初来客
アロエは食べて良し薬にして良し美容に良しらしい。リリナが言うには彼女の世界ではアロエは万能薬のように聞こえた。
一応使われてはいるが、薬としてだ。食べたり美容に使ったりは聞いた事が無い。カモミールティーの準備を終えてジャスと一息ついて遊ぶ事にする。広い庭を元気に駆け回り時折こちらを見てくる。かしこく強い彼がいるおかげですっかり悪戯してやろうと言う輩は近付かなくなった。
“猛犬注意って…なにこれ怖っ”
近付かなくなったどころか恐れる声まで聞こえてしまった。
「お嬢様」
「おかえりミア」
「ただいま戻りまし…あぁぁ…ジャスもただいま」
いつも通り町に野菜の納品と買い出しに行っていたミアが帰って来る。ジャスに元気に出迎えられて転びそうになっているので手を叩いて呼ぶと尻尾を振って元気に戻ってきた。
「今日何だか町が騒がしかったんですよ」
「何かあったの?」
「えぇ…隣国の貴族がこちらに参るそうですよ?」
「そうなの?」
「レストランの店主殿が詳しく聞かせて下さいました」
この国と隣国は友好関係だ。時折貴族同士や王族同士がお互いの国に招いて交流を深めている。場所は当たり前だが城下町であるためそのため通過点となるこの国に貴族がやって来る。
城下から兵士も来るためこの町の住人は貴族の姿を一目見ようと浮き足立ち、隣国からやって来る警備の兵士やこの町で合流する自国の兵士がこの町に恐らく泊まるため宿泊場や飲食店は商売の時間だと気合いを入れている。
「だからなのね」
「あちらこちらで熱を感じました」
「兵士に利用されれば評価も上がるしね」
国のために働いている兵士に憧れを抱く平民は多い。そんな彼等に自分達の店を利用されれば平民からも人気が出る事は間違いない。宿泊場も黙ってはいない。貴族や彼等を警護する兵士を一目見ようと町に他の地から訪れる者もいるため、宿泊先を提供して溢れればチップを要求していつもよりも更に儲けようとするはずだ。
「今の時点では…私達には関係の無い話かもね」
「…でも貴族や王族の方がここを通るのはまたあるでしょうしその時にはきっと営業許可も出ていますよ!」
「そうね…、いちいち後ろ向きになっちゃ駄目ね…!」
とは言え暗い気持ちが出てしまう。
ダメ元で行ってみたのだ。ホテルとして営業するために営業許可を貰いに領主の元に行ってみたが話すら聞いて貰えなかった。
しかも髪を短くした私を見た領主の屋敷の警備が驚き信じられないと言わんばかりの顔を浮かべた後に用件を鼻で笑いながら聞いて“お嬢さん。ごっこ遊びはやめましょうね”と言われると手で払いのけるような仕草をされてしまった。
(女が店を構えるのはやっぱり男の後ろ楯が必要か…)
あの時私の隣に男性がいたなら領主は営業を許可するために話を聞き必要な手続きをしてくれたのだろうか。
「…名前を上げられそうな時に何も出来ないのは悔しいわね」
「まだこれからですよ」
「そうよね。いつか吠え面かかせてあげるわ」
「お嬢様最近言葉遣いがよろしくないですね」
「……かもね」
リリナから舐められないようにと教えてもらっているからだろうか。
アリヤの世界が騒がしい。スマホゲームを起動してみるとイベントが開催されていた。どうやらこのゲームの最初のイベントなのか私にはどういう事がこの世界に起こるのかだけ知らされていた。
アリヤの今住む地方の町は国の中心である城下町に行くための通り道。そこに隣国の貴族とこの国の貴族が交流を深めるために城下町に訪れるそうだ。
(あー、だからか)
夢の中で町の様子を見たが確かにいつもよりも人々が忙しくしておりたくさんの人がいた。
“…リリナ?”
「あ、アリヤ」
“お疲れ様。お仕事は終わり?”
「終わった終わった。今は部屋でのんびりしてるよ」
“リリナのお家ね。見てみたいわ”
「ん?見る?狭いからすぐに見終わるよ」
スマートフォンを部屋に向けて歩き回りアリヤに説明する。
“これはリリナのベッド?”
「うん。お値段以上の家具を提供してくれる家具屋で買ったの」
“素敵ね。かわいい柄の枕にカバー…あら?ベッドの下に引き出しがあるわ?”
「狭いからね。でも物があるから収納性が欲しくて収納付きのベッドを買ったの」
ベッドの下を開けて見せると中にはタオルや靴下などが詰め込まれている。あちらこちらに収納出来る家具を手に入れたので見た目は整理整頓された部屋に見えているはずだ。
“机の上に…かわいいランプがあるわね!”
