世界の崩壊
今日はね、前に泊まったお客様がまたいらしてくれたのよ。
大浴場が本当に好評で…新しいお風呂を用意しなきゃいけないかもと思うぐらいに考えてるの。
前に教えてもらって失敗したクレープにまた挑戦したら大成功よ!大人から子どもまで列を作るぐらいに大人気なの!
「そっか、すごいいいじゃん!」
“そうなのよ!従業員も増やす必要があるかもだから…また面接しなくちゃね”
叔父様が女性の社会進出を進めているから私のホテルがその見本となるようにしてほしいってお願いが来たのよ。それなら私はますます頑張らなきゃって…。
「アリヤなら出来るよ」
“ありがとう!”
「きっと出来るよ…」
“…考えたらね。あなたが最初の理解者なのね”
「私が?」
“ええ。そもそもあなたがいたから私…こうなる事が出来たと思うのよ”
「そうかな?私はアリヤのその行動力がそうしたと思ってる」
“私はあなたがあなたの世界の知識をくれたから出来たと思ってる”
「うーん…私はただ現代のあれこれを伝えただけで」
“それでもよ。それでも私にはあなたの…異世界の知識が必要だったのよ”
それじゃお客様が来られる頃だから行くわね。
アリヤがいなくなり、私はどうすればいいか分からないでいた。
アリヤの世界、私がスマートフォンにダウンロードしているアプリが終了する。元々バグが多く評判がいまいちだったため他のユーザーからは当たり前だと言う意見が相次いだ。
その意見の中に、私と同じ様にアリヤの世界と繋がっているような人はいなかった。
「……」
このアプリを開発した会社に問い合わせの連絡をして何とかアプリは終了しないでほしい。私はこのゲームが大好きなのだからお願いします。いくらでも課金しますと伝えてみたが、ご愛顧いただきありがとうございますのお礼の後にそれは出来ない事だとお断りする内容しか返ってこず、落胆するばかりだ。
仮にアリヤの世界と繋がる手段であるアプリが終了したとして、私はアリヤともう話す事が出来なくなってもアリヤの世界は続くのだろうか。
それならばまだいい。
最悪なのはアリヤの世界がサービス終了と同時に消えてしまうのではないかと言うものだ。
「…嫌だ。それは避けたい…何とか…何とか」
もう一度スマートフォンを手に取る。
そして、どう思われても構わない。私は今自分に起こっている事を伝えてみる事にした。アプリの開発会社へと長く、現実味が無い文章を並べて問い合わせ先へと送った。
私は今本ゲームをダウンロードしています。
そこで私は信じられない事にそのゲームの世界にいるキャラクター達とお互いの存在を認識し合いスマートフォンを隔てて話す事が出来るようになっているのです。
勿論何を言っているのか、頭がどうかしているのかと思われるのは百も承知で今お伝えしています。
私もゲームの世界のキャラクターと現実にいる自分が話すなど、ファンタジーな事が起こっている事に戸惑いを感じていましたが、主人公のアリヤに起こった事、その世界の価値観によって身動きが取れないような状態から抜け出し自立をしようとするその姿に感銘を受けて私は現代の知識をアリヤに教えながらお互いを友人として、友人のために彼女を支えました。
ホテルの経営に関しての相談やお互いの世界である常識や身の回りの事を話し、時には何の他愛も無いお喋りをしていました。
アリヤだけではありません。
ミアさん。ロアさん。メアリさん…アレックス。アリヤの周りにいる彼らの事も私はアリヤを支えてホテルの経営のために力を尽くす戦友とも思っております。
ようやくです。女としての価値観、貴族としての価値観、世間から縛られていたそれらから抜け出してようやく誰にも邪魔されないところまで来たんです。なのにここでアリヤの世界でもある本ゲームが終了してしまうと私はアリヤの世界が無くなってしまうのではと…恐ろしく思うのです。
どうかどうか…何か方法は無いでしょうか。
おかしな事を言っていると思っているでしょうが…私に起こっている全て、現実なのです。
ゲームのキャラクターと話せる。そんなゲームはまた今の時代はあるはある。ただ自分の意見に一番近い選択肢を選んで後はその選択肢に応じた答えをキャラクターが返す。
それが現代のゲームだ。
ただ私が必死になって送ったそれは、あたかもあのゲームが存在してまるで目の前にいるかのような内容のため、初めの部分を読まれただけでゴミ箱に捨てられるかもしれない。
それでもそれでも何とか…。
アプリの事に関して詳しくない私にはこうする事しか出来ないのだ。
“ねえリリナ”
「ん?」
“大浴場に朝食には出さないオレンジを入れてみたらどう思われるかしら”
「私の世界にもそう言うのあるよ。オレンジは…やった事無いけど」
“香りが広がると思うけどミアから勿体ないですって止められてね”
「ミアさんなら言いそうだね」
“ふふ、食べ物を粗末にしない人だから”
「はは」
“…何か最近元気無い?”
