気だるげな婦人
町の外れにあるそのレストランは可愛らしい外観のレストランだった。
扉を開けるとベルがなり、ミアがまず顔を出すと体格のいい、お髭を生やした男性が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。待っていましたよ」
「お招きいただきありがとうございます」
「とんでもない。お世話になっていたのはこちらなんだから」
ミアとは既に顔見知りの仲の男性がこの店の店主。ゼリアさんと言うらしい。
「ゼリア様。本日はありがとうございます」
「ミアさんから話は聞いていました。大変でしょう」
ミアに続いて後ろにいる私達にも挨拶をしてくれる。話を聞いていたと言う彼は私の短い髪を見て少し驚いた後に何とも人の良さそうな笑顔で迎えてくれた。交わした握手は厚い、職人の手の平だ。
「四人ですよね。ミアさんと…アリヤ、お嬢様?」
「アリヤで結構です」
「では…アリヤさんと、こちらの男性が」
「従業員のロアと言います」
「シャーリィです。五歳です!」
「はい。上手な挨拶だね」
窓際の席に案内され、その窓からはレストランの庭が見える。夕方で少し見えづらいが花が咲いているのが分かる。
そしてレストランの中は温かい雰囲気が漂っている。家族連れが多いのか、子どもの声が響きインテリアに使われているのはぬいぐるみや陶器で作られた人形だ。
「素敵なレストランね」
「ご家族で経営されているんですって」
「良かった…子どもがいても大丈夫そう」
「ごはーん」
「はいはい」
シャーリィはお腹を空かせておりメニューを開いていた。さて、どこまで読めるだろうか。
「さん、ど、いち…」
「そう。サンドウィッチ」
「えと…やさい?の…」
「野菜のスープね」
ロアとシャーリィは少しずつだが読み書きが出来ている。簡単な文章や単語なら読めるようになり今こうしてメニューを拙いながらに理解出来るようになり成果が出ていた。
「…読めるって…いいですね」
「いい?」
「…何だか広がるんですよ。分かるものが」
「楽しい?嬉しい?」
「楽しいし嬉しいです」
半ば諦めていた理解をここに来て出来るようなったのが嬉しいとロアは語る。
「シャーリィにも…これから知識を身に付けてもらいたいです」
「そうね。知識は力よ」
「アリヤ様には本当に感謝を」
「あなたがきちんと能力がある人間だからよ。当然の事よ」
メニューで文字を読む練習をしつつ注文する。パンと野菜のスープ。ミートパイを注文し文字の読めるようなメニューを見つめながら呟くロアにミアはシャーリィを飽きさせないように手遊びをして遊んでいた。
「…いい店ね」
子どもの声が響いても気になる事は無い。店内を温かく照らす明かりに忙しそうだが優しい店主。
「お待たせしました」
レストランの中を見ていると料理が運ばれて来る。運んできたのは店主の奥様だと言う。ふっくらとした体格の方ではきはきとした喋り方のとても素敵な女性だ。
「ありがとうございます」
「わ、とても美味しいですね」
「ごはーん」
「ご飯だよ」
湯気が立つ野菜のスープ。平民にはお馴染みの少し固めのパン。ミートパイはこのレストランの名物らしく見るからに美味しそうである。
「どうぞごゆっくり」
奥様に促されて食事を始める。シャーリィにはロアが小さく切り分けて与えている。まだまだカトラリーの使い方を勉強中の彼女は危ない手つきで口一杯に頬張り幸せそうだ。
ロアも彼女を見ながら少しずつ口に運んで噛み締めるように食べている。
「…いただきます」
パンを一口の大きさに千切ると、中には何か入っている。
「これは?」
「ああ胡桃を入れているんですよ」
「へえ…」
木の実が入っているのは初めてだ。食べてみるととても美味しい。家にいた頃は白い柔らかいパンばかりを食べていたがここに来て黒いパンを食べてみると私はこちらの方が好きな味だ。
「美味しいわ。とても」
「そうでしょう?」
「料理は店主が?」
「旦那とあたし、二人でやってますよ」
「お二人で?」
「ずっと二人で」
