再会
大浴場を作ってくれた職人達を招いて彼等にたくさんのお湯が張った湯船に浸かってもらう。こんなたくさんのお湯に体を入れるのは初めてだと笑い、満足いくまで浸かってもらうと後に待っているのは冷えた飲み物や部屋で寛ぐ最高の時間。
「どうでした?」
「最初はどうなるかと思ったが…」
最高だったと言ってくれた。お湯の温度が高過ぎるかもしれないと指摘を受けたがこれは徐々に調整するものとしていく。
「仲間にも言っておくよ。最高の場所があるって」
「ええ。是非お願いします」
「ところで何でお湯の中に石があったんだ?」
「温浴効果を高めます」
「??」
「お風呂から出た後も体を温め続けるのですよ」
「よくそんなの見つけたな?」
どこで勉強したのか、どこで見つけたのかと聞かれたが最近はもうこの質問に対して「別の世界の不思議な友達から聞いたのです」と答えると苦笑いをして黙ってしまったり笑い話にしたりと深くは聞かれない。
「アリヤさん」
「…あら」
本当に最近はよく着いてくる。仕事は真面目にしているので文句は無いのだか本当によく着いてくるのでジャスよりも犬のように見えてしまう。
「お嬢様」
「あら」
そしてここで厄介な事になっている。
アレックスが私の傍にいるのに気付くとミアがやって来る。仕事に支障は無いのだか…無いのだが。
「アリヤさん。今日の予約だけど」
「お嬢様。予約されてる方のお部屋の掃除は終わりました」
「アメニティバーも補充してありますよ?それと俺もあのアメニティバーに加えられるような物を考えていて」
「大浴場なのですが…湯船に浮かべる花びらを考えてまいりました。今の時期ですと薔薇がよろしいですかね?」
「アリヤさん」
「お嬢様」
「……あのね。私は二つの会話を同時に理解出来る能力は無いのよ?」
呆れながらそう答えると後で一人ずつ聞くからと言ってあしらい自分の仕事に戻る事にする。後ろからミアの「お嬢様に必要以上に近付くのはお止しになって?」と牽制する声と「仕事の話をしたいんですよ?やましいことじゃない」とアレックスの声が聞こえる。
「私はね。不安なんですよ」
「不安ですか?」
「何が?」
アレックスと平行線の会話を続けているとお客様がやって来たため中断しそれぞれの仕事にかかる。その後、少し手が空いたロアさんとメアリについアレックスの事を言ってしまった。
「アレックス君と…アリヤ様…アリヤ様はどうされるんですかね」
「困惑…してたかしら?」
「ミアが口を挟む事じゃないでしょ?二人とも何だかんだで大人だし」
「…あの婚約者の件があったからどうも素直に応援出来なくて」
「…まあ…その件は」
ディン様は真面目な方だと思っていた。お嬢様をきちんとエスコートし勉学に励み貴族として品があるとても出来た方だと思っていたのだ。
いずれお嬢様と結婚されて穏やかな夫婦生活を送ってくれればと思った矢先にあの駆け落ちだ。
いくら愛の言葉を囁いても何か歯車が一つ狂えばあっさり今までの献身や与えられていた愛情や責任を放棄して消えてしまう。
「アレックスは異国の方。この国に来る前の経歴は聞きましたが…それが本当なのか」
「仕事も真面目にしてますけどね」
「明るくてちょっと気安いところがあるけど」
「それは私も見てるけど…明るく仕事をこなして商売に携わっていたからホテルの経理も出来る…」
「だけど?」
「本当にそうなのかと疑うの…異国の方だからこの国にずっといる保証も無い。だからアリヤ様をこの国にいる間だけの」
「恋人にでもしようとか?」
「嫌な想像ばかりしてしまう」
だからつい、アレックスがお嬢様に向かうと止めろと言わんばかりに行動してしまう。
「過保護ねえ」
「…自覚はあるの」
「まあ…アリヤ様の事は見守りましょう」
過剰に守ろうとせず大人ではあるのだからあまりそうしてしまうとお嬢様も不満だろうと言われる。
「…善処はするわ」
「…まあ私達も見ておくから」
「私もアリヤ様に何かあるのは許せないですしね」
「そうね…ちなみにロアさんはシャーリィ嬢によく知らない男が纏わりついたらどうします?」
「許さないです」
「ですよね」
「止めなさい過保護仲間を見つけようとするのは」
メアリが呆れたようにため息を吐いていた。
大浴場は初めは裸になり見知らぬ人と共にお湯に浸かると言う文化が平民にはあまり浸透していなかったため受け入れられるのに時間がかかった。もし駄目であれば大浴場とは別に床を濡らしても大丈夫な個室でも作り、そこに湯船のお湯を好きに持っていってもらい各々体を洗う…なんて事も考えたが、全身をお湯に浸かる。時折花びらが浮かべられていて贅沢な気分になる。
平民でもまるでバスタブに浸かり体を洗う貴族のような気分を味わえると広まっていった。勿論無理な人は無理だと言うのでそう言うお客様には以前変わらずお湯を桶に運んでいる。
ただ大浴場が出来た事でわざわざ部屋にお湯を運ぶ回数が減り負担も減った。
「良かったわ…私も前例が無いことをしたから」
“やったじゃん!この国唯一の大浴場があるホテル…これは話題になるわ”
「そうなの。色々他のホテルに無い事ばかりしているから変なホテルだと警戒する人もいるけど…忙しくさせてもらってるわ」
“お風呂上がりの冷たい飲み物…好評?”
