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骨の声

 アレックス。ディンの宿はもう解体されたの?

 された。随分急いで解体されてた。

 それはやっぱりそのままあるとマズい物だと思ったから急いで解体された?

 だと思う。本人がいくら勝手に娼婦がいたといっても宿の中に常駐していたのは事実だ。それが公になれば今評判が落ちているディンの家は更に落ちるだろうな。

 どうしてずっと公になっていなかったか…。

 この町の領主がディンから金貰ってたらしい。

 そうなの?

 ニールとクリシュナに調べさせた。そしたらその事実が分かってな…領主は宿の解体が始まると同時に別の人間が領主に変わったよ。

 ニールとクリシュナはすごいね。

 あの二人、そう言う事は得意だからな。

 ……そしたらさ。

 ん?どうしたリリナ。

 いや…その…私が夢の中でこの世界を見ることがあるって言ったでしょ?

 言ったな。

 まだディンの宿があった頃に見た夢で…豪華な宿の裏口からボロボロの女の人が出てくるのを見たの。

 ボロボロの…女。

 そのまま死んでしまって、男に運ばれて行った。これでもう三人目とか言って…。

 その裏口があった宿って。

 …ディンの宿だと思う。裏口の場所は…確か。


 リリナが囁くように教えてきたその情報を元にニールとクリシュナに裏口とやらがあった場所を調べさせるとそれは想像以上に凄惨なことになっていた。裏口があった場所、そこにあった閉ざされた地下通路に続く蓋。開けるとそこには押し込まれた遺体達。

 自分達の国の言葉で綴られた宿での出来事を知り、今もアリヤのホテルの最上級の部屋で呑気にしている二人に殺意が生まれる。

「…この町の外れで遺体が見つかったと聞いた」

 アリヤがクラウス様から聞いた話を思い出す。

「地下の遺体はもう隙間がありませんでした。捨てる場所が無かったため外に放り投げられたのがその遺体でしょう」

 ニールが淡々と述べる。捨てる場所に困って物のように運ばれた。その遺体は全裸だったと聞くが恐らく身に付けている物で身元がバレないようにしたに違いない。

「埋めるなりして隠せば良かったものの…蓋の隙間を埋めて入れないようにだけしていました。隠すにしてはおざなりです」

「とにかく解体が優先でしたのでしょうね。地下通路を塞ぐようなところを見られたり、そこから遺体を運び出す姿を見られたらお仕舞いですもの」

「アレックス様。レーゼ夫妻はこの事実を」

「知っているのでしょうか?」

「…知っているだろうな…だから、すぐに解体したんだ」

 一人息子のためにそうする事は愛ではない。

 犯した罪を我が子の保身のために隠蔽し、奪われた命を軽視するような真似は決して許される事では無い。

 リリナがアリヤではなく自分にこの凄惨な事実がある事を調べさせたのは彼女にこんな残酷な真実を知られるのを恐れたからだろう。

(…それで正解だ。リリナ)

 まだ自分なら受け止める事が出来る。

「アレックス様」

「何だ?」

「ニールと話していたのですが…何故あの宿の裏口の事を知っていたのですか?」

 クリシュナが尋ねる。確かにリリナを知らない二人からすれば何故こんな事をこの場所を知っているのか疑問だろう。

「……啓示だな」

「啓示?」

「神の、啓示かな」

「…アレックス様こちらに来られてから我が国の神など信じていなかったじゃないですか」

「こっちの神の啓示だよ」

「何か胡散臭いですねー」

「かもな。最新機器を使う…自由な世界で生きる女神の啓示だよ」

「…何ですかそれ?」

「説明が難しいんだ。俺も正直まだその女神の存在がたまに疑問なんだよ」

「…まあ、それならこれ以上深く聞かないでおきますよ」

 その自由な世界で生きる女神とやらには私達は会えますかねと双子が首を傾げる。

「…割と簡単に会えると思うぞ」

 このホテルの経営者になればなと言うとそれは面倒だから結構ですと断る双子。それじゃ女神に会えないなと断る。 

「…それより」

「どうします?この事実」

 どうバラしてやりましょうとニールとクリシュナが笑いながら言っている。笑う事ではないと注意してこの事実を公にするのに相応しい舞台はそうだ。

「…アリヤとディンの結婚の時にバラす」

「わあ台無しになりますね」

「こりゃ最高の舞台になりそう」

 それまでに地下の遺体が隠されないように運び出す事。

 クラウス様には先に伝えてディンの宿に人を立ち入らせないように囲う事を伝える。

 そして、アリヤにもこの事実を。


「……」

 目の前がぐらつく。

「大丈夫…じゃないな」

「…酷すぎるわよ…こんな」

 なるべく刺激の少ないように伝えようとしたがアリヤがそのまま教えて欲しいと希望したため隠さずにそのままディンの宿であった事を伝えると冒頭、頭がぐらつくと言って体が揺れた。

