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双子の従者

 つまり私の留守の間に起こった事は。

 以前来たあの厄介なお客様、ルルアの夫と言う男性がやって来て妻が不当な扱いを浮けたとして文句を言いに来た。更にこのホテルをどうかしてやると脅迫めいた事を言ったが、そこに現れたアレックスによって事態が急変する。

「まさかここで出てくるとは…」

 アレックスによってそのルルアの旦那様は私の元婚約者、ディン様だと言う。正体がバレて焦っているディン様にアレックスが詰め寄りお客様の前で大声で言い争う事態になり手が出る前に羽交い締めにして止めた。

「お客様には謝罪してお詫びの品を渡したわ」

「適切な判断だわ。素晴らしい」

「とは言え…」

「二度と会う事は無いだろうと思っていたけど…にしても駆け落ちするならもっと遠くに行けばいいじゃい」

 何で城下町から二日で来れるような町に隠れていたのか。

「それに…まさか宿の経営をしていたとはね」

「随分稼いでるみたいね」

「もしかしたら稼いで稼いで国外逃亡の資金を作ってるとか?」

「なるほどね。ここに来てお金が尽きたから資金集めを…」

 それはまずいんじゃないか?

 そうすると彼を知る人物にここにいるのがバレたのだからロアの言う通りに国外逃亡でもする予定なら今もう向かっているんじゃないか?

「レーズ夫妻に伝えて…あぁ…あの家に行きたくないわ」

「大丈夫。アレックスが伝えるみたいだから」

「だから彼いないのね」

「それと…アリヤ様の事で凄く怒っていました」

「え?」

「そうね。婚約破棄してどれだけアリヤが大変だったか怒っていたわ」

「そ、そうなの…」

「そうよ。まあそのせいで…」

「私が婚約破棄されたのが露呈したわね」

「そうですね…」

「まあ…別に営業に支障が出る事ではないけど」

 ディン様が見つかった事をアレックスがレーズ夫妻に伝えているなら私はクラウス叔父様に伝えておこう。今帰って来たばかりでもう叔父様に用事が出来てしまった。

「二人とも、伝えてくれてありがとう」

「…ごめんね。こんな騒ぎ」

「申し訳ないです…」

「何を謝っているのよ。こんなの予想が出来ないし…お客様は驚いただろうけどきちんとお詫びも渡してフォローしてくれたじゃない」

 頼りになる仲間がいてくれて嬉しいわ。

 そう二人の肩に手を置いて放って置かれた叔父様からのお土産を出す。

「皆、本当によくやってくれてるわ。美味しい物を食べて一休みしましょう?」


 レーズ夫妻は驚いていた。そもそもどうしてあなたがあの子の居場所を知ったのかと聞かれたがアリヤの名前を伏せてある宿に泊まり来たところを偶然会ったと誤魔化しながら説明する。

 すぐに息子がいる町へと向かうように伝えて慌ただしく動き始めて情報提供の礼も無しに帰っていいと言われた。

「アレックス様」

「報告は終わった。帰るか」

 従者の一人、クリシュナが早い帰りに少し驚いていたがすぐに馬を用意する。

「もっと色々聞かれると思いました…すぐに終わったんですね」

「そうだな。場所を知ってさっさと探しに行った」

「そうですか…ん?教えてあげたのにお礼も無しですか?」

「そうだよ。感謝のお言葉だけ」

「貴族だから何かしらくれると思いましたのに…」

「いや…多分だが」

 息子の捜索であちらこちらで人を使っているのだろう。そのため金がかかり余裕が無いのかもしれない。まだディンと友人であった頃に訪れた時にあった大きな花瓶。海の向こうにある国から取り寄せたかなりの値打ちの花瓶が無くなっていた。息子の捜索のために売ってしまったのかもしれない。

「…よし。町に着いたらニールと合流しよう」

「はい」

「あいつ、ちゃんとやってるか?」

「…まあ不快にさせるような奴がいなければ大人しいもんかと…」

 ディンの事を調べるためにあいつの経営していた宿に向かわせたが…穏便に調べてくれるだろうか。


「…おかしな宿ですね」

「いや…その…」

 主人に言われた通りに宿を調べてみると何だこれは。

 緑の宿として看板を下げているが豪華な内装にそもそも不信感があると思ったが、それ以上におかしいのはこの宿の雰囲気だ。忙しなく女が廊下や受付を歩き回り階段を上がると隠されるように作られたラウンジで男の隣に女が座りけらけらと作り笑いを上げている。

