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濁り始める

 何も言わずに私の言うことを聞いて欲しい。

 このホテルの経営者の一人となってほしいとお願いし、首を傾げる叔父様は真剣な私の顔に何か感じ取ったのか「分かった」と一言返してくれた。

 そして置かれた鏡を見つめて叔父様は驚いた。

「え?何だこれ?」

“初めましてクラウス叔父様”

 鏡に映るリリナの姿に困惑している。スカーレット様には見えておらず叔父様がただ鏡を見て困惑しているように見えているだけなので、スカーレット様にも経営者になってほしいと告げると彼女は何の迷いも無く頷き叔父様と同様に鏡に映るリリナを認識する。

「あらぁ?何これ?」

「何だこれは?どういう事だ?」

「彼女の名前はリリナ。信じられないかもしれないけれど…私達とは違う世界の住民で私の大事な友人なのです」

“そう言う事です”

「違う?世界?」

「はい」

“叔父様。スカーレットさん。私が違う世界の住民だと言う証拠を見せますよ…えーっと”

 従業員の皆に見せたようにリリナの世界の文明を披露して私達とは違う世界の住民であると証拠を見せて、彼女の世界にある“スマホゲーム”と言う物を通じて私とリリナは繋がっていると説明をした。

 突然信じられない物ばかり見せられて困惑したままの叔父様だが静かに聞いた話を整理して…私が信頼している友人と言うなら信用出来ると言ってリリナと挨拶を交わす。

「君いくつ?」

“二十四歳です”

「結婚は?」

“まだです”

「こんな美人が勿体ない!違う世界にいなければ俺が候補に出たのに」

「あらぁ?あなた今後愛するのは私だけって言ったわよねぇ?」

“うわ。叔父様、こんな色気爆発美人を傍に置きながらそりゃ無いですわ”

「嘘だよ嘘だよ。でも美人は本当」

“あはは!お上手!”

 すっかり打ち解けている。

 何でもリリナは“営業職”らしく人と話す事はお手のものだそうだ。確かに疑っていたアレックスを説得するのにいつもと違う話し方をして納得させていたのを思い出す。

“…とまあ…そこでですね”

「うん?」

“私はアリヤの友人で味方なんですよ。そして今この状況…口では否定してますが彼らはこのホテルを乗っ取る気でしょう?”

「だろうな。大体直接聞いて“はい乗っ取ります”とは言えないからな」

“ちなみに叔父様の力で婚約を無くす事は?”

「それが出来たらいいが…王族の側近でも俺の貴族の階級は変わらないからな…アリヤの家族の方が僅かに階級は上で…俺は口に出せないんだ」

“…でも王族の方には近づけますよね”

「まあ…仕事柄」

“じゃあこう言うのは出来ますか?”

 リリナが目を細めて話し始める。

 叔父様はそれを静かに聞いて頷き考える。スカーレット様は何とも楽しそうじゃないと叔父様の肩を叩いていた。

 私もその話を静かに聞きながらアレックスを見る。

「…どうにかなればいいけどな」

「内容によりけりね」

「でも、頑張らせてもらう。絶対に」

「無理しないでね」

「分かってる。でもリリナ」

“何か?”

「もし俺の手に負えないようならお前の世界の知識を貸してくれ」

“勿論”

 鏡に映るリリナ、アレックス、叔父様、スカーレット様と協力して私達は行動に出た。


 帳簿をつけた事は?

 経営していた宿ではどのようにお客様に対応していたんですか?

 まさか従業員に任せて本当に何もしていなかったんですか?

 上から目線であれこれ命令するのが経営者…支配人ではないのです。ご覧になって下さい。お嬢様を…あの方は何も無い状態から始めて掃除から屋敷の改装、持っていた服や宝石を売り全てこのホテルのために。

「…まったく」

 そう言うと怒ってどこかへ行ってしまった。

 ホテルの経営を学べと言われてここに来たのに何もしていない。まあこちらとしては部屋であの愛人と仲良くしていてくれた方が仕事が捗るのだが私を呼んでホテルの仕事について聞いてきた。

 クラウス様に怒られた事が聞いたのか分からないが教えろと言われて教えたが、本当に…何も分かっていない。ついお嬢様と比べてしまうと怒って部屋に籠ってしまう。

「ミア」

「お嬢様、アレックス様」

「どうしたの?」

「いや…ディン様が突然仕事を教えろと…」

「仕事?」

「宿の経営は…まあしていたみたいですし…何が出来るか聞いたところ何も出来なさそうで…それでついお嬢様と比べてしまったら怒りまして」

「いいよそれで」

「よろしいのですか?」

「クラウス叔父様に怒られて経営学でも学べって言われたのよ。それで何かしようとはしたみたいね」

「クリシュナに経営に関する本でも買わせて来るか?」

 読むか読まないか、まあ読まないだろうなと笑うお二人の顔はいつもよりも明るい。お嬢様の薬指に光る指輪に安心しながらディン様達は放って置いていいかと尋ねると放って置いて構わないらしい。