 彼女の肩を支えて座らせるとこんな非道な事をしていて何故、今ああも平気な顔をしているのだろうと呟く。

「俺も同じ気持ちだよ」

「…あなたの国の人まで…ごめんなさい」

「アリヤが謝る事じゃない。悪いのは…」

 欲に溺れたあの二人だ。

「絶対に許してはいけない」

「俺もだ。許す気は無い」

「本当なら…今すぐ部屋に乗り込んで殴ってやりたい」

「俺も、叶うなら今すぐあの二人を窓からでも突き落としたい」

「…でも、今じゃないわね」

「そうだな」

 今は感情のままに動いても、彼らはきっと何も心は動かない。それどころか勝手に来て勝手に死んだと嘲笑して…遺体の事だって埋葬をしてやったとでも言うのだろう。

 むしろ、外で野垂れ死ぬ事にならず屋根のある場所で眠っている事を感謝すらしてほしいと言いそうだ。

 真実を綴ったこの手紙も、見つかれば消される可能性は高いはずだ。

「今は…耐えるわ」

「そうだな。耐えよう」

 アリヤの少し伸びた髪を撫でながらお互いを支え合う。


「メガネを作る?」

“そうですよ!叔父様…私の調査によると、王様は眼鏡を欲してると”

「本当に調査したか?」

“しましたよ!何か…想像以上に欲が無さそうな王様で不安だけど”

「堅実な人だからな」

“そこでこの生活に役に立つ眼鏡を作りプレゼントしましょう!株が爆上がり!”

「株…?」

“まあまあそれは良いとして…眼鏡の作り方は私が調べてきたので”

 そう言ってリリナが調べてきたその眼鏡の作り方は確かに出来ない事は無いが素材の軽量化や耳にかけて両手が空くようにするデザインなどこの世界には無い物だ。モノクルはあるが…その両目版と言う事か。

 耳にかける部分は滑り落ちないようにゴムで作り鼻にかける部分も同様に滑り落ちないようにと考えられている。

 ただそれにやたらと派手な装飾がリリナの絵で付け加えられていた。

「この装飾は?」

“王様らしく派手に行こうと”

「…デザインはアリヤに考えて貰った方がいいな」

“私のデザイン駄目ですか?”

「…この世界とそぐわない…」

“…承知しました”

 やることがたくさん出来た。

 王に気に入られるかどうか分からないが素材を集める必要がある。樹脂やガラス、素材も一流の物を用意しなければいけないと思いどこから手をつけようかと思ったが、そこで思い出すのはあの商人の息子。

 アレックスに手紙を書く事にした。


 とにかく今は平常心で仕事をしよう。

 何事も無いようにお客様を迎え入れて部屋に案内し、清掃をして帳簿をつけて、従業員から朝食のメニューの相談や大浴場のみの利用者が増えているため貸し出しのためのタオルなどもあった方がいいのではないかと言う話に耳を傾ける。

 かつての家庭教師、ユーゴさんが来てからは大人しくなっているディン様は存在を無視しながら来る日のためにとにかく平常心でいよう。

 ただたまに書き乱される。

 あのディン様の宿での真実が頭を過り顔も名前も知らないまま亡くなった人達の無念さに動きが止まる時がある。

 信頼している従業員達、ミア、ロア、メアリにもこの事実を話し共有してもらい彼らも同じく怒りを覚えた。私よりも社会経験が長いからだろうか、彼らはこの事実を知っても怒りを隠していつもと変わり無く仕事をしている。

