第八十四話 王城からの招待
王都エレドリアの北東、市場や飲食店、酒場などがある繁華街の一角にある宿、「白銀の鴎亭」。
繁華街の中ではあるが、比較的貴族街に近く、衛兵の目が届きやすいらしい。そういう事情もあり、多少騒がしいものの、治安は悪くなく、過ごしやすいと評判の宿だ。
ルカとエリナは、リィゼの護衛依頼を終えた後、マリウスから勧められていたこともあって、この宿をエレドリアでの拠点にすることにした。
何日と期間を決めたわけではなかったが、一週間分の宿泊費を支払い、二部屋がつながったコネクティングルームを借りている。
エリナの部屋は寝室のみに近い作りだが、ルカが使う方は寝室に加えて、小さいながらもリビングや簡易キッチンがあり、長期滞在にも対応した部屋になっている。
エレドリアに到着した翌日、王城のバルコニーに立つリィゼの挨拶を見守った後、二人はエレドリアの街並みを眺めながら散策に出かけていた。
「さすが王都だねー」
「ピィ~」
「ノア殿の話だと数十万人が住んでるって話だからなぁ……」
ブレーヴェ村はおろか、バルディアともまったく異なる、明るく華やかな街並みにエリナの視線は落ち着かない。
目まぐるしく動き回る視線を追うようにピノもエリナの周囲を飛び回っている。
騎士団や感応術師団の拠点、日用品から高級武具まであらゆるものを製造し、販売している職人街、市井の民の住居が多く立ち並び、賑やかな一般居住区、王立学院や図書館、研究施設などの集まる学院区……次から次へと気になるものが現れるせいで、二人の歩みは自然と遅くなってしまう。
一日かけて見て回ったというのに、エレドリアの東半分しか見ることができず、結局二日かけて王都全体を散策したのであった。
二人にとって面白かったのはノアから聞いていた運河を行き交う舟だ。エレドリアの街中にルーメリア大河から引き込んだ水で満たした運河が張り巡らされていて、物資や人の移動手段として舟が使われている。
「ブレーヴェ村でもバルディアでも舟なんてなかったし、何というかこう、ゆらゆら揺られてる感じがちょっと気持ち良いよね。」
エレドリアを一通り見て回った帰り、二人は繁華街にある宿へ舟で移動していた。
初めて乗った時は、足元の安定しない感じがなんとも落ち着かなかったが、慣れてしまえば座って景色を眺める余裕も出てくる。
ブレーヴェ村では見ることのない、いろいろな店や建物の立ち並ぶ景色が流れていくのを、エリナは楽しそうに眺めていた。
「さ、お二人さん。白銀の鴎亭に戻るならここで下りると良いよ。」
船頭をしていた壮年の男性に促され、白銀の鴎亭にほど近い運河の船着き場に下りると、二人は男性に礼を言い宿へと歩き出した。
日が遠く西の地平線に落ちそうな頃合い、街には少しずつ明かりが灯り始め、そこかしこから夕餉の香りが漂って来て鼻の奥をくすぐると、エリナのお腹が可愛らしく鳴く音が聞こえる。
「あぅ……き、聞こえた?」
慌ててお腹を押さえ、エリナが上目遣いにルカを見上げる。
「……さぁ? でも空腹なんだなってことはわかったかな?」
「ピッ?」
ルカがわざとらしくとぼけて目をそらすと、ピノも真似るようにそっぽを向いてみせる。
「聞こえてるじゃない! っていうかピノまで!?」
譲り受けた時から一緒にいたからなのか、ピノはエリナだけではなく、ルカにもよく懐いている。
もしかすると、ルカのことも家族の一員と認識しているのかもしれない。
「はははっ! まぁ、もうすぐ宿だし、帰ったら飯にしよう。」
「んもぅ!」
可愛らしく頬を膨らませるエリナをなだめつつ歩いていると、すぐに宿にたどり着いた。
宿の玄関から中に入ると、正面に受付、左に食堂、右に二階へ続く階段があるのだが、受付の担当者と誰かが話しているのが見える。
肩より少し下まで伸びた赤いポニーテールに、ヴェールスフィア王国騎士団の装束だ。
「あの後ろ姿は……」
「リネット、だね。にしても……」
「今日もかなり絞られたみたいだな。」
膝をぷるぷると震わせながら、受付のカウンターに身体を預けるようにして立っているのを見る限り、今日も過酷な訓練だったのだろう。
エリナはトトトッと軽い足取りでリネットに駆け寄った。
「リ~ネット! 今日も私たちに用事?」
「わっ! ……った~い……」
