透明な存在
相変わらず大きい。趣味の悪い宿だとつい思ってしまう。アリヤの住む町は貧富の差が激しいような気がする。たくさんの人が流れて来る町であるため職を求めてやって来た者や逃げるように町に来た者。全員が全員無事に仕事を見つけて平穏に生きれる訳ではない。
現にメアリさん達は生まれや自分達に非が無い不幸で娼婦になっている。そこから今、アリヤのホテルで無理に体を売ること無く生活が出来ている。
アリヤがこれから更にホテルを大きくしてそう言った人を受け入れて…一人残らず救える、とまではいかなくても可能な限り手を差しのべる事は出来るだろうか。
「……」
アリヤの住む町の暗い部分。
病気で動く事も適わずにいた一人の娼婦が暗い路地裏で死んでいる。現実世界で路地裏にいる死体なんて見た事が無い私は夢の中だからかやけに冷静だった。触れる事が出来ないその冷たい女性に静かに手を合わせる。
そしてこのやたらと豪華な緑の看板の宿を見上げる。
彼女はここから出てきた。痩せ細り髪もひどく傷んでおりそれなのにやけに露出をした服を身に纏いこの宿の裏口だろうか…そこから危ない足取りで出てくるとそのまま力尽きて倒れた。
誰にも看取られる事もなく、そうして死んだ。
(…この宿)
宿屋の癖に娼婦を働かせて儲けている宿だ。
内部はどれだけひどいのか、こんな…健康であればきっと可愛らしく魅力的な女性であろうにこんな姿になって。
(…ん?)
彼女が出てきた扉から男が二人。死んでいる彼女を見てため息を吐いていた。
「これで三人目か」
「裏口から出て良かった。他の入り口は人目がある」
「いや、裏口しか知らないんだよ。他の出入り口は教わってないらしいから」
「あぁなるほどね」
(は?)
そう言いながら男は死んだ彼女の服を脱がす。骨が浮いて体には多くの痣があり、目を背けてしまった。男達は服を脱がせた後も彼女が着けているアクセサリーも全部取ると粗末な袋に入れて運んでいく。
「いつもの場所?」
「そう。焼却炉」
(火葬場とも呼ばない場所に?)
そんな物のように扱って言い訳あるか。
思い切り怒鳴ってやろうと思ったが目が覚めてしまった。
「…最悪だ」
アリヤの世界の何て恐ろしい部分を見てしまったのだろう。
「それでね。今日はミアと叔父様の家にお邪魔するの。スカーレット様もいるし…楽しみだわ!」
“そっかー…”
「私が休む見本を示さないとなんて…考えもしなかったわ…メアリに教えられたわ」
“そうだよ…上が働いてると下もさぁ”
「…リリナ?お疲れかしら?」
“ちょっとね…”
いつも明るく話してくれるリリナが沈んでいる。仕事が忙しいらしく疲れが取れずによく眠れない…彼女がそんな目に合っているなんて、叶うならすぐにリリナを私のホテルに招待してとびっきりの部屋で休ませてあげたい。
「…私にあなたへ何か出来る事はあるかしら?」
“…いやそんな……”
そう聞くとリリナは考えるようにして小さく答えた。
“…人を大事にしてね”
「…?ええ。勿論…」
そして当たり前の事を言われてしまった。
“でも悪い奴には容赦しなくていい”
「そ、そうね?」
“不幸な人がいるって事は…その原因を作った奴がいるかもだしね”
「そうね…」
リリナは一体何を見たんだろうか。
いつもの彼女とは違う様子に不思議に思いながら会話を終えた。
リリナとの会話の後はいつも新しい発見や彼女の世界の常識や時にはお互いに愚痴をこぼし合いながら話し終わった後は晴れやかな気持ちで終わるのが多いがこの前の会話は気になる様子を残してすっきりしないまま終わってしまった。
ミアと出かける支度をしながら考えるが、私にはリリナが何を思いあの様子だったのか分からないままだった。
(…髪が)
短く切ってリリナに褒められた頃からだいぶ伸びている。長い髪が当たり前のここでは相変わらず短い髪は驚かれるが、一度切ってしまうとこの頭の軽さや手入れの楽さからもう長い髪に戻れない。
リリナもこの国の基準で言えば短い部類になるが、それは特に変な事では無く髪型は縛られること無く自由だと言う。
