ネックレス
「え?そうなの?」
面接を終えた後にロアからあの無礼な男はロアの元・雇用主だと知った。そして自分の宿を乗っ取られて用済みとなったため職を求めてここに来たのだと。
「はい。アリヤ様大丈夫でした?」
「大丈夫よ。ジャスがいたからね」
「大丈夫でしたか…ジャスは本当に頼もしいね」
ロアに撫でられて何とも気持ち良さそうに目を閉じるジャス。大活躍してくれた彼にはご褒美の骨を与えなければ。
「しかし…こんなところで再会するとは」
「分からないものね。雇わなくて本当に正解」
「そうですね。ありがとうございます」
「それに、新しく働いてくれそうな人達は目処を付けたしね」
「新しい人ですか」
「今日の夜に集まれる人は集まって、皆の意見を聞いて雇い入れるか判断するわ」
「分かりました。伝えておきます」
面接で聞きたい事や文字の読み書きが可能かどうか筆記に関するテストも行った。中にはまったく書けない読めない人もいたが力仕事を行っているなど経験があるためそこを考慮していきたい。
年齢や性別はばらばら、特に制限はかけなかったためその辺りもあれだけ希望者が来た原因だろう。
「へぇーなるほど」
「この人は経験者なんだ」
「そうなのよ。どうも雇用を切られたらしくてね」
「地方から出てるみたいですね」
「男性は皆力仕事関連に?」
「皆が皆そうではないけどね」
地方から出て家のために働いていたが雇用を切られてしまった人、夫に先立たれて頼る人がおらず子どもを連れて働く場所を求めに来た人、読み書きが出来ず働く場所が見つからない人などそれぞれ事情がある。
面接の際に感じた人柄や経歴などを話しどうするか話し合う。
「どう思う?」
「私は大丈夫と思います。特にこちらの方は飲食店で働いていたのなら厨房を中心に回していただければ」
「そしたら採用ね」
「この人は経験者なのね。じゃあ掃除やベッドメイクも?」
「出来ると言っていたわ。ただやり方が違うかもだからここのやり方に修正してもらうわ」
「それを教えるのは?」
「初めはロアが、それからはメアリ達が後ろから見ていてほしいの」
「後ろから見る?」
「採用したら試用期間として一月ぐらい働きぶりを見るの。それを見て本当に採用するか決めるわ」
「へぇ。すぐに決める訳じゃないのね」
「慎重ね」
「まあ一応ね」
働ける事に安心して力を抜くような事は避けていただきたい。それは面接の際にも伝えて試用期間中に問題行動や働くのに相応しくないと判断されれば辞めてもらう事になると伝えた時に緊張感が漂った。
「この人達は…」
「この男性達は力仕事を中心に、大浴場を担当してもらうわ」
「大浴場はどう教えるの?」
「私が教えるわ」
「大丈夫なの?」
「設計したのは私だもの。大丈夫よ」
彼等も採用。希望するようならホテルの他の接客などの仕事も担当してもらう。
「ところでこの人は?」
「あぁ…彼ね」
就職希望者を集めた部屋で彼だけが異彩を放っていた。
と言うのも一目で異国の人間だと分かる褐色の肌に黒髪、緑色の目をした若い男性。
「アレックスね」
「大丈夫なの?」
「それがね…」
こちらの国の文化や生活は知っている。下手だが文字の読み書きも可能。
確かに文字の読み書きが出来るか確認した際、彼は正直まあ下手だが最低限の読み書きは出来ていた。何でもこの国に自分達の国の人間が多く仕事を求めて来ているため自分もその流れに乗って来たらしい。
「単純な理由ですね」
「向こうのご実家がお店をしていたそうで、接客やお金の計算は分かるらしいの」
「はー…なるほど」
「それにね」
「それに?」
「自分と同じ国の人間が泊まりに来たら対応出来るって」
文化や生活の違いから生まれるトラブルを解決出来ると言っていた。
「……そうですね」
「確かに増えてるものね。移民」
「市場に買い出しに行くと分かりやすく増えていますし」
今は珍しいお客様がこれから増えるかもしれない。
そうすると、その国の人間は必要かもしれない。
「…そしたら大丈夫?」
「異論は無いです」
「私も」
「私も大丈夫です」
「全員採用で」
「駄目なら試用期間中に辞めてもらうしね」
「そうね」
全員問題無し、採用する事になった。
採用すると決めた全員にそれを伝える通知を出しておき、従業員用の部屋に住む事を希望するなら早めに申し出るようにとも書いた。
“いやぁ。人増えたね”
「ええ。私も頑張るわ」
“頑張りすぎると倒れるから、適度に休んでよ?”
