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どこへ行こうかな

 明星さんは勤めている会社でもサービス終了は延期出来ないかと意見してくれたそうだが、会社としては利益が出ない物をずっと置いておくのは無理だとされて終了する事は変わらないままだった。

 そりゃそうだ。私だって社会人で利益が出ないのならばもうそれを置いておく必要も作り続ける理由が無い。それはもうボランティアの域だ。

「サービスが終了する…その事はアリヤの世界には伝わるんでしょうか?」

「分かりません。ごめんなさい」

「いえ…そうですよね」

 明星さんも自分に残された力が思いもよらぬ方向で発揮されて転生前のやり方と同じ様に祈りを捧げてはいるがそれがどういう方向に行くのか分からないらしい。

「もしかしたら、なんだけど…」

「はい」

「別の世界に引っ張られる可能性もあるかもしれないんです」

「別の世界に?」

「異世界転生、私達が知らない…数えきれない程の異世界があると言いましたよね」

「そう…ですね」

「私がかつて存在していた世界みたいにこの世界の人が力を求められて引っ張られる無数の異世界が存在しています」

「アリヤのゲームの世界も言わばその一つですよね?」

「はい。だから…サービス終了してその世界が無くなったとしても…彼女達の世界に近い異世界に引っ張られるかもしれません」

「…そうしたら」

 そうすれば完全にアリヤ達の存在は消えないはずだ。ただそれはあくまで明星さんの予想であるため本当にそうなるかはもうサービスが終了しない限りは分からない。

「…でもどっちにしろ」

「アリヤ達とはもう…会えない可能性はありますよね」

「あります」

「…アリヤの作り上げたホテルは残りますかね…」

「……今いる世界で作り上げた物が…そのまま運良く他の世界に持っていける可能性は…低いと思います」

 明星さんは前世の聖女としての力は僅かだが持っていた。しかしそれ以外、容姿は勿論その生まれた世界に合わせる事になるし家族も違う。明星さんは前世はブロンドに青い目をしていて家族は聖女として選ばれるまでは明星さんを穀潰しだと罵っていたらしい。

「穀潰し?」

「体が強くなくて家の仕事や働く事も出来なかったのです。でも聖女に選ばれたら手のひら返して流石我が家の娘だって」

「毒親だ…」

「聖女の家族には一生涯の生活の保障がされるから…今思えば前世の家族が贅沢してたのも私が殺される一因だったかもしれません」

「それでも今は」

「今は、本当に普通の家族…前世とは比べ物にならないぐらいに」

 だからきっと環境が変わってしまう。アリヤが築いた物は無くなっても人生が再スタートする事になるかもしれないと言う。何も無くなるよりは良いとは思うが…それでももし、もし今アリヤがいる世界よりももっと生きづらい世界だったら。

 女性の社会進出を進めている叔父様のような方がいない世界だったら。

 家族から追い出されたアリヤの側にいてくれたミアさんがいなかったら、頼りになれるロアさんがいなかったからお手伝いしてくれるシャーリィちゃんが、メアリさんがセイラさんがエリザさんが…。

 夫となるアレックスがいない世界に生まれ直すかもしれない。

「……私は」

「星野さん?」

「私は…無力…」

「…星野さん」

「…やっと、やっとここまで来れたのに…」

「……」

 明星さんは私にも力があると言うがこんな時に何も出来やしない。さよならを言う覚悟も無いままに私はただ答えの出ない悩みに翻弄されながらただ一人現実世界でこの事を共有出来る明星さんにひたすら難しい顔を見せているだけだった。

「星野さん」

「…はい」

「ゲーム、して下さい」

「…どんな顔してやればいいやら…」

「それでもです」

「…頭にちらつくんです。もう、会えなくなる…」

「それでもして下さい。星野さんの力は無力なんかじゃないんですよ」

「……」

「…私は祈りを続けます。私が吹き込んだ命に可能な限り…」

「私はアリヤに…」

「会って下さい。話して下さい。感情の整理がつかなくても……最後、記憶が途切れる時は大好きな人が笑っていたら…素晴らしいじゃないですか」

「…出来るかな…」

「出来るかどうか分からなくても…やりましょう」

 この世界の行く末を知る者同士でやれる事をやりましょう。


 ホテルの経営はとても順調。

 子どもを育てるためにここで是非とも働かせてほしいと従業員募集の呼び掛けに思っていた以上の人が集まった。

 今回はミアも加えて一人一人このホテルで働くのに相応しいか判断していく。まず経営者である私を見下している者はすぐに無しと判断し、女や異国の人間でも出来るなら出来るだろうと仕事を甘く見ている者も無し、難しかったのはどれだけ今自分の生活状況が切迫していてここで働けなかったらもうお仕舞いだと嘆く者。

