波乱
嵐のようだった。
ルルアと名乗るおかしな客の相手にカップをぶつけられて切れて血などは出なかったが痣が出来るだろう。
シャーリィがお昼寝中で良かった。あんな小さな子に大人の言い争いなど見せれたものじゃない。
「何ですかね!あの人!」
「アリヤ様、これて冷やして下さい」
「ぶつけたのどこ?額?痣が出来たら髪で隠せるかしら」
「大丈夫。そこまで痛くないわ」
床に散らばった飲み物やカップの残骸を片付けながらとりあえず特徴を書いて出禁のお客様にしておく。罪状は従業員へと暴力、迷惑行為。
「ありがとうねジャス」
「ジャスは勇敢よ」
「今度噛んでやりなさい」
「それはちょっと…」
「そうですよ。あんな不味そうな女」
しかし何だろう彼女は。
身に纏うドレスは確かに高級品だ。それ以外にも見えていたアクセサリーも大きな宝石が付いておりかなりの値だろう。
しかしそれとは裏腹に何と言うか本人は品がない。まともな敬語も使えずとても貴族やそう言ったのには見えない。平民が何らか成功して突然お金を手に入れたとかそう言う人だろうか。
「アリヤ」
「え?」
メアリが彼女について考え込む私に声をかける。
「あぁ言うのはね、関わらないのが一番よ」
「…向こうから来たらどうしよう」
「追い出して鍵閉めて無視よ」
「それって」
「私が無理な客にたいしての対応よ」
「なる程ね…」
言葉で通じないなら行動で示すだけ。
そして嫌な客はさっさと記憶の隅に追いやってきちんとしたお客様だけを対応する事。
次々とやって来た予約のお客様を対応しながら忙しい時間がやって来た。
もう何度か泊まっているビジネスホテルでたっぷり大きな温泉に入りながらコンビニで買ったお菓子をつまみながらアリヤと話せるようにスマホゲームを起動する。丁度アリヤも手が空いていたらしく私を見て手を振ったがその顔に絶句した。
アリヤのかわいい顔に痣がある。
「な、な、なんじゃそりゃ!」
“やっぱり目立つわよね”
「ど、ど、どうした!」
“ちょっとおかしな人がね”
アリヤは何があったか話してくれた。何とも非常識な客がやって来てその挙げ句にアリヤは痣を作るような被害を負ったらしい。
明日痣見えないようにヘアバンドなどをする予定らしいがアリヤにそんな事をした不届き者は何なのか。
“何かしらね…すごく豪華なドレスは着ていたし…外に待っていた馬車も綺麗だったわ”
「え?権力ある人?」
“…にしては礼儀がなっていないと言うか…”
「無礼者か」
“おかしな人よ”
「今度来たら扉を閉めてやろう」
“そうするわ。メアリも同じことを言っていたの”
また来たとなると今度は何をしてくるのか、出禁にしたと言うが素知らぬ顔でやって来なければいいが。
“それより、リリナが教えてくれたらフライドポテトすごく好評よ”
「ジャンクフードはいつでも美味いからね」
“ホテルの中で軽食として販売したのも大成功!立地が町の外れだからわざわざ外に出て行く必要が無いってね”
「フルーツ飴にフライドポテト…あともう一品加えたいなー」
“今でも好評よ?”
「月一で限定商品とか出さない?」
“限定?”
「宿泊とセットで」
“セットで?”
「月に一度、例えば月始めの日だけ宿泊者には特別は軽食メニューを提供とか…」
“特別…限定…惹かれる言葉ね”
「そっちの世界で作れそうなやつでさまた何か調べておくよ」
あ、それとこれ。
前に異国の家族から代金代わりに貰ったカレー粉、そこからカレーを作るレシピを教えてアリヤと会話を終えた。
終えた。終えたがアリヤの顔に傷を付けた女の事を考えてどうもすっきりしない。
私があの世界を見るだけではなく行く事も出来たら塩を撒いて立ち去れと威嚇するのに。
そう考えて眠ると久しぶりにアリヤの世界の夢を見た。
町中を歩きながらこの世界にある物や文化を観察していると緑の看板が下げられている。これが平民専用の宿の証だ。
アリヤから聞いたこの宿は初めは大体緑の看板から始まるが、お金のある平民や貴族などは営業許可を取る際に宿を開く町へ納めるお金によってはそれよりも上の宿を最初から開業出来るらしい。
じゃあ緑の看板から上に上がるにはどうするのか、簡単に言えばどんどん売り上げを上げて町へ納める税金などが一定の金額を越えれば緑の宿から上に上がる事が出来る。殆どの緑の宿がそう言う風に上を目指すのだ。平民より身分が高い兵士などを泊まれるようにすれば宿としての評価も上がり安定した給与を貰う兵士なら宿泊料が払えないなんて事は無い。チップも平民より多いのが当然だ言う文化がある。
儲かるならそりゃ上を目指すよな。
そう思って緑の看板の宿を観察すると、一見普通の民家のような宿もあれば、しっかりとした宿を構えている所。
その中でも目立っていたのは緑の看板だがやたらと大きく豪華な作りの宿があった。これは高いんじゃないかと思ったが…宿泊費が安い。こんな豪華な作りでこんな安いの怪しいだろうと中に入ると首を傾げた。
何だか雰囲気が怪しい。
私がよく泊まるビジネスホテルのようの雰囲気ではなく、何と言うか湿度が高いと言うか、纏わりつくような雰囲気がある。
(…ん?)
