めていた。
ロアはその部屋に口を開けて驚いていた。
「これ、こんな部屋をいいんですか?」
「シャーリィちゃんを見たらこの部屋しかないって思ったのよ」
ここは小さなお子様と泊まれる部屋なのと説明するとロアは隅から隅まで眺めて感嘆の声を上げていた。
「…素晴らしいです。こんな部屋があるなんて」
「ありがとう。明日に備えてゆっくり休んで」
シャーリィもはしゃいで眠いでしょうと思ったが、ぬいぐるみを片手にして例の積み木で遊んでいた。
「見て!お父さん!お城!」
シャーリィから見たら高く積み上げた積み木はこの屋敷を表しているのか三角屋根の家らしき形が出来ていた。
「へぇ、これはこうやって遊ぶ物なんですね」
「…みたいね」
「え?」
いや、私もそうやって遊ぶの初めて知ったのよ。




