女の武器
何だか眠れないまま夜が明けた。
頭がうまく回らないままに朝を迎えてスカーレットは朝食を食べながら相変わらず掴めない笑顔で美味しいわねぇと称賛しながら帰る支度をしていた。支度と言っても彼女は殆ど物を持って来ていなかったため朝食を食べて少し部屋で何かをしたかと思うと帰るわねぇと言って挨拶をして出ていこうとしていた。
「ばいばーい」
「ばいばーい。シャーリィちゃん」
「またのお越しを」
「どうかしらねぇ」
でもまた来るかもねぇと笑いながらスカーレットは私に一枚の便箋を差し出す。
「…これは?」
「町に行って物をなめられた時に見せなさい?」
「こちらを?」
「あとこれも」
「え?」
もう一つ何か差し出して来たと思うとそれら袋に詰まったお金だ。目を見開き驚いているとこちらの言葉を遮りスカーレットが話す。
「物置にあった家具」
「え?家具ですか?」
「あれを私に譲ってちょうだい?」
「ですが…割れたり欠けたり」
「知り合いに修理したり中古で販売してる店があるから平気よぉ?ちょっと、壊れているぐらい」
後々回収が来るからよろしくね。とそう言ってあの物置にある家具を買い取ったお金を渡して彼女はさっさと行ってしまった。
「本当に不思議な方ですね」
「何でしょうね?でも…悪い人には感じません」
「綺麗なお姉さまだったよー?」
彼女の事は何も分からないままに便箋とお金を渡されて私に覚悟をきちんとするように、そんな言葉を残していった。
「……ちょっと部屋に戻るわ」
「あ、はいお嬢様…何かお飲み物でもお持ちしましょうか?」
「いいえ。大丈夫よ」
部屋に戻り家から持ってきた少ないドレスとアクセサリーを出す。
本当にお金が無くなってしまったら売ろう売ろうと考えてそれでも自分を下に見る人間ばかりがおり正当な値段はきっとつけてもらえない。
そう言い訳していたが、彼女の言う通りに私は心のどこかでまだこれを着れる機会があるのでは着ける機会があるのでは。
そんな僅かな願いを捨て切れていなかった。
私は経営者になる。
ミアと、ジャス、ロアとシャーリィ。
彼等を雇い不自由の無い生活をきちんと送らせてやるのが私の務めだ。
頬を叩きこれらを全て売りに出す覚悟は出来た。そしていずれは自分で稼いだお金で自分が選んだ最高の物を身に纏おう。
(と言うか…改めて見ると私の趣味じゃないわよね)
全て母が選び元・婚約者が選んだ彼等の好みに合わせた物だ。このドレスにアクセサリー、私の意思など何も無かった。
“で?売ったの?”
「売ったわ」
“そっか…そっかー”
「最初はね…すごく低い値段をつけられたの」
ミアと一緒に売りに出す事にして、町のドレスやアクセサリーを買い取るお店に持ち込むと驚かれたがまあこれぐらいですねと、見せられた値段はやはり低い。あり得ない値段だ。
“どうしたの?それで”
「何だかんだ私もこのドレスのデザインや製作に関わった人の事を知ってるし、アクセサリーに使われた宝石が本物だと言う事を知ってるから一つ一つ説明したわ」
鑑定した男はそれらに黙ったが、それでもここの汚れが傷がと難癖をつけて来たのでここでスカーレットの便箋を出して見せると顔色が変わった。
「思った以上の値段をつけてもらったわ」
“スカーレットって何者なの?”
「それなのよ…私も便箋の中身を見たけど…」
アリヤ・アーバン。彼女は私の友人である。
彼女に対し、正当な対応を見せない場合は私スカーレット・グランヴィアの耳に届く事を肝に銘じるように。
「…そう書いてあって、後は彼女のサインが書かれているだけなのよ」
“…何者?”
「分からない…分からないわ…でも、味方も思っていいのでしょうね?」
“そうだね…?”
良くはしてくれているし。
「それでね…物置にあった使えない家具も引き取ってくれたのよ。すごく屋敷の中が片付いたの」
“やったじゃん!”
「やったわ!」
これでまとまったお金が手に入った。
これでようやく。
「屋敷の修復を始めるわ」
“ついにか…”
「すきま風が吹くのを全部埋める。割れた窓ガラスを元通りにするわ」
“カーテンも新しくしよう。破れているところがあるでしょう?”
