第八十五話 強烈な先輩
ヴェールスフィア王国騎士団駐屯地は、王都エレドリアの東側にある。
騎士団全体の中枢とも言える場所だが、実際に駐屯地内に常駐しているのは、王都やその近郊の治安維持のための部隊だ。一方、王都から離れた地方の部隊については、連絡要員だけが常駐している。
護衛騎士団に関して言えば、その護衛対象が王城内にいるわけで、基本的には王城内にほぼ全員が詰めているのだが、他の部隊との連携がないわけではない。先日のリィゼの護衛も別の部隊から人員を派遣してもらっていて、そういった他部隊との連携のために、こちらも駐屯地内に連絡員を常駐させていた。
そんな駐屯地内の建物の一角、護衛騎士団の常駐連絡員が詰めている部屋に、常駐連絡員の女性とノア、ルカ、アーヴ、エリナ、リネットの六人の姿があった。六人がここにいるのは、もちろんこのあと予定されている食事会の為だ。アーヴもルカやエリナ同様、セオから夕食会への参加依頼があったらしく、一緒に王城に行くことになっていた。
「ルカさん、意外と似合いますね……」
「本当にね。これ、礼装の方もイイ線いくかも?」
「……見世物じゃないんだけどなぁ……」
「アーヴは……普通にセオ様の隣に立ってそう。」
「あー、わかる気がする……アーヴさん、仕官してみます?」
「やめろ。柄じゃねぇ……」
ルカとアーヴはすでに護衛騎士団の隊服に着替えており、エリナとリネットがためつすがめつ眺めている。
ヴェールスフィア王国の紋章が刺繍された濃紺の隊服は、意外にも二人に良く似合っていた。
だが、見られる側のルカとアーヴにとってはたまったものではない。なんとも言えない表情で困っていると、凛と通った声がした。
「ほらほら、ノア君とルカ君にアーヴ君、だっけ? 次はエリナちゃんのお着替えタイムなんだから、野郎どもはとっとと部屋を出る! さ、駆け足ー!」
なんとも気安い感じで話す常駐連絡員の彼女の名は、カレン=フォルシュ。元は王城側での勤務で、ノアからすると先輩にあたるのだそうだが、本人曰く、今は駐屯地での勤務を気楽にこなしているらしい。
「カ、カレン先輩!? そんなに押さなくてもちゃんと出て行きますよっ!」
カレンは三人をぐいぐいと押し、あっという間に部屋から押し出してしまった。
両手を払うようにパンパンッとはたくと、カレンは男性陣に向かってひらひらと手を振る。
「じゃ、そのまま大人しく待つよーにっ! 気になると思うけど、覗いちゃダメよ?」
「カレン先輩!」
「あはははっ! 冗談冗談! ま、すぐに終わらせるから、待ってなさーい!」
手慣れた様子でノアをからかうと、カレンはいたずらっぽくウインクを一つして、部屋の中へ引っ込んでいった。
何やら部屋の中からははしゃぎ声とも歓声ともつかない何かが聞こえる。というか、ほぼエリナの悲鳴である。
女子が集まれば姦しくもなろうが、今回の元凶はカレンに間違いないだろう。
そんな賑やかな声が聞こえる中、ルカとノアは扉に背を向ける形で立つ。アーヴはルカの横で不貞腐れたような表情で座り込んだ。
「なんというか、中々強烈な方ですね。」
「えぇまぁ……良い人なんですが、後輩の立場だとなかなか……というか隊長ですらからかわれてますからね……」
「あの堅物相手にねぇ……」
顔を見合わせて苦笑いを浮かべていると、唐突に背後から声がした。
「でしょう? それで仕事もできちゃうんだから、私ってばすごいよねぇ?」
もちろんカレンである。
扉を少し開けて顔だけを廊下に出し、ニヤニヤと自慢げだ。
「先輩……」
「なによぅ。そんなに呆れなくってもよくない? まぁいいわ。エリナちゃんの着替え終わったわよ。」
わざとらしく口を尖らせて抗議してみせるが、カレンはその表情を緩め、扉を開けて三人を招き入れた。
促されて部屋に入ると、リネットやカレンと同じ女性用の隊服に身を包んだエリナが立っていた。
慣れない服装に少し恥ずかしいのか、いつぞやのリネットのように、頬を赤らめてもじもじと身体をよじっている。
「ルカさん、どうです? エリナも隊服似合ってますよね!?」
「……ど、どうかな? おかしくない?」
普段は着ることのないタイプの服ではあるが、これはこれでよく似合っている。
感想を求められたルカが口を開こうとした瞬間のこと、横からカレンが割って入った。
「いや、もう最高だね! 可愛い子は何着てもいい!」
「先輩、分かっててやってるでしょ……」
「いやぁ、ルカ君って多分こういうの口に出せないタイプでしょ? 仕方ないからお姉さんが代わりに言ってあげただけだよぉ。」
ノアのツッコミをものともせず、カレンはケラケラと笑って流していた。
その後ろでどうしたら良いのかわからなくなっているリネットと、若干意気消沈といった感じのエリナがなんともいたたまれない。
ルカは小さくため息をつくと、エリナに小さく話しかけた。
「……ちゃんと似合ってるよ。」
「あ、えっと……ありがと。」
ハッと顔を上げ、笑顔を見せたエリナに頷いて見せ、ルカは改めてその場の皆に声をかけた。
「もう結構いい時間になってきたし、手筈通りに城に向かおうか。」
「はい、そうしましょう。」
「ま、お姉さんはついて行ってあげられないから、心細いと思うけど……どーせあっちでは侍女長サマが得意のベッタリ張り付いた笑顔で待ってるんでしょ!? それなら心配しなくても平気よ、へーき。さ、いってらっしゃーい!」
「「「「「……はぁ」」」」」
五人は盛大なため息を残し、何故だか若干疲れた表情で駐屯地を後にしたのであった。




