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コンセプト

 アリヤの今いる地方は自然豊かだ。農業で生計を立てている人が多く、町の中心にはその地で取れた作物が並び、酒場やお店、小さいが劇団もあり町の人々の楽しみになっているらしい。宿泊場もそれなりにあるが、前に見た通り平民の泊まる場所は相部屋当然の窮屈な部屋。宿泊出来る場所が多いのが、この町がアリヤの住む国の中で一番栄えている中心街へ向かうのに通り道になっているかららしい。

 元々は国の様々な場所にその地を当地しているお偉いさん。領主が中心街に自分達の町の状況を伝えるために行く途中で休む場所が必要になったため、開発されて宿泊場の多い町になったらしい。

 しかし多いとは言えこの世界は身分によって泊まれる宿泊先が決まっている。自分はどこに泊まるべきなのかは看板の色によって分かるらしい。

 緑は平民の宿泊場。

 赤は国の兵士や関係者の宿泊場。

 そして黒に金色で縁取られたのが貴族や王族専用。

「アリヤはどうするの?緑の看板?」

“まずわね。と言うか宿泊場を始めるのにはまずは営業許可を取るんだけど…”

「女じゃ許可は降りないの?」

“だと思う”

 男性と言う後ろ楯が無いと難しいらしい。それをどうするか。

“とりあえず今はホテルを形にするわ”

「うん。無理しないでね」

“ありがとう”


 一ヶ月かけてやっと部屋が綺麗になってきた。 

 使う事が出来なそうな壊れた家具などは物置にした部屋にまとめておく事にする。可能であれば引き取ってくれるなり修理をしてまた役目を与えられそうなら与えたい。

「…あら」

 物置にした部屋を見ていると、ジャスがこちらにすり寄ってくる。あんなに警戒していたくせに今ではすっかり甘えて来る。ちなみにリリナに提案した名前を悉く却下されて最終的には初めの名前を短くした“ジャス”になった。

「少し手が空いたから遊ぼうか?」

 そう聞くと人間の言葉を分かっているのか返事をするように吠えた。


 屋敷の内部は見れるように綺麗にしたが庭はさてどうするか、庭師を雇って綺麗にしようと言いたいが生憎そんなお金は無い。草木が好きなように生えておりただただ広いだけの庭である。

 良かった事と言えばジャスが食べていた事で見つかった放置された畑に野菜が残っていた事である。ミアが収穫出来る物を収穫して形が綺麗な物は売りに出掛けており少し収入が増えそうだ。

「にしても…」

 畑も広い。

 祖父母は引退してここに住むようになってから随分体の事を気遣うようになったらしく、貴族は上質な肉や果実を食べるのに対して祖父母は健康に良いのではと言って野菜を中心に食べるようになっていた。

 人を雇い畑を作り、地に生える野菜を平民が食べる物だと毛嫌いしている貴族は多い。だがここに来てみて今の私達に買える食べ物は今までの肉多めの食生活と変わり、野菜や魚が中心だ。

 これが意外と美味しいのだ。

 しかも体の調子が良い。屋敷の掃除などで体を動かしているのもあるが、肌の調子も良くなっている。

「ねえ。ジャス…私ここに来た頃よりも綺麗になってたりする?」

 庭を元気に駆け回っていたジャスに聞いてみるが彼は何の事ですかと言わんばかりに首を傾げた。

「分かんないか?まあいっか」

 庭に出たついでにこれを屋敷の門にかけましょう。

“ここに番犬がいるぞって分かるようにしたら?そしたらからかいに来る奴は減るでしょう?”

「これでいいのかしら?」

 リリナに教わった通りに屋敷の門に赤い文字で書いた“猛犬注意”の文字。リリナの世界ではこう警告することで引いていく悪意もあるらしい。

「後は…」

 屋敷の掃除で出たぼろ布を持ちながら屋敷の庭を回る。その隣をジャスが着いて来てくれるので心強い。いなければ…恐らく歩けないだろう。

「あった。ここね」

 屋敷を囲むようにある柵の一ヶ所が大きく壊れている。経年劣化ではなく大きな何かがぶつかったように壊されておりそこから容易く侵入出来るようになっていた。

「えーっと…」

「お嬢様?」

「ミア!おかえり…いいところに」

「門を開けたらジャスが迎えに来てくれましたよ」

「良い子ね」

「それと聞いてくださいよ!お野菜思ってたよりも良い値段で買ってくれまして!」

 初めに売りに行った店はかなり安い値段をつけられたんですが…お嬢様の言う通りに少し離れたレストランを尋ねたら喜んで買ってくれましたよ!

