第九十一話 違和感を追って
セオがルカたちに依頼した調査。
それは、一言で言えば港湾都市セルディアの現地調査だ。
もちろんセルディアにも軍や警吏、役人といった人間はいるわけだし、様々な形で日々の状況が王都へと報告されてもいる。
リィゼの訪問が計画されていることもあり、セオやミリアはセルディアから上がってきていた直近の報告書をすべて再確認していた。
だが、関係各所から上がってきている報告に微妙な違和感を覚えたのだ。
大きな問題が報告されているわけではないものの、ほんの少しずつ何かがおかしい。
治安が少し悪くなっているような気がする。死者や行方不明者が増えているような気がする。漁獲量が減っているような気がする。野生動物の被害が増えているような気がする……
明確に悪化しているわけではなく、どれも気がするの域を出ない。
だが、この違和感を放置したまま公務のためにリィゼをセルディアへ行かせるのは、避けるべきだと二人の勘が強く告げるのだ。
ただでさえ同様の調査をした上で向かったバルディア行きの最中に、賊の襲撃やエディルの裏切りといった事件があったわけで、警戒しすぎて困ることなどない。
最終的に報告書の山を前に、セオとミリアが選んだ対策は「異なる視点からの現地調査」だった。
軍や警吏、役人などの報告を上げてきた者たちとは、異なる立場や価値観の人間にセルディアを見てもらうことで、違和感の正体がわかるのではないか。
そう考えた時に二人の脳裏に浮かんだのがルカたちだった。
特にルカとアーヴの二人の目は信頼できるし、エリナの村娘としての視点も思いも寄らない何かを捉えるかもしれない。加えて打算的ではあるが、この依頼はルカとの縁を強固にしておくのにも役立つだろう。関係各所との連絡役ということでリネットを同行させれば、彼女の育成も行える。
「一石三鳥だな。」
「……同意はしますが、ちょっと申し訳ないですね。」
「まぁそう言うな。その分報酬を上乗せしておくさ。」
「それくらいは当たり前でしょう。彼らに何かあった時に便宜を図るくらいはしませんと……ではルカ様とエリナさん、アーヴ様への指名依頼ということで準備しておきますね。」
「うむ、頼んだ。」
そう言ってリィゼからエリナへの手紙と共に、調査依頼をしたためた手紙を送ったのだった。
幸いルカたちも、王都の自宅にいたアーヴも、それぞれ依頼に応じてくれるとの返事があり、セオたちの希望通りにリネットを伴ってセルディアへと向かっていったのだった。
◇◇◇
港湾都市セルディア。
ヴェールスフィア王国南西部にある、セルドリアン伯爵領の領都だ。
港湾都市の名の通り、南側が海に面していることもあって、王国屈指の港がある。
街の中央より少し東寄り、繁華街に近い場所で表の通りから一筋入ったところに白い外壁が印象的な宿があった。
その名は「海燕亭」。
安宿、というわけではなく、かと言って貴族など上流階級向けでもない、中流層向けの宿だ。
一階は受付と食堂、二階と三階は客室になっており、セルディアを訪れているルカたちは二人部屋を二部屋借りている。
片方の部屋はルカとアーヴ、もう片方の部屋はエリナとリネットだ。
男性陣の部屋は寝室のみの部屋だが、女性陣の部屋は寝室の他にリビングがある。四人はそのリビングに集まっていた。
エリナが部屋の窓から遠く東の方の空を見ている。
「うん、大丈夫そう。」
エリナの視線の先には、黒い点のような影が空を飛んでいくのが見える。
「わぁ……もう見えないや。エリナ、ピノちゃんがセオ様のところにつくのって明日?」
「うん、夜はどこか適当な木に止まって休むはずだから、昼過ぎとかじゃないかな。」
エリナの隣に歩み寄ったリネットが、同じようにエリナの視線の先へ目を向けるが、黒い影――ピノはもう見えなくなっていた。
