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嵐の後

 いつもは穏やかなホテルの朝食の時間になかなかの騒ぎを起こしてしまった。お詫びとして畑の果物を持たせてると驚きながらも笑顔で受け取りホテルを後をしてくれた。

 ただ騒ぎが忘れられるわけではなく、ホテルの最高責任者のアリヤが過去に婚約破棄をされて事が分かった事と、それに加えてその婚約者は今何やら別の女性とよろしくしていると知られてしまった。

 朝の忙しい時間からようやく落ち着いた頃に従業員の休憩室でアレックスと話す事になり、向かい合うように椅子に座るアレックス、私とロアさんは彼に色々聞けなければならない。

「まずは…反省なさいね」

「はい…」

「まあ...その態度から反省してるのは十分に分かってるから…聞きたい事を聞くわね」

「はい、どうぞ」

「あの男性とは知り合いなの?」

「友達…でした」

「でしたか…」

 過去形になってしまったのか。

「あの男は…何?何者なの?」

「アリヤの元婚約者です。貴族の嫡男で、由緒ある家柄でした」

「へぇ…メアリさんは知ってましたか?」

「知らなかったわ。アリヤは婚約破棄された過去があるのは知ってたけど、相手の事は…駆け落ちしたとぐらいしか」

「そうです。駆け落ちしたんですよ…」

「アレックス君は知ってたんだね」

 アレックスが歯を食い縛りながら話す。

 彼はアリヤの事を知っており好意を抱いていた。ただアリヤには婚約者がいる事も知っていたため諦めていたそうだ。

「貴族の二人を知ってるって事は…アレックス君もそうなの?」

「あ、確かに」

「一応そうですけど…貴族としての階級は下の方です。ただ先代が行った商売が当たって…自国だけでなく、他国にも商売をしていたので」

 あの男、ディンの実家はそのお得意様で年に一度は訪れてその度に様々な商品を持って行ったのだと。年齢が近いため遊び相手としてアレックスはディンの家に訪問する度に連れていかれたらしい。

 ちなみにその時にディンの婚約者の家が経営しているホテルを薦められてアリヤと出会ったらしい。

「へぇ…そんな繋がりが」

「子どもの頃は今みたいじゃなかったのよね?」

「自尊心が強い奴とは思ってましたが…勉強も貴族としての立ち振舞いもこなしていて…俺は三男でしたし自由にさせてもらってたんで凄いとは思ってました」

 真面目で貴族としての自尊心が強く、少々気が短い部分もあるが、勉学に打ち込み集中したいからと言って家に帰らない日が続いていると聞いたが素直に感心していた。

 気が短いのも自尊心が強いのもまあ大人になれば大丈夫だろと呑気に考えていた矢先、これだ。

「俺は元々この国の技術を学ぶつもりで来たんですが、アリヤがいる国に来れる事でまた会えると思ってました」

「はー…一途だね」

「分かるよ。アレックス君…好きな人は忘れられないもんね…」

 アレックスのその一途さに感心し、ロアさんは共感していた。

 一途なアレックスはアリヤの家を訪問したが驚く事にもう既にいない。結婚して家を出た訳ではなく婚約破棄をされて家を追い出されて、その原因となった婚約者の男は駆け落ちして行方不明だと。

「…許せなかった…」

 アレックスが歯を食い縛るように言う。本当に許せないぐらいに腹が立ったと。婚約者のアリヤを放って置いて駆け落ちなど、家や婚約者の事など考えていないも同然だ。現にそれが原因で何も落ち度が無いアリヤが放り出されたのだ。

「あいつの両親は探し続けているので遅かれ早かれ見つかると思います」

「今回の事、そのディン?のご実家に話すの?」

「そうしようかと」

「連れ戻されて、そうしたらどうなる?」

 駆け落ちした貴族と平民。さて捕まったらどうなるか。

「…うーん…正直どうでもいいと言うか…」

「…それもそうか」

「アリヤ様は」

「アリヤ?」

「アリヤ様はどうなる?」

 元婚約者が家に戻ったとなると、彼女はどうなるのか。もしかすると婚約が復活したりしないだろか。

「…婚約破棄して違う相手と駆け落ちしておいておきながら元通りとは…」

「…ならないか」

「そうよね。なってたまるか」

「予想、だけど…そこまでして一緒になりたいならその駆け落ち相手と正式に結婚させるとか?」

「へぇ……ん?そうなると」

 あの厄介お客様、ルルアが貴族になると言う事だろうか。

「……それも何か嫌ね」

「嫡男だし…何とか家を継がせようと言う雰囲気はあったなからな…アリヤとの婚約は破棄されてるから結婚事態は問題無いは…問題無い…本人がよっぽどの事をしていなければそうなるかと」