体の中を温めるスープを飲みながら奥様はレストランの話を聞かせてくれた。町の外れにあるレストランは店主の両親の家で、両親が亡くなってから夫婦二人で経営しているらしい。
町の中心地のレストランで修行中のご子息がいるらしく、ここを継ぐか継がないかは本人の意思に任せているらしい。
「レストランでお勉強されているのではいずれは継ぐ意志があってそうされているのでは?」
「今はそうかもしれないけど、変わるかもしれないし本人の人生だからそこは自由に決めるといいって言ってるの」
「そうなのね…」
家を継ぐのは当たり前の事だと思っていた。
私の両親も兄に家の事を任せるように教育をして、周りの殿方は皆そうだった。
どこでも同じ、かと思っていたが…ここに本人の自由を尊重する方もいるのか。
「お嬢さんは」
「え?私ですか?」
「経営を目指してるんでしょう?」
「まだまだ課題は山積みですが…」
「女が経営するのは難しいでしょう?この店も、旦那の名義だよ」
「…そうですよね。私も営業許可を貰おうとした時に女に経営は出来ない。結婚でもして男を店の責任者にしろと…」
「女は家庭に入るから、長く働けないと思ってるんだよ。町もそんな短い間しか営業しなさそうならろくに町に税金も発展ももたらさないと思ってる」
「難しい問題です。ですが…私がこの町を変える、国を変える。そこまで大それた事を成し遂げようとは思いませんが出来ると言う一例を作りたいのです」
「それは良いよ!そうなれば周囲の見方も変わるだろうし!頑張んなよお嬢さん!」
背中を叩かれて噎せそうになってしまった。ミアが慌てていたがここまで豪快に扱われると新鮮で面白い。
周りが無理だと言う事を頑張れと言って応援する存在も確かにいるのだと言う事が痛い程に分かり、嬉しい。
家族連れが減り夜が深くなってくると食べに来る客も変わる。美味しい食事が終わり最後に飲み物を貰い寛いでいると髪を触れる感覚に振り向いた。
「あらぁ?」
振り向くと長い金髪の、美しく気だるげな雰囲気の女性がいた。
「な、何か?」
ミアも振り向き何か言おうとしたが制止する。このレストランで揉め事は避けたい。
「どうしてあなた…こんな髪が短いの?」
特に馬鹿にする様子は無く、心底不思議そうな声で聞いている。
「…決意の表れですかね」
「決意?」
「…私、経営者を目指しているんです」
「経営者ぁ?何のぉ?」
首を傾げて尋ねる。これまた不思議そうに。
「ホテル、宿です」
「宿?」
「そうです。亡くなった祖父母が住んでいた屋敷を譲り受けてそこを今泊まれるように準備をしているんです」
「そうなのぉ?」
椅子の背もたれに頬杖をついて興味があるのか無いのか分からない様子で聞いている。
「でも女だと無理よねぇ?」
「…確かに営業許可は出ていませんが。それではいそうですかと引き下がる気は無いです」
「ふーん?」
「課題は山積みですが、私はいずれ身分に関係の無いホテルを作りたいのです」
「関係の無い…?」
「誰でも泊まれる、泊まった人に癒しを与えるホテルです」
「……面白い考えするのねー?」
気だるげな婦人はそう言って笑い背を向けた。
不思議な方だと思いながらカップの中身を飲み干す。
「それじゃあ…帰りましょうか?」
「そうですね」
「美味しかったですね」
「お腹いっぱい!」
帰り際に今まで買い取ってくれたお礼とオレンジとグミのコンポートをレストランの夫婦に渡す。
こちらが世話になっていたのにと受け取るのを恐縮していたがそれでも何か渡さずにはいられないため受け取って貰い改めて礼を言って頭を下げた。
「ねぇ」
「…はい?」
扉に手をかけたところで先程の気だるげな婦人にまた声をかけられた。初めは座っていて分からなかったが彼女は、とても、何と言うか、豊満な体つきをしていた。
「今度行ってみてもいい?」
「…ええ。勿論どうぞ」
素性が知れないが興味を持ってくれているのなら受け入れておこう。
今度がいつになるか分からないが彼女に屋敷の場所を教えて別れた。
「不思議な人だったわ」
レストランから帰り各々のんびり過ごしている中で私は自室でリリナと話していた。
“怪しい人ではなかった?”
