温い覚悟はいらない
掴めない雰囲気。気だるげな雰囲気。どこか浮世離れしていて目が離せないそんな女性だ。
「改めて、私はスカーレットよぉ」
間延びした、特徴的な話し方。
スカーレット・グランヴィアと言うらしい。
こちらが私が作っているホテルですと案内すると初めは窓が割れている所もあり、柵は壊れて布でそこを目隠ししている部分に思わず笑ってしまったと彼女は言う。
「広いわねぇ」
「ええ…部屋もそれなりにあります」
「ぜぇんぶお泊まり出来る部屋にするのぉ?」
「一部は従業員の部屋になっているので…今は五階は泊まれないようにしようかと」
「ふぅん」
私達が朝食を食べ終えた後にやって来た彼女は屋敷を隅から隅まで見て周り、あれこれと質問し始める。ミアは食後の片付け、ロアはシャーリィを連れて町へ買い出しだ。ちなみロアに預けたお金でこの家のお金はもう尽きる。いよいよ私物を売り出す時だろうか。とは言え相手を見て値段をつけるであろうから安く買われるかもしれない。
「結構古いのぉ?」
「祖父母が建てたのは…二十年程前ですね」
「思っているより経ってないわねぇ?なのにボロボロねぇ?」
「家主がいなくなってから放置されて…柵の外から悪戯する者もいたそうで」
「だから割れた窓もあるのねぇ」
あっちには何があるの?と私を置いて台所に行くと朝食の片付けをしているミアと出くわしミアは驚いていたが、スカーレットは驚く様子も無く挨拶をした。
「メイドさん?」
「え、えぇ…ミアと申します」
「スカーレットよぉ。今日はお世話になるわぁ?」
「は、はい」
「あら?それなあに?」
「これは…マヨネーズと言って卵と油で作った調味料です。野菜と合わせると美味しくて…」
説明を大体聞くとスカーレットは指でマヨネーズを掬い口に運ぶ。
堪能するように飲み込むと息を吐いて美味しいわねえと笑っていた。
「…明日の朝、朝食に出しますので…」
「ありがとうねぇ?でも夕飯はどうすればいいのお?」
「…ちょっと待ってていただけます?」
一度離れてミアと話す。
確かに来るとは言っていたがまさか本当に来るとは思わずいたため、朝食はともかく夕食はどうするか。
私の分を無くしていいから出してあげてと提案するがミアはそれなら私が出しますと押し問答しているとロアとシャーリィが帰って来た声がしてスカーレットと鉢合わせになっている。
慌てて戻ると突然の来客にとりあえず挨拶をしているロアと、ふらついたカーテシーをしているシャーリィにスカーレットが優雅なカーテシーを返していた。
「おかえり!ロア、シャーリィ!」
「ただいま戻りましたアリヤ様」
「こちらはスカーレット・グランヴィア様。今日こちらに泊まられるお客様よ」
「お客様ですね!えっとお部屋はどちらに?」
「どんなお部屋があるのぉ?」
「私が案内しますので…」
「分かったわぁ」
「…申し訳ございませんスカーレット様…その前に」
買い出しに言っていたロアが明らかに預けたお金で買える量を越えた食べ物を持っている。両手で何とか持っている状態で何事だろうか。
「ロア?それ…どうしたの?」
「アリヤ様…それが…すみません一旦置いてもよろしいですか?」
「そ、そうね」
「手伝いますわミスター?」
スカーレットがロアの持ち物を一つ持ち上げてお客様に持たせるわけにはいかずに彼女からそれを譲って貰い台所に置く。
ミアがその食べ物の量に目を見開いて驚いていた。
「あのレストランにフルーツ飴の作り方を教えたと…メイド長がおっしゃっていたじゃないですか?」
今日市場に来ていた時にシャーリィを見つけて走ってきたそうだ。
「えぇ…レシピのお礼にリネン類を貰ったわね」
「それが想像以上に評判が良いみたいでレストランの売り上げが上がったそうです」
「え?そんなに?」
「その売り上げの一部をくれたんですよ。リネン類の件もあるし…そこまでお世話になるかと迷ったのですが…」
ホテルの状況を考えて受け取りたくさん食料を買い込む事にしたと言う。
「…私の独断です」
「…すごくタイミングが良いわ」
「え?」
「ロア。ありがとう」
「え、よろしかったんですか…?」
「えぇ。とても」
スカーレットには夕飯もご馳走する事が出来そうだ。