「え?」
“上の空よ”
「…仕事がちょっとね」
“忙しいの?”
「うん」
“私のホテルに招待したいわ。リリナなら無料で何泊も泊めてしまうのに”
「ダメダメ、お金は取りなよ」
“取れないわよ。むしろ友達価格で私がリリナに泊まってくれてありがとうのお金を出すわ”
「他のお客に睨まれちゃうよ!」
“貸し切りにしてあげるわ!”
そう言って私とアリヤは笑った。
アリヤのホテルは今日もお客さんが来ていて忙しなく働いている。実はシャーリィちゃんがそろそろ学校に通うのだと言ってロアさんはその準備に追われているらしい。その分他の従業員が仕事をカバーしている。
ロアさんはよく動くしミアさんに次ぐベテランのためその分皆が必死に働いてくれている。
「そうか、シャーリィちゃんが…」
“ええ、鞄に教科書に…制服も必要だから採寸に行ったの”
そしたらね、初めて見た時はあんなに細くて小さな子がいつの間にかそんなに大きくなっていたんだって驚いたの。私、あの子に作った服がもう入らないって聞いて信じられなかったの。
“久し振りに抱っこさせてもらったら重くなってたの”
「そっかそっか」
“あの子は”
「ん?」
“どんな大人になるかしら”
「……」
私はその言葉に何も返せずにぎこちなく笑ってアリヤと見つめあった。アリヤはそのまま不思議そうに首を傾げたがお客様が来て挨拶のために話は終わり画面が元に戻ると私は俯いたまま動けないでいた。
「……?」
その時通知が来て何も考えないままに開くとそこにはあのゲームの開発会社から連絡が来ていた。変な問い合わせをするなと言う注意喚起だろうかと自嘲気味に笑いながら開くとそこには問い合わせの内容を拝見して一度お話がしたいと言うまさかの返信だった。
「……」
リリナの様子がおかしい。
いつものように話していても時折思い詰めたように眉間に皺を寄せて悩んでいるようだった。
何かあったのかと尋ねても彼女は仕事が忙しくなり参ったと言うだけだった。
それだけではない。
きっとそれだけではないのだろう。
でもそれは、私には打ち明けてもらえない事なのだろうか。
「……あ」
昼夜関係なく混んでいるチェーンな珈琲店での待ち合わせ。十分前行動が根付いてる私がその待ち合わせに来た時にそれらしい人物は既にいた。
事前に着ている服など聞いていたためテラス席に座るあの女性だと確信して声をかける。
「すみません…明星さんですか?」
「…星野凛々菜さん?」
「はい。そうです」
明星、と呼ばれた彼女は立ち上がり頭を下げる。私とたいして年齢は変わらないであろう若い黒髪で眼鏡をかけた女性があのゲームの開発者だと言う明星真理さんだ。
「お飲み物…私が奢りますので」
「いえ、先に問い合わせしたのは私ですし…私が明星さんに奢りますよ」
「いえいえそんな…」
「いやいやそんな…」
「……」
「…お互い奢るの止めますか」
「そうですね…」
寒い、温かいの両方が入り交じる季節の中で私はキャラメルマキアート。明星さんはアイスコーヒーを頼み飲み物が到着して一口飲み終えるとようやくお互い話し始める。
「…あの内容は」
「信じてもらえないかもしれませんけど…本当なんです」
「ゲームのキャラクターと話せる…現実世界のように…ですか」
「そうなんです。頭がイカれてると思われるのかもしれませんが…でも、スマートフォンのアプリを起動すると向こうは私を認識して、私は彼女を認識して…画面一枚隔たりはあっても実際に友人と話すように話せるんです」
「ゲームのキャラクターと…」
「そうなんですよ…だから私にはあのゲームが無くなるのはアリヤの世界も無くなるんじゃないかって…」
「……」
「…まあ…訳分からないですよね」
信じて貰えないならどうしてわざわざ話を聞きにまで来たのかと若干の苛立ちを覚えながら私はスマートフォンのアプリを起動する。
本来ならメニュー画面やらなんやらが映るはずのそこにはまるで隠しカメラのように西洋のお屋敷の部屋が映るだけだ。この部屋はアリヤの部屋でいないところを見ると忙しくしているのだろう。
「…画面はどう見えます?」
「……」
「本来のゲーム画面と違うでしょう?あのアプリのコメント欄には私と同じ様になっている人はいなかった…私だけ、私だけがこのゲームの世界に直接干渉出来ているんです」
「……」
明星さんは私のスマートフォンの画面を見つめたまま動かない。彼女には自分の開発したアプリが正常に動いているようにしか見えないのか何の反応も返ってこず、私はこの自分の状況を伝えられないもどかしさにキャラメルマキアートを一気飲み干した。熱い!
