女の価値
よし。あの女は部屋に閉じ込めておこう。
絶えず甘いお菓子でもあげておけば上機嫌のまま大人しくしてくれるでしょう。
小さい子どもか。
何言ってるのよ。こんな小さいシャーリィも大人の言うことを聞いて素直に返事が出来るのよ!シャーリィとあの女を一緒にしないで頂戴!
「話が逸れてる」
ルルアを部屋に閉じ込め、招いて従業員に今現在の状況を説明すると全員があり得ないだろうと言う状況にディン様とルルアの行動、私とディン様の家族のとんでもない提案に混乱していた。
「ど、どうするんです?」
「あの女追い出せば?」
「出入口に立ち入り禁止の張り紙をしましょう!」
「もっかい駆け落ちしてもらえば?」
従業員達が次々と対策方法を提案してくれる。確かにもう一度駆け落ちでもしてくれれば楽なのだが自由に使えるお金が無い今、二人はそんな行動しないだろう。
アレックス様から命じられた。
何だか賑やかなこの女性を部屋から出さないようにと言う事だ。部屋から出ないようにと言われているはずなのに何回目だろうか、このルルアと言う女は扉を開けてさっさと外に出ようとする。
「駄目ですよ。何か必要なら俺に言って下さい」
「えー?ちょっとホテルの中を見るだけだよ?」
「駄目ですよ。今お客様が来られててとても忙しいのですから」
「別にいいじゃん?邪魔しないよ?」
だからいいでしょ?
「「駄目ですよ」」
「…気味悪いな揃えないでよ」
「はいはい。何か甘い物でも持ってきますから」
「それより町に行きたいな?知ってる?新しいドレスのデザインが発表されたの」
「……」
ニールが無言でルルアを見つめて何も答えずにアレックス様達がいる階へと降りて行く。二人きりになるのは嫌だなと思いながらため息を隠さずに吐いてルルアを見るとこの状況の何が楽しいのか笑っている。
「ねえあなた、名前は?」
「クリシュナです」
「へー。ね、ね、何歳?」
「十八です」
「あの女はあなたのお姉さん?」
「兄です」
「ん?」
「双子の兄です」
「…は?え?男なの?」
「本人が好きで女の格好してます。それが何か?」
「気持ち悪!!」
こんな風に顔が歪むのか、ルルアはそう思わせる程に嫌悪感を示して大きな音を立てて扉を閉めた。
あ、これはいいや。
部屋の扉を締め切ってくれた。これならしばらく出てこなさそうだし面倒な手間が省けた。
「すごいうるさいです」
「うるさいよな」
「口から先に生まれて来たのでしょか。黙る事も知らないし何度言っても部屋から出ます」
シャーリィちゃんの方がよっぽどお利口さんだねと苛立ちながら降りて来たニールはアレックスと話しながらお茶菓子の用意を手伝ってくれるシャーリィの頭を撫でている。
「ニール」
「はい。アリヤ様」
「彼女が何か欲しがるなら私に教えて」
「どうされるんです?」
「大人しくしてくれるなら可能な限り欲しい物与えてあげるわよ」
「アリヤがやる必要無いだろう」
「そうですよアリヤ様」
「そうですよ!お姫様!」
「シャーリィちゃんもそう思いますよねー」
子どもが好きなのかニールはここに来た当初からシャーリィを甘やかして褒めるのを半ば日課や趣味のようにしている。皆そうは言ってくれるが口で説明をしても分からないのが彼女だともう感じているだろう。
このまま聞く耳を持たないままこのホテルの経営には関わらないで欲しいと言っても彼女は恐らくそんなのいいからいいからと言って要らぬ口出しをしてきそうだ。
そうなるぐらいなら好きなドレスを与えて好きな甘いお菓子を与えて口一杯に詰め込んでもらいとにかくご機嫌に静かにしてもらおう。
「…子どもみたいだな、本当に」
「成人してる年齢ですよ。アリヤ様と同い年、酒場で働いていた経験もあるから社会経験も積んでるはずなのに」
「だから実年齢と精神年齢が一致するとは限らないわ」
はい、これ。
ニールにトレイにたくさん乗せたお茶菓子を渡す。本当は従業員達の休憩時間に食べて貰う予定だったがそれが彼女の胃袋へと入るのはこのお茶菓子達も本意でないだろう。
「食べたい!」
「あぁシャーリィちゃん…そうよね」
食べたいわよね。ごめんねシャーリィ。
「アリヤ様。よろしければ私、シャーリィちゃんと一緒に代わりのお茶菓子買ってきますよ」
「いいの?」
「クリシュナもいるしアリヤ様さえよろしければ」
「そうね…お願いしても?」
「勿論です。アレックス様お金下さい」
「お前俺の従者だよな?」
「これも仕事の一つですよ?」
アレックスからいくらかお金を受け取ったニールはそのままお茶菓子をルルアへと届けに行く。彼が出した分を私が負担しようとしたが首を振り断られてしまった。
「はいこれ」
「めちゃくちゃあるな」
「本当は従業員のおやつだったの」
「可哀想に…真面目に働く人に食べられず終わるとは」