泊まる部屋をどうするか決めて貰うためにまずは一人部屋を案内する。
メアリ達が気に入っている部屋をスカーレットは隅から隅まで見ている。
「素敵な部屋ねぇ」
「いかがですか?」
「異国の物かしら?寝具も…あらぁ?」
ベッドの上に置かれた他国のドレス。洗濯をしてようやく使えるようになり窮屈な作りでないため寝る時用にとベッドに置いていたのを興味深げに見ている。
「これは?」
「他国のドレスで…祖母が恐らく購入したのだと思います。この国の物と違い楽な服なので…ネグリジェ代わりにしようと」
「泊まった人は使って良いってことぉ?」
「そうですね。そうしようかと」
「あらぁ?引き出しにあるのは?」
「あ、自家製のカモミールティーです」
「飲んでも良いってことぉ?」
「ええ。飲まずにお土産としても持ち帰っても平気です」
「ふーん…」
「いかがです?この部屋に泊まり…」
「他にも見たいわ」
どんな部屋か案内して頂戴。
丁寧にドレスを戻し何とも考えている事が分からない不思議な笑顔で他の部屋の案内を促す。
「…分かりました…」
次に案内したのは子どもも泊まれる部屋だ。
彼女にはどう移るかと思いながらここは一人で泊まる部屋と言うよりは見ての通り、ぬいぐるみや玩具が揃ったこども部屋。小さなお子さまが楽しめるようにと作った部屋だと説明する。
「へぇー」
ぬいぐるみを眺めてパッチワークの寝具に包まれたベッドに横になり部屋を眺める。
「小さい子」
「え?」
「あの小さい女の子はここで遊んでるの?」
「シャーリィですか?いいえ…一度泊まった事はありますが、今はお父様と一緒に五階の従業員の部屋にいるので」
一応部屋にはこの部屋と同じぬいぐるみを作り与えている。
「あんな小さい子がいても仕事が出来るのねぇ」
「今ここにいる大人達で面倒を見てますから…後は頼もしい騎士がおりまして」
「騎士?」
「ジャスと言う白い犬がいるんです。彼はとても優秀で誰か来たら吠えて…」
「へぇー」
そう言えばスカーレットが来てもジャスは吠えていない。庭でのんびりしていても屋敷の住人以外がくれば吠えるはずだ。メアリ達や顔を知っている外の人間ならまだしも、まったくの初対面のスカーレットに何も警戒していない。
「…スカーレット様は吠えられていない…ですね」
「警戒する必要が無いって事かしらぁ?私、何かしてやろうって思って来てないものねぇ?」
だとしたらとっても良い子。お客様かそうでないかちゃあんと分かってるって事よね。
スカーレットはそう言って笑う。
「他の部屋は?」
「あ、こちらに…」
この部屋も泊まるのは無しなのか、後はあと出来たばかりの三人部屋だ。
部屋を開けるとベッドが仕切りで区切られている事に首を傾げている。
「これは?」
「三人まで泊まれる部屋になってます。他の部屋より安く泊まれるようにしてますが、他人同士で同じ部屋になるので仕切りを作り見えないように配慮しています」
「あらぁ?町の宿屋はそんな事しないわよねぇ?」
「えぇ。ですが…寝顔を見られたり着替えやそう言ったのを気にしないように考えたのです」
「へぇ~?」
仕切りで囲ったベッドを見て周り棚の中にある一人部屋と同じようにサービスで置いているカモミールティーや少しでも華やかになるよに置かれた花瓶に生けた花。最近補修が終わったばかりの少々年期が入ったリネン類。
「……」
「大事な物は金庫に入れて保管を…」
「この部屋に泊まるわぁ」
「…え?」
「三人部屋を一人で利用しても?ベッドは真ん中だけを使うわぁ」
「一人部屋でなくてもよろしいのですか?」
「こっちの方が好きよぉ?人がいる方が好きなの」
「左様で…そうしましたらこの部屋で…」
「それでねぇ?今回だけでいいからお願いしたい事があるのよぉ?」
「な、何か?」
「あなたとあのメイドさんにもこの部屋に泊まってほしいわぁ?」
「私とミアを?」
「そうよぉ?お話ししたいわぁ?」
思いもよらないお願いに一度待つように伝えミアを探す。
掃除をしていたミアにスカーレットのお願いを伝えると目を丸くして何で?と疑問に思いながらもミアは構わないと言って私も不思議な雰囲気の女性だが何かしてやろうと言う感じは見られずに了承する事にした。