おかしな雰囲気の宿に疑問を覚えながら周りを見ると宿泊希望の男性を見つめる女性がいた。
(…あ、そうか)
緑の看板の宿で女性を買っている。
こんな露骨になっているのかと呆れてしまった。私の世界なら普通のビジネスホテルでそんな商売したら法に触れるぞ?そう思っていたら目が覚める。
「…絶対いつか痛い目見るだろ…」
リリナに教えて貰ったレシピで作る。
野菜を炒めてカレー粉に小麦粉にバターに…と教えてもらい紙に書いた手順通りに進めると思っていた以上に匂いが広がる。
美味しければ今日の夕方の屋台に出そうと思うがこれは大丈夫だろうか。
「…お嬢様」
「すごいわね…匂いが」
「変な匂いではないんですが…これは」
「とりあえずは完成ね」
「これがカレーですか」
「異国の料理ね」
「私も出来ましたけど…何なんですか?これ」
「ナンよ」
「?これは何です?」
「だからナンよ」
「お、お嬢様?」
「いやだから…」
合っているのに擦れ違いながらやり取りしていると掃除を終えたロアとシャーリィがやって来る。今日は宿泊する予定も少ないしのんびり出来そうだとしてリリナから教わったカレーを材料を集めて作ったが初めての料理に私も皆も警戒している。ラウンジに集まり試食だ。
「じゃあ…食べるわね」
「お待ちください。お嬢様、私がまず毒味を」
「毒、ではないと思うけど…」
「いえまずは私が」
「いえメイド長!まず私が!」
「あたしがー!」
「じゃあせーので食べるわね」
「せーので?」
小皿に小さく盛り付けて顔を合わせながら一斉に食べる。
口に入れて咀嚼して飲み込む。
「………」
「……ふ」
「美味しいじゃないですか」
「初めて、の味ですが」
「ふふ、辛くて美味しい」
あんなに警戒していたのに美味しくて笑ってしまう。大人達は辛いが美味しいと美味しいと毒も無い事を分かったそれを食べてしまう。
「…辛い!」
「あら?」
「シャーリィ、辛かった?」
「辛い~」
子どものシャーリィには辛過ぎたらしく一口で止めてしまった。これは大人向けのメニューに決定だ。
「シャーリィ。水飲もうか」
「飲む…」
涙目のシャーリィの手を引いてロアは水を飲ませに立った。
「シャーリィ嬢。カレーは駄目でしたけどあの白いパンみたいなのはしっかり持ってましたね」
確かにナンは気に入ったらしくそれだけは離さなかった。
「ナンにジャムでも付けてあげようかしら」
「…もしかしてこのパンみたいなの…ナンって名前ですか?」
「そうよ?」
「だからさっき会話が噛み合わないと…」
すると扉が開く音がしてそちらを見ると、何とこのカレー粉をくれた異国の家族が顔を出していた。
「…あ!あの時の」
「ご無沙汰しております!」
頭を下げてやって来た家族は町での音楽家としての活動を終えてまとまったお金が入ったのでようやくあの時の不足分を払いに来れたと言う。
「あの時はお世話に…え?」
不足分のお金を払おうとした時に漂う匂いに気付いてラウンジを見ると驚いていた。
「それ」
「あぁ、丁度お客様から貰ったカラー粉で作ったんですよ」
「そうなんですね…あなた!すごいよく出来てるわ」
「本当だ。すごいな」
奥様と旦那様が出来上がったそれを見て感心していた。そう言えばお二人のお子さんはと思うと外からジャスと遊ぶ元気な声が聞こえたので、シャーリィを呼ぼうとかとしたがお客様に止められる。
「あの、これ不足分の」
「はい。確かに」
料金を確認して頂戴する。
「それと…これ」
「はい?」
「この料理、知ってたんですか?」
「……幼い頃に読んだ本に出てきまして」
「それだけで!?」
私達の国の料理を再現出来た事もすごいのに付け合わせの物まで出来るなんてと感動されてしまった。
「こんな風に私達の国の物を作ってくれるのが嬉しいです」
「そんな、私は…そう、ただの食いしん坊よ」
「ふふ…そんな事言って」
「ところであの女性達は?」
「え?」
「私達に美味しいご飯を買ってくれた女性達です」
「…メアリ達ですね。彼女達は…今日はいないですね」
「そうですか…お礼を言いたかったのですが…あの、もし彼女達に会えたら」
これをお礼として渡して下さいと、美しいスカーフを貰った。
「わ…綺麗ですね」
「本当にありがとうございました」
「いえ…そんな」