何やら扉が閉められている。大人しくしているのかと聞けばクリシュナが私が男だとルルアに話したらしく、それを聞いたルルアは嫌悪感を示した形相で気持ち悪いと一言言って部屋に閉じ籠ったらしい。
「それはいいわ」
「だよな」
扉をノックしてお茶菓子がありますよとクリシュナが声をかけると不機嫌そうな表情で顔を出したルルアがお茶菓子を奪うように受け取りこちらを見た。
この女、容姿はそこそこ可愛らしいのに表情がこうも崩れると可愛らしさの欠片も無いなと思っていると指を差される。
「あんた男だって?」
「はい」
「男なのに何?そんな女の格好して…気持ち悪いよ?」
「法を犯しているわけでもないですし…好きな格好を追求したらこうなりました」
「いつの間にかこうなってました」
段々と自分の片割れの見た目が華やかになって行く様は見事なものでしたよクリシュナが笑うがルルアは一切笑っていない。
「あり得ない!気持ち悪い!男は男らしく女は女であるべき!」
「そうですか。でも、私はこれが好きなので」
「…このホテルおかしい人が多いわ…あの男、ディンが追い出した役立たずでしょ?私に吠えた犬までまだ彷徨いてるし…どの従業員も貧乏くさくて本当にこのホテルやっていけてるの?」
「どの従業員も素晴らしい仕事をしています」
「嘘嘘、見栄張らなくていいよ?それに…あんな落ちぶれたお嬢様がやってるホテルだもん…今は何とか経営出来てもその内駄目になるのは分かるでしょ?」
「「分かりません」」
「揃えて言わないでよ!気持ち悪い!」
ルルアは首から下げた大きな宝石のネックレスを弄りながらため息を吐く。
「だからあたしとディンがどうにかしないとね?」
「じゃあ具体的な提案があれば紙にでも書いて提出して下さいね」
「出来たら呼んで下さい」
「ちょっと!」
扉を閉めた。
何がどうにかしないとだ。クリシュナと目を合わせて笑う。従業員を見下し自分にいかにも経営の才能があるかのように言っているがあの緑の宿で彼女がしていた事はなんなのか。女に客を取らせて宿泊費とは違うお金の稼ぎかたをして宿に来たかと思えば口を出すのは「ここに豪華なソファーを置いて」「ここの壁はピンク色にしよう!」など自分の気分であちらこちら改装させていたぐらいだ。
それで増えた売り上げを自分の助言のお陰だと勘違いしているのだろう。
「おめでたい奴」
「まったくね」
部屋でお茶菓子を貪っているであろうルルアに向けて同時にため息を吐いた。
「それじゃあ私はシャーリィちゃんと町に出かけて美味しいお茶菓子買ってくるから」
「は?」
「あんた一人で見れるね?よろしく」
「ちょっ…!兄貴!?」
ひらひらと手を振りよく出来た弟に任せて町へと出かける。今度はもっと美味しいお菓子を買って来ないと。
ルルアが来た翌日に叔父様から手紙の返事が届いた。早急に向かうとの事だ。実の家族よりもクラウス叔父様の方がこうも心強いのは何故だろう。
スカーレット様も来てくれるだろうか。あの方もいれば尚更心強い。
「…早く会いたいわ」
“アリヤ”
鏡から声がしたため手に取るとリリナが手を振っている。
“あれからどう?”
「とりあえず部屋に閉じ込めてる」
“…大人しくしてればいいけど”
「駄目よ。大人しくない」
朝食会場にお客様と一緒に行こうとしてメアリに止められクリシュナとニールに部屋に連れ戻された後、お客様がお帰りなる際にあたしもやるよ!と元気良く扉を閉めてまたクリシュナとニールに扉を閉められている。監禁だ何だと騒いでいるため直接部屋に行き「お客様の朝食を食べようなんてもっての他。後できちんとあなたの朝食は運ばせるから大人しくしていて」「お帰りになるお客様への挨拶は支配人の私がするからあなたは部屋で遊んでいて」と説明をするが「あんな美味しそうな朝食をまず平民が食べるよりも私が先でしょ?それに一人分減っても平気だよ」「あたしも経営に関わるんだから今から挨拶ぐらいするのが当然だよ」の聞く耳を持たない。
そもそも平民が食べるよりも自分が先だと、現状あなたはまだ身分は平民ですから同じ立場でしょうと言うがあたしは身分に左右されないからと大きな声で笑っていた。
“…本当に話にならない”
「それとね…」
私の真剣な説明を笑い飛ばした後に頭のてっぺんから爪先まで見つめてルルアは目を細めて言う。
「婚約者に見放されたあなたに言われても…何も聞く気にならないかな…?」
「どういう意味です?」
「ごめんね。あたし、正直なの」
ああこの目、知っている。
「身分はあなたが高くても、ディンはあたしを選んだの。ねえ?分かる?女として価値の話」
朝食に運んだサンドウィッチを口に含みながら彼女は何度も見てきた見下す目で私に言う。
「生まれながらの女としての価値はあたしの方が上」
どうせディンはあなたを追い出してあたしをちゃんと正妻にするもん。いつまで夫婦でいられるか分からないけどどうぞ楽しんで?
