欲望
いやこれはどういう事だ。
私宛に来た随分豪華な手紙はまさかのレーズ家からであり、その内容は何度読んでも理解が出来ないものだった。
ディン様と私の婚約を復活させる。
彼の駆け落ちで無くなった婚約なのにどんな事情があって復活させると言うのかと頭を抱えたが、そうだ。彼の家はもう随分大変な事になっている。そんな状態の家の嫡男と結婚しよう何て言う令嬢は早々いないだろうと話していたのを思い出す。
だからと言って私とまた婚約関係を結ぼうなどとあり得ないだろう。しかも私が今経営しているホテルに是非協力したいとあり、夫婦となり二人三脚でホテルを大きくさせようとこれまた頭が痛くなる内容が書かれている。
私は覚束ない足取りでミアにこの手紙を見せるとすぐに怒りを露にした彼女はすぐに他の従業員にも見せてどうするか話し合いましょうと私の肩をしっかり持ち言った。
「このお坊ちゃんの家はどうかしてるの?」
「絶対このホテルを手にしてやろうと考えてますよ」
「大体何だこれ?婚約を再びしてあげますって上から目線で腹が立つ」
「可能なら破り捨てて燃やしてその火をレーズ家に放ちたいです」
ホテルの従業員の中でももう上役のミア、ロア、メアリ、そしてアレックスを交えてこの手紙の内容にそれぞれ怒りを露にしてくれた。
「どこの令嬢も結婚なんてしてくれないから…じゃあアリヤとの関係を元に戻しましょうって…」
「大体私は絶縁されてるのよ?それなのに…」
「絶縁してもそれを家族が撤回すればすぐに元通りになるんだ。簡単な書類の手続きで終わる」
私に突きつけられた絶縁が書かれた手紙をあれは間違いだったのだと言えば貴族には甘い司法はすぐに私を家に戻すだろう。
「…アリヤ、家族はディンとの婚約が元に戻るのは歓迎すると思うか?」
「…すると思うわ」
貴族の家同士に繋がりが出来るなら歓迎だろう。ましてや婚約破棄された身が再び婚約出来るようなら尚更だ。
「と言うか…結婚云々よりも目的はこのホテルでましょうね」
メアリが苛立ちながらそう話す。
「…評判が上がっていますしお嬢様のご意志で緑の宿ですけど、赤の看板の宿と同様の位置に来てますし」
「共同で経営しよう、なんて言ってるけど乗っ取るつもりなのが見え見えだ」
「駄目です駄目です!アリヤ様のホテルはアリヤ様の物です!」
自分の経営していた宿が駄目になってしまったからこちらに目を向けたのか。
ディン様がやった事への後片付けがあるため待つようにと最後、終わっているが後片付けとやらが終わればもしかするとこのホテルにやって来る気なのだろうか。
「読まなかった事にして燃やします?」
ミアが本気の目をして尋ねるが首を振る。評判が落ちに落ちたがまだ貴族の身分だ。その貴族からの手紙を届いてません。読んでませんとなるとこの手紙を届けた無関係の者が悪者にされてしまう。
「と言うか…駆け落ち相手はどうしたの?」
「そう言えば…書かれてませんね?」
「別れさせられたのでしょうか?」
「そう言う話は聞かなかったな」
私達はクラウス叔父様からディン様を見つけてご実家に連れ戻されたとは聞いたが駆け落ち相手のルルアまでどうなったか聞いていない。貴族と駆け落ちとしたとなると…嫌な想像だが貴族の嫡男を誑かしたと言う罪を着せられて投獄されていてもおかしくはない。
「しかしな…どうするか」
「断るけども…断る申し出を聞いてくれるかしら」
「何やかんや理由をつけてどうにか結婚させてようって事にしそうよね」
「絶対嫌だ」
「絶対に許せません」
満場一致で断固拒否。
もうあの家とは関わりたくないと思っているのに向こうから繋がりを持って来るのを何とか阻止しなければ。
“偽装結婚でいいからアレックスと結婚してる事とする?”
「いやそれは…」
「どうされました?お嬢様」
「あ、いや…」
“アリヤ…話を聞かない人間はいるんだよ。お話し合いで穏便に済まそうとしても自分の都合の良い展開しか見たくない人間がいるんだよ”
それがきっと今のレーズ家なのだろう。
「ごめんね。ちょっと席を外すわ」
「お嬢様…」
「アリヤ、大丈夫か?」
「大丈夫…じゃないわね…でも少し外の空気を吸って来るわ」
部屋を出て階段を下りる。従業員専用の入り口から外へ出ようと歩いていると、事情を知らない他の従業員達がいつもと変わらず挨拶をしてくれる。彼等がレーズ家に利用されるような事は絶対に避けなければいけない。
改めてそう決意して外に出て懐に入れていた手鏡を取り出して話す。
「偽装結婚って…」
取り出した手鏡の中でリリナは真剣な顔をしていた。手紙が来て初めは混乱した私は慌ててリリナにこんな手紙が来てしまったと伝えるとリリナはすぐに怒りを露にディン様を罵りながらも一人で抱えずにまずは相談しろと言われた。
そしてその相談の様子を聞くためにリリナにも話し合いの内容が分かるように手鏡を忍ばせていたのだ。
しかしアレックスとの偽装結婚など…。
「それがね…仮にそうしたとしても…アレックスの貴族としての階級がディン様より下なのよ…そうすると結婚を認めようとしない可能性もあるのよ」
“駄目なの?”