「それと…ミア、少し忙しくなるわ」

「忙しく…ですか?」

「ニールとクリシュナはしばらく留守になる。俺ももしかしたら出るかもしれない」

「…承知しました」

 詳細は伝えられなかったが、恐らく…いや絶対にこの状況を打破するものだろう。

 私はお二人の頭を下げてどうか上手く行くようにお願いするばかりだ。


 この屋敷で一番いい部屋。 

 大きな窓から光が差し込みベッドや調度品は細かな装飾がありとても綺麗。

 でもクローゼットの中には何も無い。タオルと眠る時のネグリジェだけ。

 ディンと二人で海の向こうへ行こうとした時に持っていたドレスをかけてはいるが、これだけでは物足りない。買い物に行き何着かドレスを増やしたがそれでもまだまだ足りないような気がする。

 商人を呼んで部屋でお買い物をしてディンに褒められていい気分にもなる日があるが、あのクラウスおじさまとやらに怒られてからはそう言った事は制限されてしまった。

 何でもあのアリヤの財産を使って私物を増やすなどあり得ないとディンがひどく怒られてあたしもディンと一緒にお買い物をするのは控える事になった。

「退屈だなー」

「それならルルア、ほら作法の勉強しないか?」

「えー?それはもっと退屈だもん!」

 ディンの家に来た時にあたしの事をどうするか、実は貴族を誑かした罪とかで牢に入れられるかもなんてなった時にディンが止めてくれたのだ。そこからディンのお父さんとお母さんはあたしを貴族にしてやろうと作法の勉強を始めたけども…これが何と退屈!つまらない!こんな堅苦しいのあたしには必要ない!

 そうしたらじゃあもう勉強しなくていい。

 ただしそうなら結婚もさせない。

 それならそれで構わない。あたしはディンの傍にいればいい、今の生活を守れればいい。

「あーあ…こんな面倒な事ばっかりじゃなくて楽に生きる方法なんてあるのに」

 馬鹿を使えばいいのに。

「散歩しよ」

「ルルア、またうるさいのが来るぞ」

「あの双子?昨日からいないもん」

「本当か?やった…そしたら」

「うん!部屋の外出よ!」

 何か分からないけどあの双子、名前も覚えてないけど気持ち悪いあの兄弟がいないため部屋から出る事が容易になっている。馬車でも呼ばせて買い物をしよう。それか劇場で面白い芝居でもしていないだろうか。一日中楽しんで楽しんだらその後はこの豪華なお部屋でディンと甘い時間を過ごせばいい。

「あーあ」

「ん?どうした?」

「早くディンとこの宿あたしのにしたいな」

「そうだな。いずれな」

「そしたらもっと豪華なドレス着て皆が羨むような毎日をさ」

 あたしは思った。

 ディンの婚約者はたいした女じゃない。

 女の髪の長さじゃなくてあたしみたいな活発さは無い。どこからどう見ても弱そうで、お洒落でもない。あたしと違って流行りも何も追っていないださい姿の落ちぶれ貴族。

 ディンとの婚約があってもどうせすぐにディンが何とかして追い出してくれるはず、それまでせいぜい頑張ればいい。

「…ん?」

「どうした?」

 階段を上がる音がする。

 ヒールが床に触れる音だ。従業員の服装は皆見た、動きやすいからなのか華やかさの欠片も無い服装に歩きやすさ重視なのか低くてださいヒールの靴。こんな音はしない。するとしたらちょっとお金持ちな客が泊まりに来た時だ。

 でも、上がってきたの客じゃない。

「どちらへ行かれるんですか?お二人とも」

 アリヤだ。

「は?」

 いつもの動きやすさ重視のださいドレスではなくアリヤの肌の色に、目の色に髪の色に合わせて作られたような光輝くドレスを身に纏い、その傍にアレックスが彼女をエスコートするように手を取り立っている。

「アリヤ…?」

「はい」

「え?何だその…」

「どうされました?お二人とも」

「クラウス様からホテルのために作法や経営を勉強するようにと言われていただろう?何をしている」

 アリヤの肩を抱くアレックスがこちらを見つめてそう言った。別にそんなのどうでもいいじゃないと口に出そうとしたがディンが止める。

 二人の後ろに知らない顔がいる。ディンは見覚えがあるのか顔がひきつっていた。

「ディン様、お久し振りでございます」

「…久し振り、だな…ユーゴ…」

「ディン。喜んでくれ。お前の勉強のためにお前の家庭教師をしていたユーゴさんを呼んだんだ」

「アレックス…!」

 お前、余計を事をしてくれたなと言わんばかりの表情のディンに戸惑いながらもそのユーゴと呼ばれた男性は無表情に近づいて来る。

「…ディン様。私はあなた様に貴族の嫡男として恥ずかしく無いように教育をしたつもりでしたが…まだまだ甘かったようですね」

「何でお前が!また来るんだ!もう俺は何も学ぶ事なんか」

「クラウス様とアレックス様が教えて下さいましたよ!アリヤ様と婚約しておきながら駆け落ちやら何やら…貴族としての前に人としての教育をさせてあげますよ!」

 そう強く言われてディンはユーゴに連れて行かれて部屋へと戻る。あたしは取り残されてしまったがどうしたらいいのか。

 いやそれよりもアリヤのそのドレス、あれは何だろう。あんなドレスは見たことが無い…商人だってあんなドレスがある事を言っていないし流行りを作る仕立て屋もあんなドレスを教えてくれない。キラキラ光り、宝石みたいだ。