声をかけられて少し驚きつつ振り返ったまでは良かったのだが、同時に身体中の筋肉が悲鳴をあげる。
目尻に涙を浮かべながら、振り返ったままの姿勢で動けずにいるリネット。
動けるようになるまでにしばらく時間が掛かってしまったのは言うまでもなかった。
ルカの部屋にあるリビングで、テーブルを挟んでルカとリネットが椅子に腰掛けている。
エリナも部屋にいるが、彼女の姿は簡易キッチンにあり、鼻歌交じりに料理に取り掛かっていた。
「簡単なものしかできないけどね。」
そうこぼしながらも、宿の従業員に頼んで融通してもらった食材と、アイオン・バングル内に保管していた食材をリネットに気付かれないようにいくつか追加し、手際よく作業を進めている。小気味よく響くペティナイフで具材を切る音が、鼻歌と絡み合いながら部屋の中に響いていた。
食事だけであれば宿の食堂でも良いのだが、リネットが来たということは何かしら王族か騎士団に関係する話だろう。
であれば、不特定多数の人間が出入りする食堂は具合が悪いということで、ルカたちは人の目や耳を気にせず話すため、自分たちが借りている客室にその場を移したのだ。
とは言え、空腹なのも事実ということで、エリナが料理を作ってくれることになったのである。
「それで、今日はどういった用件ですか? セオ殿も言ってましたが登城の要請ですか。」
事前にセオからは報奨についての話があるはずだから、登城してもらうことになるだろうという話は聞いていた。
このタイミングでリネットが来たとなると、おそらくその話なのだろう。
「はい……急なんですけど、明後日の夕方に王城に来てもらえますか?」
「夕方、ですか? 昼間ではなく?」
報奨の授与にしろ何にしろ、王侯貴族のような人たちとルカたちが王城で顔を合わせることになるのであれば、普通は日中に予定が組まれるはずだ。
夕方からとなると、晩餐会のようなものになるが、ルカとエリナの二人だけを呼びつけて晩餐会とはならないだろう。
「えぇ……ルカさんはあまり目立ちたくないだろうって、セオ様とミリアさんがいろいろ考えたみたいなんですけど……その、その話をお聞きになった陛下が「夕食の席に招けば、関わるのは最低限の人間だけで済むだろう」って……」
「……はっ?」
「そ、それって陛下とお食事ってこと……!? ……あわわ、焦げちゃう焦げちゃう……」
謁見のような形ではなく、夕食の席でこじんまりと会う機会を設ける。
確かにうまくすれば他人の目から隠れることができるだろうが、それにしても思い切ったものである。
謁見の間のような広い空間で、護衛を十分配備できるのとは違う。食事のための少し小さい部屋で、王族と少数の護衛、そして使用人や侍女といった、いわば必要最低限の人間しかいないだろう場所に、一介の傭兵を招き入れるのだ。どこまで考えてのことかはわからないが、警備する側としては胃の痛い話である。
「それは何というか、思い切りましたね……」
「ですよね……ただ陛下も他の王家の皆様も、今回の一連の件について、本当に感謝なさっていて……ルカさんたちにどうしても一目会って感謝の意をお伝えになられたいみたいなんです。」
政治的なあれこれより、家族のことを優先したかったということだろうか。
そう思うと政を優先する冷静な君主というよりは、娘を愛する父親としての印象が出て好感が持てるというものだ。
「そうかもしれないけど……登城するだけでも緊張して大変そうなのに、お食事の席に呼ばれるなんて……」
エリナはかなり腰が引けている。
それはそうだ。ほんの少し前まではただの村娘でしか無かったわけで、王城のような場所に行くことはもちろん、王族に会ったりしたこともない。そもそもブレーヴェ村を治めている領主とすらまともに会ったことがないのだ。
バルディア城でギルベルトに会うだけでも相当な事態だったわけで、王家の食事の席など、想像もしていなかっただろう。
「そこは大丈夫だよ。私、護衛騎士団に転属になったのもあって、昨日少し陛下にお会いしたんだけど、貴族とか平民とか関係なく接してくださるお優しい方だから。というか、そういうお方じゃないとセレス第二妃殿下を妃にお迎えになったりしないよ。」
「そ、そう? 大丈夫かなぁ……」
「それより! 礼装もドレスも無いでしょ? 明日朝イチで採寸させて! 一日で礼装とドレス、準備するからっ!」