 私は時折立ち止まってしまう。

 つい考えてしまう死んでしまった人達、甘い言葉で誘われて着いた先はとんだ地獄。囲われて逃げる事も出来ずに誰にも知られず亡くなっていた事を思うと何て無念だろうか。

「アリヤ」

「…あ」

「大丈夫」

「…ごめんなさい。私」

「アリヤの反応は正しいんだよ。例え赤の他人でも…あんな粗末な扱いを受けて死んだとなると…アリヤみたいに悲しむのが正しいんだ」

 こいつは自分のために死ぬのは当たり前だと思うのは、本当に人間としての生き方を逸れた者の考えだとアレックスは励ましてくれる。

「アレックスー!」

「……」

「…お呼びよ」

「アレックス!やっほ!」

「お呼びよアレックス」

「勝手に来てるだけだ。聞こえない聞こえない」

「ねえアレックス!町に行かない?行商人が来てるって!珍しい物がたくさんあるかも!」

 あなた、ディン様と愛し合ってるはずでしょ。

 ルルアは一体なんなのか。ここ最近アレックスに構うようになっている。ディン様と共にお勉強をしていればいいものの、つまらないと言ってしょっちゅう抜け出して文句を言っては呆れられている。

 そして抜け出した先でアレックスを見つけては町へ行こう。何をしているのか、あたしも一緒にお仕事したいと気のせいかいつもよりも高い声でアレックスに構っていた。

「仕事中なので」

 そしてその度にアレックスは何も映さない無表情でルルアをあしらう。

「仕事中?ならお手伝いするって?何をしたらいいの?」

「…あなた、お部屋のお掃除出来る?」

「アリヤ?あたしはアレックスに聞いてるからごめんね~」

 私の声に一瞬目を細めたがすぐにいつもの表情に戻り手を合わせるとアレックスに向かう。何度も素っ気なくあしらわれているのにめげない所は彼女の長所だろうか。

「ね?アレックスが大変そうだしあたしもお仕事手伝うよ?アレックスと一緒にするなら何か楽しそう」

「今から部屋の掃除をして帳簿をつけるんだが…」

「掃除?あたし出来るよ?」

「お客様がお帰りなられた部屋の掃除だ。忘れ物が無いか隅々まで確認してシーツを取り替えてアメニティの交換をして窓も拭かないといけないが…出来るのか?」

「んー?どうだろう?教えてくれる?」

「教える時間なんて無い」

 掃除が出来ると言っておきながら結局出来ないじゃないかとアレックスは隠すこと無くため息を吐く。

「悪いが任せられる仕事は無いんだ。前も言ったがやる気があるならまず作法や礼儀について学んでくれ。それが出来てからだ」

「そんな作法なんて大事?」

「大事。友達が泊まりに来てる訳じゃないんだぞ」

「そんな作法や礼儀に雁字搦めになってたら楽しくないよ?もっとそれこそ友達みたいにさ…気軽に出迎えた方がいいんじゃない?」

 そうだ。そうしようと、彼女から離れようとするために足早になるが意外と足が早いのかルルアは笑顔のままこちらを追いかけてくる。怖い。

「いいから部屋で勉強しててくれ!」

「いいじゃん!アレックスに興味あるの!あたし! 

「俺は無い!」

「…きゃっ!」

 アレックスに肩を抱かれて足早に駆けていると案の定躓いて体がよろめく。手をついて必要最低限の痛みで押さえようとしたがその前に私の体に手を伸ばしてアレックスが抱き起こしてくれた。