「ルルアさん」

「へ?」

「ディン様とお勉強なさったらいかがですか?」

「勉強…何で?」

「ルルアさんのお客様に対する態度が目に余るものでして…礼儀作法や経営を勉強するようにクラウス叔父様に言われた事を覚えておいでで?」

 よく見たら化粧も綺麗にしている。首を傾げた事で着けているピアスも光って目につく。

「ルルアさん。聞いていますか?」

「え?聞いてる聞いてる…」

「ルルアさんのお客様に接しようとするやる気は結構ですが今のままだとこのホテルに相応しくありませんので…」

「ユーゴさんは貴族教育の家庭教師なんだよ。厳しいけど細かく教えてくれてな」

「あ、そうなの」

 それよりもそのドレス、いいな。

「これですか?」

 口に出ていたらしくアリヤがドレスの裾を持ち見せつけるように立つ。

「素敵でしょう?アレックスが贈ってくれたんです」

「俺の知り合いの仕立て屋にな、アリヤに似合うのを作ってくれってお願いしてな」

「驚いたんです。私…ホテルのためにドレスなんて売りましたから…」

 今朝何か私宛に届いたと思ったんです。そしたらアレックスから私にあって…戸惑っていたらシャーリィちゃんが早く開けてと急かして来るもので開けてみたら…こんな素敵なドレスがあって。

 そう頬を赤らめて、時折アレックスと目を合わせながらアリヤは言う。

 何それ。

 あんた、あたしより女としての価値は下のはずでしょ?

 あんた、ディンに捨てられてあたしに負けた女でしょう?

 なのにどうして新しい男とそんな幸せそうな顔をしてるの。あり得ないんだけど。

「…ねえアリヤはディンと結婚するんでしょ?」

「現状そうですが…私、彼を愛せません。あなたがいるから」

「ディンと結婚するのにアレックスとそうなるの?」

「言ったじゃありませんか?ディン様がルルアさんと愛するなら私も私でアレックスとこうなるのは別に構わないのでは?」

「でもディン怒ってたじゃん?吊し上げるって」

「怖いですねえ」

「怖いなあ」

 そう言って二人は寄り添う。その目には何の恐怖も無い。

「アリヤって……お嬢様だと思ってたけどやるよね!男大好きなんだ!」

「いいえ?違いますが?」

「違わないじゃん!あの時は…あたし達に対して強がりで言ってるかと思ったけど男大好き!ふしだらだね!」

 指を差して笑って見せる。

 そうだ、強がりだ。

 ディンをあたしに盗られたからそれに対しての強がりでこのアレックスを巻き込んでいるに違いない。きっとその指輪もドレスもピアスも何もかもアレックスに無理やり買わせたに違いない。あたしを悔しがらせるために、ディンに嫉妬させるために。

「…アレックス!アリヤのお芝居にそんな捲き込まれなくていいんだよ!?」

 可哀想にと彼に近寄り体に触れる。あ、すごい筋肉質。男らしくて格好いいかもしれない。アリヤよりも低い背で彼を見つめる。褐色の肌も健康的でありかもしれないと思う。

「芝居な訳あるか」

 そんなありかもしれないと思った男から低くて冷たい声が降り注いだ。

「アリヤがそんな下らない事考えて人を捲き込む訳がないだろう」

「…え?でもでも…あたしがディンとそうなってからアレックスとそう言う仲になったんじゃ…そう言う事でしょ?あたしに嫉妬したんでしょ?だから同じ目に合わせてやろうってアレックスに媚びたんじゃ…」

「違います」

「違う」

 二人のはっきりした声に驚き言葉が無くなってしまった。

「俺はディンと婚約する前からアリヤが好きだった。お前らが来なければこんな面倒にならなかったのに」

「私はディン様を愛してません。前も申し上げたはずです。今、私は私を想ってくれるアレックスを」

 あいしています。


 そうアリヤとアレックスが目を合わせて幸せそうに言った時、頭の中がとにかく気分が悪くなりあたしは二人に馬鹿みたい、結局あたしとディンのための踏み台になるだけなのにと思いながら部屋に駆け足で戻る。

 そこにはかつての家庭教師に怒られているあたしの好きな人。


 アレックスと同じ背丈。

 なのにディンは彼より太い。

 アレックスと違う白い肌。

 彼の褐色の肌は健康的で格好いい。

 アレックスの綺麗な緑色の目。

 ディンの目が、あたしには何だか急に濁って見えた。



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