 状況は分かったのだがそれよりもまず自分に何が出来るか教えてほしい。

 話してみて採用と判断とした者、不採用と判断した者。どうするか迷っているとニールとクリシュナが調べて来ましょうか?と出てきてくれて冗談半分でそれじゃお願いと頼むと本当にその採用を迷っていた希望者の素性を調べて来てくれた。何と面接で言っていた切羽詰まった状況は嘘であると分かり不採用になった。

「お客様が増えてきたわね」

「クラウス叔父様のご紹介で泊まりに来られる方も近々いらっしゃいますし…平民も貴族も関係なくここへ来られるようになりましたね」

「そうね。リリナの世界と同じ様に…」

 ほんの少しだが、彼女の世界に近づけただろうか。

 仕事が忙しいと言っていた彼女と本当に久しぶりに話したのはそう思った日の夜だった。


「リリナ!久しぶりね!」

“久しぶり。アリヤ”

 元気にしていた?

 私はとても元気よ。リリナはいかが?

 体は丈夫だからね。元気だよ。

 本当?良かったわ。

 ホテルの経営は。

 順調よ。聞いてほしいの…クラウス叔父様のご紹介で貴族の方が宿泊されるのよ。頑張らなくちゃ。

“……そうだね”

「ええ。皆、気合いが入ってるわ」

“皆、皆頑張ってるから平気だよ。何せアリヤが選んだ人達だ”

「そうよね。そう…」

“そうだよ”

「……リリナ」

“何?アリヤ”

「私に隠している事があるのかしら?」

 鏡の向こうのリリナが私の言葉に困ったように笑って目を逸らした。

「その隠している事は、私に関する事?」

 そう言うと更に困ったように目線を泳がせた。こんな風になる彼女を見るのを初めてだ。

「私に言って」

“…それは”

「言ってほしいの。リリナ」

“すごい…信じられない事だよ”

「それでもよ」

“………アリヤ”

 急かすように、追い詰めるみたいに鏡の向こうの彼女に答えを求める。私とリリナは向き合っているけど本当に言いたくないのなら逃げたいのならリリナがその“スマートフォン”から離れてしまえば私はもう彼女を追えない。それでもリリナはそうせずにただただ私の目の前で苦悩している。

 お仕事だと違う自分になれるからと、いくらでも偽り話す事は出来るがプライベートな状態だと嘘を上手く言えないのだと言う。

 そんな正直な彼女をとても好ましいと思う。


“……私がアリヤと話せるのが分かった時…私はアリヤにアリヤの世界はゲームの世界だって言ったの覚えてる”

 視線を合わせる事が出来ないのか、リリナは目線を逸らしたままに話し始めた。

「ええ。覚えているわ」

“アリヤの存在する世界は確かにある。皆存在してる…生活があって感情があって…事件もある。人と人との営みがある”

「あるわ。数えきれない程に…」

“私は…アリヤの世界がずっと続くと思っていた…これからスマートフォンの機種変しても…アプリをダウンロードしたらアリヤに会える…アカウントを持っていれば大体のゲームはそうなるの”

「うん。うん…」

 彼女の世界の言葉だろう。私には理解できない単語がいくつか混ざり正直話が分からなかったがそれを質問する隙など無いように、リリナは話す。

“でもね…ゲームだから…ゲームだなんて思いたくないけど…ゲームなら必ず終わりがある。エンディングを迎えたり…アプリなら”

「リリナ」

“え?”

「私達の世界が終わるのね」

“……”

 そう言うとリリナは黙ってしまった。

「そうでしょう?」

“……どうして分かったの?”

「リリナ。あなたとたくさんお喋りした時…あなたは自分は“ニホン”と言う国に住んでるって話したわね」

“話したね…”

「それからあなたはあなたの家にある物を教えてくれた時に“ちゅうごくせい”とか“あめりか”とかたくさんの国の名前が出ていたわ」

“あ、あったね…小物とか服とか…メイドインチャイナだよとか言ったね”

「あの時は何も思わなかったの」

 でも、気付いたのだ。

 彼女の住む世界には数え切れない程の国がある。そしてその国一つ一つに名前があり文化がある。

 私達が住む世界にも国は複数あるが、リリナの世界のように無数にあるわけでもなく文化の違いはあるがそれがどんな文化なのかは殆ど知らないのだ。

「国がそんなに無いように思えるのは未開拓だと思っていたの、でも違うわ」

“違う?”

