再訪
運命だと思ったのだ。
決められた人生を歩む事に疑問や不安は無かった。衣食住に不自由は無いどころか、豪華な暮らしを送っている。それが当たり前で自分に与えられた物だと特に不思議に思う事は無い。後は男として嫡男として自分に相応しい女を娶って子どもを作りこの家の繁栄のために優秀に育てる。
そう思いやって来たのは自分も利用した事がある大きなホテル。王室が特別な催しを開く時に利用したり他国から王族貴族が招かれたり休暇に訪れた際に利用する有名な老舗ホテルだ。
そこの娘が自分の婚約者になった。
同い年でレースやフリルが惜しみ無く使われたドレスを身に纏い嫋やかに笑い出過ぎた真似はしない。初めこそは生意気な箇所はあったが段々と大人しくなり自分の隣に置くのは相応しいと思っていた。
このまま学校を卒業して結婚するだろうと思っていた矢先、友人が今ハマっていると言う遊びがある。身分を隠して平民の店に行き彼等がどんな生活をしているのか体験するのだ。
わざわざそんな事何が楽しいのかと思ったが貴族たる者、平民のために仕事をするのだから彼等を理解せずに仕事が勤まるかともっともらしい事を言って友人に付いていく。
そこで運命が変わったのだ。
貴族の女には無い、明るさ、気安さ、大口を開けてけらけらと笑うその姿。
酒場の娘は婚約者よりもずっと輝いて見えた。文字の読み書きは得意ではないが自分の名前を書いて見せてくれたいじらしさを見せ、酒場を訪れて見せるとすぐに見つけて花が咲くような笑顔を見せてくれるのだ。
「あたし、ディンといるの好きだなぁ」
おまけだと言って運んできたグラスを置いた時に騒がしい酒場で自分にだけ聞こえる声でそう言った。
「俺もだ」
「同じ気持ちだね。嬉しい」
「だけど」
「分かってるって!かわいい婚約者がいるんでしょ?邪魔しないよ!」
婚約者がいる事は知っている。だから決して邪魔はしない。身分違いなのだ許されない事は知っている。
「でも、この店にいる時だけあたしを見て」
貴族の自分ではなく一人の男として見てくれる彼女と離れる事など考えられなかった。酒場の裏で二人でどこかに行こう。正体を隠して身を隠して二人きりで幸せになろうと。
婚約者からの連絡を無視して実家には勉強で忙しいと嘘を吐き二人で生きるために家の物を盗んでもこれは仕方無い。
婚約者が成人する前日に愛するルルアと家を出た。
「あの時の?」
「そう。ミア、覚えてる?」
「えっと…」
「昔、泊まりに来た貴族の子。私が刺繍に誘って部屋で遊ぼうって連れて行って」
「え?女の子では?」
「…それがアレックスなの」
「あの時の女の子が男に!?
「違うわ!元々男の子よ!」
勘違いしてたのよ!の誤解を解く。
あれから更に詳しく聞いてみると、アレックスのご実家は彼の国の中でもかなりの大商人の家柄らしい。元は階級はそこまでではないが貴族らしく彼のお祖父様が始めた商売が大成功し貴族であり大商人であるらしい。
そんな裕福な家柄なのにたった一人でここに来たのは危ないのではないかと尋ねたが、初めこそは従者がいたがここに働きに来るのに従者がいる従業員なんてあり得ないだろうとして離れてもらっているらしい。
「それにこの国は自分を知る人間がいないに等しいし、問題無いって」
何かあれば今は離れてもらっている従者が来るから安全らしい。
「はー…思い切った事をしますね」
「そうね…私も驚いたわ」
「お嬢様を探して…」
「でもね。今はホテルの経営者として頑張りたいからって言ったのよ」
「そうですよね。そうですよね」
「協力してくれるって」
「そうですよね!」
「色々知ったけど、今はアレックスは従業員。私はこのホテルに集中するわ」
「そうですよね!お嬢様!」
ミアが心底安心したように頷いた。さあ今日もお客様がいらっしゃいますよと今にも跳び跳ねそうな足取りで仕事に向かった。
ルルアと住み慣れた町を離れる。金を握らせて走らせた馬車に乗りどんどん町から遠ざかる。これで二人きりだと思いながら隣にいるルルアを抱き締める。
「これからどうするの?」
「どうとでもなるさ」
城下町から離れた住むには不便はしなさそうな町に家を買う。小さな家だが二人で住むには十分だ。ルルアと暮らすために仕事をしなければいけない。ルルアも自分との生活のために頑張って良い奥さんになるねと笑いこちらも笑顔になる。
学校に行っていたし勉強も出来る。体を鍛えていたし力もある。自分は平民よりも高い教育を受けていたし仕事は簡単に見つかるだろうと、そう思っていた。
両親が自分を探している事、ルルアを調べて彼女の事も探している事を知った。冷静に考えれば当たり前だ。駆け落ちしたから放って置きましょうで済む訳が無かった。
そうなると偽名を使い、髪を染めて服装を変えていかないと。
「どうしたの?その髪?服も」
「君と一緒にいるためだ」