「ええ。とても」
アメニティバーとは別に大浴場の入り口に設置したドリンクサーバー。毎日空になっている。
「叔父様もスカーレット様と一緒にいらしたの。出来上がりに驚いていたわ」
“そうだそうだ。もともとおじ様がお金出してくれたって?”
「ええ。いずれ返す予定だけど…」
叔父様はすっかりこのホテルが気に入ったらしく無料で利用出来るように待遇してそれで大浴場建設費用の代わりにすると。
「叔父様は費用をあげたつもりでいるみたいだから…無料待遇は断ったのだけど」
スカーレット様と泊まった部屋をまた提供させていただきますと言うと笑いながら了承した。
“ねえ。スカーレットさんとはどうなってるの?”
「うーん…お二人とも奔放な方だから…結婚したらお互いに縛られそうだからって未だにまあ…」
恋人は恋人。現在は叔父様の家で暮らしており使用人からはこのまま大人しく結婚してくれればいいと思われているらしい。
“あのさ”
「ん?」
“嫌な質問ならそう言ってほしいけど…スカーレットさんは娼婦だったでしょう?”
「そうね」
“それでクラウスおじ様は貴族で王族の側近?”
「そうね。地位は高いわ」
“身分的に結婚するのはありなの?”
「あ、そう言う事ね」
確かに貴族同士の結婚は同じぐらいの身分同士で結婚するのが当たり前とされているが、それが法律と決まっている訳ではない。ただ婚約が決まっておりそれを放棄するような事があれば問題になるが、叔父様は特に婚約者やそう言った相手は今までいなかった。勿論同じぐらいの身分の女性との婚約を薦められた事はあっただろうけど。
「稀だけどあるのよ。身分差の結婚」
“あるんだ”
「ただ貴族と平民の結婚だと…身分を平民にされる事はあるわ」
“え?そしたら…”
「例えば男性が貴族、女性は平民。これが一番多いのだけど…男性が嫡男でない限りは男性が平民に降格。家から出される」
“へえ。まあでも愛があれば”
「ところが男性が平民の生活に耐えられない。貴族に恨みを持っている平民もいるから嫌がらせを受けるのよ」
“げ、嫌だな”
「全員でなくても平民の生活を決めてるのが貴族階級だから」
そうしてそれに耐えられず離婚。女性を置いて家に頭を下げて貴族に戻り同じ階級の女性と再婚をする。
「そして貴族の女性、平民の男性の結婚も同じ様な結果で終わるのが多いわ」
“愛だけじゃやっていけないんだな…”
「逆に平民が貴族になる事もあるけど…嫡男が平民との結婚望んで…」
“玉の輿か”
「よく分からないけどそう言う事…でも」
今度は平民として生きていたのに貴族の生活に馴染めずにいて終わりになる。全員がそうではないが生活が変わる事により亀裂が生じ終わってしまうのが多いのだ。
“それじゃスカーレットさんは大丈夫?仮に結婚したらそうなる可能性も”
「それなんだけど…多分平気なのよ」
“そうなの?”