「大丈夫よ。家にいた頃より楽なの?」
“楽?”
「あの頃朝から晩まで勉強だったり無い日は家族の付き合いや元婚約者の付き合いで夜会やらお茶会やらで…」
ずっと張り付けていた笑顔で言葉を選んでおり毎日が疲れていた。
学校で親しくなる相手を作っても家柄を見られてしまい下だと分かると無視されて上だと分かると分かりやすく慕うのだ。
「今の方がずっといい」
“そっか”
「ところでね、どうも私がこの屋敷でホテルを経営してるって実家が知ったみたい」
“え?そうなの?”
「ええ。それでね」
アーバン家の人間がそんな平民の宿など経営するなどもっての他、お前とは完全に絶縁だと。
“うえ?そんなぁ…”
「元々実家だって緑の看板から始めたのに勝手よね?でもこれで好き勝手出来るわ」
家族もこれで完全に厄介払いが出来たと思っているだろう。私から奪った慰謝料で今も実家のホテルは豪華絢爛になっているだろうか。
“まあ、それはいいとして…ついに大浴場が始動か”
「ええ。頑張るわ」
“きっと名物になるだろうな”
「まずは作ってくれた職人達を招待するわ」
“いいねえ。その感謝の気持ちを忘れちゃいけない”
「勿論よ」
大浴場の準備の仕方は時間を要した。リリナが教えてくれたように準備をしてみたが時間がかかり熱い現場に全員が汗を大量に流しながら挑んでいた。
何日かかけて新たに大浴場担当となった男性従業員と共にやりながら大浴場が出来てから一月程経ちようやく完成した。
「…大変だなこれ」
「だな」
「ごめんなさいね。その分賃金多めにするから」
「それはありがたい」
「俺も家族を食わせないとだしな」
「お疲れ様です」
「あ、ミア」
「お嬢様…皆さんもすごい事に」
「やっぱりこれだけお湯を用意するのがね」
「まあ俺達は読み書き出来ないし肉体労働しか出来ないからな」
「それでこれだけ貰えるのはありがたい」
「肉体労働しか…だなんて、今まで培って来た体力や筋力が素晴らしいじゃない」
「…アリヤさんはよく褒めますね」
「流石お嬢様でしょう?」
「はいはい」
大浴場担当の従業員は少々無愛想ではあるが仕事を真面目にこなしてくれている。中には大黒柱として頑張る従業員もいるので長く続けてもらいたい。
「今日から大浴場始動ね」
「職人さん達はいつ来られるんです?」
「お仕事を終えてから来られるわ。私の奢りで今日は泊まってもらうから」
「はい。承知してます」
さて他の新しい従業員はどうだろう。
初めにロアが教えて今はアリヤ達が付いている。緊張して初めはカップを割ってしまったり予約の間違いをしてしまったりとミスはあったが今は徐々に無くなっておりこのまま本格的に採用で良さそうだ。他にも料理は得意だと言うのを言っていた者は今はミアと並んで料理の担当をしている。
「後は…」
「アリヤさん」
「あぁ、アレックス」
このホテルの従業員の中でも一際目立つ彼、アレックス。
商売をしていただけに確かにお金の計算などは私よりも早く、接客に関しても問題ない。そして今回新しく雇った中で一番若く、私と年齢が一番近い。
「買い出しから戻りました」
「ありがとう。確認するわ」
「はい」
たくさん頼んでしまったが大丈夫だったかと尋ねると大丈夫だと首を振り頼んでいた物を確認していく。するとまず、多めには渡していたが返されたお金が思っていたよりも多い事に気付き彼を見ると笑って教えてくれる。
「おまけしてくれました。ありがたい事に」
「そう…?」
いつもの市場なら痛んだものぐらいしか安くなっていないが珍しい事もあるものだ。
首を傾げながら再び買い出しの中身を確認してていくと頼んでいない物が入っている。一つだけ明らかに市場で買えない綺麗な包装紙に包まれている何か。
「…アレックス。何を買って来たの?」
余計な物を買わないで頂戴と呆れると彼は驚いて首を振り弁明する。
「違う違う!これは俺の財布から買ったやつですよ!」
「あなたのお金で?」
じゃああなたの私物じゃないと渡そうとすると更に首を振り受け取らない。そんなに首を振ったら千切れるわよ。
「アリヤさんに」
「私に?」
「開けて下さい開けて下さい」
早く早くと言わんばかりに急かしている。気のせいだろうか、ジャスが遊んでとせがむ時の雰囲気に似ている。