(そうだ今度)
あなたの世界では短い髪はどう着飾っているのか聞いてみよう。
(そして、私から)
リリナの暗い気持ちが少しでも紛れるように明るい話を持っていこう。シャーリィが自分でおとぎ話を作っている。ロアはすっかり従業員達の先輩として指導に当たって頑張っている。メアリ達は最近空いてる時間にミアから文字の読み書きを教わり少しずつだが本を読み始めた。
大浴場担当の従業員は毎日とても大変だが子どもを学校に通わせる事が出来ると喜んでいた。いつも彼らは仕事を終える時に自分達が沸かした大浴場に浸かり疲れを取るのが楽しみだと言う。
初めこそは失敗もあった新しい従業員もそれぞれ得意な事を見つけてミアと並ぶ料理の腕を発揮したり細かな掃除が出来る従業員が仲間になった。
「お嬢様」
これからきっとこのホテルはどんどん大きくなる。
「今行くわ」
ミアが呼びに来て仕事も何も無いこの日、叔父様に家へと招かれる。手紙を返してその後の返信で馬車を用意すると言っていた通りに外に出ると立派な馬車が迎えに来ていた。
「アリヤ様。行ってらっしゃい」
「気をつけてね」
「楽しんで来な」
「行ってらっしゃーい!」
皆に見送られて馬車に乗り込む。叔父様の家は城下にあるため二日程かけて向かう事になる。その間は頼れる従業員に任せておく。
「…大丈夫かしら」
頼れるし任せられると思い本人達も大丈夫だと言っていたため出てきたが、いざとなると不安なものだ。
「大丈夫ですよ」
「…そうよね。駄目ね。私が一番信頼しなきゃいけないのに」
「お嬢様は抱えすぎですよ。私もそうでしたが…今は皆、頼もしいが過ぎるぐらいです」
娼婦であるメアリ達に敵意を向けていたミアも彼女達とはすっかり打ち解けて今では頼れる仲間である。私も自分がしっかりしなければ引っ張っていかなくてはと言う思いが強くあったためか離れる事を不安に思い、結局それは口では頼れると言っていたのに従業員を完全に信頼していない証だ。
今日からホテルに戻るまで、彼らに完全に任せて息抜きをするとしよう。
城下に着くまで二日、“叔父様のお屋敷”で過ごしてから帰って来るまでの事を考えて五日か六日は二人はいないと考えていいだろう。
ロアさんと受付の仕事をしながら二人がいない今は自分達が一番ホテルの仕事をよく従業員のためお互い気を張りながら頑張ろうと言い合う。
「そう言えば」
「ん?」
「前に失敗したクレープの話があるじゃないですか」
「あるわね」
アリヤが新しいメニューにしようと作っていたが生地となる皮が上手く焼けずに結局失敗に終わってしまった。味は美味しかったが。
「マーサさんが話を聞いて再挑戦する事になりました」
「え?出来るかしら」
「食材を無駄に出来ないので少量で挑戦して駄目なら諦めると」
マーサは小さな子どもを持つ母親の従業員だ。家庭でも多くの料理をしており飲食店でも働いていた経験からミアと並ぶ料理の腕で今は料理担当だ。上手く出来なかった料理も新たな挑戦者にかかれば違うかもしれない。
「出来たらいいわよね。屋台のメニューに加えて」
「楽しみです」
シャーリィも好きなのでとロアさんは笑う。
「そうね、と…いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
和やかな雰囲気で話しながらホテルに来たお客様を対応する。すっかり慣れたものでアリヤの言うように一人一人に合わせたプランを案内し希望が叶えば嬉しそうにお客様は笑う。私もかつてはお客様の一人であったためその視点に立って案内する事が出来る。それはロアさんも同じ様で家族がいる彼は親としての視点での注意や案内をよくしてくれている。
(…平和だな)
以前なら考えられない。毎日お客を見つけないと生活が危ぶまれる中でもう家も無くなると思ったのに今はこんな綺麗な場所で働いている。体を売る事でこちらを好きにしていいと思っている客がいたような環境でここは確かに面倒なお客様もいるがまあ、かわいいものだ。
ちなみにこの間暇な時間に今まで来た中でも面倒だったお客様の上位を決めると言う怒られそうな遊びをした。