 そうミアが上機嫌に話す。

「でもお嬢様…そんな場所にレストランがあるなんてどうしてご存知で?」

「…お祖父様がこの町の話をされていた時に聞いたのよ」

「なるほど…」

 本当はリリナから聞いた話だ。

 彼女が知るこの世界の情報でこの町の外れにあるレストランがいつも野菜を卸しているお店の主人が他に高く卸せる所が見つかったから野菜が手に入らなくなってしまって困っていると聞いた。

 本当にその通りらしく、ミアが売り込んだ野菜は向こうからすれば天の助けにも見えたかもしれない。

「まだたくさんありますから…明日も持っていく約束をしてます!」

「良かった…少しでも収入が出来て」

「ええ!…ところで今は何を?」

「この柵をどうしようかって」

「…こんな風になってたんですね」

「とりあえず…この布切れで目隠しでもしようかと」

「そうですね」

 女二人と応援の犬でぽっかりと空いた柵を隠すようにして布をかける。

「あとちょっとこれを…」

「何ですか?」

「不届き者へのプレゼントよ」

 丁度足元に引っ掛かるように紐状にした布を何本も張り、引っ掛かると無様に転ぶようにして更に侵入に気付くように鈴をつける。

「もしこの鈴が鳴ったらジャスと一緒に懲らしめてやるわ」

「やってやりましょうお嬢様」


 仕事を終えてスマートフォンに触れるとアリヤと話せるようになっていた。

「へえ。良い値段で売れたんだ」

“ええ。素敵な家族も増えたし収入も少し出来たし”

「収入か……ちなみに何だけど、アリヤがホテル経営や野菜を売らなかったら生活ってどうする予定だったの?」

“祖父母がここの領主をお世話していた事があったから必要最低限の生活は保証される予定だったの”

「それじゃもし上手く行かなくても生活は出来るんだ」

“…口では保証すると言ったけどここに来てからそんな事されてないのよ”

「え?嘘なの?」

“慰謝料と元の家からドレスやアクセサリーをいくつか持ってきているのを知ってるから資産はあるんだろうとされて何も貰ってないのよ”

「…最悪だ」

“そうね。でも予想はしてたわ”

 祖父母がここにいた頃はこの地にたくさんの税金を払っていたけど今は無い。やって来た孫娘はそんなお金は無いし逆に生活を保証しなければいけない。

 とりあえず保証はすると言っても何かと理由をつけて今後も保証は無いだろう。そうして野垂れ死にになってもこれで本当に厄介払いが出来たと清々するに違いないと、アリヤは淡々と話す。

「…そう言えば、畑の野菜ってたくさんあるの?」

“あるわ。果樹もいくつかあるし”

「それなら健康的なご飯を提供出来そう。大きなお皿にたくさんの野菜サラダを乗せて好きなだけ食べてもらって」

“好きなだけ?”

「ビュッフェスタイルだね」

“…あぁ!あなたが朝に食べていたご飯ね!”

 ホテルの朝にはよくある光景だ。たくさんの料理が並んで自分達が食べたい分だけ取り食べる。

 選んでいる時はいかに自分の朝の食欲を満足させるか悩むものだ。

“でも…あなたの世界みたいに出来るかしら?”

 アリヤ曰くそう言ったスタイルは馴染みが無い。アリヤ自身も初めて見たと言う。そもそも自分で好きに盛り付けると言うのを貴族であるアリヤはしたことがないため遠い文化のように思えたと言う。

「でも…好きな食べ物を好きなだけ食べれるし、一度にたくさん作ってあとは大皿に乗せてだけだから作る側からしても…楽?なのかな?」

“なるほど…”

 まずは用意出来るものから始めよう。料理を作るシェフも雇えるか不安なため料理を用意するのはアリヤやメイドのミアになるかもしれない。

「サラダにスープにパン並べて、デザートにフルーツでいいじゃん?」

“そんな簡単でいいのかしら?”

「だから平均的な一食の価格を安くして提供するの。その後に商売が軌道に乗ればビュッフェの種類を増やしていって価格を上げるの」

“そんな事していいの?そしたら前はもっと安かったって…言われてしまわれない?”

「そしたら…もう何か…“格安プラン”とか作って朝食をシンプルにして以前の価格で提供する宿泊プランを作るとか?」

“…宿泊費を固定しないの?”