確かに平民で娼婦となると風当たりは強いと思われるがスカーレット様はこの町の領主の事を知っておりしかも手玉に取っている。あれは相当な高級娼婦だろう。
「高級娼婦だと身分は平民でもお相手するのが貴族もいるから退屈させないように勉強したり楽しませるの」
礼儀作法も徹底して叩き込まれており、立ち振舞いや楽しませるために覚えた知識は下手な貴族よりも勝る。
“あー…花魁みたいな感じか。知性は必要だもんね”
「だから、貴族として生きる場合スカーレット様は立ち振舞いは完璧だと思う。身分差はあれど…高級娼婦は一目置かれているし結婚するには問題無いわ」
“後は本人次第か”
「そうね。叔父様とスカーレット様がそうなったら……すごく強い夫婦が生まれるんでしょうね」
“旦那は偉い人の側近。奥さんは色気全開のつよつよ女性…”
「つ、つよつよ?」
“すごく強い事”
「へぇ?」
クラウス叔父様とスカーレット様が並ぶ姿を思い返す。今まで叔父様の傍にいた女性は何人見てきた事だろう。ディン様を尋ねた頃に私にあんな弟があんな義理の弟がと元・義理の両親は呆れたように私に溢していたが、叔父様の隣に立つ女性はいつも幸せそうだった。
叔父様はご結婚なさらないのかと聞いた時に今はまだその時じゃないとはぐらかしながらまた違う女性の隣に立っていた。それが私にはとても自由で愛する愛されると言う事を心の底から楽しんでいるように見えた。
「……誰かを愛するって良いことかしら」
“何?どうしたの?”
「いいえ。私にはまだ必要無いかもしれない事」
“何よ。気になるな”
「今はホテルに集中よ」
おやすみと、リリナに言って会話を終える。そうだ今はホテルに集中だと思い寝る前に夜の巡回に向かう。
扉を開いて宿泊客がいる階に向かうがここでいつもと違う違和感に気付く。
「ジャス?ジャス?」
いつもならすぐに来てくれる彼がいない。時間も特に早い訳でも遅い訳でも無いため眠っているなどは考えにくい。毎日私に付き合わされて疲れてしまったのだろうかと思い不安になりながら明かりを持ち宿泊客の泊まる部屋の前を歩きながら異常が無いか確認する。静かな辺りはもう眠っているのだろう。お子様と泊まりまだ眠りたくないのか子どもの楽しげな声が聞こえる。お友達と泊まりに来たお客様も眠るのが惜しいのか笑い声を小さくしながら会話をするのが聞こえる。
「……」
恋人と泊まっているらしく愛の言葉を囁く声が聞こえる。ここは早足で通り過ぎていくと向こうから明かりがもう一つ歩いて来る。
「…ん?」
段々とはっきり誰かが分かると、今日はもう仕事を終えたはずのアレックスと目が合い彼は笑う。
「お疲れ様」
「…お疲れ様」
どうしてここにいるのか。もう休んでいるはずではないのかと思いながら私の隣に並びジャスの代わりでもするように夜の巡回を始めた。
「ジャスはどうしたの?」
「昼間にたくさんはしゃいで…今はぐっすり」
「…そう」
明かりに照らされたアレックスの横顔を見る。この国の人間とは違う褐色肌に真っ黒な髪。服は仕事の時はロアと同じ様なバトラーの服を着ているが今は仕事以外の時間のためゆったりとした服を着ている。
「ねえアレックス」
「ん?」
「あなた、この国には出稼ぎで来ているの?」
一気に増えた異国の移民のようにこの国で安泰や大きな稼ぎを求めてか、面接の時には確かにその流れに乗って来たと言うがそれはいつまでいるのか。もうこの国に根付く気でいるのか。それとも稼げるだけ稼げたら帰るのか。
「アリヤさんが許すなら、ずっといたいけど」
「私が決める事じゃないわ」
もし稼げるだけ稼いで帰るのならばその時また新たな従業員を募集しなくてはいけない。急にいなくなられると困るのだ。
「俺の意思としてはここにいたい」
「なら…安心ね」
「本当に?」
「ええ。あなたとても仕事が出来るし」
「…仕事をしてない。今の俺は?」
「え?」
「プライベートな俺はどう?ここにいてほしいとか…」
最後の言葉は段々と小さくなっていたが聞こえない事は無かった。聞こえた上でその質問にどう答えようかと悩む。
「…私、プライベートなアレックスをよく知らないわ…そもそもまだあなたが来て一月ちょっと…どう答えれば」
まだ会ったばかりでしょうと返すとアレックスは少し寂しそうにこちらを見て口を開く。
「やっぱり覚えてないか」
「え?」
「この国の…城下にある大きなホテル。王室貴族御用達の」
「……え?」
「アリヤがまだそこにいた頃、俺はそのホテルに泊まってアリヤと会った事がある」
「え?嘘…」
記憶力は良い方だと思うが思い出せない。アレックスの顔を見つめて何とか記憶の蓋を開けようとするが思い出せない。異国の他国の貴族なら印象が強いため覚えているはずだが…こんな顔の男の子がいただろうか。