「かわいいでしょ?チューリップ型のテーブルランプ」
“ラグも真っ白でふわふわね…素敵だわ”
「自分の好きをとことん詰め込んだからね。あとここは…」
部屋を見せて後はお風呂とトイレを見せる。水洗トイレはアリヤの世界に無いため不思議そうな顔で見ていた。お風呂はここだと見せると小さなバスタブにアリヤはこれまた驚いていた。
“足を伸ばせないわ”
「一人暮らしの部屋だからね。これで十分だよ」
“そうね…そうか一人用”
「そう言えばアリヤの屋敷にもお風呂は?」
“バスルームはあるわ。お祖父様とおばあ様が使う用とお客様用のバスルームが二つあるの”
「広い?」
“二、三人かしら…入れて…”
「そっかー…大浴場があればいいけどね」
“大きなお風呂は大変なのよ…庭の井戸から水を汲んで沸かしてお湯を運んで…”
「あ、そうか給湯器なんて無いから…」
“きゅうとう…?”
「自動でお湯を沸かす装置かな」
“便利ね!”
私の世界にもそんな便利なものがあればいいのにとアリヤが呟く。バスタブはあるからお風呂に入れる事は可能だがそれまでが大変だと言う。
「バスタブ一杯に沸かしたお湯を運んで…やっている間に冷めちゃうわ」
“そう。そうなのよ。前に試しにミアと二人でやってみたけど…終わらないわ”
だから今はお湯を桶に入れてそれで体を洗っているの。
「バスタブの下に薪でも設置出来ればいいけどね」
“それなら水を運んで後は火を着ければ終わりね”
そしたらだいぶ楽になるかもしれないわと二人で笑う。
「まあ出来るところからやりましょう。とりあえずお風呂はしばらく人手不足のため桶に入れたお湯を渡して」
“それで終わりかしら?”
「タオルとか体を拭くものを渡して?」
“使えそうな布はたくさんあるわ”
「体を洗う…ボディーソープとかシャンプーとかは…石鹸?」
“そんな高価の用意出来なくて…”
「高価なの?」
“うん。香り付きなんてとってもね。だからかなり裕福でもない限りは頑張って買った石鹸を少しずつ少しずつ使うのよ”
それで無くなりそうなら灰を使って髪を洗ったり体を洗いもしくは香りで誤魔化すか。何なら香りで誤魔化す方が多い。
「じゃあ手に入るまでアロエで行こう。アロエで」
“何でそんなアロエを…”
「おばあちゃんが育ててよく世話になってたからね。アロエは万能だよ」
“か、考えておくわ”
そう言って今日の会話は終わった。
私のアロエ推しに若干アリヤの顔がひきつっていたようだった。まあ彼女は元々は良いところのお嬢様であってこう言った知恵とはあまり縁が無いなかもしれない。だがきちんとその知恵を吸収してくれている。それは有難い事だ。
「あ…」
イベントが進んでいる。どうやら後三日もすれば貴族がこの町に宿泊するらしい。領主はここで良い姿を見せようとして町の影に潜む存在を隠すように命令していた。
宿泊場は稼ぎ時だと言わんばかりに貴族の姿を一目見ようと訪れた平民の客の宿泊を一杯だと嘘を吐いてチップを貰い高額なチップを払った客から空いていないはずの部屋を案内していた。
「嫌だねぇ。真っ当な商売をしなよ」
そんな私の独り言はきっと彼等に届いていないのだろう。
「美味しいです!」
「良かった…」
リリナが調べてくれた通りに作ったカモミールティーは上手く出来ていた。町が貴族の到着で騒がしくなりこのまま町に行ってももみくちゃにされてしまいそうだと感じ、予め三日分の食料の買い込みをしていた。レストランにも野菜の納品をいつもよりも多めにしておき、この町に来て以来初めてだろうか。こんなにゆっくりした時間は。
「今日はのんびりジャスと遊びましょうかね」
「いいわね…庭を駆け巡って…どうせ誰も来ないでしょうし」
「それじゃ庭にテーブルを出しましょう!誰も来ないなら日を浴びてリラックスするんです!」
「素敵ね!」
ミアの提案で屋敷に残された家具の中でも軽いテーブルと椅子を運び丁度良く日が当たる場所に設置する。テーブルの上には自家製のカモミールティー。庭で採れたオレンジを切り、ジャスには彼の好物の野菜を食べさせる。
「今日は夜もここで食べませんか?明かりを持ってきましょう」
「そうね。外で食べると気持ちいいものね」
「節制するのも良いですけど…たまにはいいですよね」
夜になりミアが夕飯を作り始める。ここで採れた野菜を使ってスープを作りサラダを作りパン割れていないアンティーク皿に乗せていく。
“ミアさんって家事は何でも出来るの?”