「うん。そんなもんじゃない?こっちでも世間が連休の時は通常よりも高くなるし、逆に泊まる人が少ない時だと一泊のホテル代も安いんだ」

“そっか…そうか”

 そっちは年がら年中同じ価格なのかと聞くと、基本的にはそうらしい。追加料金で一食食べたりすれば価格は変わるがこちらの世界のように時期によって大きく変わる事はない。

「あれ?そしたら祝日とかの概念は無いの?」

“学校がある日は平日。無い日は休日と言うのはあるわ。それ以外はこの日がお休みと言うのは無いわね”

 あるとすれば例えば王家の誰かの誕生日だとか、成婚やら誕生など。そう言った出来事があると祝うために祝日になる事もある。

「その時はホテルも混むでしょ?アリヤのお家のホテルも混んだりした時は一泊の価格を変えたりしないの?」

“変えないわね。その代わりにチップを多く払うとか…”

「あ、そう言う事か」

 一泊の価格は変わらないがチップを出す文化があるらしい。宿泊場が混み合っている場合は一泊の料金に加えて気持ちとしてお金を出して、そのお金が多い客から優先されるらしい。

 世の中金か。

「チップってどうなの?」

“うーん…私の世界では当たり前の事だし、それをあてにして生活している人もいるから”

「無しでもいいんじゃない?結局チップだとお金がある人が優先されるから不平等が生まれるし」

“確かに…全てが平等であるべきね”

「まあでも、過剰にサービス要求するような奴には厳しくいこうや」

“分かったわ”


 ここで採れる野菜を使った簡単な朝食を提供する。提供方法は大皿に並べてそれを各自で好きなように取ること。ただし取り過ぎる者がいないように注意が必要。

 宿泊料金の価格は日により変動させる。リリナの世界を真似て早いうちに予約している場合はいくらか料金を割引しておく。その場合は予約している客が当日現れない場合の事を考えて料金は前払いにしておく。

「うーん…」

「思っている以上にやることが多いですね…」

「大体の宿泊場って…寝るところを用意したらそれで完成だものね」

「料理を提供して一人でも泊まれる部屋を作って…」

「家具はここに残っているのを使うとして…テーブルやランプはいいのよ。綺麗に残っているから」

 寝具がぼろぼろだ。ベッドはあるが、シーツやそう言った布製品が無い。今の僅かな収入からそれらを揃えるのは難しい。

「…全部の部屋を使える状態にしてからでなくても…使える部屋だけ解放して宿泊出来るようにしようかしら」

「私達の部屋を除いて人が泊まれそうな部屋は…三部屋ですかね」

「そこだけとりあえず提供しようかしら」

「そうなると…あれですね」

「…あぁ」

 そうだ営業許可が必要になる。

「…部屋を整えたら行くだけ行ってみようかしら」

「お供します!」

「ありがとうミア」

 ジャスもそれに応えるように鳴いた。彼にもありがとうと告げて頭を撫でる。


 屋敷に残されていたシーツなどのリネン類。祖父母が買い集めていたいたのだろう。異国から取り寄せた不思議な柄の物が多い。ここに来た当初から既にぼろになった物を除いて何とか洗えば使えそうなのがこれらだ。

 赤地に花の刺繍が表に施されている物や、青地に月や星が描かれている物。緑に動物が走っているような模様が施されたそれは重く、洗うにのに一苦労だった。重さの分とても丈夫だったのだろう。だから何年も形を保っていられた。

「乾くのに時間かかかりそうね」

「これだけ重いと一日で乾燥が終わらなさそうですし」

 屋敷のバルコニーに沢山の水分を吸って重くなったリネン類を干しておく。水滴が垂れていき下の庭で遊んでいたジャスが雨でもないのに降ってきた滴を不思議そうに見上げていた。

「部屋も少し模様替えしましょ」

「そうですね」

 すぐに人を泊められそうな状態にするために部屋を整える。掃除はしたがもっと細かな部分も掃除をし、何も無かった花瓶に庭に咲いていた花を活ける。時代から取り残された家具ばかりではあるが、それがアンティークな雰囲気を出していく。