「はあー…なるほど」

 三人で話し、アリヤが帰ってきたらこの事を報告しよう。

 アレックスはディンが見つかったと言う事をディンの家に伝えるために少し席を外す事になり、私はロアさんと共に朝から疲れた体を椅子へと預けた。

「…何だか色々あったわね…」

「そうですね…でも、あの厄介夫婦が連れ戻されて貴族になるなら緑の宿のここには近づかないんじゃないですか?」

「まあ…貴族は緑の宿に近付かないものね」

 あのクラウス叔父様が例外であり、平民が泊まる場所になんてまずは近付かない。ただ心配なのは厄介夫婦が貴族となった時にこの宿に圧力をかけて来ないだろうか。

 娼婦の頃にもあったのだ。権力を盾に自分の好きな通りにしてやろうと。

「うーん…確かに考えなくもないでしょうけど」

 ロアさんは大丈夫でしょうと答える。

「何故?」

「今の時点で、そのクラウス様と階級は低いと言っても従者を連れているような貴族のアレックス君がいますし」

「あ、それもそうか」

「…ところでアレックス君、貴族だったんですね…あまりに人懐こいから普通に接してた…」

「私もよ…でも今さら…」

 でも彼なら今さら平身低頭するのは望まなさそうだ。勝手にそう思いながら去った嵐を忘れるようにして仕事へ戻る。

 主のいない部屋を掃除するために向かう。アリヤは必要無いと言っていたが帰って来た時は綺麗な方がいいだろうと言って毎日掃除をしている。

 元々そこまで物を増やさない性格なのかアリヤの部屋は必要最低限のドレスや家具しか置いていない。ドレッサーもあるのに化粧道具も最低限で数だけで言えば私の方が持っているかもしれない。色々と手離してしまったみたいだが大切なのか美しい装飾がされた手鏡はいつもアリヤ自身が綺麗に磨いて大切にしてある。今は誰の顔も映さないそれをアリヤがしていたように磨いて元の位置に戻す。

「…アリヤ、早く帰って来ないかしら」

“そうだよね”

「…は?」

“え?”

 独り言を漏らすとそれに反応するような若い、女の声が聞こえた。慌てた部屋の中を見回したが私以外誰もいない。なのに、はっきり聞こえた…それも二度も。

「…ロアさん!ロアさん!」

 扉を開けてロアさんを呼ぶと何事かと驚きながらすぐ駆けつけて来たロアさんにアリヤの部屋に誰かいるかもしれないと伝えると顔色を変えて掃除道具の箒を持ち恐る恐る中へ入る。

「どこから声がしましたか?」

「えと…あっちの」

「…ドレッサーの所から?」

「そう…ドレッサーの…?」

 そこで気付く。

 声がした方向は確かにドレッサーがあるが、ドレッサーしかない。人一人隠れるような場所はどこにも無いのだ。

 ロアさんが警戒しながらドレッサーに近付き裏側を確認し、カーテンに隠れていないか。クローゼットの中にいるのではと隅々まで確認してくれたが声の主は見つからず首を傾げた。

「…ごめんなさい。勘違いかも」

「でも…はっきり聞こえたんですよね?」

「聞こえたと思ったのよ…でもいないならいいわ」

「空耳ですかね?」

「何だかすっきりしないけど…」

 空耳と言う事にしてロアさんと部屋を出て振り返るが何も聞こえる事はなかった。


 そんな馬鹿な。

 私の声はこのゲームの主人公であるアリヤにしか聞こえていないはずだ。そうだと思い部屋を掃除するメアリの独り言に返事をすると彼女は驚き部屋を見回す。

 まさか私の声が聞こえた?