 女の視線、男の視線。

 手で数字を作りそれに何かしら反応する。

 その反応が良ければどこか階段を上がって更に別の部屋に女がまず消えて、その後を追うように男が消える。

「ここは宿ですよね?どうしてこうも雰囲気が生々しいんですか」

「これは…その」

「子どもは泊まれないですね。やだ、ベッドの上で体操でも出来る宿なの?」

「……」

「宿として営業許可を取っているのに関わらず…女に客を取らせるのは営業違反でしょう」

「…分かってる」

「こんな事をさせるなら、娼館として営業の申請をすればいいでしょう?」

「仕方ないんだよ…俺には何も言えない」

 宿の男は項垂れてそう言った。

「何も言えない。その理由を聞かせて頂戴」

 こうなったら洗いざらい吐いてもらう。


 手紙は届いただろうか。

 可能な限り早く届けられるように伝えているが、叔父様は読んでくれているだろうか。

「…アリヤ!」

「アレックス!…と?」

 頭の中で奇妙な不安を残したまま仕事をしていると、レーズ夫妻の元に行っていたアレックスが戻って来た。急いで戻って来たのだろう、息を切らしてこちらに向かって来る。何だかすごく久しぶりな気がするが、そのアレックスの後ろに彼と同じく褐色肌の男性がいる。

「…おかえり。道中何も問題無かったか?」

「あなたこそ…私が留守の間に大変だったみたいね」

「いやそれは…うん。色々あった。何があったかは聞いたか?」

「ええ。まさか…また名前を聞く事になるなんて思わなかったわ」

 元婚約者が自分のホテルにやって来るなんて。

 しかもあの厄介なお客様と夫婦、あの女性が駆け落ち相手とは。

「レーズ夫妻には伝えてすぐに町に向かった。見つかった以上はあいつもまた何処かに逃げようとするだろうからすぐに捕まるかどうか」

「そうよね…見つかってと留まる程に頭は悪くないわよね」

「そうだな」

「ところで…そちらの方は?」

「あ、あぁ俺の従者」

「初めましてアリヤ様。アレックス様の従者、クリシュナと申します」

 アレックスや私と大して年齢の変わらなさそうな彼はクリシュナと名乗り頭を下げた。

「初めまして」

 アレックスの一歩後ろに立つ姿を見るとこのホテルでは働いている姿しか見ていないから従者を従えるアレックスを見ると貴族である事を思い出させる。

「…クリシュナはアレックスとは長いお付き合いなの?」

「そうですね。十歳の頃に奴隷市場で買われてからですからもう十年近い…」

「え?奴隷市場?」

「あ。こっちには無いんでしたっけ?」

「えと…違う国にあるのは知ってるけどまさかそんなさらっとその言葉が出るとは思わなくて」

「廃止になるように働きかけてるけどな」

 アレックスが間に入り話に参加する。阻まれたクリシュナはため息を吐いていた。

「ところでニールは?」

「もう来ますよ」

「ニール?」

「もう一人の従者」

 その人は何をしているのか尋ねると、ディンのこの国に来てからの動向を探るため彼が経営していた宿に調査に向かわせたとのこと。

 もう見つかったしわざわざ調べるのかと疑問に思ったが、ディンの人相があまりに悪くなっており更にお金が溢れる程に持っていそうな雰囲気が引っ掛かり調査に向かわせたらしい。