「うん。初めて会った頃から出来て…何で出来るの?って聞いたらずっと教えられていたみたい」
男性よりも高い身長の彼女は嫁に行く事は出来ない。それならどこか良いところの使用人として役に立つようにと、家族にずっと掃除や料理、洗濯などの家事を教えられていたらしい。
“あんなスラッとした美人さん…背が高いだけでそんな風に人生決められるのはやるせないな”
鏡の向こうでリリナがそう呟く。
「男性を見下ろすのは失礼に値する…なんて言われてね」
“そんなん男がちびなのが悪いよ。悔しいならヒールでも履いてみろって”
「そうね…生まれ持った背丈や身分は自分でコントロール出来ないものね」
“そうそう…あ、ジャス~もふもふジャス~”
ジャスからすれば一人で鏡に向かって話しかけているように見えるだろう。そんな私と私が持つ鏡を不思議そうに眺めている。
リリナはそんなジャスをもふもふ、ふかふかだと言って愛でていた。彼女の住まう“アパート”とやらは動物を飼えないらしく、ジャスでその叶わない欲を満たしていた。
当のジャスはリリナを認識出来ていないのが悲しいが。
「お嬢様ー!出来ましたよ!」
「分かった!ありがとう!すぐに向かうわ!」
“夕飯出来た?”
「うん。庭で食べてくるわね」
“いいね。私もベランダで食べようかな”
「素敵ね」
“まあ…人に見られるからやらんけど…それじゃまたね”
「えぇ」
鏡が元に戻る。
自分の顔しか映さなくなったそれを置き、ミアが待つ庭に出るとランプで灯されたテーブルの下にミアが作ってくれた料理が並んでいた。パンやハムとチーズは市場で購入した物で、残りの野菜や果物はこの庭で採れた物だ。
「いただきましょう」
「ジャス。今日は贅沢ですよ?」
野菜を納品しているレストランから骨を貰いました。
ミアから骨を受け取ると何とも嬉しそうにかじりつき、こちらも彼に続いて食べる事にした。ミアが作る料理は美味しい。野菜ばかりで申し訳無いと言うがむしろ野菜が良い。体の調子が本当に良いのだ。
リリナ曰く、お肉も魚も良いが野菜を食べている方が体が綺麗になるらしい。平民が頻繁に食べる事が出来ない肉を食べてこそが貴族。そんな風潮があるがここに来ての生活で貴族の食生活を続けては体を壊すのでは?と感じるようになった。
「お嬢様」
「ん?」
「今実ってる畑の他にもいくつか空いている畑があるじゃないですか」
「あるわね」
「私、あそこにも何か作ろうと思います」
「出来るの?」
「そこなんですよね…私、農業の心得は無いので…」
自分達の力で勝手に実っていた作物とは別に何か新しい物を、これからの季節に向けて収穫出来そうな物を作りたい。
しかし専門家ではないので失敗するかもしれない。それが怖い。
「出来れば鶏も…」
「あら…?」
今後の事を考えながら話していると何やら音がした。ジャスがすぐに音の方向に走って行き吠えている。ただの物音、動物が通り過ぎた、枝が落ちた。そんな程度で済むかと思ったがジャスが吠えた声に怯えたような女性の声が複数聞こえた。
ミアと顔を合わせてゆっくり近付いて行くと、布をかけた柵から侵入した女性が二人…いや三人いた。
「ちょっと…どこかに行って!」
「吠えないでよ!止めて!」
「あ…っ!」
平民…にしては身なりが少々派手である。貴族のような派手さではなく人の目に自分を止まらせるように着飾り、赤い唇に胸元を見せつけるように出している。
「…無礼者!ここはアリヤ・アーバン様のお屋敷です!今すぐ立ち去りなさい!」
ミアが私を後ろに庇い彼女らに告げる。
「お嬢様…?ちょっと話が違うじゃない!ここに住んでる人はもういないって!」
「いなかったはずよ!ずっと空き家だったもの!」
「じゃあ何でいるのよ!犬までいるし!」
ここに誰もいないと聞いてやって来たのか。
派手な身なり、露出の激しい容姿。隙の無い化粧。
彼女たちは恐らく娼婦だ。
ジャスが相変わらず吠えている。その度に彼女たちはお互いを庇うように怯えていた。
「ジャス!止めなさい…」
彼を呼んで吠えるのを止めさせると彼女たちと向き合う。
「お嬢様…早く追い出しましょう…彼女達は…」
「分かってる…娼婦の方ね」
「そうです。いけませんよ…汚らわしい」