「まだ大人になりきってない頃。ドレス着た女の子が慌ただしく走って行ったのを見たんだよ」
「あ、私だわ」
お転婆だと言われていた頃だ。ドレスを着ているのに走っていたのは私ぐらいだ。
「気になって追いかけたら…俺達の国の宗教で食べれない物を伝えてて…驚いた」
あまり宗教の事は重要視されていなかったため他国に行くとそれでトラブルが起きてしまう事もあったのだ。それを未然に防いでくれた事に驚いた。何より周りの大人が気付かなかったのに自分とそう変わらない年齢の女の子が行動した事が凄かった。
「それで…お礼を言おうと話しかけて…」
「待って…思い出して来た」
「俺を女の子と勘違いして刺繍に誘ったんだよ」
「…あー……ええ。やったわ」
着ている服が自分の動きづらい服とは違い軽く涼やかでその国独特の模様や刺繍に惹かれてしまいそれを自分でも再現するため誘ったのだ。
「女の子にあんな見られたり触られるの初めてだった」
「違うのよ…目が大きくて背も私と変わらなくて声も高かったから…」
女の子と勘違いして着ている服を見せてほしい。刺繍に触らせてほしい。隅々まで見たいからそのまま動かないでほしいと無遠慮にしていた。
「あんな事無かったから忘れられなかったよ」
「本当にごめんなさい」
その後背は伸びて声は低くなり女の子に間違われる事は無くなった。
「国に戻ってから家の事を手伝って…でも俺の国の人間がこっちの国に流れてる事を聞いてな」
「ええ。そうね」
「俺の国はこの国と比べると技術的に足りない部分があって…そこまで豊かではないから…流れるのは仕方ないと思ってたけど…そう嘆くなら学んで来いと親父に言われた」
「…おや」
「親父…父に」
「そうなのね…ん?でも学びのために来たなら帰らないといけないのでは?」
「確かに学んだらその教えのために帰る必要はあるかもだけど…一時的に帰ってまた戻って来るつもりではある」
アレックスは嫡男ではないらしい。尊敬するお兄様がいるらしく彼は跡継ぎでない事を嘆いていないらしく、むしろ自由に生きれる事を楽しんでいる。
「教えるために一時的に帰る事はある、けどそれからはお前が望むならこの国で生きる事は構わないって」
「そうなのね…」
「そう言ってくれた時は嬉しかったね。あの国に行けるならあの子に会える」
「…えと」
「アリヤに会えると思ったんだ」
夜のホテルの廊下。アレックスが私を真っ直ぐ見つめてそう言った。その言葉に驚いて口を開いたまま何も言えずにいると彼は続けた。
「婚約者がいる。それは知ってたんだ。だから友達にでもなれたら……満足かなって」
そしていざ私の実家に来てみると既におらず、成人したからもう嫁いでしまったのかと落胆しているとホテルに泊まりに来ていたこの国の貴族達が私が婚約者に捨てられた事を面白おかしく話していたのを聞いたのだ。
「まだ笑い話にされてるのね」
「笑えねぇよ」
それじゃ何処に行ったのか、私の両親を尋ねるがもう絶縁したから知りませんと教えてくれない。どうしたものかと悩みながら城下町を歩いていると聞こえて来た自分の国の音楽。
同郷に出会えた事で少し気が紛れると思ったら彼等はあるホテルに世話になったと話す。
「あのご家族ね」
「そう。今は貴族の家の音楽家」
そしてそのホテルに探していた人がいると、しかも従業員まで募集している。これならこの国の事を学びつつ傍にいれる。
「でも驚いた!あの時の女の子は髪は短くなってあんな大きな犬を連れて経営者の顔をしてた」
「あら?…がっかりした?」
「まさか。こんな良い女がいるなんてって」
「…そ、そう?」
あまりに真っ直ぐ言うものだから視線を逸らす。夜のホテルの巡回に集中出来ずに寝ているお客様を起こしてしまうかもしれない。集中しないと思うがあちらこちら、どこに視線を向けていいやら。
「アリヤ」
「…え?」
「アリヤと呼んでも?」
「いいわよ…もう、いいわよ」
どうとでも呼んで頂戴と言って足早にホテルの巡回を終えようとする。それを追いかけるようにして早足になるアレックス、当たり前だが私より体が大きい彼はあっという間に追い付くのだ。
「婚約者はもう、いないんだろう?」
「いないわよ」
「…それで、俺が」
「待って頂戴。今は…」
「まあ…そう言うだろうな」
「私、ホテルの経営者として頑張りたいのよ」
「じゃあ、俺はとにかく協力する。だからアリヤの傍にいるのを許してほしい」
「…許すも何も…あなたを受け入れたのは私よ」
従業員としてね。
「いつかそうじゃないように見させてやる…」
女の子と思っていた彼はいつの間にか驚く程に立派になった男性として私の前にいた。