「おかしな事が無ければ…」

「失礼いたします」

 すると扉が開きそこには背の高い女性がいた。褐色の肌に長い黒髪を結い上げて赤いドレスのような服を着ている。アレックスがいるのを確認して深く頭を下げる。

「アレックス様。ご報告に参りました」

「お疲れ様ニール。こっちに」

「はい」

 真っ直ぐ伸びた背筋のままにこちらに歩いて来るニールと言う女性はクリシュナとほぼ同じ背丈で顔も似ている。似ていると言うか瓜二つだ。

「アリヤ様ですね。お初のお目にかかります。私はニール、アレックス様の従者でございます」

「初めましてニール」

 クリシュナと並ぶとますます同じだ。思わず無遠慮に二人の顔を交互に見つめているとニールが綺麗に口角を上げて話してくれた。

「そっくりでしょう?私とクリシュナは双子なのです」

「まあ…双子にお会いしたのは初めてだわ」

「それが原因で親に捨てられまして」

 クリシュナが笑いながら犬猫と同じ様に複数生まれるのは縁起がよろしくないとかでと奴隷市場に続いて何て事の無いように言うため反応に困ってしまった。

「まあそれが良い方向に行ってくれまして」

「今は衣食住に不自由しない生活を手に入れました」

 そう言って二人はそっくりな笑い声を上げた。

「…もういいから。ニールも報告」

「ええ。…今よろしいんですか?宿のお仕事は?」

「抜ける事を伝えておくから大丈夫よ」

「それではアレックス様…」

「私もその報告を聞いてもいいかしら?」

「アリヤ様も?」

「彼がどんな経営をしていたか…気になるわ」

 あんな短期間でそこまで豪勢な暮らしを送れていた事は気になっていたのだ。


 ニールが報告してくれたのはとんでもない事実の連発だった。

 最近噂になっている宿でありながら娼婦を常駐させて宿泊したお客様に買わせて儲けている宿、それがディン様の宿らしい。

 調査に向かった彼女の報告ではまず雰囲気からおかしく忙しなく動く女性達、宿泊希望の男性が来ると宿の説明とは別に特別なサービスが受けられると案内があり従業員の制服を着ている女性からその特別なサービスの内容が記されたメモを渡される。

 そのサービスを希望するお客様には相手にしたい女性に合言葉をかけて伝えると、夜にそのお客様の部屋に向かいサービスを行う。

 しかしサービスを拒否したお客様にも半ば無理矢理、娼婦を買わせており料金としてはかなりの低価格ではあるがお金を払わさせている。ちなみに女性のお客様が来た時は泊めるは泊めるが男性と比べて料金が高め、そしてこう言うサービスをしていないとバレないようにか女性は別館に案内されていた。

「まあ…噂に聞いてましたがただひどいのが」

 ニールが顔をしかめて言う。

「その買われている女性達の扱いですね」

「扱い?」

「宿の従業員として働いて、それに加えて娼婦の仕事。寝る暇が無いのでしょうね」

 濃い目の化粧で隠しきれない疲労が浮かんでいたと。

「その人達、逃げるとかはしないのか?」

「どうも娼館で働く事が出来なくなった理由がある女性ばかり集めているしくて」

 年配の女性もいれば世間的にはあまり容姿が良くない女性。少々物覚えが悪い女性…娼館で稼ぐ事が出来ず路頭に迷っていたような女性を集めて働かせていた。

「それで女性を買う料金も安いものですから買う客も多いこと」

「それで他の娼婦達も稼げなくなったと…」

「そうです。ご存知でしたか?」

 メアリ達がそうだったのだ。それが理由で彼女達はここへ来た。

「そんな風だと思ったわ…」

「行く宛が無くなってしまった。そうして衣食住を与えると言う甘い言葉で彼女達を逃げられないようにして働かせる」

「逃げられない…」

「どうも意味の分からない罰金などで女達にどんどん借金を背負わせてるようで」

「とんでもないな」

「とにかくどんな罰金なのかと聞くと、食事代や清掃代、家賃に加えて…化粧費用に衣服代金、更にお湯の使用料や客が取れない場合の罰金」

「はあ?」

 ニールが淡々とした様子でその実態を伝える。隣で聞いているアレックスは思わず苛立った声を上げた。私も聞いていて想像以上の扱いの悪さに頭を抱える。

「一日のスケジュールも朝から深夜まで細かく決まっていて、そのスケジュール通りに動かないと罰金が嵩むそうです」

「宿の宿泊費、女を買わせた金、それに加えて働いている女から巻き上げる…そりゃ短期間で金持ちだわ」

「男の従業員も同じ様に罰金制度があるらしく、彼らもスケジュールが細かく決まっていて動けないようなら罰金、売り上げが目標額に達してなければ罰金だそうで…」

 男性従業員も行く宛が無い者ばかり雇い、中にはアレックス達と同じ国の者もいた。文字の読み書きが出来ない者が多く、それを良いことに最低でも何十年働く事を約束させて読めるはずが無いのに契約書にサインをさせている。