セルディアに到着して早々、四人は宿の部屋を押さえると、セルディアまでの道中で気付いたことを急いで書きまとめ、ピノに持たせたのである。
といっても手紙に書いた情報は多くはない。道中で遭遇し、戦闘になった野生動物の話や、街道ですれ違った隊商の様子、セルディアに入ってから宿に来るまでの街の雰囲気程度のものだ。どうしても伝えなければならなかったわけではない。どちらかというと、セオとの間でやり取りの手順を一度確認しておくため、といったほうが良いかもしれない。
「で? 明日からどう動くんだ?」
「ちょっと待ってくれ、先に……《風の封壁》」
ソファに座るアーヴが、テーブルを挟んだ反対側にいるルカに声をかけると、ルカは《風の封壁》で薄く障壁を展開した。
別に敵情視察でも潜入捜査でもないが、一応護衛騎士団からの依頼を受けて動いている以上、会話の内容は漏れないようにしておきたい。
その様子を見ていたエリナとリネットは、すぐに窓を離れて障壁の内側へ入ってきた。
リネットはアーヴの隣に座り、エリナはルカの隣にあった椅子に腰掛ける。
「とりあえず、二手に分かれて街を見て回る、かな。セオ殿から気になるって言われてるのは、街の治安とか死者、行方不明者あたりの情報、漁業の状況や野生動物の様子ってとこだけど……」
「どう調べれば良いんでしょうか……」
「ね……」
事前にセオから聞かされている情報は多くはない。彼は彼なりに推測していることはあるようだが、先入観を持たせたくないと、敢えて話そうとしなかったのだ。
そのせいもあって、現地調査のような任務の経験がないリネットや、そもそも軍属ですらないエリナは、何から手を付けていいのかわからず、頭を悩ませていた。
「まぁ二手に分かれるのは妥当だろ。四人でゾロゾロ歩き回るのは効率が悪いしな。殿下が来るまでに何ヶ月も時間があるわけじゃないみてぇだし、時間が限られてる以上、隊長さんの気になる点から当たってみるってのでいいだろ。そうだな……嬢ちゃん、明日は俺と二人で役場と領軍施設に行くぞ。街の治安、死者、行方不明者あたりの情報は、公的な立場がある嬢ちゃんがあたるのがいい。話を聞くのは俺がなんとかすっから、役人たちとのつなぎをやってくれ。」
「ほぇ!? あ、はい!」
「となると、俺とエリナで港や街の周囲の様子を見て回る感じだな。漁師や魚の買い付けに来てる人たちと少し話してから、街の周囲を散策してみよう。途中、何か気になることとか見つかるかもしれないしな。」
「う、うん、わかった……」
特に悩む素振りもなく、ルカとアーヴが調査方針を決めていく様子に、エリナとリネットは顔を見合わせて言葉を失っていた。
「これが経験ってやつかなぁ……」
「そう……かも?」
ルカの事情を知るエリナは、アーヴは別として、ルカに今回のような調査じみた経験はないと知っている。
もちろんそのことを口にすることはないが、その分、彼自身の凄さを感じざるを得ない。
「(ルカの場合は、知識量と性格、あとはもしかしたらアリスのアドバイス……かな? ほんと、すごいなぁ……)」
エリナはルカの方をチラリと横目で見る。
その眼差しにはほんの少しだけ、憧れという感情が揺れていた。
「さてと、じゃあ晩飯行くか! 運が良けりゃなんか良い話の一つでも聞けるかもしれねぇしな。」
「そうだな。」
アーヴがおもむろにソファから立ち上がった。
ルカが《風の封壁》の術を解き、窓の外に目をやると、いつの間にか街は夕焼けに赤く染まっていた。
海の男達が酒盛りを始めたのか、うるさく騒ぐ声が聞こえ始めている。
四人は急ぎ出掛ける準備を整えると、勝手にどんどん進んでいくアーヴを追いかけるように夕暮れの街へ繰り出した。
新鮮な海産物に舌鼓を打ち、他愛のない会話に興じるふりをしながら、周囲の会話に耳を傾ける。
だが、残念ながらこの日、新たな情報が四人の耳に入ることはなかった。