ルルアにも見つかるとどうなるか分からないから偽名を名乗るように伝えたが自分の名前を偽るなんてしたくないと断られた。彼女は自分の名前を気に入っているらしい。
その後何とか仕事は見つかったが自分の能力を評価しない雇用主ですぐに辞めた。
今日は予約していたお客様と当日に来たお客様の数が多かった。給与が支払われたから自分のために贅沢をしたいと言うお客様が増えてまるでリリナが行っていたホテルステイが実現されているようだった。
「大浴場も好評だわ」
「何なら大浴場だけ入るプランを作ったら?」
受付で仕事をしながらアレックスとそう話す。確かにそれだけでも面白いかもしれない。泊まる料金は無くても大きなお風呂に入ってゆっくりするそんな時間を提供をするのも良いかもしれない。
「そしたらいくらに設定しましょう」
「そうだな…大浴場にいる時間やラウンジにあるアメニティバーの使用も許可するなら」
「あまり長くいられると宿泊のお客様に迷惑になるかしら?」
「それなら宿泊する客が来る前には出てもらうために昼から夕方の時間のみ提供をするとか?」
「…でもそしたら大浴場担当の負担が増えるかしら」
「担当を増やすか?」
「人を雇う余裕がまた出来たらね」
今の人数で無理無く働く環境を作ることが出来ている。これ以上人数を増やすか否かはまた今後の売上によって考える事にしよう。
「俺の従者は?」
「駄目よ。ちゃんと自分の意思で来てほしい」
「確かにな」
「ただいま戻りました」
「ただいまー!」
「おかえりロア、シャーリィちゃん」
「お疲れ様ですロアさん。シャーリィちゃん」
今日の買い出し担当のロアとシャーリィが戻る。お客様や従業員が増えた事で日々の買い出しが増えていく。両手に抱えた買い物袋にシャーリィも小さな手で買い物袋を大切に持っている。
「持ちますよ」
「ありがとうね…アレックス君」
「お買い物出来た!」
「出来た?」
「出来ましたよ。シャーリィが初めてちゃんとお金の計算して買えました」
「良くできたわね!シャーリィちゃん!」
「わー!」
文字の読み書きも殆ど分かるようになり数字の計算も少しずつだが始めている。それがきちんと身を結んでいた。
「こりゃ記念日だな」
「記念日?」
「そうだよ。シャーリィちゃんの初めてのお買い物記念日」
「お買い物記念日!」
アレックスに撫でられて嬉しそうに笑い買い出しの中身を確認していく。季節も変わり採れる野菜や果物が変わっていき新たなメニューを考えなければいけないと思案する。
「そう言えばシャーリィちゃん」
「なぁに?お兄ちゃん」
「そのネックレスかわいいね」
「これ?」
シャーリィがすっかりいつも着けるようになったネックレス。あの異国の男の子から貰った物を受け取った日からずっと着けている。
「これはね、ジャン君から貰ったの!」
「ジャン君?」
「前に泊まってくれた子よ。シャーリィと同じぐらいの男の子で仲良くしてたの…あなたと同じ国の子だったわ」
褐色で黒髪の男の子。
「へぇ…」
「それが?」
「かわいいの着けてるなと思ったけど…そうか」
「それが何かありました?」
「いや、俺の国の文化で好意を持った相手に告白と一緒にネックレスのプレゼントする習慣があるから」
「え?」
ませた男の子がいるもんだなとアレックスは笑い。シャーリィはその言葉を聞いて口を開けた後に少し顔を赤くした。ロアは分かりやすく動揺した。
「落ち着いてロア。かわいい子どものやり取りじゃない」
「で、ですよね」
「いやぁどうだが」
「アレックス!……ん?そしたらあなた私にあの時私に」
告白したつもりでいたの?と聞こうと彼に視線を向けると「あ」と自分の行動を思い出させて今度はアレックスが少し動揺した。
彼から貰ったネックレスは私の胸元で今も揺れている。
使用人がいない家での生活はなかなか大変だ。こんな粗末な服を着ないといけないのか、こんな不健康そうな料理を食べないといけないのか、周りが自分に頭を下げない。不満が大きくなる。
それなら今度は自分の力で上に立てばいい。ルルアと共に生きるためにいつか自分が見つかったとしても貴族並みに平民にきちんと仕事を与えて尚且つこの国の発展になるように功績を上げれば駆け落ちした身でも家を捨てた身でも認められるはずだ。
そこで思い出したのが元婚約者の家だ。
王族貴族が利用する豪華絢爛なホテル。馬車で宿泊する者がやって来て扉を自分で開ける事も必要とせず大きなシャンデリアがぶら下がりその光を受けて輝く豪華な調度品。
従業員は皆上等な制服を着て扉を開ける者。荷物を持つ者。部屋へ案内する者と、様々な役割が与えられていた。部屋も勿論全てが豪華でシルクの寝具に包まれて眠る時間は極上である。
元婚約者が言っていた。初めこそは緑の看板で始めた宿が今ではこれですと。
それならば自分にも出来る。