「大丈夫か?」

「…あ、ありがとう」

 軽々と体を浮かせられてしまった。

 驚いた。そうだ、男性なのだ。こんな風に私の事を支えるなんて大した労力ではないのだろう。

「ねえアリヤ」

 アレックスの力に驚いていると私に何も構っていなかったルルアがアレックスと話すよりも低い声で私に話す。

「初めて会った頃から思っていたけど…アリヤは本当にお嬢様だね」

「…お嬢様?」

「うん。周りに守られて育って苦労も何も知らなさそう」

「私が?そう見えたの?」

「おい…」

 アレックスが低い声でルルアに何か言おうとしたが私が制止する。真っ直ぐ立って彼女と向き合うと細めた目で笑って私を見ている。

「お嬢様だから色々周りの人がしてくれたでしょ?あたしは大変だよ?学校も行かないで働いて働いて…すんごく大変」

「そうですか…苦労をされたのですね」

「アリヤには分からないだろうね。結局婚約無くなってもこんな大きな屋敷に住んで…人に指示しているだけで生きているんだから」

「……」

「しかもあたしのディンとまた婚約しておきながら別の男とそう言う関係って…ずるくない?」

「ずるい、とは」

「ずるいよ?何もかも持ってる。あたしみたいな平民にはお嬢様は気持ち分からないだろうけど…ちょっとぐらい譲ってもいいでしょ?」

「譲る…それは」

「アレックスの事頂戴よ」

「はあ?」

 黙って聞いていたアレックスが何を言っているんだと言わんばかりの声を上げている。私も呆れて言葉を失ったが彼女は笑っていた。

「…いや、ルルアさん?あなたディン様と恋仲でしょう?」

「うーん。確かにそうだけど…ディンちょっと太ったし…けどアレックスは男らしくて格好いい!ドレスやアクセサリーを贈る財力もあるし…」

「いやですからあなた…ディン様と」

「あたし。アレックスの方が好きかもしれない!そしたらディンとアリヤが結婚してアレックスはあたしと一緒になればいいじゃん?ディンのお父さんとお母さんあたしの事気に入らないみたいだし…あたしも苦手なんだ」

 だからそうしない?名案だよとルルアは笑いながら言う。

 顔を見なくてもアレックスの戸惑う感情と私が好き放題言われている事への怒りで震えているのが肩に置かれた手で伝わる。

「……ルルアさん」

「ん?」

「出来ません。それは」

「何で?」

「私、ディン様を愛していませんもの」

「結婚したら芽生えるよ!」

「駄目です。私、アレックスを愛してますから」

「そうだよ!」

 必死に黙っていたアレックスがここでようやく声を上げた。いや黙らせていたのは私だが。

「…でもアリヤみたいなお嬢様より、あたしみたいな仕事をしていた女の方が合うと思わない?アレックスもきっと分かるよ」

「分かるか馬鹿女」

「…馬鹿?」

「何が何も知らなそうだ。アリヤがここに来てからどれだけ努力をしてどれだけ苦労してここまで来たかも知らないくせにへらへら笑いながら勝手に言うな」

「どこか間違ってるの?」

「何もかも間違ってるんだよ!」

「ルルアさん。あなた、家族から見放されてメイドと二人でここに来た時の私を知ってますか?」

「え?何苦労話?」

 半笑いでルルアは尋ねるがそこからはただ淡々と今に至るまでの経緯を話す。荒れ果てた屋敷をミアと二人で何ヵ月もかけて掃除をした事。からかうためにだけやって来た人間が窓ガラスを割った事。宿として経営しようにも話も聞いて貰えずにいた事。何もかも売り払いようやく宿としての営業許可が降りてそこからホテルの改装などを重ねて今ようやくここまで来た事。

「ここまで聞いて、それでも私は何も知らないお嬢様でしょうか」

「……大した事無くない?」

「それではルルアさん…さぞ、苦労されて来たのでしょう」

「あたしは…えと…」

 そう聞かれてルルアは黙る。黙った後に大きなため息を吐いてこの話はもうお仕舞いだと言わんばかりに髪を触り始める。

「分かった分かった。はいはい頑張ってきたのねー」

「そうです。頑張りました」

「あっそ」

「ですので、私のホテルをあなたに傷つけられるような事は絶対に許しません」

「うわ。あたしの事悪人にしてる?やだ怖い!」

 ディンに悪人にされたって言わなくちゃ!

 そう言ってルルアは来た道を戻っていく。

 嵐が去った。毎回彼女が来るとこんな気持ちになるのだ。アレックスと支え合うようにして体の力を抜いた。

「…本当にめちゃくちゃだ」

「本当にね」

「……でも」

「え?」

「アリヤが俺を愛してるってのは…嬉しいな」

「……やだ。口にされると恥ずかしいわ」

 見せつけてやる意味も込めて言った言葉をぶり返されて赤くなる。嘘ではないが顔の熱がどんどん高くなりそうだ。

 それはアレックスも同じなのか、私と同じ様に高くなった体温のまま見つめている。そしてそのまま肩を引かれて顔が近づき。


“あ、今いい?”


 近づいていた顔が離れる。懐から鏡を取り出して覗き込むとリリナがいた。

「だ、大丈夫よ?」

“ごめんね。王様への献上品と言うか……顔出すタイミングミスったな”

 リリナは何か察したのか気まずそうに顔を背けた。アレックスは床に伏せて存在を消していた。

「えと?献上品?」

“あ、うん…その、アリヤに頼みたいのがあるの”

「私に?勿論よ」

“えとね…”


 リリナから頼まれたのは王様へ贈る眼鏡のデザインだった。

 



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