「…アプリを私のスマートフォンだけでも残せる方法とか無いですか?私、そう言うの詳しくないので…」
「…何で」
「え?」
「何でこの世界でもこうなるのか…」
黙っていた明星さんが頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
突然どうしたのかと首を傾げていると彼女は小さな声で呟きながら自分自身と相談しているようだ。そして、短い自分会議が終わったのか顔を上げて少しずれた眼鏡を直して話し出す。
「星野さん」
「は、はい」
「あなたの話を信じます」
「え?信じるんですか?」
自分で信じて下さいと言っておきながらいざ信じられると驚く。
「はい。あなたの話を信じます。ですので…私の話も信じていただけますか?」
「は、はい…?」
明星さんは深呼吸をして姿勢を正すと口を開き、開いたと思ったら話すのを躊躇ったのかまた閉じて…固く目を閉じてまた目を合わせると今度はきちんと音を震わせる。
「私、異世界転生してるんです」
「………はい?」
「信じていただけるって、言ったじゃないですか」
「いや…話が何か斜め上から来た感じがして」
「ですので…私実は異世界転生した人間なんです」
どう言うことだってばよ。
いやいやそんな事を思っていないでと頭を振り真剣に話を聞かないといけない。何事も否定から入っては駄目だ。大体私も自分自身に起こっているのは非現実な事なのだから彼女の言うそれも信じるに値する。
「つ、続けて下さい」
若干の動揺を残しながら明星さんの話を聞く。
「私は…この世界に生まれる前は女神の神託を受けた聖女として世界を守っていました」
「ファンタジーな世界ですね…」
「はい。この世界が想像するファンタジーな世界で生まれて…人間と魔物が同じ世界に生まれる中、人間を魔物から守るために聖女としての力を使い世界に結界を張り守っていたのです」
「え?一人?たった一人で?」
「はい。聖女は一人なのです」
どのくらいの規模の世界なのか分からないが、そんな女神の神託とやらを受けたとは言え荷が重すぎないかと感じつつキャラメルマキアートを飲む。
「結界を張り世界を守る…結界のおかげで平和を保っていたのですが…私はそれを誇りに思っていましたが…」
「何かあったんですか?」
「ありました。私は十代目の聖女だったのですが…結界によって守られていた平和が続き、次第に聖女にたいしての人々の信仰が薄れたのです」
「平和過ぎて…守られるのが当たり前になった感じですか?」
「かもしれません。次第に私は聖女を名乗り税金で私腹を肥やす悪女として噂されるようになりました」
「守ってあげてるのに?それはちょっと…」
「ついには…私こそが魔物を生み出す悪魔として言われるようになり…」
「…え?」
長く守っていた世界が自分に牙を向けて、聖女として崇められていた転生する前の彼女は民衆によって無惨に殺されたらしい。
西洋の魔女狩りのごとく、とんでもない事が彼女の身に起こった。
「…私、殺される直前に願ったのです。今度は聖女なんかじゃない、普通の女の子になりたいって」
「…それでこの現代社会に?」
「はい。この記憶を思い出したのは五歳の頃です」
「はー…壮絶な……ん?それでこの話が何の関係が…」
「その…聖女は十六歳から十八歳で力が無くなりその頃には新しい聖女が来て代替わりするんですが…私、聖女としての力が残っている時に殺されて転生してるんです」
「はい…それで?」
「それで聖女としての力が残っている状態でこの世界に転生してるんです」
「力が残ってる?」
「はい」
曰く、聖女は結界を張り命を守り、草木の根を張り作物が育ち時には大地が枯れないように雨を降らすなど命を作り守るのが聖女の力だと言う。
「生み出して守る事、そして与える力なんです」
「なるほど…」
「例えば星野さん。あなた、さっきキャラメルマキアートを飲み干したのに今まだカップに残ってますよね」
「え?あ、…確かに…」
「こう言う事も出来るんです。転生しても尚」
そう言って明星さんは自分のスマートフォンを取り出して天気予報を開く。明日の日付を指差して彼女が少し集中すると天気予報が晴れから雨に変わる。
「……えぇ?」
「さすがに結界を張る…とんでもない量の作物を作るとかは…今は無理ですけど…この残ってる力が今回このアプリに影響したんだと思います」
