開店
リリナに意気揚々と報告する。すると彼女は大きな拍手をして慌てて何かを取りに行ったと思うと円柱形の何かを持っている。
“乾杯しなきゃ!”
「そうね…乾杯ね!」
私もとりあえず今あるのはリリナの教えてくれたデトックスウォーターしかなかったためそれを注いで戻ると彼女に合わせて乾杯をした。
リリナの持つそれは何と飲み物が入っているらしく中身はお酒らしい。密封されており上の蓋を爪で開けると飲み口が解放されて飲める仕組みらしい。
“スカーレットさん?最高に良い女だわ!”
「本当にね!彼女、領主も彼女のお客様みたいで…それであんな風になってたのよ」
“惚れた女に頼まれちゃ断れないよ!私もその現場にいたかったわー”
「本当よ!スカーレット様が出てきた時の表情と言ったら…!彼女に協力を無駄にしないように頑張るわ!」
“そうだよ!どう?アメニティバーは”
「皆には好評よ。緑の看板もかけたし…レストランとドリンクサーバーを頼んだガラス職人のお店と…メアリ達にも営業が始められると宣伝しておいたわ!」
“ドリンクサーバー…難しい注文かと思ったけど良かった出来て”
「ガラス職人のドーミーさんも新しい商品が出来た事に喜んでくれて、今後ドリンクサーバーの注文が入ったら私に少し儲けを下さるそうよ」
“そっちの技術で作れそうな物は思ったよりもあるみたいだからね”
「ええ。リリナがいてくれて…本当に良かったわ」
“まだまだここから、始まったばっかりだよ”
私に感謝するのはまだ早いと、リリナはお酒を飲んで気合いを入れるように諭す。
そうだ。ここからだ。
宿を開始してすぐに訪れたのはメアリ達だった。今回はお客様としていつもの一人部屋に設定した料金を持ってお祝いの花までくれた。
「素敵なお花…嬉しいわ…」
「やっとホテルが営業出来たんだもの!これぐらい当然よ!」
メアリがそう言って初めて泊まった頃よりもずっと綺麗になった私達のホテルを見て拍手をする。
「頑張ったわね。アリヤ」
「本当に、よくやったわ」
「私達、他の仕事仲間にも宣伝しても?」
「勿論よ。どなたでも平等にお客様だわ」
「迷惑行為したら即、出禁ですけどね」
ホテルの始まりに喜び合う私達にミアがやって来てお客様であるメアリ達の荷物を運ぶと彼女達を案内する。
入ってすぐが受付だ。
受付は本日はロアが担当しており、メアリ達に気付くと丁寧に頭を下げる。
「いらっしゃいませ」
「あら……え?」
メアリ達が受付のロアを見て驚く。
「あれ?あの時の?」
「いらっしゃいませー」
続けてシャーリィを見てまた驚く。
「え?あれ?この子」
「……あの時野菜食べてた親子!?」
「…あ!あの時のお姉さま方!?」
お互いに思い出して驚く。
そうだ。そう言えばメアリ達の中ではロアとシャーリィは浮浪者のままの記憶のはずだ。ところが今目の前にいるのはバトラーの服を綺麗に着こなし髪も整え伸び放題だった髭を剃り、清潔感溢れる見た目の男性だ。
シャーリィも同様に今は可愛らしいエプロンドレスを着て髪はある程度長さを残して揃えており、余り布に刺繍を入れた私お手製のリボンを着けて何とも可愛らしいお嬢さんになっている。
「…おっどろいた…あの時あんなだったのに…人って変わるのね」
「まだまだです。学び途中でございます…」
「すごいわね…あの女の子もかわいくなって」
「かわいい?かわいい?」
シャーリィがリボンに触れながらメアリ達に尋ねる。
「かわいいかわいい」
そう無邪気なシャーリィを褒めると私の側に来て照れる顔を隠しながら笑っていた。
「本日はご宿泊で?」
「ええ。一泊で」
「お部屋はどうされます?」
「一人部屋をお願い」
「かしこまりました。ご朝食は付けられますか?」
「お願いするわ」
「それでは三名様、皆様お一人部屋で…ご朝食付きですね」
