安心を提供する
メアリ達三人が泊まり、異国の家族が泊まり、そしてその後やって来たのは夫と喧嘩して顔を見ないようにしていると言う気の強そうな女性だ。
初めは町にある緑の宿に泊まろうとしていたがその宿に娼婦が出入りして事から自分までそれに間違われて嫌気が差してここに辿り着いたらしい。
「一番安いのでいい」
「それではこちらのプランです」
「…他の緑の宿より高いな」
女性は顔をしかめてそう言うがそれでも町の宿よりましかと言って料金を払ってくれた。
アメニティバーに案内すると料金が高い事に納得したように声をあげて冷たいデトックスウォーターとドライフルーツを食べながら私に尋ねた。
「ここに娼婦は出入りしてないか?」
「宿泊する方にそう言うお仕事の方はいますが、ここを仕事の現場にする事は禁止しています」
「何だ…泊まってはいるのか」
「皆様禁止事項は守ってくれますので、等しくお客様として対応しております」
「ふぅん」
「…それと、お聞きしたいのですが」
「何だ?」
「緑の宿は今、どこもそうなんですか?」
「あたしが行った所はそうだよ」
「そんなに分かりやすくいたのですか?」
「宿に来たらうろついて、あたしが女と分かるとすぐ踵を返したよ」
「…なるほど」
メアリ達が言っていた事は思っていた以上に広がっているらしい。
「お部屋にご案内して頂戴」
「はい。お嬢様」
女性を部屋に案内して考える。
町の緑の宿がまるで娼館のようになっている。宿の宿泊費と娼婦が稼いだお金を何割か貰い通常よりも稼げる事で他の宿も真似しているのだろうか。
そうすると女性のみだと泊まりづらい、娼婦を断る男性もあまり利用したくはないだろう。家族連れなら尚更。
「…これは好機かしら?」
そんなお客様をこちらにどんどん呼び込もう。
「よし、軽食販売の準備をしておいて!」
「分かりました!」
「ロアはそのまま受付に、ミアは屋台の用意、私は体を洗うお湯の用意をして来るわ」
「私は?」
「シャーリィちゃんはジャスとホテルの中を見回りよ」
「はい!」
呼び込みをするには今日泊まっている彼等に宣伝をしてもらう。何もリリナの世界のように宣伝する紙を配ったりなど流石にそこまでは出来ないが、宿泊者に満足されるサービスを提供すれば彼等が自然とこのホテルを良さを口にして無意識に宣伝してくれるようにしなくては。
その後、旅をしていると言う男性が泊まりに来たためカプセルホテルの部屋に案内し、しっかりアメニティバーの提供を。
夫婦で城下に旅行に行く途中だと言うお客様と来て、出来上がったばかりの大きなダブルベットの部屋に案内する。
「ウェルカムドリンクなんて初めて」
「部屋が一人でも泊まれるのもあるなんて」
「何人かで泊まる部屋も他の客から見えないようになっていて安心した」
「こんな大きな屋敷に泊まれるなんてね」
以前から知っているメアリ達は勿論褒めてくれるが、それ以外の初めてのお客様にも概ね好評だ。
初めこそは他の緑の宿より高い料金に顔をしかめたがチップは不要な事と、サービスとして提供するアメニティバーに料金が高い事を納得してくれた。
「あの…何だか廊下にお嬢さんと犬が?」
「あ、お嬢さんはこのホテルの従業員の娘で犬はこのホテルを守る騎士です」
「はい?」
何を言っているのかと思われたがジャスは本当に騎士なのだ。女性の宿泊者がいる部屋の前をゆっくり警備するように歩いており宿泊者には決して吠えない。
もし宿泊者に何か危害を加えようものなら彼が黙っていないと部屋の廊下に貼っている。
「お姫様」
「あら?シャーリィちゃん」
「男の子が遊ぼうって…」
「男の子…あぁ、宿泊者の」
「いい?」
「他のお客様の邪魔にならないようにね」
「はい!」
「あ、そうだ」
どこで遊ぶか決めておこう。
ロアにシャーリィが宿泊者の男の子と遊ぶと告げておき、今日は恐らく泊まる人はいないだろうと思いお子様部屋の玩具を貸し出してラウンジの隅で遊んで貰う事にした。これならロアの目が届く位置にいるし男の子の母親も側にいる。
「あら元気な声」
「気が合ったのかしら?」
「微笑ましいねえ」
メアリ達が降りてきて子どもの高い声で笑いながら遊ぶ姿は私には無かった物だから少し羨ましくも見えてしまった。
初日の宿泊者は十人いかなかったが十分だ。
この人数で対応出来るのも限界があるし何なら今も忙しい。
「ところで何してるの?」
「屋台が出来たわ」
「屋台…?」
「これ?」
