そっちがその気なら
叔父様がこちらに来てくれる前に結婚前に改めて仲を深めるようにと仕事について教えるようにとかつての義両親とディン様がセットで来た。セットで来られても割引も何もあったものじゃない。むしろ余計なオプションだ。
私を見てすっかり髪が短くなったそれを指差してレーズ夫人は「女として恥ずかしくないのですか?」の目を細めて言った。
レーズ様は来た当初から笑っており私のホテルの内部を見て安堵したように胸を撫で下ろしている。このホテルが手に入れば息子の捜索に使ったお金も取り戻せると思ったのだろう。
「アリヤ。あなたは素晴らしい。こんなホテルを経営し緑の看板であるけどすぐにでも赤の看板になれるぐらいの評判だって?」
レーズ様が私の手を取り興奮したように言う。夫人もそうだが捜索で疲れはてたのか随分顔つきが変わった。
「お家が素晴らしいものね。でもまだお一人なのでしょう?女としての幸せのためにまた息子と一緒になってくれるわね?」
レーズ夫妻の一歩後ろ。
アレックスが言っていた通りディン様は人相が随分変わられた。ご両親のとは違う…何とも醜悪そうな顔つきになっている。私の事を見ているが悪意のある目で捉えていた。
「息子があなたに随分迷惑をかけてしまったけど…未だにお一人なのはやはり息子を想っていての事でしょう?」
「…駆け落ちされてまで一緒になりたかった方がいるのに私がそこに割って入れません」
ようやく口を開いてレーズ夫妻にルルアの事を告げると二人の表情は少し固まるがすぐに答えた。
「確かにそうだ。しかも二人は離れたくないと、離れたら心労でどうにかなってしまうと言うのだ」
ディン様に視線を向けるとすぐに逸らした。何を逸らしている。事の発端はあなただろうが。
「そう言われては仕方ない。だからこうする事にしたんだ…あの平民の娘はディンの心身のために傍にいるのを許すが正妻はアリヤだ」
「何の問題も無いでしょう?あなたは結婚して女として幸せを掴む。私達は愛する息子は帰ってきた。あなたのご家族も元通りになる結婚にご賛成だもの」
後方で壁に隠れながら聞いている皆が今にも飛び出して来そうなので早く終わらせて帰ってもらう事にした。
「…お義父様。お義母様」
「何だ?アリヤ」
「正式に結婚をするのは待ってほしいのです」
「何故?何か問題が?」
「私の髪をご覧ください。経営者として生きるための決意として髪を短くしてしまいました」
「そうね。まるで男のようだわ…」
「正式に結婚をするのなら式を挙げるでしょう。その時のために髪を伸ばしたいのです」
きちんと貴族同士の結婚をした証明として結婚式は必ず行われる。そうなると今の私の髪型は花嫁として相応しくない。それならば髪を伸ばすための時間は必要になるはずだ。
「長く美しい髪は貴族の富の象徴でもあります。私は貴族の娘として改めて生きるためにどうか髪を伸ばすための時間をお与え下さい」
「……まあいいでしょう」
早くするのですよ。
体裁を気にするレーズ夫人から許しが降りる。これで正式に夫婦になるまでの時間は稼げる。
「それまでは…共同経営として息子とこの宿を発展させるように…黒と金の看板が下げられるようにね」
「はい」
頭を深く下げて別れの挨拶をし、レーズ夫妻はディン様を置いて屋敷へと帰って行った。
残された私は本当に人相が変わってしまったとついディン様の事を見ているとようやく目を合わせて口を開いた。
「言っておくが」
「…はい」
「俺はお前なんて愛していない」
「…はぁ」
「そもそも初めから愛した事なぞ無かった。貴族として生まれたからにこれが運命だと思い、お前みたいなつまらない女と婚約したんだ」