料金は前払いにしており、朝食に関してはある物を渡している。
「ご朝食の際に朝食会場でこちらを従業員にお渡し下さい」
「何これ?」
薄い木で作った、朝食券だ。デザインはシャーリィがしており、四角い券にカトラリーの絵が描かれている。
「わざわざこんなのを?」
「朝食無しの宿泊にしてるのに朝食会場に紛れ込んで食べる人を防ぐのに有効かと思ってね」
「あ、そうか」
「少しでも安く済ませてご飯もこっそりいただこうってね」
「考えたね。アリヤ」
「…ええ!」
考えたと言うか、リリナがビジネスホテルで朝食を食べる風景を見た時に学んだのだけども。
「三人共、部屋はいつものお部屋で?」
「そうね。私が赤い部屋で二人も前回と同じで」
「そしたら部屋に荷物を運んでおきますね」
「ありがとうね。ミア」
「とんでもないですよ」
料金の支払いも終わり、後はロアが鍵を渡して最後に宿泊の記録としてノートにサインを貰う。三人共名前は書けるらしく三人のそれぞれの字で書かれた宿泊のサインが残った。
「それじゃあ部屋に…」
「待って、シャーリィお願いね」
「はい!」
お客さまこちらにどうぞ!
シャーリィが部屋に行く前の三人を呼んで来た時から受付の近くにあるそれの前に案内した。
「こちらウェルカムドリンクです!」
「ん?ウェルカムドリンク?」
「ウェルカムしてくれるの?」
「これ?どうするの?」
あれから一つ追加で作ってくれた物が完成し、リリナの世界程ではないが宿泊者へのサービスだ。
「ここをこうすると、お飲み物が出ます!」
宿泊者へのサービス。ドリンクサーバーにある輪切りのレモンを浮かべた冷たい水。これをどうやって飲むのかシャーリィが実演して説明をしてくれる。
「あ、ここから出るの?」
「どうなってるの?」
「これ美味しいの?」
「レモンのいい匂いがします!体にとってもいいですよー!」
お客様より早く飲んで自分の乾きを満たしたシャーリィに笑いながらもきちんと説明をしてくれる。
「こっちは冷たいカモミールティーです!これはえーっと…ドライフルーツです!砂糖を浸けてるので甘くて美味しいです!」
お好きなのどうぞ!とシャーリィが元気に説明を終えた。
他にもアロエもある事を薦めておいてメアリ達にウェルカムドリンクは一人ニ杯まで、ドライフルーツはこちらにある小皿の一枚分だけ食べて良しとアメニティバーの上に貼った注意書きを読み進めながら説明をする。
「こんなにいいの?」
「だから平均的な緑の看板の宿より高いでしょ?サービス料金を含んでるからどうぞ」
「それでもよ…本当にいいの?」
「いいのよ。ここに来てくれたお礼みたいなものよ」
部屋でゆっくり飲んでも食べても良し。それ意外にも受付から離れた場所にラウンジを作り同じ宿泊客と交流する場も作っている。
「…いただくわ」
「どうぞ」
近くのラウンジで座っていただくらしくカップに入れたメアリとエリザはデトックスウォーター。セイラはカモミールティーを、あとはドライフルーツだ。
冷たいお茶などこの国では無く、リリナの住む国ではよくあり暑い季節などに好んで飲むらしい。
「…さっぱりするわ」
「初めて飲む、ほんのりレモンだわ」
デトックスウォーターは概ね好評のようである。
「…悪くはないかも」
意外と言う顔をして冷たいカモミールティーを飲んだセイラはそう言った。
「温かいのもあるからね」
「ええ。ありがとう」
「あ、これ美味しい…」
「え?どれどれ?」
ドライフルーツは飲み物よりも好評だった。甘酸っぱいそれは長期保存も出来、温かいカモミールティーに入れても楽しめる。
サービスを楽しんでもらうと三人はまだお客様が少なくそこまで忙しくないのを見て近況報告をしてくれた。
「何だか最近お客が少なくてね」
