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隠密

 お城の中は本当におとぎ話みたいに輝いているんだ。

 子どもの頃に母に読んでもらったお姫様が住むお城の中のまま、高い天井に豪華な調度品。まるでベルサイユ宮殿のようだ!ベルサイユ宮殿に行った事は無いけど。

“はー…すごいな”

 クラウス叔父様にお願いして仕事の場であるお城に連れていってもらうと当初の目的を忘れて思わずこの世界の観光を楽しんでしまいそうだった。

「それじゃあ…手筈通りに」

“隠密として頑張ります”

「頼むぞリリナ」

 叔父様はお仕事へ取りかかる。この国の政治は王様や階級の高い貴族が行う。そのお手伝いをする叔父様はいかにも地位が高いですと言わんばかりの人の仕事を手伝い専門用語なのか国の情勢やら何やら分からない話をしている。この叔父様が使えている人は事前に聞いた話では王様の弟君になるらしい。優しげな風貌でありあまり欲が無い方らしく大人しい人。故にか…叔父様のその好奇心旺盛で自由な生き方に人としての魅力を感じて側近にしていると。

「王弟殿下…いかがでしたか?女性への社会的保証の」

「…上がな…殿下も考えてはいるが必要ないと言う人間も多くてな」

「なかなか難しいものですね」

「長きに渡ってそうしていたから今そんな権利を与えたら女性が家庭に入らなくなるとか何とか」

「個人の自由を、選択肢を増やしたいのですがね」

「私もそう思うよ」

 それと行方不明の件はどうだい?

 難航しています。遺体を運んでいた者を捜索していますが誰も知らないと言うのです。

 他国の人間が行方不明にもなっているし…早いとこ解決しないと国同士の関係にも関わるな。

 ええ、その通りです。

(お?)

 叔父様の懐から取り出されて一瞬明るくなると、王弟殿下の顔が見える。

「王弟殿下、こちらをどうぞ」

「これは?」

「私のかわいい姪が最近異国の貴族と仲良くしていまして…その異国の貴族から貰ったお守りです」

「へえ…この国には無い…美しい装飾だな」

「魔除けも込められているそうです。少しでも今の状況が良き方向に行くように」

「君がそんな見えないものに縋るのは珍しいな」

「そうでしょう?ですが…最近はそう言うのも信じてみたくなりまして」

「…気休めでも…いいかもしれないな」

 有り難く貰っておくよ。

 そう言ってアレックスに頼み作ってもらったお手製の“お守り”は私がこの城の内部を見れるように小さな鏡が装飾の一つとして組み込まれている。首から下げるようなネックレスにするか、それとも指輪にするか迷ったが結果的にブレスレットの形になり今、王弟殿下の腕に飾られた。

「それでは私はこれで」

 ここからは叔父様と王弟殿下は別れるらしい。叔父様は階級的には王様に謁見出来ないらしく何かある際は王弟殿下に伝えているらしい。

 ブレスレットの鏡に映る私は勿論王弟殿下に見えていない。叔父様が離れる時に私の方を若干の不安を抱えながら見つめていた。心配ご無用、経営者以外の人間に私は見えていないし声だって出しても届きはしない。いや怖いから声は出さないようにするが。

 王様がいると言うその場所はファンタジーにありそうないかにも王様専用ですと言わんばかりの高そうな椅子に座り話し込んでいた。これまた政治に関わる事だろう。このスマホゲームの世界の政治はどうなっているのか、何やら税金が国交が平民が貴族が…意外とどんな国でもどんな時代でも世界が変わっても政治と言う世界はあまり大きな差は無いのかもしれない。

「殿下」

「…あぁお前か」

「以前から申し上げていた社会保障の件で」

「ちょっと待て…先にこれからだ」

「はい…」

 王様は忙しいらしい。あれこれ書類に目を通して説明を受けて解決策を求められてと何とも疲れる仕事をしているようだ。しかし兄弟とは言え王様とその弟、壁のようなものを感じる。