「えぇ!? そ、そうなの? ドレスかぁ……憧れるけど、着たことないし、着方もわかんないよ……」
「大丈夫! その辺りはミリアさんがマナーも含めてバッチリ決めてくれるって! ね?」
なぜだか前のめりになって迫ってくるリネットに、若干気圧されながらも、登城の話は進んでいく。
段々と女子二人がドレスの話題で盛り上がっていくのを横目に、ルカはエリナが準備してくれた料理を口に運んでいた。
「(国王に会う、かぁ……)」
『(どんどん面倒な状況になっていってますね……だから常々注意しなさいと言っていたのに……)』
「(ほとんど不可抗力だよ……あ、これ旨い……)」
『(まったく、呑気なものです。王城ではヘタを打たないように気をつけるんですよ?)』
「(……はいはい……おぉ、こっちもいいな……)」
『(はいは一度。)』
「(……はーい……うん、さすがだな……)」
アリスの小言を適当に聞き流し、生返事を返しながら、エリナの手料理に手を付ける。
並べられた料理は、どれも手軽に食べられるものばかりで、鼻歌交じりに、しかも簡単そうにつくっていたとは思えないほど、よく考えられたメニューだった。
カリッとトーストしたバゲットに、香草やスパイスを馴染ませた肉のスライスや野菜を乗せたもの、スライスしたトマトっぽい野菜とチーズにフルーティーなオイルをかけたもの、ドマリ芋のフリットに、前にも作ってくれた干し肉と根菜類のポトフ。
どれもリネットと話しながら片手間のように作っていたとは思えない出来だ。
いつしかドレスの話題が一段落した女子二人も加わり、他愛のない会話を交えながら、エリナの料理に舌鼓を打つ。
エリナは十分な量を準備したのだが、ルカとリネットが次々と口に放り込んでいくので、テーブルの上の皿はあっという間に空になる。
だが、一度盛り上がってしまった女子二人は、ドレスだアクセサリーだと会話の途切れる様子がない。結局、明日の朝一番から採寸だというのに、リネットが宿を去ったのは、夜も遅くなってからのことであった。
翌日はリネットの言葉通り、ルカとエリナの採寸に始まり、当日の登城に関する手筈の確認や、最低限のマナーについて、一日中叩き込まれることになった。
採寸自体は身体のサイズを測るだけなので、大したことは無かったが、問題はそれ以外だ。
まずは登城の手筈。
元々二人は爵位も何もないただの平民階級だし、貴族の後ろ盾があるわけでもない。もちろん貴族階級に口利きのできる商人や大店との付き合いもない。
そんな人間が普通に正面から王城に行けば、ただの不審者として捕らえられるか、つまみ出されるのが関の山だ。
かと言ってセオやミリアのような一定の立場を持つ者が話を通したとなると、なぜ突然平民を招き入れるのかと周囲に怪しまれることになる。
もちろんそんな疑問に「陛下が呼んだ」などと言おうものなら、ルカとエリナという人間は一体何者なのかと探られるだろうし、良からぬ連中に目をつけられるということにもなりかねない。
そこで当日は、一度騎士団駐屯地へ行き、護衛騎士団の隊服に着替えた上で護衛騎士を装って入城した後、巡回警備のフリをして会場近くの控室へ移動する。
後はあらかじめ控室に待機しているミリアや彼女の部下の侍女が、そこでルカとエリナに準備した礼装とドレスを着せ、人目につかぬよう会場に入るということになった。
幸い領地を持つ貴族は白陽日前後を自領で過ごす。それは先日の白陽礼のように、自領で白陽日の祭典を行い領民に姿を見せる為だ。おかげでこの時期の王都にいる貴族は領地を持たない騎士爵位の者くらいしかおらず、王城でルカたちが目撃される危険性は低い。
他に問題がないわけではないが、現状考えうる最善の案だろう。
次にマナーだ。
エリナは王侯貴族と相対する際に気をつけるべきマナーや、立ち居振る舞いなどを知らない。ルカの方はB.N.I.Cのおかげもあって多少は知っているが、完璧には程遠い。
仕方なく採寸のために宿まで足を運んでくれたミリアの部下だという侍女から、夕食会当日の夕方までの空き時間をすべて使って、突貫でマナーを叩き込んでもらう。
その甲斐あってどうにか二人とも形だけは間に合わせられたものの、夕方出かける時間までの間、リビングのソファで死んだようにぐったりしていたのだった。