メアリが指差すラウンジに貼ったお知らせ“夜のご馳走屋台”
以前フルーツ飴を販売しようと案が出て、話し合いの結果。
昼と夜に二回販売する。昼に関してはお客様がいなければ出さない。今日は夕方からお客様が来始めたため夜のみ開店だ。
朝食会場にしているフロアに案内するとミアが丁度出来上がったフルーツ飴を並べていた。そしてそれに加えてもう一つある。
“芋があるなら揚げよう”
リリナの世界ではお馴染みらしいフライドポテトやらを追加でメニューに加えている。油を大量に使うのが不安なため、油を使う量が少ないレシピを探してくれた。これで甘いのと塩気がある物が揃っている。
ちなみに販売時間になっても誰も降りて来なければ一つ一つのお部屋に声をかけようしとしていたが、匂いがやはりするのか自然と部屋から出てきてくれた。
「あら?」
異国のお客様が顔を出す。
「どうぞ。よろしければ」
「あら綺麗ね…でもごめんなさい。お金が…」
「あ…そうか」
「出しますよ」
メアリが声をかける。
「え?」
「子どももいるでしょ?」
「いや、悪いですそんな」
「あなた子どもに何も食べさせない気?」
「でもお金が…」
「だから出すわよ」
「メアリ…いいの?」
メアリがこの家族にフライドポテトとフルーツ飴を買ってくれた。
家族は何度も頭を下げている。
「良かったの?」
「だってどうせならこのホテルでの記憶が良いものになればまた来てくれるでしょ?」
「そうね…」
メアリ達は本当にこのホテルを気に入っていくれている。
どうなるかと思ったが夜の軽食販売は好評だ。食べたことの無いと言うフルーツ飴に病み付きになるようなフライドポテトにあっという間に完売だ。
「…想像以上ですね」
「そうね…」
「お客様の数を想定してこっちもそれに合わせて少なめに作ってますから…次から増やします?」
「その方がいいかもね…」
町に出て食べる必要が無くなったとお腹を満たした宿泊者に体を洗うお湯の運んで明日の朝食の準備をしておいて一日を終えた。
「思っていたより来ましたね」
「緑の宿がちょっとおかしな事になってるから流れて来たのもあるわ」
「ただ何人か料金を聞いてお帰りなられましたね」
「まあでも…料金は変えないわ」
「私も妥当と思います」
一段落し今日の感想と反省、売り上げを確認しながらロアとシャーリィに文字の読み書きを教える。
そうするとあっという間に夜は更けていき今日は上がっていいことを告げて初日を終えた。
屋敷のロビーに丸まって眠るジャスを撫でて私も眠る。
思っていたよりも良い宿だった。
屋敷に泊まれるとは思っていなかった。
誰かと一緒の部屋でも気にすること無く寛げる空間があるのが良かった。
朝食がすごい美味しい…何だあれ。
「ありがとうございます」
「またのお越しをお待ちしております」
「お気をつけて」
翌朝宿泊者を見送りとても良い反応と感想に満足だ。
朝食に関しては付けないと言っていたがやっぱり食べたいと意見を変えて食べていったお客様もいたのだ。何でも昨日の夜の軽食が効いたらしい。あんな美味しいのを提供するなら朝飯だって美味しいに決まっている。
その反応に笑みを隠せずいると最後に帰るメアリ達に手を振る。
「また泊まりに来てね」
「勿論よ…と言いたいけどどうかしら」
「難しい?」
「緑の宿の娼婦にお客を取られてるのもあるからね」
「だったらいっそここで働きましょうよ?」
「そうしようかな」
「結構本気よ?だってまだ従業員が少ないから部屋数をそこまで案内出来ないのよ」
全部解放すると私達が回らなくなるのだ。
「ん~…でもねえ」
「考えておいてね?はい、お土産」
「…ふふ、お花の指輪」
「シャーリィちゃんが作ったわ」
かわいいお土産ありがとう。
そう言ってメアリ達も自分達の家へと戻る。
さて部屋の片付けと掃除をしなくてはと思い切り伸びをする。中に戻るとお友達が帰ってしまった寂しさをジャスに埋もれて紛らわせるシャーリィがいた。
「シャーリィちゃん…」
「……」
「寂しいのね」
「ん~…」
「今日は素敵な話をしてあげるわ」
「…なぁに?」
「竹から生まれた美しいお姫様が求婚してくる殿方に無理難題を押し付けて挙げ句全部断る話よ」
「…??」
「おかしな話でしょう?」
私もどういう話なのかとリリナに尋ねたがさてこれは何だろうねとリリナは話す。ただその話は寂しいシャーリィの気持ちを紛らわすのに十分だった。
“やったじゃん?繁盛してる!”