「そうですか」
「俺が愛しているのはルルアだ。あの太陽みたいな笑顔が俺を掴んで話す事は無い」
「随分邪悪な太陽ですね」
「え?」
「いえ?何でも?」
どうぞ続けて下さい。
「…お前とは貴族としての役目を果たすために仕方なくまた婚約してやる。いいか、お前も俺をそしてルルアの邪魔をしないように黙って従い稼ぎ勤めを果たせ」
「そう言うのはいいですから」
「は?」
ため息混じりにディン様と向き合い話す。婚約していた頃は無かったようなその態度にディン様はあからさまに眉をひそめた。
「私はディン様とルルア様の邪魔などする気はありません」
「…分かってるじゃないか」
「ですのでディン様も私の邪魔をしないでいただけますか?」
「はぁ?何を…俺が何を邪魔すると?」
「共同経営となるのは正式に結婚をしてからになります。つまりそれまでの経営者は私、他にも信用の置ける従業員に経営の仕事を任せております」
「何を言ってるんだ?ここはもう半分俺の宿でも」
「いいえ。私のホテルです」
後ろを振り向き隠れていた従業員を呼び寄せる。多くの足音に驚いたディン様は私の背中に立つ従業員とその視線を一身に受けていた。
「私のホテルである以上、ディン様のこのホテルでの役割は私が決めます。まずはお客様に安らげる部屋を提供するために掃除業務から始めて下さい」
そう指差して言うと彼の顔が赤くなり怒りを含んだ声で言う。
「…そんなの出来るか!俺は経営者としてこの宿を大きくするためのアイディアを出す事が出来るんだぞ!」
「では具体的には何を?」
「……」
「部屋に娼婦を呼ぶのは駄目ですよ。従業員の賃金を理不尽に罰金を与えて低くするのももっての他、提供する食事を粗悪な物にしておきながら部相応な値段にするのも駄目です」
「そんな事!」
「しないですよね?分かってますよね?ですのでどうぞ何か素晴らしいアイディアを」
従業員と共にディン様に微笑んで彼が口を開くのを待ってあげる。その多くの視線に耐えられないのか彼は首を振った。
「今すぐ出せる訳がないだろう?経営のアイディアというものはじっくり考えて出すものだ」
そうして尤もらしい事を言って私達から視線を逸らし何とも高慢な態度で腕を組む。
「それではじっくりとお考えになって?」
「そうさせてもらう。部屋に茶を持って来るように」
「愛しいルルア様のお部屋へご案内してあげますよ」
ディン様の事を知っているミアが率先して彼を案内する。ただし過去の私の婚約者としての丁寧な対応ではなく今は私の敵として彼女の素晴らしい背の高さを存分に活かして彼を見下ろしながらご案内していた。ディン様が睨んでいたがミアはその視線に微笑んで返している。
「…お茶に何か入れる?丁度掃除終わったし床拭いた後に絞った汚水とか」
「畑に生えていた草でも煎じて飲ませたら?シャーリィがよくおままごとで作るやつ」
「大浴場の栓、まだ抜いてませんよ?」
「全員止めなさい」
メアリから始まりこのままだと全員がディン様のお茶に何か仕込みそうだと思い止める。ルルアに続いてディン様、よくもまあここまで偉そうに出来るものだ。
「仕事に戻りましょう。皆、何も気にせずいつも通りにやって頂戴ね」
「アリヤ」
「何?メアリ」
「あの二人がでしゃばって来たらどうする?」
「部屋に閉じ込めておくから大丈夫。部屋の前にはクリシュナとニールの二人がいるしどうしても駄目な時は私をすぐに呼んで?」
「…分かった」
「大丈夫よ。すぐに何とかするわ」
皆を不安にさせないように笑い仕事へと戻ってもらう。