「階級によってこれを認める認めないが厳しいの…元の家に戻ったディン様は何だかんだ階級はそのままだから…私とアレックスが結婚してるとしてもそれを撤回させる権力もあるわ」
“くそお…なんてこった”
「私の家も婚約復活に賛成してるから…ディン様の味方になるわ」
“…アリヤの事を何だと思ってるんだ!道具か何か!勝手に駆け落ちして一方的に追い出して絶縁しておいて……また婚約しましょう!?ホテルも共同経営しましょう!?アリヤのホテルはアリヤのホテルだ!”
鏡の向こうでリリナが頭を抱えながら怒っていた。私は落ち着くように声をかけながらも、ここまで怒ってくれる事にひっそりと嬉しいと感じてしまった。
いやそう感じている場合ではなく…何とかしなければ…。
“…貴族の階級が上がればあのくそ一家は何も言えなくなる?”
「まあ…そうね」
“階級が上がる条件って?”
「え?うーん…戦いで成果を上げるとか…政治的に活躍するとか…国にたいして働きを上げる事ね」
“国にたいしての働き…”
今は近隣諸国との戦争やそう言ったものは無い。政治的な役割を果たすのは今は席は全て埋まっている、国にたいしての働きを上げる。経済的に貢献であったり国民の生活が便利になるようにと積極的に動きそれが認められれば貴族の階級は上がる。
「私がホテルの売り上げを上げて上げてにしても…階級が上がるには足りないわ…」
“アレックスは?”
「アレックス?」
“彼、商人の息子さんしょう?”
「ええ。そうね」
“すっごい良い品を王様に献上してアレックスの貴族の階級を爆上げ…とか”
「…すっごい良い品」
“…馬鹿な提案かな”
「そんな事無いわ。リリナ…ごめんねたくさん考えて怒ってくれて…」
“だって許せないよ!”
駆け落ち男がアリヤのホテルの経営に携わろうなんて、しかもこの男が経営していた宿は問題だらけ。そんな奴が入ってきたとなるとアリヤのホテルがどうされるか分かったものじゃない。
(そう。リリナの言う通り)
どう口出しされるのか、どこまで経営に手を出してくるのか。出来ることなら経営に何も口も手も出さずにいてほしい。従業員専用の部屋はまだあるからそこに一日籠って窓から空でも見て過ごしてくれればいい。
“あ、そうだアリヤ”
「え?」
“ごめんね。関係の無い話だけど気になった事があるんだ”
「どうしたの?」
“アリヤが留守の間、アリヤの部屋をメアリ達が掃除してくれたでしょ?”
「そうね。出発する前にそうしておくって言ってたわ」
“その時さ、私…ゲーム起動して掃除する様子を見てたんだけど…”
「うん」
“メアリさんの独り言に反応したんだ。どうせ私の声はアリヤ以外に聞こえないと思ってたから”
そう思っていたら、メアリはその声が聞こえたかのように周りを見渡し驚いていたと言う。
「…え?」
“驚いてまた声を出したら…それも聞こえていたみたいにメアリさんは慌てて部屋の外に出て誰かいる!ってロアさんを連れて来たの”
そこでリリナも慌ててゲームを終了させたらしい。
「な、何で?今まで私以外誰にも聞こえていなかったはずよね?」
“だよね?アリヤが留守にしてた時のあの日だけ…まあその後怖くて本当に聞こえるか検証してないけど”
「でも、今は何も聞こえていなかったわ」
“だよね。私も思い切り声を出したのに”
「驚いたわ」
“ついさ…”
黙っていられず自分も話し合いに参加しているような気持ちになっていたのだとリリナは話す。
“でもそれよりも…どうしようかな”
彼女の言う通りに貴族階級を短期間で一気に上げて逆らえなくしてしまえばこんな婚約しませんと言って終わるがその方法が思い付かない。
「…そろそろ戻るわ」
“うん。何か良い方法があるかどうか考えるよ”
「ありがとう……ねえ」
“ん?”
