初来客【2】
赤髪の彼女がメアリ。
黒髪の彼女はセイラ。
金髪の彼女はエリザ。
三人は身を寄せ合って暮らしているらしく、セイラとエリザは両親が亡くなり天涯孤独。メアリは結婚をしていたが夫が他の女性を好きになり、あらぬ冤罪をかけられて家を出ていかされたらしい。
セイラとエリザは孤児院で育ち、その後シスターになるか結婚するかと選択を迫られていた時に女性でも出来て自立出来る仕事を紹介すると言われて騙されて娼館に売り飛ばされて、そこで出会ったのが同じ娼館で働いていたメアリだ。
娼婦へと扱いがひどく、三人で協力して逃げ出し客だった男性の協力を経て家を借りていた。
「娼婦以外の仕事は出来なかったの?」
「…学が無かったのよ。文字の読み書きや計算が出来なくて…」
「なるほど…」
三人の身の上の話を聞きながらそのままにしていた夕飯のテーブルに招く。
「スープが冷めてしまったわ」
「温め直して来ますよ」
「ありがとう。ミア」
「手伝うわ」
「…お客様ですので」
「手伝わせてちょうだい」
「…分かりました。人も増えたのでもう少し作りましょう」
メアリがミアに着いて行く。残されたのはセイラとエリザだ。
「…ごめんなさいね」
セイラが口を開く。
「突然お邪魔して…ご飯まで」
「いいのよ」
「これを…」
「だから、お金は」
「受け取ってほしいの」
エリザがはっきりと口を開く。
「気が済まないの。一晩のお礼が泊まった感想だけなんて…」
「うーん…」
「受け取るだけ受け取って、これは感想を言う以外のチップなの」
「チップ…」
「駄目かしら?」
「チップを受け取らないホテルを目指しているから…」
「…それ儲からないでしょ?」
エリザが怪訝な表情をして言う。
「…だから断っても…?」
セイラが出してきたお金を突き返そうとするが頭を振り断られる。
「それじゃ…預かる形で受け取るわ」
「銀行じゃあないのよ…」
一旦懐に入れておきどうするかはまた考える事にする。それにしてもミアとメアリ二人きりだが大丈夫だろうか。
鍋に入ったスープを温める。二人と一匹の分で想定していた料理を三人分追加する事にした。
「これ、切ればいいかしら?」
メアリが野菜を指差して言う。
「はい。切ってサラダにしましょう」
「すごい野菜があるわね…オレンジも大量に」
「庭に放置されていた畑があって…そこにたくさん実っていたんです」
「放置されていた畑から?」
「元々育てられていた野菜の種がそのまま残っていたんですよ。加えてこの町の住人がここをゴミ捨て場のように扱っていたので生ゴミも捨てられて…」
「それが栄養になったり育ったり?」
「のようです」
何が育つか分かるものではないですね。
そう呟いて終わり、会話は途切れた。野菜が切られる音とスープを温め直す音が響く。
「……」
「……」
オレンジを追加で切り、パンにハム…明日の分だが仕方無い。
「いいわよ。そこまで」
「……」
「私達はこれだけ食べる物があれば十分」
「そうですか…」
「…私達は確かに娼婦だけど…きちんと弁えてるわ」
「…弁えてる…ですか」
「娼婦にまだ良いイメージが無いでしょう?」
口では謝ったが正直まだ警戒をしている。
「男に体を売って生活しているもの、仕方無いわ」
「…今、必死なんです」
「必死?」
「私の元来の娼婦のイメージを覆そうと自分で自分に言い聞かせているんです」
お嬢様に言われたように、彼女達がこうなったのは彼女達の責任ではない。女として生まれた生きづらさを何とか自分達の力で立ち自立しているのだ。
しかし娼婦はいやらしい。体を売る汚い女。こうなってはいけないと言われた価値観が身に付いてしまってる。
「…一日そこらで急に価値観を変えるのは難しいわよ。でも、努力してくれてるのね」
「…子どもの頃から…言われてきたので」