「やるわ。全部とにかく」
“部屋が全部整ったらアメニティバーを作ろう”
「ええ……何それ?」
“お風呂も大きくしよう!”
「ど、どうやって?」
“どうやろう?”
「出来る事からやるわ」
“よろしく!”
廃墟だと思われないようにボロボロの屋敷を綺麗にしていく。
部屋の掃除を改めて行いすきま風を埋めて寒くないようにし、割れた窓ガラスは綺麗に取り替えて破れたカーテンは新しい物に変えていく。
足りない部屋の家具を買い足して新たに設置して泊まれる部屋を増やしていく。私達をなめてくるような業者がいれば冷静に対応しあなたを今、雇っているのは私だと真っ直ぐ見つめる。
覚悟が決まったからか意外とそうするとたじろぎ何か小さく文句を言いながら作業を続ける。女に雇われて働くのが嫌なのか、だがそれは仕事には関係ない。よく働いてもらおう。
それでも通じない場合はスカーレットの事を話すと分からない人間もいたが、すぐに彼女を知る同業者が飛んできて私に頭を下げた。
一月程経つと、屋敷は綺麗な姿を取り戻していた。
私はそれらを完成させてくれた彼等に大きな拍手を与えて少し色をつけて料金を渡した。
「お嬢様…よろしいんですか?」
「きちんと仕事をしたお礼よ」
「ですけど…」
「彼等も分かったでしょう?ここにきちんと支払える能力がある女がいること、そして自分達の仕事を想像以上に評価をしたことを」
貴族の中には難癖をつけて支払いをしない者もいるのだ。こんな素晴らしい建築に携われた事が何よりの報酬だろうと言っているのを私も見たことがある。
そんな事を決して私はしない。ここに自分達を仕事を評価する元・貴族がいることを彼等は世間話にでもするかもしれない。
そうすれば私の評判も上がるだろう。
「…流石です!お嬢様!」
「さて…次は」
「何をなさるんですか?」
「アメニティバーを作るわ」
「何ですか?それ」
リリナから教わったのだ。
ビジネスホテルにたまにある。ご自由にお持ち下さいの物がずらりと並んだサービスらしい。
飲み物や美容に関する物などが中心らしい。
「お姫様~出来た~!」
「出来たのね~ありがとう~」
ロアとシャーリィが持って来たのはいつものカモミールティーと新しく取れた庭のレモンと市場で買ったフルーツを使った砂糖漬けのドライフルーツだ。シャーリィに味見をお願いするととても美味しそうに食べて二つ目に手を伸ばしていた。
「またカモミールティーは小分けにして部屋に置きます?」
「お持ち帰り用にそうするとのと…一階にこれを置くわ」
台所近くに皆を呼んである物を見せる。大きなガラスで作った容器を見て、三人はこれは?と言う顔をした。
「ドリンクサーバーよ」
「…どりんく」
「さーばー?」
町のガラス職人に頼んで作ってもらったのだ。リリナからこう言う作りだと言うのを教えてもらいながら職人と試行錯誤をして作ったそれは大きなガラスの容器の下に何かが付いている。
「どういう事です?」
「見ててね」
上の部分を空けて水を注ぎ込む。そしてカップを下の突起物の下に用意して突起物の上の部分を捻るとそこから水が出てくるのだ。
「出た!」
「え?すごいですね!」
「なにこれー!」
「ね!すごいでしょう!」
この突起物を真ん中に捻ると入り口が空いて中に入れた飲み物が出てくるが右に捻ると閉じて流れが止まる。ガラス職人とは何度も出来るかと怒られて、かなり年配の男性だったが最終的に完成した時は新たなガラス製品の誕生を喜んで感謝された。
「これを設置するわ。温かい飲み物は危ないから入れられないけど…冷たい飲み物を入れて泊まりに来たお客様へのウェルカムドリンクとするの」
「素敵ですね!」
「こんな風に迎えられたら嬉しいですね」
ミアとロアもその仕組みに感心しながら試していた。シャーリィも手軽に飲み物を出せるそれを面白がっており何度も試そうとしている。
「アリヤ様。温かい飲み物は入れられないと言っていましたし…中にはお水だけを入れる予定で?」
「味気ないから…輪切りにしたレモンを入れようと思うのよ。デトックスウォーターって言うらしいわ?」
「へぇ?町で流行ってるんですか?」
