第八十一話 王都
ヴェールスフィア王国の王都エレドリア。
国土の中央付近、ルーメル湖から流れ出すルーメリア大河のほとりにある人口数十万人を擁する王国最大の都市だ。
王城を中心に円形に広がった街には、縦横無尽に運河が通っていて、ルーメリア大河から引き込まれた美しい水が彩る、他国にも類を見ない美しい都だと言われている。
バルディアを出て五日、ルカたちはその王都エレドリアの北側にある北門前の広場まで無事に辿り着いた。
「ふむ。襲撃もなく、ここまで順調に来れたな……皆! 入門手続きが終われば城まであと少しだ! 最後まで気を抜くなよ!」
自分の後ろを付いてきている隊列に向かって檄を飛ばすと、セオは門を警備している防衛部隊の責任者のところへ向かって行った。
リィゼがいる以上、最優先で通過できるだろうが、責任者に話を通すまでの間、隊列は待機となる。
「それにしてもほんと、セオ様の言葉通り、王都まで順調に来れたね~」
鞍上から周囲を警戒しているルカのところへ、にこにこと上機嫌な様子のエリナが近寄ってきた。
確かにバルディアからエレドリアまでの間、襲撃はなく、何度か野狼と出くわしたくらいで、女性陣で会話を楽しむ機会が多かったのが、エリナにとっては楽しい時間だったのだろう。
「まぁ、問題らしい問題もなかったしな。」
「ねー。強いて言うなら、誰かさんが御者台に座りたいってわがまま言ってたくらいかなぁ?」
わざとらしく少し声を大きく出してエリナが言うと、すぐ横にある馬車の中でなにやらガタガタと音がして、次の瞬間、小窓が勢いよく開いた。
中から顔を覗かせたのはもちろんリィゼだ。
「ちょっとエリナ! それはわがままじゃなくって、たまには前の方の景色も見たかっただけで、他には別に……」
大声で否定したいようだが、御者台の彼には聞かれたくないようで、膨らませた頬を赤く染めながらエリナに抗議する。
対するエリナは小窓の方に歩み寄りながら、意地の悪い笑顔で続けた。
「ふふふ……大丈夫、ちゃんと分かってるわよ。前の方の景色"も"見たかったけど、他の目的もあったもんね?」
「んもぅ! エリナの意地悪! そんなに意地悪するなら、アル兄様にエリナが酷いって言いつけちゃうんだから!」
それならばとリィゼはエリナが憧れるアルヴェインを引き合いに反撃を試みると、途端に今度はエリナの顔色が変わる。
「ちょっ、ちょっと待って……それはさすがに……」
「ふーんだっ!」
「ご、ごめんね? もう言わないから……ねぇ~、ごめんってばぁ~」
「「はぁ~……」」
小窓越しに小声でやり合っている二人に、ルカがため息を漏らすと、どうやら馬車の中にいるミリアも同じ心境だったらしく、同じタイミングで彼女のため息が聞こえてきた。
というか、御者台の彼だのなんだのという話は、ルカにとっては初めて聞かされることなわけで、内容が内容なだけに、反応にも困ってしまう。
それに、ああだこうだと言いつつも二人が楽しそうなのはいいが、そろそろ話題を変えないとミリアに怒られてしまうし、話題の人物にも聞かれてしまうのではないだろうか。
幸い当の本人は御者台から前方の警戒に集中するあまり、まったく気がついていないようだが、どう考えても時間の問題だ。
この手の話はバレたくないだろう。
「(これが年頃の女の子か……)」
心の内でぼやきながら、ルカは馬を御者台に寄せ、別の話題で気をそらしてやることにした。
「ノア殿、少しいいですか?」
「ルカ殿? どうかされましたか?」
「いえ、お恥ずかしながらバルディアに続いて王都も初めて訪れる場所でして……エリナも来たことは無いようなので、このままだといろいろと困ってしまいそうなんですよ。ですので、良ければ王都についていろいろと教えてもらえればと思いまして。」
「あぁ、そういうことですか。もちろん構いませんよ。」
目の前の好青年はルカの言葉に何の疑いもなく応えてくれた。
もちろん王都について知っておきたいというのは本当のことなのだが、なんだか少し申し訳ない気もする。
「そうですね、王都エレドリアは、ご存知の通り、ヴェールスフィア王国の首都です。ここからでも見えますが、都市の中心に高くそびえ立っているのが王城です。陛下や宰相閣下を中心に政治を取り仕切る方々が大勢いらっしゃいます。こちらから見ると左に見える東の塔が正妃リュシア様の、右に見える西の塔が第二妃セレス様のお住まいですね。」
ノアが遠くに見える荘厳な雰囲気の建物を指さしながら、王都のことを説明してくれる。
「ここは北門の外側なので、門の中へ入るとすぐに貴族街ですね。そのまま時計回りに市場や繁華街、騎士団駐屯地、感応術師団駐屯地、南の大通りを挟んで職人街、一般居住区、学院区で王都を一周することになります。各区画は、東を流れるルーメリア大河から引き込んだ水が流れる運河で区切ってるんですが、観光客向けに舟で巡るツアーなんかもあるので、お時間がある時に乗ってみることをお勧めしますよ。」
「俺たちみたいな外の人間には、街の雰囲気を知るのに良さそうですね。」
「えぇ、王都は一日で回れる大きさじゃないですからね。」
「では滞在中、散策ついでに見て回ることにします。」
ノアと王都のことを話していると、程なくしてセオが入門の手続きを終え、責任者と共に戻ってきた。
相手が相手だけになかなかやりづらいところはあるが、ルールはルールである。ノアが言うには、王族だからと特別扱いするのではなく、王族自身も最低限のルールを平民と同じように受け入れている、そういう姿を見せるほうが、巡り巡って王族の権威を高めることに繋がるらしい。