「いいえ。私の話に興味がある…本当にそんな感じだったわね」
“まあもし、招いてこの人はちょっと…ってなったら出禁にすればいいよ”
「出禁?」
“出入り禁止”
「そこまで……でも今後そう言う人が出てくる可能性は無くはないのよね」
“そうそう。他のお客様に迷惑行為をしたとか、物を盗んだとかしかたら即出禁だよ”
「禁止事項を作らないとね」
“うん。書いてないとか聞いてないとか言われないようにしよう”
「皆と考えるわ」
“…一緒に考える人が増えたのはいいねえ”
「そうよね。そうなの…嬉しいわ」
誰かに認められる事や同じ道を歩む人がいる事は何て嬉しいんだろう。
あの気だるげで豊満な彼女はいつ来るか分からない。気長に待つ事にして他の部屋の改装などを進める。
ロアにまた仕切りを作って貰い、複数のベッドがある部屋をまたもう一つ作る事が出来た。
「ここを殿方専用の部屋にするわ」
「いいですね」
「後は…」
「お嬢様ーー!」
「お姫様ーー!」
残り少ないお金で市場に出ていたミアとそのお手伝いのシャーリィが帰って来た。
「こら。そんな足音立てて…みっともないわよ」
「申し訳ありません!でも見て下さい!」
「見てー!」
二人が出して来たのはリネン類だ。
少し年期が入っているが十分に使える。どうしたのかと尋ねると、何とあのレストランの夫婦が譲ってくれたらしい。
「何故?しかもたくさんあるわ…?」
見たところ三組はある。穴が空いているのもあるがこの辺りは他の布で補修してしまえば問題無い程度だ。
「町で売られていたそうです!しかもかなり安く!」
「安く!」
「私達がリネン類を探しているのを知っていて…わざわざ買って下さったそうです!」
「え!?そんな!そんな事をして下さるなんて…」
「あ、でも代わりに…」
「え?」
「シャーリィ嬢が前に食べたフルーツ飴の話をして、それにとても興味があるそうなのでレシピを教えて欲しいと交換条件で…」
「なるほど…」
「あのレシピが門外不出でしたら本当に申し訳ありませんが…ただリネン類が欲しくて…」
「…門外不出じゃないわ!むしろあそこでフルーツ飴が知られればここでも食べれる事を伝えて貰ってこのホテルに辿り着けるようにしましょう!」
「流石お嬢様!」
「さすがお姫様ー!」
これで泊まれる部屋が増やせると洗って補修をするためにすぐに持って行くとロアがそれを見て怪訝な表情をした。
「どうしたの?」
「…いや、これ…」
「ん?」
「前に働いていた宿の物です」
破けていた箇所や汚れから間違いないと言う。
「そうなの?」
「こんな大量に売りに出したんですね」
「何故かしら?」
「あー…何だかどこかの宿が大幅に改装するから古い家具や古いシーツを売りに出していたそうです」
あ、だからか。
ロアを辞めさせる代わりに雇った人物が色々としているのだろうか。
寝具を心地よく使えるように台所で破れた箇所など補修しながらホテルの事を話し合う。私は裁縫をしながらミアはジャム作りをしながら、ロアはシャーリィを膝に乗せながら。
今日は料金についてだ。
「やっぱり通常の宿よりは高めに設定ですよね」
「一人で使える部屋は贅沢ですから」
「複数で泊まれる部屋はその分低めに設定するけど、それでも町の宿よりは少し、ほんの少し上げるだけにしておきましょう」
「朝食や夕食はいくらにしましょう」
「子ども部屋はやっぱり遊べる物がある分一人で使える部屋より高いですよね」
「一人部屋の料金を基準にしましょう。これからまた別用途の部屋が増えると思うの」
「別の?」
「特別なお客様用の部屋が残ってるのよ。現状ただ広いだけでボロボロだけど…」
最終的にはその部屋をこの屋敷で、ホテルの中で最上級の部屋にする予定だ。
ただそうするにはかなり時間がかかりそうな程にボロボロの状態で、掃除や使えない家具は運び出したがさてそこからどうしようと言う状態だ。
「使えない家具ですか…」
「私達で運べる物は運んできまだ使ってない部屋にまとめてあるのよ。割れたランプとか…鏡とか…」
「何かに使えたらいいけど壊れているのもの」
捨てるにしてもどこに捨てていいやらと悩みながら本日決まったのは大体の宿泊料金だった。
「ん?」
アリヤと話せない。どうやら忙しくしているようだ。
屋敷はどうなっているか、どうやらなんちゃってカプセルホテルは完成したようだ。ブラック企業で働いていたロアは色々と任されていた分確かな能力を持っているようだ。
彼を追い出すように辞めさせた宿に呪いあれ。
「…あ、誰か来た?」
屋敷の前に誰か来た。誰だろう。
メアリ達ではない、知らない人物だ。今までと雰囲気がまったく違う訪問者が屋敷を見つめて笑っている。
上品な仕草でノックするとアリヤが出迎えて驚いていた。
“ご機嫌よう。言った通りに来たわよ”
長い金髪の、とてもそのエロ…色気が素晴らしい女性だった。