「まあ…こんな感じでしたね」

「ご苦労様…あいつ…想像以上に外道な事してるな」

「どうも売り上げを受け取る時だけ来てるみたいで、普段は豪華な屋敷に住んで贅沢三昧だとかなんとか」

「とんでもねえよ…」

「……」

 婚約していた身としては、何とも複雑な思いだ。彼はお金を手にして変わったのか、はたまた元からそう言う人間だったのか。婚約者として交流していた時を思い出そうとしたが子どもっぽく拗ねる態度やあまり弾まない会話の記憶など思えば楽しいと感じたり愛しいと感じた事は一切無い事を思い出した。

「…それで、彼は?」

「宿の従業員に聞いたところ…姿が見えないと。いつもなら売り上げを取りに来るはずの日に来ないため従業員達もおかしいと感じていたそうです」

「逃げたな」

「でしょうね」

「ま、すぐ捕まるだろ」

「ねえ。アレックス」

「ん?」

「捕まったら…どうなるかしら?」

 貴族の嫡男がこんな宿を経営していたなんて知られたらレーズ家の評判は地に落ちるだろう。

「まあ…針のむしろだろうな」

「そうよね」

「……嫌か?」

「それがね。全然何とも思わないの」

 かつて婚約していた相手なのに、その相手が今まさに地に落ちるような事態なのに私の心は何とも思わなかった。むしろ、彼によって働かせれた女性達や男性達を何とかしなければと言う感情の方が大きい。

「私、冷たいかしら?」

「いや?ディンは自業自得だ。アリヤがそう思うのは当たり前の事だよ」

 そう言ってアレックスは笑ってくれた。その笑顔はいつの間にか私を安心させる笑顔になっている。

「報告は以上ですね。後はもう他の方に任せましょう」

「そうだな。今頃捕まってるかもしれないし」

 そうして家に戻されてあの駆け落ち相手はさてどうなることやら。どうなってもいいが私のホテルに迷惑をかけるような事はもう二度としないでほしい。

「クリシュナ、ニール。お疲れ様」

「俺は何もしてないですけどね」

「私はなかなか大変でした」

「…そうよね。女性一人で調査なんて大変でしょう」

 あの宿からここに来た女性のお客様も娼婦に間違えられたと言っていたし、ニールのような若く美しい女性一人でその宿に調査だなんて嫌な思いをしなかっだろうか。

「平気ですよ。失礼な男の肩の間接を外してやりました」

「え?」

「お前…まず暴力を見せて調査したのか」

「と、とても強いのね?」

 見た目だけではとてもそうは見えないが従者としてアレックスを守れるように鍛えているのだろうか。確かによく見れば私よりも肩がしっかりしていて腕も細くはあるがここで働く女性よりも固く強そうな…。

「ん?」

 と言うかこの方。

「何でもかんでも力で解決するなよ兄貴」

「これが手っ取り早いのよ」

「…男の人!?」

「あ、言ってなかったですね」

 改めて私はニール。

 アレックス様の従者でクリシュナの双子の兄です。

「え?どうして?どう見ても女性?」

「アリヤ。混乱させてごめんな…ニールはれっきとした男なんだが」

「女の格好の方が華やかで私に似合い過ぎるので相応しい格好をしているんです」

「た、確かに素敵ね?」

「ちなみにこの格好だと男も油断してくれるので調査やら何やらしやすくて」

 だから彼が調査に向かったのか。適材適所でアレックスは彼を送り込んだらしい。

「…思ったより引いてないな?」

「まあ…女性に間違える程に似合っていたし…別に悪いことじゃないしね」

 以前リリナと話していた時に彼女の世界では男性が女性を、女性が男性を演じる舞台がある事や男装や女装は広く知られており性別と言うものに囚われない格好をする人もいると言う。

 驚きこそはしたが、性別に囚われて自分の好きと違う格好をし続けるより好きな格好をしている姿の方が魅力的に見えるらしい。

「…うん。素敵ねニール」

「……アレックス様、とんでもなく素敵なご令嬢に惚れましたね」

「確かに、頑張って下さいアレックス様」

「やかましいよお前ら」

 照れながら彼らを静かにさせてどうかこのホテルにもう嵐が来ないように願っていたが、どうやら簡単に平穏を与えてはくれないらしい。


 ディン様がご実家にお戻りになられた。やはり国外逃亡をしようとしていたのを見つけられたらしい。

 平民との駆け落ちで評判が落ちていたレーズ家は再び家の評判をどうにかするために様々な家に縁談を申し込んだが捜索によってご実家も財政が傾いていたため断られ続け、そしてとんでもない事に。


 私との婚約を復活させてやると言ってきた。


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