「とりあえず今は…無理に変えないで…私達を泊まらせてくれる事に感謝するわ」
「決めたのは、お嬢様です」
私は何も決めていません。
お嬢様に言われて気付いただけですから。
温め直したスープと追加で作られたサラダに食器を持って行く。
外の小さな灯りの下でジャスがお嬢様の側から離れて黒髪と金髪の彼女達に撫でられていた。
「おかえりミア、メアリ」
「ただいま戻りました」
五人分となると流石にテーブルが一杯になる。メアリと二人きりだったが特に険悪な雰囲気にもなっていなさそうでひとまず安心する。だからと言って仲良くなっている様子も無かったが…。
「…テーブルに一杯食べる物があるなんて」
「野菜だけはあるのよ。町のレストランに納品もしているの…さあ召し上がって下さいな」
全員が椅子に座るとようやく食事を再開出来た。
スープは五人で分ける事になったため多くない。サラダを食べようとして手を伸ばした時に私のサラダの皿を見てエリザが止まる。
「…何それ?」
「え?」
「何が野菜にかかっているの?」
エリザがそう言ったのを聞いて私の元に視線が集まった。私の野菜にかかっている白い物。
「これ?マヨネーズ」
「…マヨネーズ?」
「お嬢様が開発した調味料です」
「開発した??」
「卵と油で作るのよ」
「卵と油??」
私が開発した、訳ではない。
リリナと話していた時に大量にある野菜の調理をどうするか話していたのだ。シンプルな野菜スープに生のまま食べるのを話していた頃にリリナが“そう言えばサラダにドレッシングとかは?”と尋ねられてドレッシング?が何か分からないが塩や後はオリーブ油などと答えるとリリナはそれだけだと少ないと言い彼女がこちらにある物で作れそうな調味料を探して教えてくれたのだ。
それがマヨネーズだ。
卵と油、塩と酢を混ぜて作り、初めはこれで何が出来るのかと思いながら作ったが出来上がったそれを舐めると衝撃を受けた。ミアにもその味に衝撃を受けていた。作り方と何故出来たとかと聞かれてミアのように料理をしてみたくなり適当に混ぜたら出来たと嘘を吐いた。
「…独特な匂いね」
「騙されたと思って」
知らない調味料を恐る恐る口に運ぶと三人の顔が変わる。これは何だ。初めての味だけど美味しい!野菜と凄まじく合う!
「野菜が美味しい…!」
「もうちょっとだけ…使っても?」
「どうしよう…止まらない」
美味しい食事は人を明るくするらしい。先ほどまであった僅かな緊張感が解れていく。温かいスープにお腹を癒してオレンジを食べてカモミールティーでひと息つく。
「……こんな風にするの久し振りだわ」
「そうね…」
「いつも夜は慌ただしいもの」
そう言って深く椅子に座る。私も真似て深く椅子に座り夜の深い空を見た。
「…ねえ」
そのままの体制でメアリが尋ねる。
「え?」
「あなたの事を聞いてもいいかしら?」
「私の事?」
「そう。アリヤ…さんでいいかしら?」
「呼び捨てでも構わないわ。私はただのアリヤよ」
「…アリヤ。あなた…この屋敷の持ち主でいいのよね」
「ええ。ここにはお祖父様とおばあ様が住んでいたのよ」
「そうなの?」
セイラとエリザも身を乗り出して聞いてくる。その様子をミアが心配そうに見つめたが大丈夫だと目で伝える。
「どうしてここに一人で?」
「元々婚約者がいて結婚する予定だったのだけど…私とは違う女性と駆け落ちしたのよ」
「え!?」
メアリが声を上げて驚く。セイラとエリザも同じ様に目を見開いて驚いた。
それから包み隠さずに説明をした。婚約者が駆け落ちし、婚約破棄になった事。その事を責められた事。実家が王家や貴族御用達のホテルであり、その発展に貢献する予定だった結婚が無くなった事で家族から厄介払いされた事。
そして家主がいなくなったこの屋敷にやって来た。