 王弟殿下は真面目で勉強家の兄を慕っているらしく自分が王でない事は不満は無し、むしろ寝る暇も無く働く王様を休ませたいとすら感じているらしい。

 これは叔父様からの情報だ。

 この情報には間違い無さそうだ。忙しなく働く王様を心配そうに見つめており、ようやく手が空いたと思い社会保障の件を話す王弟殿下。

「女性への社会保障…やはり難しいですか?」

「結婚して家庭に入れば安泰の女にそんな保障は必要ないと…一定数の意見がある。保障をすれば家庭に入らず結婚を遠退かせ人口が減ると懸念している」

「だからと言って今のままだとまた町を彷徨うような女性が出てくると」

「それも自業自得だと…」

「社会進出が進めば女性目線で新たな社会の発展が望めますと…クラウスの姪が若い女性ながらに宿を経営して評判だそうで」

「ほう…それならそう言う例もあると反対派に」

 真面目に話していた時に王様の顔が歪む。王弟殿下が慌てて人を呼ぶが手で制する。

「…駄目だな」

「何か?」

「文字がぼやける」

「…以前もそうでしたが…一層ひどくなっておられませんか?」

「はは…年だな」

「何をおっしゃいますか…」

“ただの老眼じゃない?”

 ついやり取りを見て思った事を口にした。当然このお二人には届いていない。まあ老眼でないにしても一日書類とにらめっこしていればそれは目も悪くなるだろうな。

「このまま文字が見えなくなるのは困るな」

「医者に…」

「どうもならん。目の病気…ではなく本当に視力が落ちているんだ」

「拡大鏡を用意しましょう」

「そうだな…あれもなぁ」

 ずっと持ったままなのは疲れるんだよなとため息混じりに溢す王様。

 そこで私は閃いた。

 この王様に物凄く豪華な眼鏡を献上すれば見返りに貴族としての階級を上げてくれるのでは?と。


 アレックスが言ったのだ。私はホテルのためにドレスを売ったと知るとそれなら俺がアリヤに贈ると笑った。そんな指輪まで貰ったのにそこまでしてもらうのは悪いと断るが、自分が勝手に贈るだけだと言って聞かなかった。

 そうして届いたドレスは彼の知り合いの仕立て屋によって作られた見たことがない、彼の国の刺繍も凝らして作られたそれは着るのが勿体無い程だ。

「着ないとドレスの意味が無い」

「そうですよ?お嬢様にきっと似合います」

「お姫様のドレス見たい!」

「着ましょうよアリヤ様。それでアレックス君と並んで下さい」

 そう言われて私も久々にこんなドレスを着た。鏡は映った時に彼が私へ贈るために仕立て屋に細かく言った注文が反映されているらしく、本当に、自分が言うのもおかしいが本当にこのドレスは私のために作られたようだ。

「似合う!似合い過ぎる!」

「素敵過ぎます!お嬢様!」

「お姫様!きれー!」

「アリヤ様!本当にお似合いで!」

 皆にこれでもかと言わんばかりに褒められて照れてしまう。そうしているとアレックスが手を差し出してくれたためまだお客様が少ない時間だからと時間をくれて散歩へ出ると、何だか本当に私は今ここに存在していると実感した。