 今日はホテルステイではなく自室で寛ぐ部屋着を着て新発売のお菓子を食べながらアリヤの部屋の様子を見ているだけだった。部屋を掃除する従業員の様子を見てアリヤがまだ帰って来ない事を確認していた矢先。

 そしてそのままスマホゲームを閉じてうるさく鳴る心臓を落ち着かせている。私の事を知るのはアリヤだけだ。アリヤだけのはずだ。

 なのにどうしてメアリはこちらに気付いたのか何も分からないままにそれ以上、おかしな疑問を増やさないようにアリヤが帰って来るまで大人しくする事にした。


「それでは叔父様。スカーレット様…ありがとうございました」

「いいや。こっちも顔が見れて良かったよ」

「あんまり働き過ぎちゃ駄目よぉ?」

「クラウス様、スカーレット様。どうかお元気で」

 叔父様の家で有意義な時間を過ごし、これからホテルに戻りいつもの日常が始まる。お二人は私や従業員達へのお土産を包んでくれて帰った時に喜ぶ顔が見れるのが楽しみだ。

「にしても面白い料理を教えてくれたよ。フライドポテトだっけ?あれは癖になるな」

「私はドライフルーツがいいわぁ?甘くて美味しかったの」

「楽しんでいただけて良かったです」

「道中気を付けてな」

「はい。叔父様もスカーレット様もどうかお元気で…」

 馬車に乗り込み見送ってくれるお二人に手を振る。たくさんのお土産は保存がきく甘いお菓子やお茶。本に綺麗な刺繍のハンカチ。お菓子は皆で貰った紅茶を淹れて食べよう。本は中身を確認して見ると読める者と読めない者が別れそうなため興味がある者には音読して聞かせるのもいいかもしれない。

 刺繍の入ったハンカチはたくさんある。女性の従業員に渡して、男性従業員も奥様がいる者もいるしプレゼントに渡すようにあげてもいいかもしれない。


 アレックス様はレーズ夫妻に報告。ご子息が見つかった事、しかも国を超えてではなく城下からそこまで遠く離れていない町にいた。

 駆け落ちするぐらいなら国を越えるぐらいに遠くに行っても良かったものの、こんな近い場所にいるなんてと疑問に思ったが彼にはそこまで遠くに行けるような度胸は無かったのかもしれない。

 緑の看板の宿を経営していた。

 しかもその経緯は元々働いていたロアさんを追い出してその後任として働き始め、様々な改革をして売り上げを飛躍的に伸ばした後に元の経営者を追い出して自分が経営者となる。

 レオと言う偽名を使って他にも宿の経営をしていたらしい。建物は緑の宿だがとても豪華、来月には赤の看板を下げる予定にしていたらしい。

「…あなた方のトップがどちらに行ったかご存知で?」

 アレックス様が息を切らしてお戻りになったと思うと今から城下に行くからお前達はレオと言う名前の男が経営するこの宿を調べてくれと伝えて来た。

 この町に来てから好意を抱いていた令嬢に再会出来たとかで浮かれながらその令嬢の経営する宿に住み込みで働いていたのに何があったのか。

 どうやらその令嬢の行方不明になっていた元婚約者が見つかった事、そしてその元婚約者の人相があまりに変わっているからおかしいと言う疑問。

 何か良からぬ事でもして商売しているんでしょう?そう冗談混じりに話すとアレックス様は顔をしかめて「頼んだぞ」と行って城下に行った。

 まあ主が好意を抱いていた令嬢の側にいるため私達を置いて行っていたので暇でしょうがなかった。その暇が潰れるならと渡された住所の宿を尋ねるとレオと言う経営者はいないと言う。

「いない訳が無いですよね」

「いないと言うか…留守にしてる」

「留守に?どちらへ?どこへ行かれたかご存知で?」

「知らねぇよ。わざわざ自分がどこに行くかなんて言わねぇんだよ」

「なるほど…」

 アレックス様に会い、捕まるとまずいと悟ったのだろう。これはこのまま宿に帰って来ないだろうか。

「普段はこの宿におられるのですか?」

「いねぇよ。仕事は俺達に任せてたまに様子を見に来るぐらいだ」

「お忙しいのですね」

「忙しいわけあるか!仕事はこっちに全部任せて!夫婦揃って遊び歩いてやがる!」

 相当不満があるのか初対面の私に声を荒げて答える。その声の大きさに宿泊している客も驚いていた。

「……あんた何しに来たんだ」

「私は」

「お?異国のお姉ちゃん!」

 宿の者と話していると宿泊客の男が私に絡んで来た。無遠慮に肩に触れて酒臭い息で話しかける。

「おい。その女は違う」

「はぁ?この宿にいるからいいだろう?」

「…この宿にいるからいい?」

「何でもない。おいだから離れてやれ。その女は」

「ここにいるなら売りに来たんだろう?異国の女は初めてだ!いやーいい体をして…?」

 酒臭い男が何を求めているか分かったが首を傾げる。ここは緑の宿ではないのか?