このまま終わる訳にはいかない。課題は山積みだがこの屋敷をホテルとして開業し、経営者になる事を望んでいると話すと三人は口を開けていた。
「馬鹿な夢だと思ってる?」
「ち、違うわ。違うのよ」
メアリが慌てて否定する。
「…そんな風に語る女はいなかったから」
「…そうね」
「そして行動に移す女もいなかったから」
「そうよね」
「…強いわね。アリヤ」
「まだまだよ」
これはらもっと強くいかなければいけない。
「ここをそんな風に」
「まだやらなきゃいけない事がたくさんあるけどね」
泊められるような部屋もまだ三部屋しかない。
食事も終わり食器を片付けるミアに今度はセイラとエリザが手伝いを名乗り出る。困惑しているようだが私は先にメアリを部屋に案内するために三人に食器の片付けを任せてしまおう。
「お願いね。ミア」
「わ、分かりました。お嬢様!」
「指示を頂戴?メイド長」
エリザがミアに言う。
「私も手伝うからね。メイド長?」
セイラも笑って言う。ミアは困惑したまま二人を案内した。
部屋に案内して扉を開けるとメアリは目を丸くしていた。
「…こんな、いいの?」
「いいのよ」
「…でもごめんなさい…ここに三人は狭くて…」
「お一人専用よ」
「…え?」
この部屋を一人で?このベッドを一人で独占して?花が飾られているけどこんな風にしてもらってもいいの?知らない柄の…私と髪と同じ色のベッドだわ。
そう段々と興奮してきたメアリに言われて気付く。
「あ、本当だ」
確かに偶然だが赤いベッドの部屋に赤い髪のメアリを案内していた。私としてはどこでも良かったが、メアリはとても嬉しそうだった。
「真っ赤で…刺繍も素敵だわ」
蕩けるような目で彼女は見つめていた。
「私の髪と同じ部屋を案内してくれるなんて…ありがとう!ありがとう!」
「…そんなこと無いわ!ここはきっとメアリのために作られた部屋なのね」
本当に偶然だがメアリにとても感動されたためそう言う事にしておいた。
「メアリ?」
食器の片付けを終えたのか、ミアがセイラとエリザを案内していた。彼女達はまだ部屋を見ていないらしくメアリは興奮したまま二人にとても素敵な部屋を案内されたと言って何事かと覗き込む二人もその部屋を見て驚いていた。
「…素敵な部屋!!メアリの髪と同じ綺麗な赤がある!」
「綺麗に掃除されてる…家具も素敵…」
セイラはメアリと同じ様に大きめな声を出して、エリザは静かに感動してくれているようだ。
「お二人はこちらですよ。一人一部屋です」
「どんなお部屋!?」
「私の部屋!!」
セイラとエリザも今日泊まる部屋を見て声をまた上げていた。メアリは二人はどんな部屋なのか見ると幼い少女のように声を上げてとても喜んでいた。
「……」
その姿を見て、今までに無いくらいに心が満たされていく。
「それじゃあ…どうぞ寛いで」
後は彼女達に自由にしてもらう。後程体を洗うための湯を持って行く事を伝えて扉を閉めた。
「…とても喜んでましたね」
ミアに言われて頷く。
「良かったわ。…すごく良かった…嬉しい」
「お嬢様が用意したお部屋が良かったんですよ」
「なに言ってるの?私一人じゃないわ。あなたも協力してくれた」
さあ次は彼女達のために体を洗う湯を用意して明日は朝に食べるご飯を早く起きて準備しなければ。
“良かったね。初のお客様”
寝る前にリリナと話す事が出来た。向こうももう夜は遅いため少し話してから眠ろう。
町がお祭り状態になっている事。メアリとセイラとエリザと言う三人のお客様が来た事。彼女達の事の事情を話そうとした時にリリナは既に彼女達が娼婦である事を知っていた。
「夢で見れたの?」
“うん。夢の中で町を見てた時に何か暗い通りがあって…そこにいた三人だね。そう言う事をしてるって事はまあ分かった”
「そう…説明の時間が短縮出来て良かったわ」
“ところで貴族が滞在してる間はその人達の家は民宿になるんでしょ?”