ミアがそう言って彼女達を睨み付ける。
「…そんな顔しないでよ」
一人が口を開く。赤髪の女性だ。
「人が住み始めたとは思わなかったの。でも…話を聞いてほしいのよ」
「娼婦のような方とお話する事はありません。立ち去りなさい」
「行く所が無いのよ!町が私達を追い出したの!」
「聞こえませんか!立ち去りなさいと、言いましたが!」
「だから話を…」
「ミア!」
とにかくここから立ち去らせようとするミアを止めて彼女達の前に立つ。赤髪と女性と目を合わせて事情を尋ねる。
「一体何故こちらへ?」
「……私達は」
やはり彼女達は娼婦で町で夜に働いていたが、突然追い出されてしまったらしい。
「どうして?」
「貴族達がここに泊まるのを知ってる?」
「聞いているわ」
「貴族様が泊まる間は私達のような身分の無い娼婦は排除するようにお達しが出たのよ」
「排除?」
赤髪の女性曰く。貴族が泊まる事でそれの見学、警備な兵士などで賑わうため娼婦も気合いを入れようとしていたが、その期間営業を許可するのは高級娼館のみとしてそれ以外の娼館はこの期間は酒場として営業するようにと言われたらしい。ただし、彼女達は娼館に属していない。後ろ楯は無しに自分の力のみで夜に町に立ち体を売っているらしい。
高級娼婦ではない。娼館に属してもいない。自分自身で生きている。そんな娼婦も少ないがいるらしい。
そんな彼女達を町の良くない存在として貴族が滞在する間は営業を禁止。営業場所としている自分自身の家も出るように言われてしまったらしい。
「私達は同じ家に住んで生計を立てていたけど…その家も町が賑わう間は民宿として使うと言われて…」
「家主はあなた達でしょう?どうして追い出されて…」
「…家の契約をした時に客の一人の男の名前を借りて住んだのよ…その男が民宿として使う許可を出したのでしょうね…」
「そんな事になるなら最初から娼館に属していれば良かったのでは?」
「お嬢様には分からないでしょうね…娼館だと確かに必要最低限の身分は保証されるかもしれないけど…男の雇い主に道具のように使われるのよ。客も選べないし稼ぎも抜かれるわ」
高級娼館にでも行かない限りは稼ぎを得られない。しかし高級娼館で働くのは教養や容姿を兼ね備えた女のみだ。
「私達みたいに女として一人で生きるのを決めた者からすれば夜に町に立ち客を選んで稼いだお金も自分の好きに出来るのはこの仕事なの。使用人として地位がある…お嬢様として育ったあなたには分からないだろうけど…」
赤髪の女性が手を強く握りしめながら話す。
「それなのに町の都合で家を奪われてしまった…町に立つのも禁止されてしまって…野宿をするには危険過ぎるの…」
そのため安全に夜を明かすために人が住んでいないと聞いたこの屋敷に訪れた。
話を聞いてミアは頭を抱えたが私は彼女達を真っ直ぐ見つめて考える。赤髪の女性も私を真っ直ぐ見つめている。
「……分かったわ…」
「お嬢様!?」
「ただし、無料でとは言わないわ」
「分かっているわ。掃除でも何でもするわ。お金も少しあるから…」
「違うわ。私が欲しいのは感想よ」
「…感想?」
「私はこの屋敷を誰でも利用出来るようなホテル…宿泊場にする予定よ。でもまだ途中なの」
「この屋敷を…?」
「えぇ。まだまだ全部屋営業出来るような状態ではないけど…ここに残された家具を使い掃除をして三部屋は泊まれるような状態にしてあるの」
あなた達にはそこに泊まってもらってこの部屋の感想を教えて欲しい。
「これが泊めるための条件よ」
「…お金は?」
「いらないわ」
「お、お嬢様…」
「ミア」
「はい!」
「彼女達は確かに娼婦です。ですが、自分が生きるために文字通り体を張り生きている立派な女性よ」
「ですけど…」
「今の話…彼女達に落ち度は無いわ。そんな女性をただ娼婦と言うだけで責め立てるのは違うわ」
「……」
「それに悪い事は出来ないわ。ジャスがいるし」
「…承知しました…お嬢様の言う通りに」
ミアは一歩前に出て彼女達に先ほどの非礼を詫びた。
「申し訳ございません。皆様」
「…仕方ないわ…忍び込もうとしたのは私達だし…あなたがそう怒るのも無理はない」
赤髪の女性も頭を下げた。
「さあ、どうぞご案内します」
初めての来客だ。