 そう思いながら触ってきた手を捻りあげてみると男は叫び始めた。

「ちょっと!何してんの!」

「すみません。体を触ってきて不愉快でしたので」

 私の下で男が痛い痛いとわめいている。本来曲がる事が出来ない方向に曲げようとしているので痛いと感じるのは当たり前だろう。その状態のまま宿の者に尋ねる。

「私、主人の命令でこちらの宿の店主を調べるようにお達しを浮けてまして」

「え?え?」

「いででで!!」

「実はこちらの店主が行方不明とされている貴族の方である可能性がありまして」

「き、貴族?」

「はい。行方不明になった事で繋がりがあるお家も混乱し…ご子息が行方不明となり心身ともに疲れ果てたご両親…」

「折れる折れる!すいませんでした!」

「私の主人もその行方不明となりしご子息とは古い友人ですので何とか探しだしてあげたいと」

 そう言い終えた時、音がして男が悲鳴を上げ終えたのを確認してから離れる。

「知っている情報を何でもいいので教えてはくれませんか?」

「誰か医者呼んでくれ!折れた!」

「折れてませんよ。間接外しただけです」

「お前!ふざけんな!殺してやるぞ!」

「やだ怖いですね。防衛のために反対側も外しておきましょう」

「すいませんでした!」

 黙っていてくれたら話が終わった後に間接を戻してあげたのに、外れた肩を押さえながら走っていく男を見送りながらすっかり萎縮してしまった宿の男に再度尋ねる。

「教えてはくれませんか?」

「は、はい…」

 大人しく教えてくれるようなら何も危害を加える真似はしない。宿を任されている男からレオと言う経営者の事を細かく尋ねる。


 たいした日数ではないが随分時間が経っているように感じる。私のホテルは変わり無しのように見えた。

 さあお土産を持って皆の喜ぶ顔が早く見たい。ミアも私の浮かれ具合に気付いており楽しそうにホテルに向かい扉を開ける。

「皆!ただいま!」

「ただいま戻りましたよ」

 そう元気よく入るとまず迎えてくれたのはジャスだ。真っ白でふわふわな毛並みの騎士は千切れんばかりに尻尾を振ってくれている。

「ジャス~あなたにお土産よ?おやつの骨があるわ」

 叔父様に頼んで夕飯で出た骨を持って帰って来たのだ。存分にお食べ。

「お姫様ー!お帰りなさい!」

「シャーリィちゃん!ただいま!」

「シャーリィ嬢、今戻りましたよ」

 突進のごとく抱き付いて来てくれたシャーリィを受け止めてそのまま回る。留守の間変わり無いようだ。

「シャーリィちゃん。これを見て」

「なあに?」

 お土産の一つである刺繍の入ったハンカチを見せると布にあしらわれた色鮮やかな花畑に目を輝かせていた。

「これはシャーリィちゃんにあげるハンカチよ?クラウス叔父様とスカーレット様を覚えてるかしら?あのお二人から貰ったのよ」

「おじさまとお姉さまから?」

「そうよ。これはシャーリィちゃんのハンカチ」

 そう言うとハンカチを広げてキラキラとした目で見つめていた。ジャスも気になるのかハンカチを見つめるシャーリィと並んで布に咲いた花を見つめていた。

「ところで皆は?」

「あ、お嬢様あちらに…」

「…何してるの?」

「お嬢様のお帰りですよ?」

「…アリヤ。お帰りなさい」

「アリヤ様…お帰りなさいませ」

 柱の影に隠れるようにして迎えるメアリ達に驚きながら、そのあからさまに“何かありました”と言わんばかりの表情に顔をしかめる。

「…私がいない間何があったの?」

「ええ…こちらに非がある訳ではないんだけど…厄介な人が見えてね」

「はい…報告しないといけないのでこちらへ」

「ええ…一字一句報告して頂戴」

 何とも申し訳なさそうな表情の従業員達に案内されて行き、どうやらすぐに休む暇は無さそうだった。

 


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