「稼ぎは何とかあるけど…」
「何か原因があるかなって思ったら、同じ娼婦仲間の子から聞いたんだけど…」
緑の看板の宿が娼婦を呼ぶサービスを行っているらしい。
「それって良いの?」
「駄目よ。娼館でもないのにそんな事しちゃ…アリヤも知ってるんじゃないの?」
「一応ね。宿を営業する時の禁止事項を学んだけど性的サービスは風紀が乱れるから禁止って…」
「普通に泊まりに来た女性までがそう言う人に勘違いされる心配もあるし」
「とんだ迷惑ね」
普通に休みたいだけなのにそんな風に見られては休めないだろう。宿なら宿のみのサービスを提供すればいいものの。
「何でもね、泊まりに来た客に女の子を呼べるって言って…希望したら別の部屋に待機してる女の子を呼んで、お金を渡して…」
「……でも皆、他のお客様もいるでしょう?」
「別の部屋を用意してるんだって、そう言っても物置みたいな部屋にベッド置いただけみたいな部屋」
しかしそう言う欲があるなら最初から娼館に行くなり娼婦が立っている場所に行けばいいものの、何故わざわざそんな事をするのか。
「それよ。私も何故?って聞いたら…そこで娼婦をしてるの娼婦から追い出されたり住む場所も本当に無い女ばっかりなの」
「そうなの?」
メアリ達が言うには娼館を追い出されるとなると主人の言い付けを守らずお客から勝手に法外な料金を請求したり、他の娼婦に嫌がらせや暴力で従わせて自分の客にしたりとかなり稀だがそう言う素行不良で手に負えないと追い出される娼婦はいるらしい。
他にもメアリ達のように男に頼んで家を借りたり、それも出来ずに家を持たないままにその日生きるのが精一杯と言う娼婦もいる。
「悲しい事に年齢がそれなりの娼婦だと誰にも見向きされなくなるから住む場所も無くなるのよ」
「後は子どもが出来ちゃったり病気したりね」
「そんな訳がある方々が…」
そしてそんな娼婦を呼び寄せてこっそり売春禁止のはずの宿で仕事をさせる。娼婦は一応屋根のある場所で眠れてお金も貰える。宿はその娼婦から売り上げの一部を貰い儲かる。
「……いずれバレるでしょう?」
「その時の言い訳は…“たまたま宿の宿泊者と恋に落ちた”だそうよ」
「…そう言う言い訳は考えてるのね」
「そうそう。私達はそんなのごめんだけどね。稼ぎかなり取られるらしいし」
「もし私達が食べれなくなったらここで雇ってよ」
「勿論よ。掃除でも厨房でも受付でも好きなの選んでね」
そう言ってくれるなら今後安心だよとメアリ達が笑い空になったカップと皿を受け取り部屋でゆっくりすると三人はいつもの部屋に向かった。
「…彼女達は」
メアリ達の姿が見えなくなりロアが尋ねる。
「娼婦だったんですね」
「ええ。そしてこのホテルの最初のお客様」
「そうなのですね。とても、明るい方です」
「…何だか寂しそうね」
「……妻もそうだったんですよ」
「え?」
シャーリィに聞こえないように話すロアの奥様はロアと結婚する前は身寄りも無かったため娼婦として働いていた時期があったそうだ。
「とても、苦労していたそうです…彼女達はとても明るく逞しいですね」
「そうね…大事なお友達もいて良かったわ」
一人だとよっぽど強い心でないと潰れてしまうだろうから。
そう話していると扉が開き新しいお客様がやってくる。一目で分かるこの国の人間では無い、褐色の肌をしたお客様。小さなお子様とそのご両親だろうか。三人も来てくれた。
「…泊まれます?」
「ええ。あちらで受付をお願いいたします」
そう案内するとほっと胸を撫で下ろすようにしてロアから今日泊まれる部屋の説明を受けていた。
彼等が選んだのは一番安い、カプセルホテル風の部屋だ。
「この部屋に…」
「こちらに?」
ロアが私に目配せをする。
「お客様。こちらのお部屋ですが女性専用になっていますので殿方のご宿泊はお断りしているのです」