「ええ。貴族が町を出たら元に戻すとは言ってたけど」
“大変だね…家を追い出されて返されてかと思えばまたそうなるのかな?”
「今回この町に来た貴族の方は貴族の中でも位の高い方だから…一層町を良く見せようとしていたみたい。現に今までに何度か貴族が泊まりに来る時はあってと今みたいな騒ぎにはならなかったって」
“なーんか…臭いものには蓋をする、そんな感じで嫌だね”
「今後もそうなるかしら…」
頻繁にこんな事があるわけでもないが。どうも彼女達のような存在を軽んじているような気がする。
“そしたらいずれホテル経営が上手く行ったらアリヤが雇えればいいね”
「彼女達を?…ここに娼館を作るのはちょっと…」
“そう言うR18なお店じゃなくて…えーっと…バーとか?”
「バー?」
“接客には長けていると思うし一室をお酒飲める場所にして接客してもらうとか?”
「お酒の提供か…」
“性的サービスを無しにするから稼ぎは少なくなるかもだけど、体の心配をしなくていいしね”
「…リリナは」
“え?”
「本当に色んな事を教えてくれるのね。聞いて、あなたに教わったマヨネーズ、すごく好評だったの」
“油かなり使うからあんまりハマると太るからほどほどにね”
それにと、リリナが続ける。
“私はこっちのサービスを伝えるだけだよ。行動するのはアリヤ。アリヤがやらなきゃ実現しないの。すごいのは私が伝えたそれを実現しようとするアリヤの力だよ”
「その行動を起こさせるのはあなたのおかげよ」
“…お互い力を合わせなきゃ実現しないって事で”
「…そうね。協力あっての事ね」
それじゃ初のお客様のために頑張るため力を蓄えるわ。そう言ってリリナとの会話を終えて眠りについた。
朝、私とミアを含めて五人分の朝食を作る。一人一人に盛り付けてではなく、大皿にサラダを乗せてパンを切り切ったフルーツを置いておく。
貴重ではあるが、彼女達に栄養をつけてもらおうと卵を焼いて準備が整うといつもより眠れたと起きてきた彼女達が案内された朝食を見て一気に目が覚めたようだ。
「食べれる分だけ取って食べてね」
「いいの?」
「いいわよ」
「本当に?」
「いいのよ」
恐縮する彼女達は初めは少ししか取らなかったがそれを見たミアが勝手に追加をした。驚く彼女達に一言「朝は食べないといけません」と告げた。
ミアなりの優しさなのだろう。
その朝、彼女達から改めて泊まった感想を聞いた。
部屋は素晴らしい。アンティークな家具が素敵だった。
ただ古いためにギシギシと音がなるのが気になった。
体を洗うためのお湯を提供してくれたのは嬉しい。しかし、部屋で使うので部屋を濡らさないか心配だった。
少しすきま風があった。
それ以外はすべて素晴らしい。宿泊出来るようになったらまた利用したい。との事だ。
「すきま風か…そこに寝ていないから分からなかったわ」
「体を洗うための専用の場所…バスタブがあるお部屋にします?」
「あそこまだ使用するにはちょっと…窓が割れてるし」
利用した人の目線から新たな課題も見つかった。大きな収穫だ。
「本当にありがとう…」
貴族は一晩だけこの町を利用するだけだ。恐らくお祭り状態だったのも今は落ち着いているだろう。
メアリ達は荷物をまとめて帰る支度をし、私達に頭を下げた。
「いいのよ。ホテルとして一歩前進出来たわ」
「また、是非…今度は正当な料金払うわ」
「いつになるか分からないけど…楽しみにしてるわ」
「こちら、お土産です」
ミアに渡してもらったのは大量に作ったカモミールティーを小分けにした物だ。それを受け取りメアリ達はまた深く頭を下げた。
「…応援させてね。アリヤ」
「ありがとう」
「ミア。あなたも」
「ありがとうございます…」
「ところで…」
「ん?」
どうして体を洗う時にあんなにアロエを推していたの?
…アロエは万能だから…使って欲しくて…。