「…いいえ…今考えたわ」
「流石お嬢様!」
リリナの世界にあるらしい。それが一体どんな効果をもたらすのか疑問だが体に悪いことは起きないし味の無い水よりは爽やかな香りがする方が良いだろうと言う結論だ。
後は…。
「もう一つ頼んであるのよ。同じ物を」
飲み物一つだけだと味気ないからと思い二つ並べる予定だ。
「カモミールティーを作って…冷ましたのを入れようと思うのよ」
「温かい飲み物をわざわざ冷ますんですか?」
「温かい方も勿論用意するけど…冷たい物だとそのまま置いておけばいいから楽なのよ。温かいのはいちいち火にかけないといけないし…」
「受け入れられますかね?」
「そこなのよね…でもまずはやってみましょう。本当に不評ならまた中身を変えましょう」
「そうですね。やりましょう!」
ウェルカムドリンクはこれで決まりだ。
「それとこれね…」
「ドライフルーツですね」
「これも自由に食べていいことにするわ」
「取りすぎが出ませんかね…?」
「だからこのご自由にどうぞのコーナーはホテルの受付近くに設置するわ。そこから見て明らかに取り過ぎているお客様がいたら注意する」
「ウェルカムドリンクは一杯まで…ドライフルーツは小皿一枚分までと制限をつけますか?」
「そうね。初めからそうしましょう」
中身が見えるようにドライフルーツ、こちらもガラスの器に入れる。
他に置くのはリリナが薦めているアロエ。収穫して皮を切って中のどろどろしたのを瓶に詰め込みこれは美容に使って良しと瓶と、傷の治療に使う用のに分けて二つ置く。
「リボンつけよ」
「リボン着けるの?」
「うん」
「そうね。分かりやすくしましょ」
美容に使って良しのアロエ瓶はピンク色のリボンを巻いて、傷の治療に使う用のアロエ瓶は青いリボンを巻いておこう。
「…こんなものかしらね」
「改めて見るとなかなかサービスが多いですね」
「確かに宿で寝る時の服や無料で飲めるものを提供するのは無いですからね」
「その分上げているからね。宿泊費」
準備は整った。
後はこれだけだ。
「…それじゃ…行ってくるわね!」
「行ってらっしゃいませ!お嬢様!」
「頑張って下さい!アリヤ様!」
「がんばれー!」
二回目の営業許可の申請だ。
前回は笑われ断れたが今回は引かない。何なら許可が下りるまで居座ってやると背中に応援を受けながら出て行くと驚いた。
「……スカーレット様?」
「久しぶりねぇ」
まるで私が今日営業許可を貰いに行くのを知っているかのように現れて屋敷を見つめた。
「綺麗になってるわねぇ」
「はい。割れた窓も無いすきま風も吹かないように修繕しました」
「やるわねぇ」
「…スカーレット様のお力添えがあっての事です」
「そうよねぇ」
「…スカーレット様。あなたは本当に…」
何者なんですか?と聞く前に彼女は私の手を取り町へ向かう。
「さ、行きましょう」
領主の元に着くと営業許可を申請に来た事にやはり何とも怪訝な表情でこちらを見て一応通してくれるは通してくれる。前回と違うのは一人ではなくもう一人いると言う事だ。すれ違う人が私を見て覚えている人間や知ってる人間はため息を吐いたり笑いを浮かべていたが、スカーレットを見ると驚いていた。
「一人で行けるぅ?」
「ええ。まずは話してみます」
「それが良いわぁ」
領主に二回目の営業許可を申し出る。
緑の宿で平民も泊まれる宿にする事。現在は私とミアだけではなく他にも宿を経営するには十分な経験を積んだ者がいる事。
料金の設定や宿の部屋の長所を積極的に話し、予定とした売り上げでいけばきちんと宿として営業を開始出来たら町へ納める税金も十分な賄えると話すが、領主は変わらない。
貴族の、いや、元貴族のお遊びで宿など開かれてもたかが知れています。あなたは確かにとても歴史のある高級ホテルの経営する御家でしたが後継者でもない存在だったあなたがそんな事を出来るとは私には思えません。
お言葉ですが、兄と同じ様にホテルの経営を出来るように学んで来たと自負しております。何度か人を泊めて意見も聞いて来ました。見てもいないのに決めつけるのは止めていただきたい。
ですが、アリヤ嬢?