これからどうする予定なのか尋ねるとまとまったお金が出来たので城下町の方に向かってまた音楽をすると言う。そうして世界中を旅しているのだと言う家族は再び頭を下げてホテルを後にした。
「あ」
シャーリィに結局お友達がまた来たと言う事が出来ないまま終わってしまった。
(急だったとは言え残念ね)
そう思って預かったスカーフを仕舞おうとするもその隙間から可愛らしいネックレスが落ちて拾い上げるとつたない字で“シャーリィへ”と書かれた紙がネックレスに付いていた。
「…あらあら」
もしかしてあの男の子、シャーリィに照れて会えなかったのかしら。
ホテルの経営は順調だった。ずっと変わらずに女性を中心に宿泊したり純粋に休みたいだけのお客様など様々だった。
城下に行く途中で初めて立ちよった町でどの宿に泊まるか探していると、緑の看板の宿ならここが良いですよと過去に泊まったお客様が薦めてくれる事もある。
そしてこのホテルには見たことの無い料理が出されると噂になっているそうだ。
「カレー、評判良かったですね」
「本当、あっという間に無くなってしまったわ」
「お姫様お姫様、もうカレー無いの?」
「材料が無くなってしまってね」
「そうなんだ」
「そうよ」
それよりシャーリィちゃん。あなた早く支度しないと。
今日は前から楽しみにしてたお出かけの日でしょう?
「うん!」
花が咲くような笑顔でシャーリィは頷く。今日はロアとシャーリィは一日休みでこの後メアリ達が手伝いに来てくれる。
「シャーリィ嬢。おめかししましょう」
宿泊客は少なく時間に余裕があるためミアはシャーリィの髪をお出かけ用に結い上げてくれた。
いつもより可愛くなったシャーリィを出かける準備が出来たロアが見て嬉しそうに笑っている。丁度その時メアリ達がやって来て彼女達と入れ替わってロアとシャーリィは出掛けた。
「今日はよろしく」
「ええ。よろしく」
「…?何かあった?」
「まあ、終わったら話すわ」
「そう?」
いつもよりもどこか暗い雰囲気のメアリ達が気になるがホテルの開始は待っていられない。帰ったお客様の部屋の掃除にミアは市場に買い物。量が多いのでセイラと共に出掛けた。
昼間や早い時間だとお客様はまだ来ない。のんびりアメニティバーの準備をしたり、新しいメニューを考えたりと忙しいと出来ない事をこんな風に手が空いた時間に行っている。今日はこの前泊まった家族連れのお客様の小さなお子様が破ってしまったぬいぐるみの補修をする。
他にもアメニティバーに加える物の一つとしてリリナから女性や髪が長い男性が使える髪をまとめる物。リリナの世界ではヘアゴムと言うのがあるがこちらの世界では大量に生産出来そうにないためリボンを作る。安く売られていた布を買いそれだけを細く切って並べる訳ではなく簡単な刺繍を入れるのだ。大量に作るのは大変だが集中出来るこの作業は好きだ。
「器用ねぇ」
「ありがとうございま…」
集中していると突然降ってきた声に驚き針をおとしそうになった。
「スカーレット様!?」
「お久しぶりねぇ」
営業許可を申請する以来の再開だ。立ち上がり視線を合わせて挨拶すると相変わらず不思議な雰囲気を漂わせながらホテルを見ている。
「頑張ってるわねぇ」
「おかげさまで。順調です」
「ここは娼婦を呼ばない宿だってねぇ」
「…あ、他の緑の宿で起こってる事ですか?」
「知ってるのぉ?」
「はい。あれは…よろしくないでしょう」
「そうよねぇ。でも、他の娼館よりも安く買えるってねぇ」
「娼婦を買う場所が問題ですよ。宿屋は宿屋であるべきなのに…宿屋と娼館の境界が曖昧になります」
「まあ、長くは続かないでしょうねぇ」
「私もそう思います」
「ところで今日は泊まっても?」
「ええ。勿論です」
どの部屋になさいますか?以前のカプセルホテル?それとも一人部屋で?
「ベッドが二つあるお部屋がいいわぁ」
「二つ?」
「ふふ…」
そう言ってスカーレット様は一度外に出て行くと一人の男性と腕を組んで戻って来た。
恐らく彼女よりも一回りは上の、身なりの良い…男性。
「…え!?」
「…は!?」
その男性と目が合うとお互い驚いた声を上げた。スカーレット様はそこで首を傾げたが私はこの男性を知っている。
「クラウス叔父様!?いつお帰りになられたんですか!!」
「アリヤ!君こそどうして!?」
「え?お知り合いなのぉ?」
「えっと…」
スカーレット様が腕を組んでいる男性は、クラウス・レーズ叔父様。
私の元・婚約者の叔父だ。