それをスカーレットに伝えると彼女は一層笑みを深くして頷いた。
「スカーレット様は?」
「屋敷を見たいって…五階は行かないで後は自由に見ていいって言ってあるから」
「…何でしょうね?」
「何かかしらねぇ?」
本当に何者なんだろうか。彼女は。
独特な喋り方だが所作はとても綺麗だ。どこかの貴族の生まれ、となるとこんな風に一人でふらふらしているのは疑問だ。
初めて出会ったレストランもあれは平民がよく利用するレストランだと言っているし、そうすれば身分は平民だろう。しかし身に付けているドレスや宝飾品。これもまた平民が身に付けるには豪華過ぎる。
「お姫様ー」
「んー?シャーリィちゃんどうしたの?」
「お姉さまが物置見たいって」
「…御姉様?」
「お客さま!お姉さまって呼んでって言われた」
「…どんな呼び方を」
「シャーリィ嬢。私が行きますよ。今“お姉さま”は物置の部屋の前に?」
「うん」
「シャーリィ嬢。返事は“はい”ですよ」
「はい!」
「とても上手です。お嬢様、物置の中をお見せしても…」
「構わないわ」
それでは私はお客様の所へ参りますね。
ミアに対応を任せて私はシャーリィの読み書きの勉強のため少し庭に出る事にした。ジャスを呼んですっかりシャーリィ専用のクッションのようになったジャスを撫でながらシャーリィに文字を教える。
教えてみて分かったが、ロアとシャーリィと覚えが早い。恐らく環境のせいで覚えられなかっただけで教える環境を整えれば二人はすぐに出来るようになるだろう。
シャーリィは相変わらず自分オリジナルの物語を作っていた。
夕飯の時間になり屋敷を隈無く見ていたスカーレットを案内し食卓に座って貰う。
お客様には少し豪華にロアが買って来た食材で作った料理を出す。
「まあアスパラが」
「アスパラを肉で巻いた物です」
「あらぁ?こちらは?」
「じゃがいもを卵でとじたオムレツです」
「あらあら?魚がパンに…」
「サンドウィッチにしました」
「面白いわねぇ」
「お口に合えばいいのですが」
「あなた達も食べて?」
「お客様と一緒の食卓では…」
「じゃあお客様からのお願いよぉ。一緒に食べて」
「……」
彼女が食べ終わってから私達も食卓に着く予定だったが予定変更だ。お客様に言われてはそうするしかない。
「それでは…召し上がれ?」
「はーい!」
「シャーリィ。ご飯の時は静かに」
「はい!」
「あらぁ。良いお返事ねぇ」
屋敷の皆と食卓に着く。
これは何かとスカーレットが聞かれながらゆっくり説明して食事を進める。リリナから聞いたレシピを再現した物が多く、私も初めは何なんだろうかと思いながらもこれが美味しいものだ。
「美味しいわねぇ」
「ありがとうございます」
「でもお肉が足りないわねぇ」
「…そこは金銭的な面で」
「でも頑張ってるわねぇ」
「ありがとうございます…」
夕飯を食べ終えると片付けをしているとシャーリィがスカーレットの膝に乗って何か話していた。
「シャーリィ。お客様の迷惑になるような事を」
「いいのよぉ?この子の話すおとぎ話面白いわねぇ?」
ロアが注意をしようとしたがスカーレットが止めてシャーリィが覚えたてのおとぎ話を彼女に伝えている。何で桃が川から流れてくるの?と不思議なその話に驚きながらも膝に乗ったシャーリィを抱き締めながら面白く聞いていた。
お腹が膨れたシャーリィが眠くなったところでロアに休むように伝えてスカーレットの膝から父親の腕の中に移動したシャーリィは小さくスカーレットに手を振り別れた。
「部屋に体を洗うお湯を用意しますね」
「バスタブは使えないのぉ?」
「ありますけど…バスタブ一杯に貯められるほど人手がいなくて使えないんです」
「なるほどねぇ」
申し訳ないが桶に入れたお湯で体を洗ってもらい部屋で休んで貰う事にした。
屋敷を本当に隅から隅まで見ていたらしくバスタブがある事も把握している。
「…私達も寝る準備が出来たら彼女の部屋に行きましょうか」
「カモミールティーを用意しましょう」
「そうね。お願い」
一日を終えてスカーレットの要望通りに同じ部屋で寝る事になったが、どんな感じだろう。