 誰かの人生のためではなく、自分のために生きてその結果肯定してくれる存在に出会い隣を歩いている。

「…何だか」

「ん?」

「不思議ね。あなたとは子どもの頃に一回しか会っていないのに」

 何だかずっと昔からこうなる事が決まっていたように思えるわ。

「…それは、運命と言うものだよ」

「…アレックス。耳が真っ赤よ」

「こういう台詞は慣れていないんだよ」

 そうね。あなたはいつも笑っていて優しい言葉をくれるけど甘い台詞なんてその口から滑り出る事を想像出来ないわ。

「…あ」

「ん?」

「ディン様とルルアさんの部屋が騒がしいわ」

「そうか…そしたらそろそろ…ユーゴも来る頃だろう。ユーゴが来たら、このまま二人の前に出よう」

「このまま?なぜ?」

「決まってる。見せつけてやるんだよ」

 お前達よりもずっとずっと穏やかで幸せな姿を見せつけてやろうと。

 そう言うアレックスに私は頷いた。きっと前ならそんな事したくないと言っていたかもしれないが…今はとにかく完膚なきままに二人を叩きのめしてやりたかった。

 ディン様。私はあなたを愛しておりません。

 私はあなたなんかよりもずっとずっと誠実で一途なアレックスの方に魅力を感じていますから。


 夜の風が頬を撫でる。

 僅かな明かりを持って歩いた先にあったのはそこに何か立てていたであろう跡。

「……」

「…すごいな」

 見事な更地だ。

 アレックス様から頼まれて来てみれば、そこはあのディンとやらの貴族が経営していた宿の跡地。駆け落ちして家に連れ戻された後に引き継ぐ者もいないからと売り出される事もなく無くなっていた。

「調べて来いって、更地よね?」

「そうだな…?でも…まあ見ては見るか」

 何があるのか分からないが、アレックス様からこの宿の間取り図を見て印を付けた箇所を調べてほしいと言われニールと来ているが印を付けた箇所には何か金銀財宝でもあるのだろうか。

 取り敢えずその箇所を調べて見るが怪しいところは無し、地面を掘ってでも調べてくれと言われていたため掘り進めて見る事にする。

「しかし…何で夜なんだ?」

「人目につくとまずいって事でしょ」

「じゃあ金銀財宝じゃないか」

「そんな素敵なもんじゃないでしょ」

「ところで兄貴」

「何?愛しい弟よ」

「手伝わないか?」

「ごめんね愛しい弟…兄のこの華奢な腕では掘る事は適わないの」

「……化け物みてぇな腕力でよく言うぜ」

「何か言った?」

 ほら見ろ。化け物みてぇな腕力じゃねぇか。同じ背丈に同じ体重同じ性別の弟に難なく関節技かけている奴が華奢だなんて笑わせるような事を言うなよと心の中で叫びながら地面に這いつくばると湿った地面とは違う、固い感触がある。

「…何だ?」

「何かあった?」

「あった。何か…感触が違う」

「どれどれ…」

 ニールと二人でその場所を掘り進めるとそこには固く閉ざされた蓋のようなものがあった。目を見合わせてその蓋を開けようとするが隙間を接着剤か何かで埋めているらしく開かない。

「クリシュナ。ナイフ」

「はいよ」

 携帯しているナイフでその隙間を開けていくとナイフの刃が欠けた辺りでようやく開いた。ただその中は真っ暗で冷たく、何より異常な匂いがした。

「……」

「嫌な予感がするわ」

「そうだな…」

「クリシュナ。あんたここで待ってていいわよ」

「いや。俺も行くよ」

「分かった。良くない物があるだろうけど」

「ここまで来たら見届けるさ」

 深く暗い階段は下に下にと降りていく。明かりで灯しながら二人分の足音だけが響いていた。

 地下通路だ。

 ただの緑の看板の宿にそんなもの設置する理由は何か。王宮ならまだ分かる、反乱や暴徒から逃れるために地下通路を設けている王宮もあるのだから。

 しかしただの宿にそんなものを設ける理由。

 暴徒がやって来る。身の安全を守るため、もしくは何か。

 薄暗い物を隠すため。

「……時間が経ってる」

「だな…」

 地下通路の脇、押し込むようにあったのは人の骨だ。

 衣服も着た状態で放置されていたらしく、その服から半分以上が女性。男性も何人かいる。

「クリシュナ。あんた平気?」

「平気。腐りかけだったら吐いていたけど」

「骨だけになるまで放置されてたのね…」

 ニールがたくさんの骨に触れて手を合わせる。それに習い自分も手を合わせる。

 この骨の彼らは生前ここで働いていた従業員だろうか。そうだとしたらなんと言う扱いだ。

「兄貴、前にこの宿調べた時…」

「ええ。ひどい扱いを受けている事は知っていたわ」

「とは言え…こんな風に」

「でも本当にここの従業員か?」

「…これを見たら分かるかもね」

 そう言ってニールが押し込められた骨の中に手を伸ばす。ごめんなさいと謝りながらそこから一枚の手紙を抜き取る。

「…手紙、これ…」

「ええ…私達の国の文字ね」

 押し込められた骨の中に自分達の国のネックレスを見つけたため見てみると骨になった手に何か握っているのが見えたらしい。

 手紙…紙ではなく服を引き裂いたのだろう。布に書かれた文字の色は赤黒く、自分の血で書いたのだろうか。明かりに灯しながらその内容を読むと、ここの宿屋で何があったのか鮮明に書かれている。