「影響?」
「生み出して守る力がまだ残っていて…ただそれが無意識に漏れだす事があるんです。転生前は修行して力のコントロールを学びましたがこの現代社会はそんなものありません」
「確かに無いけど…その無意識に漏れだした力って」
「道端の花がとんでなく咲いているとか…同僚の見舞いに行ったら同僚が次の日全快服した…加えて同僚と同室の入院患者もすぐに退院したほど快復したとか…悪い事では無いと思ったから…気にしてなかったんです…ただ」
「…ゲームのキャラクターであるアリヤ達もあなたのその力の影響を受けて…命を持ったとか…?」
「…考えられるのは…そうだと思います」
開発する中で無意識に漏れ出た力がまさかそんな影響を及ぼすとは思わなかったらしい。元々ある命にしか通用しないと思っていたが…まさか人間でも…命を持たないキャラクターがそうなるとはと明星さんは俯く。
「こんなの無かった…二次元の彼らの世界がスマートフォンの向こうに作られているなんて…十八歳になった時に無くなると思っていた力が…使いきれなかった力がまだ余ってるのか…こんなところで…」
「…明星さん!そしたらその力でアリヤ達の世界をアプリが無くなっても続くようには出来ないの!?」
「やり方が分からない!どうしていいか分からない…アプリの世界が作られるなんて…何で魔法も魔物もいない現代社会にこんな力を残すのよ!」
頭を振って困惑している明星さんに慌てて落ち着くようにしてもらい、お互いにどうすればいいのかと頭を抱える。
「……ちなみに」
「…え?」
「…明星さんの前世の世界ってその後どうなったか分かります?」
「結界を破られて魔物に襲われて……滅びました」
最期の記憶は破られた結界から降る魔物に襲われていく民衆。自分を殺した人間の断末魔を聞いて意識を手離したと。
「…アリヤの世界もそうなる可能性があるって事かも…」
「…ごめんなさい…私が力があるばかりに」
「いや…そもそも元を辿れば恩知らずの民衆のせいで……でも、何で私だけがこうなってるんですかね」
「それなんですけど」
「はい」
「星野さんも何らかの力がある人なんです」
「え?何らかの力?」
「私は聖女の力が残ってる影響でそう言う力…俗に言う魔力や呪力や霊感…そう言うのを強く持っている人、自覚出来る事は無いけど力を持っているのは確かな人が分かるんです」
「へえ…そんな人が」
「力が強い人は稀にその力を必要とする世界に引っ張られてしまいこの世界での役目を終えて力を必要とする世界に連れていかれるんです」
「…それってつまり」
「異世界転生ですね」
あれは小説や漫画じゃなくて現実に起こっている事なのか。明星さんが言うには元々生まれる世界がその異世界なのにこちらに来てしまいもとに戻すために強制的に人生の幕を下ろされる事がある。よく使われるのはトラックらしい。
そして今自分が存在しているから世界と言うのは地球だけに思えるが、異世界と言うものは無限に存在している。そしてその数だけ歴史があり歴史を終えるのもある。
「星野さんは私の力で作られたゲームの世界を助けるために異世界転生…とまではいかなくても手助けをするための力があったのでゲームの世界に干渉出来たんだと思います」
あまりに力が強いとトラックで轢かれてアリヤの世界に来ていた可能性があるらしい。
「魔力的なものがあったんですね…私」
「持っている人は多いですよ。それが強いか弱いか…もしくはその力が使える何かを見つけられるかによって不思議な力があると、分かるんです」
「…でも、だからと言ってアリヤの世界が今後どうなるか」
「…私もサービスの終了は止められなくて…前世の時のように聖女の祈りもしてみます」
「…分かりました…すみません色々聞けて良かったです」
「……星野さん」
「はい」
「もしもの時のため、きちんとさよならは言っておいた方がいいです」
「……さよなら」
「覚悟を決めて、別れを告げる事を出来るのは…結構幸せなんですよ」
「…あ」
そうか。彼女は突然命を奪われたのだ。
「…分かりました。ありがとうございます」
カップを空にして明星さんに頭を下げる。
アプリを終了するのは止められない。今後アリヤの世界がどうなるか分からない。
その事実から目を背けずに改めて私はアリヤと向き合おう。