急かされて包装紙をなるべく丁寧に明けるとそこには綺麗なネックレスがあった。オパールだろう。こぼれるような雫の形をしたそのネックレスは金色のチェーンにぶら下がり光っている。
「……え?」
「気に入りました?似合うと思うんだ。着けてみて着けてみて」
「え?え?」
だから無いはずの尻尾でも振っているのか彼は私からネックレスを取るとこちらの返事を聞く暇も無く私にそのオパールのネックレスを飾り立てた。
「やっぱり似合う!」
鏡が無いので私には確認出来ないがアレックスは何とも嬉しそうに私の事を見てそう言った。
「そ、そう?」
「勿論!」
「でもあなた…私にわざわざこんな綺麗なの買ってきて」
自分のために使えばいいじゃないと返したがこれが自分のための使い方だと言って返す暇など与えないように確認が済んだ買い出しの中身を仕舞うためにまるで跳ねるような足取りで行ってしまった。
「……」
ネックレスを付けるなんて久し振りだ。
スカーレット様に言われてホテルのために自分が持っていた金銭的に価値がある物は全て売ってしまったから、あの異国の家族から貰ったスカーフも従業員に日頃の感謝だと渡してしまったし、自分の身を飾る。そんなの事は。
鏡が置かれている自室に向かう。リリナは恐らく仕事中のため鏡に彼女を映さず私だけを映している。
「…綺麗」
自分の胸元に光る雫の形のオパールは本当にキラキラと輝いてくれた。
「お嬢様?そちらどうされたんです?すごくお似合いですけど」
ミアが私のネックレスに気付き尋ねる。彼女は確かに私が何もかも手離した事を知っているためここでまさかのネックレスの登場に驚いていた。
「これは、その…」
「何かありました?」
「…アレックスが」
「アレックスさん?」
「彼がくれたの」
「……え?」
ミアが固まる。
どうして彼がくれたんですか?それはお嬢様だけですか?一体何故プレゼントするような事になったんですかとミアが焦りながら尋ねて来る。
「あ、そうか…プレゼントなのね」
「プ、プレゼントでしょう!」
「……ええ?」
「いや!ええ?じゃなくて!」
ミアが焦っている。何故か両手にお鍋の蓋を持ちあり得ない行動をしていた。通りかかったメアリがミアの奇行に驚いて私を見たが私もどうしていいか分からなかった。
「…と、特別な感情は…無いのですよね?」
「…何も聞いていないわ」
「ですよねー!」
「ミア」
「はい!?」
「自惚れかもしれないけど仮にこれが特別な感情を持ってのプレゼントだとしたらどうしましょう」
「…んーーーー!」
両手に持った鍋の蓋で顔を隠しながらミアは唸っている。今度は通りかかったセイラがその奇行に恐怖の声を小さく上げていた。
「……わ、た、しは…」
「ええ」
「お嬢様の、お気持ちが最優先だと思います…!」
「まあ単純に雇ってくれたお礼の可能性もあるし深く考えないでおくわ」
「…そうですね…」
唸って百面相を繰り返したミアがようやく落ち着いて鍋の蓋を元の位置に戻し私と向き合う。
「…私は」
「ええ」
「私はお嬢様のお気持ちが一番と思っています。ただ…」
「ただ?」
「そのお気持ちによってお嬢様が思い悩み悲しむような事があればそのお気持ちを向けている先を排除しようと思っています」
「…怖い事を考えるのね」
「そうする事を迷わず出来ます。私は…家族からも捨てられてどうなってもいいと思っていた私を必要としてくれたお嬢様のためならお嬢様に憎まれてもそう言う行動を出来ます」
「……」
「憎まれても、私はお嬢様をお守りします」
そう言ってミアは私に頭を下げた。
真意の分からないプレゼントにここまで感情を要り乱されたミアを見る。
そうして私はミアの肩に手を乗せて格好いいと幼い頃に言ったその背の高さに爪先を伸ばしながら抱き締めた。
「お嬢様?」
「私には、何て頼れる大切な人がいるのかしら」
「…勿体ないお言葉です」
「大丈夫よ。ミア」
「大丈夫ですか?」
もし今後、特別な感情を向けられても仮に自分が誰かに特別な感情を持ったとしても私にはたくさんの心強い仲間がいる。
その感情が折られたとしても平気な顔で立ち上がる事が出来るだろう。