「初めから無かったのよ。物語の進行に必要な国しかこの世界には無いのよ。そして…物語の進行に必要無いから私達の国には名前が無い」

“…あ”

 自国、他国、異国、あの町、城下町…。

 この言葉だけで話が通じるので国の名前や町の名前は存在していなかった。存在する必要が無かったのだ。

 人の名前は流石に無いのは物語の進行に不便なため付けられていたが、後はもう必要最低限と言った具合だ。

「国の名前が無い事に誰も疑問を思わなかった。私もそうよ。でも…リリナと話してそれはおかしい…そうか私の世界はやっぱりゲームの世界だって改めて理解したの」

“…そっか…私と、話したから”

「ゲームならそれはそうよ。終わりが来る…終わりが来ないゲームなんて存在しないものね」

“…でもね!でもね!信じられないかもだけど聞いて!あなたの世界を作った人…ゲームを作った人は、あぁ明星さんって言うのだけど…不思議な力を持っている人なの!そりゃそうだよ!アリヤ達に命を吹き込めるんだもの!だから明星さんが今…きっと…!”

「リリナ」

“…絶対何とかなるから…”

「リリナ、私怖くないわよ」

 きっと仕事が忙しいなんて嘘を吐いて何とかしようとしてくれたのたのだろう。リリナはそう言う優しさを持った女性なのだ。今でも私に泣きそうな顔で大丈夫だと言ってくれている。

 それを怖くないと、一言。安心してリリナ。

「怖くないの。本当に」

“…でも”

「だって、すごく幸運じゃない私…」

 ゲームなら決められた通りに物事が展開するはずだ。

 それなのに私には宿るはずのない命が宿り、触れ合う事の無い異世界の人間と友達になり自分の人生を歩む事が出来た。今の言葉だって自分の頭の中で考えて自分の声で音を震わせて聞こえるようにしているのだ。

「こんな風になれるなんて思っていなかったもの、私はこの世界に生まれて例えゲームの終了と一緒に消える事があっても幸福な人生だって思えるわ」

“消える、なんて言わないでよ”

「…ごめんね」

“私はやだよ?アリヤと会えなくなるなんて…アリヤとアレックスの行く末を見たいし何なら二人に子どもが生まれて七五三も教えてやりたい”

「ず、随分先の事を考えてるのね…」

 七五三って何かしら?

“だって先があるって…当たり前に思ってたから…”

「……そうね…私も」

 叶う事ならまだまだ友達でありたいわ。これからどんどん忙しくなってお互い仕事の愚痴を溢したり何でもない日常の出来事を語り合ったり、お互いの世界の違いをそこで再認識したり。

「リリナ」

“え?”

「寂しいわ」

“…私も”

「ずっとお喋りしていたいわ」

“私も、夜更かししながらお喋りしてたい”

「叶うなら同じ世界に」

“…トラックに轢かれたら異世界転生出来るかも”

「なぁにそれ?」

“…ごめんね。私、アリヤの世界がどうなるか分からない”

「いいのよ。私、あなたに十分過ぎるくらいによくしてもらったもの」

“そんなの…いいんだよ”

「ねえリリナ」

“なに?アリヤ”

「いつも通り、お喋りしたいわ」

“…そうだね”

 この世界がどうなるか。

 もしかしたら私達は自分達の今いる世界に近い場所へと生まれ直すかもしれない。

 でもそれはまた人生をやり直す事になるらしい。何だかとても骨が折れそうだ。

 例えそうなったとしたら少しでも楽しい記憶を持っていけるように、リリナとお喋りをしよう。

 彼女の世界の話をして驚いて感心して、彼女自身の事を知り、そしたら私はお返しに最近知った事を彼女に伝える。

 リリナのお仕事の先輩が旅行で買ってきたお土産が驚く程口に合わなかったためどうするか悩んでいる。

 アレックスは苦手な犬を克服するために最近ジャスのお世話を頑張っている。

 リリナのお父様が娘のホテルステイに興味を持ち挑戦してみようとしているだとか。

 何とシャーリィがあの異国の男の子と学校で再会したらしい。ロアは戸惑っていた。

 リリナが今度泊まろうとしているホテルは温泉付きと夜に無料でお夜食を食べれるらしい。

 大浴場で泳いでいる人がいたから注意をしなければいけない。あれはプールではないのに。


「リリナ」

「ん?」

「私、あなたに会えて良かったわ」

「こっちこそ、アリヤに会えて最高だよ」


 照れ臭くなるような言葉を交わしてそれから私達はいつもと変わらない日常を送る。

 世界が終わる事を悲しむわけでなく、焦るわけでもなく、怒るわけでもなく。

 当たり前にある日常をただ噛み締めているだけだ。


 そうして今度はどこへ行こうかな。

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