 ニールが調べたように細かく一日のスケジュールが管理された生活。ほんの少しでも遅れれば罰金が嵩み稼ぎは殆ど得られない。

 他の従業員も同じ様に細かく管理されて何か些細な事でも罰金を課せられていた。

 逃げる事は出来なかったのかと思ったが、逃げられないように監視をされており、しかも同じ従業員同士が監視し合い、逃げること考えていればそれを密告されて爪を剥がすなどの暴力を受けていた。密告すればその従業員は褒められて特別手当ても貰えたのだ。

 だから少しでも自分達の待遇が良くなるようにお互い監視して密告し疑心暗鬼になりながら細かく刻まれたスケジュールをこなし、牢獄のようなここから出られないと綴られていた。

 ディンとルルアの事も書かれている。売り上げを受け取りに来てはしっかりやるようにと命じるだけで粗相があれば従業員に命じて暴力を奮わせていた。粗相が無くても粗を探しまた従業員に命じて暴力を奮う。

 自分から手を出す事はしなかった。

 彼らは命じているだけだった。

 この狭い世界であの二人は暴君なのだ。

「ひどい事をしているわ」

「人の心無いのか」

 彼らは自分達より下にいる従業員を人間扱いしていない。お金を運ぶための道具か何かと思っている。こんな事ならこの国に来なければ良かった。自国よりも豊かなこの国なら今より安定した生活を…待っていたのはただただ地獄。

 どうでも良くなり二人の暴君に雑巾を投げたらここにいた。無理に客の相手をして病気になった子。疲労から倒れてそのままどこから消えた子。暴君に逆らった私を含む子は全員ここにいた。

 私達が出入りしていた裏口にこんな場所があるなんて知らなかった。裏口のすぐ側にあった床の蓋はワインセラーなんて言っていた。それなのにそこから感じられるのはワインの匂いなんかじゃない、いつも異常な匂いがしていたもの。

 死んだ人間、いや殺された人間はここに隠されていたんだ。

「…なるほど」

「よく手紙に残してくれたよ…助けられなくてごめんな」

 彼女が残したこの宿の実情を伝える手紙をしっかりと懐に仕舞う。しかしアレックス様はよくこの場所を知っていた。しかもまるで前からあるのを知っていたように。

「クリシュナ」

「ん?」

「前に私がこの宿を調べた時に対応した男の従業員…知っている事を吐いて貰おうとしたけど何も言えないって俯いたわ」

「へえ。脅されてたのか?」

「かもね。宿の実態は言ってくれたけど…死んだ人間がいることまで言わなかったわ」

「そいつはそれを知らないとか?」

「いいえ。きっと知ってたわ。死んだ人間を見てきたはずよ。見てきたから…」

「…言ったら自分が殺されると思ったとか…?」

「だと思う」

「この宿解体されて…事実を知ってる奴はどこに行ったかな」

「……生きてると思う?」

「…うわ」

「貴族が経営した宿で百歩譲って娼婦を常駐させたのは許すとして…人が死んでたら話は別よ」

「大スキャンダル。信用がた落ち。貴族から平民…いや犯罪者に」

「なるでしょうね」

 今はまだ安らかに眠れない地下通路の彼らを置いて地上に出ながら話したそれは、アリヤ様のホテルに住み着くあの二人を引きずり下ろすのには十分な事実が分かった。

 直接手を下していないにしても、死ぬまで追い詰めたのなら殺人犯だ。



 


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