「リリナが側にいてくれたらいいのに」
“アリヤ…”
「…何てね。あなたにはあなたの世界があるのにそんな我が儘駄目よね」
でもね、口に出さずにいられなかった。
リリナがこのまま私の世界に、夢の中だけではなく私もリリナの世界に行けたらと思うのだ。夢に見る彼女の世界には興味が引かれる物がたくさんある。手を伸ばして触れようとしてみてもやはり夢の中では思うように行かずただ世界を歩きながら見るだけだ。
いっそ夢の中のままでいいと思うかと自分に問いかけるが、それには首を振る。
私にはここにいて大事にする物が多すぎるのだ。
再び皆の元に戻ったが話し合いは相変わらず平行線で解決策が浮かばない。そんな中、お客様が増えてきたからそろそろ戻ってほしいと伝言を伝えに来たシャーリィの声で話し合いは終わった。
私がアリヤの世界に行けたら。
身分も何も関係無い私が一時的にでも向こうの世界に行けたなら現代の知識を駆使して駆け落ち駄目男とその妻を秘密裏に処理する事が出来るだろうか。数え切れない程にあるミステリー小説を参考して出来ないだろうか。
しかし夢の中で町を歩いたり鏡や映る物を介してアリヤと喋る事が出来てもそれ以上は動けない。他の場所、夢の中はアリヤの国のどこかしらがランダムで出てくるようなものだし何かしら現状を打破するような情報が得られない。貴族の階級を上げる…王様にでも気に入られるように何か献上でも出来れば。次の夢でそんな場面がピンポイントで出て来ないだろうか。
せめてアリヤ以外にも話せる人が見つかりその人を操ったり情報が得られるような協力をして貰えるように…。
(でも分からない…メアリさんが私の声に反応したのは確かだし…その理由が分かれば出来るかもしれないけど…)
あの時アリヤは留守だった。ホテルの管理は従業員の中でも長く勤めている二人に任せている。ホテルに長く勤めている者が私に気付く、いや…それならミアさんはとっくの昔に気付いている。
どういう事だ。アリヤはゲームの主人公だから聞こえて当たり前、あのホテルの経営者、支配人だから当たり前に聞こえている。
「……ん?」
ホテルの支配人?
アリヤがクラウス叔父様の家に出発する時に一時的にだがロアさんとメアリさんの二人にホテルを任せている。
その任された二人の内一人、メアリさんに聞こえた私の声。
(このスマホゲームの主人公はホテルを経営する人…)
私の事を認識出来るのはもしかして、このホテルの経営者である事が条件ではないか?
確信ではないが頭の中に浮かんだその答えが合っているならこの世界でやれる事が増えるのではないだろうか。
俺はルルアと離れる気はありません。
あたしもディンと離れる気は無いよ。
いつに無い形相で帰って来た夫を出迎えるとすぐにここから離れるために荷物をまとめろと言われた。何がなんだか分からないため訳を聞こうと尋ねると、何でも家の人にここにいるのが分かってしまうと言う事だった。
家族に連れ戻されればきっと離ればなれになってしまうと言って、ディンは大きな鞄にお金や宝石を詰めて行く。
ここを出てそしたら何処に行くの?
今度こそは海を超えて誰も知る人がいない国に行こうと提案されるが、言葉も通じないような国になんて行きたくないと反対した。言葉が通じるしそこそこ栄えているし城下町からそれなりに離れているここにとどまりたいと言っているのにディンは聞かずに荷物を詰めてあたしの手を引っ張り連れていく。
宿はどうするの?あんなに儲かってたのに。
宿はまたやる?じゃあいっか。
馬車に揺られて揺られてやっと来た場所で船にでも乗るかと降りるとそこには知らない人達があたし達を囲んで、あっという間に連れていかれた。
え?この人達がディンの家の人?痛い痛い!気安く触んないでよ!あたし大金持ちの妻だよ!?
別れろ?さもなくばお前の事を私達は牢獄に入れる事も出来る?何であたしがそんな目に合わなきゃいけないの?意味が分からない。
ほら、ディンもあたしと離れたくないって言ってるもん。そんな事したら、ディン悲しくて死んじゃうかもよ?
え?貴族は貴族で結婚するのが当たり前だ?じゃああたしが貴族になれば解決するじゃない!
出来ない?どうして?あたしは貴族になれる程の品格が無い?失礼な!貴族なんて綺麗なドレス着て宝石持って扇子で口元隠して笑ってればいいだけじゃん!
ん?どうしたの?ディン。
え?えー…でもまあ…いっか。
貴族の女とディンが結婚しても、あたしは公認の恋人って事で行けば今の贅沢な生活を続けられるんなら。
へぇ!それにそしたら貴族の女がやってる宿を貰ってまた稼ぐ事が出来るんだ!
何て名案!最高!