「…駄目ですか?」
「はい。女性専用としているので旦那様…でしょうか。殿方は男性専用のこちらのお部屋に」
「そうすると…いくらに?」
「ご料金が…」
カプセルホテルに女性一人、男性一人。お子様はまだ小さいためどちらかに添い寝。朝食は聞いたが無しで。
「…こうですね」
料金プランを見せながら計算をして見せるとご両親らしき大人は財布の中身を相談し始めた。
お子様、シャーリィと同じか少し上ぐらいだろうか。ラウンジのソファーに登り遊んでいた。
「……あの」
「はい?」
「ちょっと足りなくて…」
「…あら」
私に財布の中身を見せて来て確かに一泊するには足りない。全然足りないと言う訳ではないがさてどうしたものか。
「足りない、となると」
「お願いします…町の宿が一杯で…他も当たったんですけど門前払いで…」
「城下に行く途中でして…どうかどうか」
大人二人が揃って私に頭を下げる。何でも異国の音楽家で旅をしながら世界を回っているが途中で子どもが体調を崩し治療費でお金が無くなったとか何とか。
「…う~ん…」
「お願いします!本当に!足りない分は必ず払いますので!」
「それは…いつ払えるのでしょうか?」
「……」
黙ってしまった。
もう追い返しましょうかとミアが視線で訴えるが二人が鞄の中を探し何かを差し出す。
「…こちらで…」
「…これは?」
「私達の国の物です…食べ物です」
密封された容器に何か粉が入っている。怪しい物じゃないかと思ったが食べ物らしくこれでどうにかと後は何も持っていないらしい。
商売道具の楽器を取り上げる訳にもいかずにため息を思わず吐いてロアに伝える。
「部屋を用意してあげて」
「よろしいのですか?」
「ただし」
価値が分からない粉を渡されてもこれが足りない分を補えるか分からない。そのため不足している分は可能な時に払いに来るように紙に書かせた。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「でも、次はありませんよ」
「はい!ありがとうございます!」
一番安いプランでの宿泊だ。お子様は男の子のためお父様と添い寝する事を伝える。アメニティバーの案内をすると男の子は遠慮無く食べ始めたのでご両親は私にまた頭を下げた。
部屋に案内して静かになるとミアが私に話す。
「よろしかったんですか?」
「まあ、恩を売っておきましょう」
「不足分を…いつ返しに来るかも分からないじゃないですか?」
「やっぱり甘いかしら?」
「いえ…お優しいです」
「…小さい子どもがいたからね…」
ついシャーリィがここに来た時と重なってしまった。
どんな子でも屋根のある場所で健やかに眠れるのが一番だろうと思ったのだ。
「ところでそれ何でしょうね?」
「何かしらね?この粉…何だか黄色いし」
“それカレー粉じゃない?”
「これがカレー?」
昼休み中のリリナに聞いてみるとこれがリリナの世界にあったカレーの材料らしい。
“アリヤ、自分の顔が入ったカレー配るって言ったけど…カレーってその世界に無いの?”
「無いわ。リリナの世界であなたが食べているのを見て知っただけなの」
野菜が入っていてあまりにも美味しそうに食べていたから。そして泊まっているホテルの女社長のお顔がそのカレーの箱にあり、権威を象徴していたから。
“権威を象徴していたかどうかは…残りの材料集めれば作れそうだね”
「新しいメニューになるかしら」
“なるよ。朝カレーも良し、夜も良し。お子様大人も大満足”
こりゃこのホテルの飯が美味いって有名になるぜ社長。
「…頑張るわ。私、社長だもの!」
そして権威を象徴するようにカレーを配るわ。
あ、でもその粉だけじゃ完成しないから。
先は長いかしら…。