『私は朝食のマヨネーズに惚れ込んで器ごと持ち帰ろうとしたお客様です』
ミアが覚えているそのお客様は、大浴場担当の男性従業員が追いかけて騒ぎになった。アリヤに報告して出入り禁止だ。
『私はあれですね。お子さま部屋の玩具を盗んでしまった親子のお客様』
ロアが言ったそのお客様は、部屋の清掃の際にぬいぐるみが足りない事をセイラが気付き確認すると確かに一つ足りない。やられたと、頭を抱えて親子共々出入り禁止。
『…それでも堂々の一番は』
ルルアと名乗ったあの女。
まず無理やり泊まろうとする強引さ、こちらの制止を聞かずにアメニティバーを利用する厚かましさ。挙げ句に暴力。
『出入り禁止』
『顔も見たくない』
『非常識の固まりだわ』
思い出しても苛立つ。出入り禁止とは言ったが平気な顔でやって来るかもしれないし、その時は従業員総出でも追い返そう。
「叔父様」
「アリヤ!ミア!よく来てくれたな」
「お久し振りです」
二日かけて訪れた叔父様のお屋敷。最後にここを訪れたのは確か、学校を卒業する前だ。ディン様と会えない事を不思議に思いながら甥とは順調かと近況を聞いてくれたのだ。
今は甥の婚約者としてではなく、ただのアリヤと言う一人の女として招かれたと思っていいだろう。
「…スカーレット様!」
「お元気かしらぁ?」
「ええ。スカーレット様も息災で」
叔父様と共に暮らしているスカーレット様。相変わらずお美しい。二人は一緒に住んではいるが未だ恋人関係と言う事で結婚はされていないらしい。顔馴染みの叔父様のバトラーは「もう大人しく一緒になれば安心なのですが」と私にだけ聞こえるように告げる。
叔父様が選りすぐったカップで入れられたお茶に甘いお菓子。ふと、叔父様が普段飲まれないようなお茶の匂いに首を傾げると「スカーレットの好みだ」と教えてくれた。
「…叔父様とスカーレット様…初めは驚きましたが」
「そうか?」
「驚く必要は無かったようですね。お似合いです」
「お似合いか?お似合いだとさ、スカーレット」
「うーん?あなた本当に私に相応しぃかしらぁ?」
「これだよ。こう言うんだよ」
「叔父様にはスカーレット様ぐらい強い女性が丁度いいのでしょうね」
そうでなければこんなに楽しそうではないだろう。
叔父様は変わらず忙しくしており、スカーレット様はどうしているのかと聞けば叔父様の行う国の仕事を勉強されているらしい。
「…勉強、ですか?」
「娼婦…まあ娼館のあり方や女性の社会的地位の向上やらな」
「叔父様もその辺りには」
「夫を亡くした場合の保障やら…子どもを抱える独り身の女性への生活の保障」
「でもなかなか難しいわねぇ。結婚すれば解決する事だからなんて言われるわぁ」
「長い時間…それが当たり前でしたからね」
「まあこっちはこっちで頑張るさ。アリヤ達はどうだ?」
「前に泊まった時は順調そうじゃない?」
「はい。叔父様もスカーレット様の協力もあり大きな問題無く営業しております」
「それなら良かった。ミアも元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます。クラウス様、スカーレット様…」
お互いの近況報告をしながら今日はゆっくり楽しんでくれと微笑まれる。
叔父様に完全に家から絶縁されたと報告すると驚かれて大丈夫なのかと聞かれるが婚約破棄されてからほぼ絶縁されたような状況だったので大した事は無いと言う。それでも家族からそんな風に扱われてしまう事に叔父様は心を痛めているようだった。
しかし、私は本当に平気なのだ。
昔から跡取りの兄ばかりに関心が行き、私に関心が寄せられるのは家を大きくするための手段や道具として価値があると思われる時ばかりだ。小さな頃はそれは勿論両親の愛情が欲しかったがどれだけすがってもそれが叶わないとなるとあっさり諦める事が出来てしまった。
「本当に…私は平気なのです。でもそれは今が心許せる仲間に囲まれているからでしょう」
「家にいた頃より…今の方がいいか?」