 窓を開けて外の風を目一杯部屋へと送ると、窓から木々のざわめきが気持ち良く入っていくるのが分かる。

「気持ちいいですね」

「本当、ここに誰か早く泊まってもらって…癒されてほしいわ」

「すぐ出来ま…すとは簡単には言えないんですよねえ」

「ミアは正直ね」

「すみません」

「でも、根拠もなく出来ると言わないのは好ましいわ」

 変に慰められるような真似はされたくないもの。

「…少しずつやりましょう」

「そうね…まずはこつこつ」


 ようやくベッドを彩る寝具が乾いた頃だった。アンティークな家具に赤や青、緑が加わると部屋は一気に明るくなる。

 これならいつでも誰が来ても大丈夫そうだと思い、リリナの世界のホテルを真似して余って何とか使える状態のタオルを部屋のチェストに仕舞う。

「お嬢様、これも洗い終わりました」

「ありがとう。これも…異国のね」

「お好きだったんでしょうね。この国の物が」

 シーツや寝具類以外にあったのは寝具類と同じ国の物だろう。これまたしっかりたした生地の服だ。この国のドレスのようにコルセットなどで締め付ける必要が無いゆったりとした明るい色の…ドレスだろうか。

「おばあ様のお部屋にあったのドレス…異国の物ばかりね」

「そうですね」

 亡くなった時に屋敷にあった宝飾品やドレスは遺産として家族の手に渡ったが、異国のドレスや寝具はこの国で使うのは憚れるためか置き去りだ。

 コルセットで締め付けた細い腰が美しい。この国の伝統的な柄や装飾品が結局一番好ましい。

「…このドレス、素敵なのに」

「そうですよね。締め付けられる事も無いし…楽そうで…ネグリジェみたいですし」

「…そうか、ネグリジェ」

「ん?ネグリジェにされるんですか?」

「ピッタリだと思うわ。楽だし洗ってみたらさわり心地もいいもの」

 外に着て何か言われるならネグリジェにしてしまおう。そうすればここに泊まりに来た時の荷物を減らせる事が出来る。

「それと…」


“それカモミールじゃない?”

「えぇ、庭に生えていたわ」

“カモミールティーにする?”

「…出来るの?」

“確か出来るよ。ググるね”

「ぐぐる…?」

 リリナはそちらの世界の言葉なのか時折分からない言葉を言う。何でも知りたい知識をすぐに調べられるらしく、彼女は庭に咲いていたカモミールから紅茶を作れる方法を教えてくれたため私はすぐにメモを取る。

“野菜も果物も採れて花も咲いてるのいい庭だね”

「…それがね。ミアがレストランに野菜を持っていった時に聞いたんだけど…」

 どうやら屋敷は誰も管理されていないのをいいことに町で出た生ゴミやらをこの庭に捨てに来ていた人達がいたらしい。

“えぇ?そんな事してたの?私有地に?”

「注意する人もいなかったから…でも結果的にそれが肥料になったりして育ったんでしょうね。庭に植えたけど育ち過ぎて管理仕切れなくなったのを庭から抜いてここに投げ捨てた人もいるみたい」

“…だからそんなたくさん”

「結果としては助かってるけどね…」

“今どれだけあるっけ?育ってるの”

「えっと…」

 キャベツにじゃがいも、ニンジンにアスパラ。トマトも大きいのが生っている。

 果樹はオレンジが実っている。

 そしてカモミールの花と凄まじい量のアロエがあった。

“アロエあるの?食べる?”

「……食べる?」

“化粧水にしたり食べたり薬にしたり?”

「…出来るの?そんな事」

“うん。調べておくよ。確か使えたよ。私も子供の頃に火傷したところに塗ってね”

「へ、へぇ?」

 私には馴染みが無かった使い方だ。

“でもそれだけ揃ったら十分だね”

「まだ三部屋だけど部屋は整ったわ」

“サラダにフルーツ、健康的なご飯を用意して”

「部屋ではゆったりした異国のドレスを着て過ごしてもらうの」

“カモミールティーを飲み放題して気分もリフレッシュ”

「お土産にアロエを持たせる?」

“いいじゃん!”

「…じょ、冗談のつもりだったけど…」

“渡しておきなよ!なんならカモミールティーも大量に作れたらかわいい袋に入れてさ!お土産に持たせなよ!そしたらリピーターになるよ!?”

「そ、そう?」

“こんなに良くしてくれるなんて…また来よう!そんなホテルを目指すの!”

「…そうか…そうよね!」

 使える物は使いましょう。ここに捨てられた物達を甦らせて新たに人を喜ばせる役目を与えよう。


“でもまず営業許可と客が来ないと意味が無いか”

「…気分が今すごく落ちたわ」



 

 

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