経営者が複数になるとどうやら格闘ゲームのキャラクター選択のように誰と話すか選ぶ事が出来るらしい。これが分かってからは経営者となっている皆には何か映る物、手鏡などを常備してもらい私が誰か一人選択すればその人の鏡に私が映り声が聞こえる。と言う風になるらしい。
まあアリヤの鏡に映って全員呼んでほしいと言えば皆と話せるように出来るため、個人的な話をする時だけこのキャラクター選択をするとしよう。
にしてもあの駆け落ち夫婦、やりたい放題だ。
ドレスのデザイナーを呼んでルルアに似合うためにドレスを仕立ててくれと言い、アクセサリーが欲しいから商人を呼んでと言ったらあれも欲しいこれもあたしに似合うよね?と隣に座る旦那に笑顔で尋ねる。髪飾りに化粧品、本来は特別なお客様を泊めるための部屋はこの駆け落ち夫婦によって物で溢れかえりそうだ。
「すごいわ。彼女、遠慮無し」
“どうすればこんな人の金を湯水のごとく使うのか”
「ディン様も似合う似合うと彼女のファッションショーとお買い物に付きっきり」
おかげで仕事に関わらないから平和でいるけどとアリヤは疲れたように話す。アリヤが汗水垂らして働いて得たお金をあの駆け落ち夫婦はどんどん使っている。従業員に迷惑をかけない、ホテルのためのお金には手を出させないと言うアリヤの決意。しかしこのままだとアリヤの私物までまた売りに出すような事になりかねない。
“止められないか”
「逃げる時に捕まって…捜索にお金がかかったでしょう?彼女その時持ってたドレスやら何やら全部売り飛ばされたみたいなの」
“そんな事言われても同情出来ないな”
「節度を持って下さいと言ったらディン様が“お前はルルアにドレス一着もやらない気か!?”ですって」
“もう何着も買ってるじゃない”
「本当よ」
そう話していると噂の駆け落ち夫婦が何とも楽しそうな笑顔で歩いて来る。その後ろにはクリシュナが腕を組み、ニールは腰に手を当てて歩いている。
「…ぅわ」
“部屋から出てきたな…”
「町へ買い物に行ってくるね!何か中央通りにかわいい宝石店が出来たって!」
「ルルアに似合うのを選ばないとな」
「それで?またそのお金を私が出すと?」
「だってあたしお金無いから…アリヤは優しいから出してくれるよね?あたし達同じ男の人を好きになった仲間だもん」
“この駄目男そんなに好きなのか”
「駄目お…間違えた…お二人とも出掛けるのは許可しますが何度も言うように節度を守って下さいね」
ここに来てからずっと遊んでばかりでホテルの経営のためのアイディアを出したかと思えば従業員に対する罰則の強化だ宿泊費の値上げだあとあれは何ですか?階段を滑り台にしようって舐めてます?とアリヤが説教をするとルルアは何が悪いか分からないと言う表情をしてディンは顔をしかめてため息を吐いた。
「うるさいな。お前は平民に甘いんだよ。そんな考えでよく経営者でいられるな」
「アリヤ?そんな固い考えじゃ駄目だよ?やっぱりディンに任せないとさ」
“うるせぇよ。脳内お花畑が”
「うるせぇよ。脳内お花畑…」
「え?」
「あ、何でもないです」
「今脳内お花畑って言ったか…?」
「風が吹いた音ですよ」
あまり派手にお買い物なさらないようにして下さいねアリヤは言って駆け落ち夫婦の監視係のクリシュナとニールに目で謝っていたが双子は首を振って大丈夫だと返す。ホテルからご機嫌に出ていく二人を見送りアリヤは大きなため息を吐いた。
「…リリナにつられたわ」
“風が吹いた音ですよって…”
「でもちょっとあの驚いた顔は面白かったわ」
“そうだね。写真が撮れるなら撮っておきたかった”
そう言って二人で笑う。
「アリヤ…」
「あらアレックス」
“やぁ色男”
「やぁリリナ」