あなたはいずれどこぞの家に嫁ぐ事になるでしょう?子どもも産むかもしれない。いや、女性ならそうなるべきです。そしたらそのホテルはどうします?あなたは家庭と仕事の両立、ましてや経営なんてあまりにも難しい。
先ほどから申しております。決めつけないでいただきたい。仮にそうだとしても私がいなければ成り立たない環境にしようだなんて思っておりません。
無理です無理です。アリヤ嬢。せめてもう一人おりませんと。
そんな風におっしゃって結局失敗した時、経営が上手くいかなくてもお金はかかります。それをどう用意するんです?そのために女性が何か始める時は夫など保証人を立てるんですよ?上手くいなかったから支払いは待って下さいなんてあなたにだけ、そんな甘い事を出来ないでしょう?
保証人を立てるのは確かに申請する時に有利ですが私が調べたところ、必ず必要ではないはずですよ。任意です。なら私一人でも問題ないはずです。
アリヤ嬢。いい加減にして下さ…。
「じゃあ私が保証人でいいでしょう?」
「え?」
「あ、スカーレット様」
「え?え?スカーレット…?」
「領主様?構わないでしょお?」
「スカーレット様?え?私の保証人に?」
「えぇ。私、実はすごい稼いでるのよぉ?」
部屋の前で控えていたスカーレットが突然現れて明らかに領主が狼狽えている。
「あ、アリヤ嬢?えと…スカーレット…とはお知り合いで?」
「ええ…彼女は…」
「アリヤのホテルに泊まってみたのよぉ?初めはボロ屋敷かと思ったけどなかなか面白いし、今はボロから改善されてるわぁ?」
「スカーレット様のお力添えがあっての事ですね」
「宿としては申し分無いぐらいになってるわぁ?ねぇ?構わないでしょお?」
「えと…その…」
「領主様?ここであなたが認めてくれたら…この町に女経営者がいる…それゆ認めた素晴らしい領主てしてあなたの評判は上がるわぁ?」
だから、いいわねよ?
私の用意した営業許可書の欄にスカーレットが保証人としてすらすらとサインをしていく。それを領主に付き出して後はあなたのサインだけと圧をかけると領主は魂が抜かれたような顔をして営業許可をした。
「…ありがとうございます!領主様!」
「ありがとうございますねぇ素敵なあなた」
求めていた物を受け取り許可書を持って足取り軽く領主の家を出た。来た時の顔つきとはまったく違うそれにすれ違う人間が驚いていた。
「許可貰ったわー!!」
「やったわーー!」
「スカーレット様!ありがとうございます!」
「私は名前を貸しただけだからねぇ?後はあなた次第よぉ」
「…ところでそろそろ教えてくれませんか?」
「私の事ぉ?」
「……はい」
「でも、あなた薄々感づいているんじゃない?」
「……正解かどうか本人の口から聞くまで言わないようにしてるんです」
「言ってみてぇ?」
「…スカーレット様は」
気品はあるが、貴族とは違い少々露出があるドレス。男が彼女に向ける熱っぽい視線。そして領主の前で見せた男を転がすような視線の動きと振る舞い。そしてメアリ達と同じ雰囲気を感じた。
「娼婦、でしょうか。しかも恐らくかなり高級の」
「そうよぉ?町で一番の高級娼館の中でも最高の女なの」
「そんな私が手に届かない方が何故?」
「同じ娼館の子からの話を聞いたのよぉ?私達みたいな立場でも受け入れる宿があるって」
「…メアリ達ですか?」
「名前は知らないわぁ?噂を聞いただけで、それで来たみたら何だか面白い事を考えているんだものぉ」
「それだけで…私に協力を?」
「それだけでもないわねぇ。あの男が言ってたでしょ?」
女は男と結婚して家庭に入る。それが当然の世界でそれを選ばない。
「婚約破棄されてますから」
「それでも他の男と結婚しようって言う事をしなかった。自分の足で立とうとしてるのが面白いのよぉ?」
「面白い、ですか」
「女が経営出来る。その例をあなたが作れば女の人生の選択肢は広がるわぁ」
「…頑張ります。スカーレット様のお力添え、決して無駄にしません」
「えぇ。勿論そうして、ところで宿の名前は?」
「あ、ハイパークラスホテル・ドーミーアリヤです!」
「……もう一度考え直しなさい」