「そうなのよ。評判が良くて…特に女性のお客様が多いわ」
“安心して泊まれるからね”
「最近は娼館でもないのに女性を呼ぶ宿がもっと増えたみたいよ」
“そうなんだ。そしたら下心ある男は安い町の宿に…”
「行くかなと思ったけど平気だったわ。殿方も来るわ。娼婦が積極的に来るのが嫌で少し高くてもここに泊まりたいって人が増えてね」
“よっしゃ!”
営業開始から一月経つが客足は安定していた。
女性客が多く、家族連れも多い。評判を聞いた町の人もどんな宿なのかと見に来る者もいる。
泊まれば更に特別な時間を提供出来ますよと、時間が空けば好奇心で見に来た町の人を招いてホテルの中を案内し、泊まると受ける事が出来るサービスを説明すると目を輝かせていた。
そうして何日か先の宿泊の予約を入れる。
嬉しい、私の私達のホテルが営業出来ている。
「ただね…」
“うん?”
「従業員が少ない」
“でしょうね”
「本当は全部屋解放したいのにそうすると休む暇どころか寝る暇が無くなってしまうわ」
“募集かけたら?”
「呼び込もう呼び込もうとしてる間にお客様が来てね…」
“募集をかける暇が無いのか…”
「…掃除だけでもお願いしたいわ…」
“あぁ、日雇いバイトみたいな”
「日雇い……あ、そうか一日だけなら」
“ん?”
「メアリ達に一日だけでも働けないか声をかけるわ」
ずっとでなくても一日だけなら協力してくれるかもしれない。
“タ○ミーさんだね”
「え?」
“こっちの世界にも似たようなのがあるんだ”
早速忙しくなって来た事を理由にメアリ達に一日だけ手伝いをお願い出来ないか頼むと了承してくれた。
報酬はこれぐらい出すと、ロアとミアに相談して出した金額に“多くない?”と顔をしかめていた。
「従業員が少ない分結構稼ぎがね…」
「あ、そうか…」
宿泊の予約表を確認しながら特に忙しい日とロアとシャーリィが休みを希望している日に入って貰い、彼女達には掃除とミアの手伝いをお願いする。
「あの親子にお休みを?」
「今まで時間を見て半日とか休みを与えたけど丸一日のお休みをね。その日に町にサーカスが来るからシャーリィに見せたいみたい」
「いいわね」
「すごく楽しみにしてるから確実に休ませてあげたいのよ」
「分かった。そしたらこの日に手伝いに行くわ」
「ところでミアは休まないの?」
「ミア?」
「アリヤもだけど」
「…休む?」
「やだこの子休む事を忘れてる」
「だって指示を出すのは私だし…休むって発想が無いわ?」
「…いつか休ませてあげるから」
何故か悲しそうに手を握られて言われた。
「来てくれるんですね」
「有り難いわ」
「そうですね」
「…ねえミアもお休み取ったら?」
「私は結構ですよ。楽しいんですよこの仕事」
「無理は駄目よ?」
「お嬢様こそ」
今日の宿泊予定を見ながら話す。今の人数で対応出来るぎりぎりの宿泊客の人数を見ながら指示をしているとメアリ達がやって来た。
「今日はよろしく」
「こちらこそ!来てくれてありがとう!」
「これが制服です」
「あるの?制服」
メアリ達の服が汚れてしまわないようにこの屋敷に残っていた古い型だがメイド服を渡す。
「これに着替えてもらって…仕事内容は説明をした通りだわ」
「任せて、掃除なら普段からしてるし」
「心強いわ…!」
あわよくばこのまま働いてくれないだろうか。
メアリ達には朝に帰った宿泊客の部屋の片付けをお願いし、終わったらロアが確認する。忘れ物など無いかもここで見ておくがメアリ達は部屋の片付けは手慣れているらしく問題は無かった。ロアと比べるとベッドメイクは少し皺があるがすぐに直せるのでこちらも問題無しとロアから報告を受ける。
普段はこの掃除とベッドメイクを私とロアが、ミアはその間に朝食の後片付けをしている。
今日はその掃除と片付けをメアリ達が手伝ってくれるので私はいつもぎりぎりになって準備をするアメニティバーに集中出来る。
「シャーリィちゃん」
「はい!」
これにはシャーリィも手伝ってくれる。彼女にはドライフルーツを容器に詰める係。ラウンジのテーブルなどを拭いて綺麗にしてもらうのも彼女の係だ。
「ありがとうね。シャーリィちゃん」
「ふふふ」
「どうしたの?」
「今度お金貰ったらね…お父さんにプレゼントするの!」
「…何て優しい子なの!」
「わー」
思わず準備の手を止めて抱き締めてしまった。まだ仕事がたくさん残ってるのに。