ずっと思ってたけど色男って何だよ。そう尋ねられてめちゃくちゃ良い男だって事だよと教える。
「二人出掛けたのか?」
「出掛けたわ。お買い物に行ったのよ」
「また買い物…買い物か食べるか遊ぶかしかしてないな」
「まあその方がこっちの仕事に首を突っ込んで来ないから楽よ楽」
「それで?またドレスでも買いに行ったのか?」
「今度は宝石よ」
「…あいつら高価な物欲しがるのは似合うとかじゃなくて高い物を持ってる自分が好きなんだろ…高価だって言う理由で欲しがる奴らに買われても宝石も輝くに輝けないな」
「そうかもしれないわ」
“物の価値はその価値が分かる人間に買われてもっと上がるもんだね”
「そう。そうだリリナ。分かってるな」
アレックスはそう言うとアリヤの手を取り懐から小箱を取り出す。
ここで私は直感でこのまま私がいるのはよろしくないのではと感じてスマホゲームを閉じようとするが本能はこのままこの後の展開を見てみたいと言っており、二人きりにすべきと言う理性といやこのまま見ちゃおうぜと言う本能が殴り合うがそうこうしているとアレックスが小箱を開ける。
そこには美しい指輪が勿論あった。大きな宝石は恐らくあればダイヤモンドだ。
「…どうしたの?」
「あの二人がこうも好き放題するならこっちも好き放題しないか?」
「え?」
「ディンがルルアと言う公認の愛人を持つならアリヤもそんな存在がいても文句は言えないはずだ」
「…ちょっと待って!ちょっと待って!」
「何で?駄目…?」
アレックスが子犬のように落ち込んでいる。無いはずのいぬ耳が垂れているように見えてしまう。
「…あなたを巻き込むのは」
「巻き込んで欲しい」
「……婚約している相手がいる女とそう言う関係になっているなんて…あなたが悪く言われるわ」
「構わない」
「……どうしてそこまでしてくれるの」
「ずっと好きだから」
なるべく音を立てないように何なら鏡を覗いた時に見えるか見えないぐらいの角度に潜み声だけ聞いていたがあまりの熱い展開に叫びそうになる。
アレックスの真っ直ぐな気持ちにアリヤは俯いている。これは、あまりの直球な気持ちの伝え方に受け止め方が分からず困惑しているかもしれないが…段々と顔が赤くなっている。
そしてゆっくり俯いた顔を上げると私は初めてアリヤの涙を見たかもしれない。深い緑色の目から溢した涙をそのままにアレックスに言う。
「…私も、あなたを好きになってもいい?」
「勿論!…嬉しいアリヤ!」
そう叫ぶように言ってアレックスはアリヤを抱き締めた。私はそこで後は二人きりにしないといけないと察して一旦離脱。
そしてキャラクター選択でミアさんを選んで叫ぶ。
“ミアさーーん!!”
「わーーー!」
突然の大声にミアさんは慌てて鏡を取り出して私と目を合わせる。
「いきなり大声出さないで下さい!お客様がいなかったらいいものの…いたら私一人が突然叫んだように見えるんですよ!」
“ごめん!でもでも!…お赤飯炊いて…!”
「は?お赤飯?何ですかそれ」
“お祝いには…お赤飯なんだよ…!”
「な、何のお祝いで…?」
“アリヤとアレックスの結婚記念日だよ!”
「…お赤飯のレシピを教えて下さい!」
ミアさんの顔色が変わりお祝いしなければと慌て始める。良かった。あの駆け落ち最悪婚約者の後だと尚更アレックスが良い男に見えて仕方ない。
ピザを取りお祝いしてケーキも買おう。クラッカーを鳴らして盛大にお祝いを。
「…ん?結婚したんですか?」
“…あ、ごめんつい…正確にはお互い好きになったってだけ…”
「…すごい早とちりじゃないですか」
“まあほぼ似たようなもんでしょ”
だって用意した指輪、アリヤの左手薬指のサイズだよ?