「はい。はっきりと言えるのです」
「いいわねぇ。何の迷いも無く言えるの」
スカーレット様が楽しそうに笑う。それを聞いて叔父様もつられて笑っていた。
「まあホテルは順調そうだしアリヤも元気だ」
「ええ。とても」
「…そんな時にこんな話をするのはどうかと思うが…」
「どうされました?」
「アリヤの町で行方不明者が増えている」
「行方不明…ですか?」
「そう。行方不明」
叔父様は私があの町にいると知ってから何かと仕事の片手間町の様子を従者などに頼んで見てもらっているらしい。そこでここ最近増えているのが行方不明者の増加だ。
「何か…事件でしょうか?」
「ただな…はっきりと分からないんだ。その行方不明者が本当にいたのか」
「本当にいたのか?」
「町の住民として登録されているなら行方不明になった時に分かるが…その行方不明になった人間は住民として記帳されていないような人間らしい」
「それは…町に住んでいない例えば旅行者やそう言った?」
「いや…町に仕事を求めて来たよその人間や」
「娼館にもいない、町の住民としても登録されていない娼婦の女よぉ」
「え?」
町に住んではいるが住民としては書類上存在していないような存在。行方不明になったと言うのもその存在を知る住民が「最近見ない」と言う程度に話していたぐらいだ。
それが叔父様の従者な耳に届くようになったのは何故か。
「死体が見つかった」
「…死体、ですか?」
「町外れ…アリヤのホテルとは反対の場所にある森の中でな」
森で自生している木の実を探している町の住民が大きな荷物を運んでいる二人組を見て声をかけたそうだ。
親切心でそれ以上深く行くと獣に見つかりますよと教えると慌てて荷物を置いて去った二人組。その荷物からひどく痩せ細った女性の死体が見つかった。
「…そんな事が」
「そこから芋づる式にな、どこまで本当か分からないが…仕事を求めて来た異国の奴らをもう何日も見ていない…いつも路地に立っていた娼婦をそう言えば見かけない」
いなくなった時期は聞いた話を整理するとバラバラだがその話が増えたのは異国の人間が仕事を求めて来た時期から一気に増えたらしい。
「それって…」
「もしかしたらだが…仕事を求めて来た人間を誑かしている人間がいるかもしれない…」
移民の中には必要な手続きをせずにやって来る人間もいる。勿論きちんと手続きを踏んで入国する者もいるが定住出来る場所を見つけない限りは町から町へと行き入国はして記録はあるが今はどこにいるのか分からないと言う事ともある。
「違う国で仕事を見つけるのは困難です…だからあちらこちらへ行き…」
「そんな時に仕事をさせてやると言って連れていって」
そうして着いた先で想像と違う、非合法で危険な仕事をさせられているかもしれない。住民として登録が無ければ透明な存在とされて仮にいなくなったとしても世間には分かりづらい。
娼婦にも似た存在がある。
メアリ達は娼館にこそいなかったがきちんとこの町の住民として存在を記録している。そうしておかないと税金も納めない存在として万が一危険な目に合っても守ってくれない可能性があるからだ。
それを理解していない娼婦が中におり、町を訪れてひたすら体を売って毎日を過ごす。ただそれだけをしている。万が一病にかかった時や危険な目に合った時に身分を確認出来ない者として治療を拒否されて守られずに亡くなる事がある。
「今回見つかった遺体の女性はかなり前から姿を消していた娼婦だ」
「そうなんですね…かなり前から」
「…それがいきなり出てきて…しかも男二人に運ばれていた」
「埋葬するため…ではないですよね」
「そうだな…何かしらその死に関与していたんだろう」
「…嫌な話よねぇ」
「スカーレット様…」
「生きるのが下手な人はたくさんいるのよねぇ。全員助けてあげようと…そうすると疲れちゃうしきりがないんだけどねぇ」
「…確かにそうですね…でも目の当たりにすると」
「助けたくなるわよねぇ」
人としてはそれが、当たり前の感情だと思うのだ。
「でもそれが当たり前じゃない人もいるのよぉ」