“次からあの女のご飯に下剤入れよう”
「無いわよ。あったらとっくに入れてるわ」
“確かに…靴に画鋲を入れよう”
「画鋲…?」
“針だよ”
「それは流石に…」
“アリヤは優しいな…にしても…”
今着ているドレスが飽きたからそろそろ新しいのが欲しい。靴ももっと飾りが付いた輝くような靴がいいな。あたしの長い髪に似合うように髪飾りも用意して?
“経営者として綺麗な格好しなきゃ!…やかましいわ!”
リリナがルルアの真似をしながら怒ってくれる。彼女が怒りを共有してくれて良かった。一人だと頭の中で部屋に閉じ込めてるからこれぐらいしてよね?と首を傾げて要求して来るルルアの姿が離れず怒りで叫んでしまいそうだった。
「アリヤ様」
「あの女何言ってました?」
ルルアと話す間だけ離れてもらったクリシュナとニールが戻って尋ねる。遅れてアレックスも来てくれた。
「二人とも…おつかい良いかしら?」
「え?あの女のですか?」
クリシュナが露骨に嫌そうな顔をした。
「ドレスデザイナーを呼んできて欲しいの、新しいドレスに靴に髪飾りをご所望よ」
「そこら辺の布切れでも巻かせておけばよろしいのでは?これが今の最先端ですって事にして」
ほらこの間古くなって売りに出そうとしたベットシーツとか、ニールが真顔でそう言い鏡の中のリリナが吹き出して笑った。
「そうしたいけど我が儘お姫様はそうもいかないのよね」
「それじゃあクリシュナあんたは部屋から出ないように見張り」
「え?」
「私がデザイナー呼んできますので」
「よろしくニール」
「また俺が留守番かよ…」
二人に出会ってからたいして日数は経っていないが私はクリシュナがニールに勝っているところを一度も見た事が無い。クリシュナはルルアの部屋の前に立ち、ニールは町へと出掛けていく。そうして私とアレックスの二人きり、いや正確にはリリナがいるのだが。
「……」
「アレックス、言いたい事は分かるわ」
「…あの女に一時でも良い思いをさせるのは気にくわない」
“分かるよ色男”
「いたのかリリナ」
“いや、昼休みが終わるからそろそろドロンするよ”
「どろん?」
“席を外します”
リリナはそう言い鏡が何の変哲も無い鏡へと戻る。彼女はやはり違う世界の人間でたまに私には分からない言葉を使う。ドロンは席を外すための言葉なのか、親しい人間に使ってもいいような言葉だろうか。
「アリヤ」
「え?」
「二人きりになってたろ?あの女と」
「ええ…朝食を届けにね」
「何か言われたか?」
「……」
「言われたか…」
「…元からああ言う性格なのかしら…彼女」
「どうだろうな。俺もアリヤも酒場で働く頃からのあの女の事を知らないし…初めから強欲なのかそれとも金を持って変わったか」
「お金を持って変わる…か」
「使えるお金が増えると生活環境が変わるからな、周りの目の色も変わる。それによって人が変わるのもあるさ」
「彼女はそうなのかしら…」
「でも、そうなって今みたいな性格になったとしても元からそうであったにしても…あんな風に我が儘で人を見下すようになったとしたら初めからそう言う部分があったんだろう」
それが初めは小さいぐらい、分からないぐらいの物だったのがどんどん肥大化していった。結局はあの女はそう言う風になる適正があったんだとアレックスはルルアがいる方向に目を向けてため息を吐いた。
「次は俺があの女の相手するから」
「駄目よ」
「何で?」
「…駄目」
「……」
「…とてもその…失礼な人だから」
あなたにも心ない言葉を吐くわ。だからそれは駄目だとアレックスに伝える。そんなのは耐えられない私が守らないといけないと。
「…それは、俺がアリヤのホテルの従業員だから?」
「………」
「俺もアリヤを守りたいけど?」
「…私も同じなのよ…」
「俺も同じだよ」
「…お互い様同じ考えね」
「そう。同じ…勝手にやらせてもらうぞ?」
「あ、暴力は駄目よ?」
「そこまでしないって」
そこでようやく呆れを含んでいるがアレックスが笑ってくれた。つられて私も笑うことが出来たがクリシュナが疲れた顔をして「今度は素敵なアクセサリーが欲しいとほざいてます」とやって来たためまた笑顔は無くなってしまった。