まずはこの緑の看板の宿に自分と言う逸材を雇わせよう。人は足りていると言ったがあのみすぼらしい従業員よりも若い自分の方が仕事が出来る。そう言って金品を見せてこの宿を豪華にする事も出来ると、店主に言うとあっさり自分を雇い入れた。
「え?」
「そうよ。休みなさい」
「でも…」
「平気よ。今はこれだけ従業員がいるのよ」
いつものように仕事をしていると、メアリから休むように言われた。休む理由が無いと言うが休むのに理由なんか必要無いとメアリに言われる。
「私達が来てからも…アリヤが休んだの見た事無いわ」
「半日休んだりとかはしてるわよ?」
「丸一日休みなさい。これは従業員のためでもあるのよ」
「休むのが?」
「アリヤが休んでないのに従業員の私達は休んでいいのか」
初めこそはきちんと休みが取れるこの職場に皆喜んでいたがいつ来ても働いている私の姿を見て段々と本当に休んでいいのかと疑問が生じて来たらしい。
半日休んだり暇な時間にゆっくりしたりと休息は取れていたと思うがまさかそんな風に思われているとは。
「ミアもよ」
「ミアも?…そうねミアも」
私に次いでよく働いていくれている。確かに休んでもいいと言ったがミアは大丈夫だと言いながら働いているのだ。
「二人でゆっくりして来たら?実はね…ほら」
「…叔父様からの手紙?」
「予約希望の手紙と勘違いして開けちゃったのよ…そしたら」
内容は近況報告を兼ねて食事でもしないかと招き入れる手紙だった。普段なら仕事があるからと断る内容だがメアリは久しぶりにゆっくり話して美味しい物を食べておいでと送り出そうとしてくれた。
「でも…」
「受付も皆出来るわ。料理担当ももうミアだけじゃない。それに」
「金勘定は俺が出来るから」
「アレックス」
だから久しぶりに自分達のために時間を使って来いと背中を押される。
「…ありがとうね」
「ねえ。もう皆頼りになるでしょう?」
「そうね。すっごく頼りになるわ」
「俺も?」
「勿論」
それから叔父様に手紙を返してミアと二人きりで出かける予定が出来た。私と二人で出かけるのをミアは驚いていたが従業員達が私達に休みをくれたと伝えると更に驚いてそこまで思われている事に感動していた。
この宿を変えよう。
持っている金を使って豪華に立て替えて人がどんどん泊まるような儲けられるようにしなくては、ルルアを妻を楽に出来るように自分が上に立つ人間だと分かるように自分自身の力で上の立場になれるように。
チップを更に増やせるように部屋を豪華にしてみたが平民は無駄に金を出したくないらしくチップはなかなか増えない。そこでふと、自分の代わりに追い出したみすぼらしい男を思い出す。あの男と似たような存在。町のある一角には男に体を売り金を稼ぐおぞましい女がいた。両親が言っていた。ああ言ういやらしい女は学も無く理性も無い。ろくに税も納めていなければ病気で死んで国を汚すような存在だと顔をしかめていた。
なら、あの女はどう使っても構わないはずだ。
娼婦を従業員としてこれらに特別なサービスをさせて客から金を貰う。
これが大当たりして大きな儲けが入るようになったのだ。店主から娼館として営業している訳ではないのにこんな事をするとまずいと言われたが、黙っていれば問題無い。
偶然なのだ。偶然この宿に泊まった客と従業員が恋に落ちてそう言う行為をしてしまったと言う偶然を装い続ければ良い。しかし客はこの従業員とは結ばれずせめてもの情けで金を渡した。
そう言う筋書きだ。大体娼館なんて営業出来る訳無いだろう。気持ち悪い。
稼ぎは増えた。女の従業員が客から貰った金は汚した部屋の清掃代金や客と深い仲になったと言う罰金として取り上げる。睨まれ文句を言われたがなら出ていけば良い。ここ以外に行く宛があるならだが。
そう言うと女は黙る。来るか来ないか分からない客を路上で待つより客が来て衣食住が保証されてる今の生活を与えてやっているのに自分達の立場を分かっていない。
そうしてどんどん儲けて豪華な生活を送れるようになる。ルルアに宝石やドレスを与えて家は豪華な屋敷になり使用人もいる。
「ねえディン」
「どうした?ルルア」
「今日…とても恐ろしい事があったの」
「何があった?」
「町の外れのホテルに行ったら…泊まれるはずなのに怖い顔で断られたの」
「は?何だその失礼なホテルは」
「しかも犬がいたの!私に吠えて恐ろしくて怖くて…」
「あり得ないな…どんな非常識なホテルだ」
「すごく怖かった…ねえディン」
ルルアが囁く。
そのホテル、潰しちゃってよ。
「勿論だ!ルルアのためならやってやる!」
「本当に!嬉しい!」
「今の俺ならホテルの一つや二つ、潰す事なんて簡単だ」
「そうだよね!そうだよね!」
どれだけ稼いだと思っている。どれだけ不審な目をしてきた者を黙らすために金を握らせたと思っている。今は領主も自分の事を黙認している程だ。この町で一番の権力を持つのは間違いなく自分だ。