ジャスに朝食をあげて順番に休憩に入る。人数が多いとやはり仕事を終えるのも早い。と言うよりもメアリ達が思っていたよりも動いてくれるため想定よりも早く終わったのだ。
「この後は?」
「お客様が来るからそれの受付と部屋の案内ね。アメニティバーの準備は出来たし…」
「メアリさん達すごく働いてくれました」
「確かにね」
「本当、よく働いてくれて」
「こんな方がここの従業員になってくれたら…」
「そうですね。従業員専用の部屋はまだ空いてますし…」
私、ミア、ロアの三人でメアリ達を期待に込めた目で見つめる。
「……いや」
「……駄目?」
「…娼婦が働くなんて…ねえ?」
「気にしないのに…」
メアリ達は誘いは嬉しいが娼婦として働く自分達がここで働き始めたら質の悪い客に今度はここで体を売るのかと宿の評判を落としかねないと思っているらしい。
「そんな客、教えてくれたら出禁するわよ」
「そうですよ。塩を撒きましょう」
「…何で塩を?」
「お嬢様曰く、魔除けらしいです」
「お手伝いなら行くわ。でもここで働くのはまた考えるから」
「分かったわ。ごめんね困らせて」
「いいえ。そんな風に誘ってくれるのが嬉しいわ」
「すみませーん」
つかの間の休憩の時間に声が聞こえた。
「…あら?」
もう宿泊予約の方が来たのかと、ロアが行こうとしたが私の方はもう十分休憩出来たからと止めて受付に向かう。
そこにいたのはダークブラウンの長い髪を高い位置で結びあげて何とも豪華なドレスを着た私と同じぐらいの年齢であろう女性がいた。
「ご予約の方ですか?」
「予約?してないよ」
「そうですか…でしたら今日は宿泊の予約は全て埋まってますので」
「え?一人くらい入れるでしょ?こんな大きなお屋敷だもん」
「は?…あ、いえ…出来ません。既にお部屋は全て埋まってますので」
「あたしこんな豪華な屋敷に住んでみたいの。綺麗はラウンジだねー」
「はあ…?」
豪華なドレスを翻しながら彼女は好き勝手に歩き始めた。何だろう、この会話のならないような雰囲気は。
「あ!何これ!レモンが浮いてる綺麗!」
「…お待ちください!そちらは宿泊する方のみへのサービスですので!」
「いいでしょ!こんなたくさんあるんだから!」
アメニティバーをこちらの了承無しに触り初めて驚きながら止めると騒ぎを察してミア達が出てくる。
「…宿泊のお客様?ですか?」
「予約してないよ?でもこの屋敷に泊まれるって聞いて来たの」
「お名前は?」
「あたし?ルルアって言うよ」
ロアが今日の宿泊予定の客を確認するがやはり名前は無いらしく私に向かってロアは頭を横に振る。
「ルルア様。先ほど申し上げた通り本日はお部屋は空いておりません。それにそちらのお飲み物と食べ物は宿泊をされる方のみへのサービスです」
「たくさんあるのに?ケチだね」
「そういうお話しでは無いのです」
「お金は払うよ?これで泊まれる?」
「ですからそう言うお話しでは…」
何だこの人は、話が通じなくて頭痛がしそうだと思うとのんびり寝ていたジャスが起きて吠え出した。
「…ぎゃっ!」
「ジャス!」
「何この犬!」
「お待ち下さ…!」
自分に向かって吠えたジャスに向かってルルアは持っていたデトックスウォーター入りのカップを投げつけようとした。
それを庇い思い切りカップが当たってしまった。
「…いっ」
「お嬢様!」
「アリヤ様!」
「アリヤ!?」
「は?アリヤ?」
皆が私を庇ってくれるが突然の事に驚き声が出せないでいるとミアが今まで聞いた事の無い声でルルアに言う。
「…お帰り下さい…」
「何?吠えてきたのはその犬じゃん?」
私悪くないもん。
「あまりに非常識です。こちらは先ほどから宿泊出来ない事を告げております。そちらの宿泊者専用のサービスも勝手に飲み食いするなどあり得ません」
「小さい事でいちいち面倒だなー」
ため息が聞こえる。この女、全然分かっていない。
「ましてや従業員に手を上げるなどもっての他です」
「従業員って…犬じゃん!」
今度はけらけら笑う声が聞こえた。
「…ジャスは従業員です。宿泊客を守る騎士でもあります。彼は宿泊されらお客様には吠えませんし…彼が吠えるのはこちらに害があると判断した時のみです」
顔に当たった部分を押さえながら立ち上がり私もこの女に向かって言う。
背の高いミアに見下ろされ怒りを含んだ私の雰囲気にルルアは黙った。
「…面倒くさっ」
そして舌打ちをすると乱暴に扉を開けて外に待つ馬車に乗り込んだ。最後にこちらを睨みながら。