思い出してみれば私はずっと一人で寝ていた。物心ついた頃から当たり前のようにそうしており誰かが側で寝息を立てていると言う夜は初めてだ。
「スカーレット様」
「あらぁ」
施錠をしていないらしくドアノブを捻ると開いてしまった。
「鍵をしていないんですか?」
「だってあなた達が来るでしょう?」
「施錠をした方がいいですよ。何かあったら遅いのですから」
「そうねぇ」
分かっているのか分かっていないのか。
仕切りの布を開けて、真ん中のベッドで髪を梳かしながら貸出用のドレスを着ている。ゆったりとした異国のドレスがよく似合っており褒めると笑顔で返される。
「ねぇシャーリィちゃんよね?小さい子」
「えぇ。シャーリィちゃんです」
「あの子は大きくなったらここで働くのぉ?」
「どうでしょう?今はお父様のロアがここで働いているのでお手伝いはしてもらってますが…」
「違うのぉ?」
「彼女はこれから大きくなります。ロアも学校に通わせたいと言っていますし…勉強して何か本人がこれをしたいと言うのが見つかればそれが一番です」
「女の子でしょ?あの子はかわいい。素敵な殿方と結婚して子どもを産んで家庭に入る…そうじゃなくてぇ?」
「それも本人が幸せであれば選択肢の一つと思っています。でもそうじゃなく、周りがそうした方がいいと促し本人がこれが幸せかと思うような道ではなく…自分自身をどんな人間か理解して、周りが驚いても後悔が無い道を選べばと思います」
勉強するのは視野を広げて選択肢をたくさん見つける手段と思い、学んでほしい。
「失礼します。お嬢様、スカーレット様」
話しているとこの部屋に眠る三人目。ミアがカモミールティーを持ってやって来た。
「スカーレット様。寝る前にいかがですか?」
「いただくわぁ」
「お嬢様も」
「ありがとう」
温かいカモミールティーを一口飲んで体を温める。
「…アリヤは」
「はい?」
「人を見るのね」
「はい…?」
「私の身分を聞かなかった。あなたは高い身分の出身でしょう?立ち振舞いで分かるわ」
「……」
「貴族は平民に接する時は精々慈善活動の時よ。それ以外はベッドを共にする時」
「…私は」
仕切りの布を下ろしてお互いまったく姿が見えない状態でスカーレットが話す。間延びした話し方ではなくはっきりとした喋りだ。
「あなたが宿を経営して、身分も関係無く誰でも泊まれるようになんて…きっと貴族が自分の評判を上げるためのお遊びの宿と思っていたわ」
「貴族は貴族です。ですが、今はそうではありません。ただのアリヤ・アーバンと言う一人の女です」
「そうよね。確信したわ。私が何者かも聞かないし、屋敷はボロボロ。貴族ならお金を払ってさっさと直すはずなのに」
「言ったじゃないですか。ギリギリなんですよ」
「でしょうね。働いているのもあなた含めて三人。後は小さな女の子にお犬さん」
「……スカーレット様」
「なぁに?」
「私は本当に宿を…ホテルを経営したいのです。遠い世界には身分関係無く泊まれる素晴らしいホテルがあります。私は平民でも貴族でも王族でも同じ景色を体験出来るような時間を与えたいのです」
「途方もないわね」
「ただ寝るための空間ではなく、サービスを…ここに来て良かったと思える空間を作りたいのです」
「まだまだね」
「……どれだけそれは険しいでしょうか」
「険しいも何も覚悟しなさい」
隣のベッドから顔を出して私を見つめてそう言った。ここに来てから見ていた笑顔ではなく、真剣な顔で。
「売れる物は全部売りなさい。資金を作りなさい。今ただのボロ屋敷よ。そんな場所にまた来たいなんて想いは宿らないわ」
「あ…」
「私も売れる物を全て売って身を捧げて生きているわ。あなたはまだ貴族のお嬢様。覚悟が足りない」
ドレスを売れ。アクセサリーも全て売りなさい。お金が無いお金が無いから直せない。それならいつまで経っても夢物語を方って終わる。
「……私は」
「覚悟が決まったら、また泊まりに来るわぁ?」
そう言ってスカーレットはまた心が読めない笑みに戻りベッドに沈み込む。
側で聞いていたミアが音を立てないようにこちらを覗き込んで私に大丈夫かと聞いたが頷く事しか出来ずにいた。
ベッドではもうスカーレットの寝息が聞こえる。