この国の王族は、国民のために自分たちがどうあるべきなのか、日々心を砕いてらっしゃるのですと、ノアは嬉しそうに胸を張っていた。
そんな話を聞いているうちに、責任者は隊列に不審な人物や荷物が紛れていないかといった確認を終え、すぐに通過許可を出してくれた。
門を通ってしまえば、あとは王城へ向かうだけである。
隊列は門を通過すると、王城の北側一帯を占める貴族街を通り抜け、王城の城壁沿いに南側の正門前に出た。
ここまで来てしまえば、ルカとエリナの護衛依頼は完了である。
別れを惜しむリィゼに捕まっているエリナを横目に、ルカはノアに正門に隣接している王城の警備部隊の詰め所へと呼ばれていた。
エリナの分も含めてノアから依頼達成の書類を受け取り、正門前に戻ったのだが、エリナはまだリィゼに捕まったままだ。
「ねぇ、エリナ。絶対よ? 絶対に手紙のやり取り忘れちゃだめよ? 手紙が来なくなったら捜索班を編成してもらって国中探しちゃうんだから!」
「もう、心配しすぎよ……ちゃんと手紙書くから。ピノも頑張って届けてくれるわよね?」
「ピッ!」
二人の様子に目を細めていると、ルカのもとにはセオとリネットが歩み寄ってきた。
「ルカ殿、本当に世話になったな。これからもいろいろと頼らせてもらうつもりだから、そのつもりでいてくれ。まずは諸々の報奨授与の件で登城してもらうところからだな。近日中に使いを寄越すことになるから、心しておいてくれ。」
諸々の、というのは黒狼への対応、エディルの討伐、そしてミリアの救命についてだろう。
ルカにとっては遠慮しておきたい話ではあるが、王族や騎士団としても建前がある以上、何もなしとはいかない。
「報奨は十分いただいてますし、これ以上は遠慮したいのですが……難しそうですね。」
「はっはっは! そう言ってくれるな。貴殿の希望は理解している。ギルベルト様の晩餐会と全く同じとはいかんが、できる限り名が独り歩きせぬようには取り計らっておこう。殿下とエリナ嬢の関係を秘匿する、という意味では我々にとっても必要な対応だからな。」
「わかりました。ご苦労をおかけしますがお願いします。あ、あとこちらが頼まれていたものです。うまく使ってください。」
ルカは手に持ったバッグの中から古びた本を取り出し、セオに手渡した。
一見かなり古い書物のように見える。表紙に刻まれていたであろう文字も保存状態があまり良くなかったのか、読める状態ではない。
「これは……よくできている。これなら"古文書"だと言い張れそうだな。ミリア殿と相談してそれらしい理由をつけて感応術師団に流しておこう。」
受け取った本を軽く検めたあと、セオはニヤリと笑ってみせた。企みごとがうまくいきそうなのが嬉しい、といったところだろう。
「お願いします。解読できなくはない、というレベルにしてありますので、うまくやれば感応術師団の方々だけで《治癒》を実用化できると思います。書く内容より、古文書に見えるように文字の掠れや脱色具合を調整する方が大変でしたよ。」
ルカが渡した本は、あらかじめバルディアで入手しておいたものだ。かなり古い代物のようで、劣化が進み中身は消えてしまっている。それに対して、王都に来るまでの間にルカが《治癒》の使い方をそれらしく書き込んだのだ。
うまく王国軍内で本の内容が広まれば、《治癒》の使い手は自然と増える。そうなればルカやリネットを数少ない使い手として囲い込もうというような輩も減るだろうという算段だ。
「まぁ感応術師団の団長殿は頭だけは良いからな。すぐに解読するだろうし、一ヶ月もすれば何人か使い始めるさ。まぁ、本当はリネットが一人目だというのは内緒だがな。」
「ちょっとセオ様ぁ~……あ、ルカさん、道すがらたくさんのアドバイス、ありがとうございました。私なりにいろいろ頑張ってみますね!」
「感応術もですが、騎士にもなったことですし、剣の訓練も頑張ってくださいね。」
「うぐっ……そっちはセオ様やノア様に置いていかれないように、体力づくりから頑張りますぅ……」
セオの背後からひょっこりと顔を出していたリネットは、今や護衛騎士団の所属であり、セオの部下だ。バルディアを出てからというもの、ルカのアドバイスや課題の他に、セオからもあれこれと訓練を課されていた。
それぞれ騎士としての土台を作るための大切なものばかりだったが、セオは一つ一つ"リネットがこなせる限界ギリギリ"の量を常に課し続けたのだ。
おかげで今もセオの背後から顔を出しているようには見えるが、その実、身体中が悲鳴を上げており、膝が笑ってしまって何かにつかまっていないと一人でまともに立てないだけである。
「恩人の前だぞ? シャキッとせんか!」
「無理言わないでください~! 昨夜の地獄のスクワットで足が限界なんですぅ~」
「ふははははっ! まぁ今はこんな感じだが、前にも言った通り伸びしろはある。時間のある時で構わないので、またアドバイスしてやってくれるだろうか。」
リネットの足はガクガクと震え、まともに立てていない。もはや、セオにぶら下がっている、といったほうが正しい状態だ。
ただ、セオの言葉を聞けば、キツい訓練を課すのも期待の裏返しなのだと理解できる。ルカから見ても感応術のセンスはあるし、本人に自信さえつけば、大きく化けるのではないかと思わせる何かは十分にある。
「私なんかで良ければいつでも。エリナがピノを飛ばせて定期的に"文通"するでしょうから、近くに寄る際は連絡させてもらいます。」
「あぁ、"文通"の件はどうしても私かミリア殿が内容を検めなければならんからな。紙切れにでも書いて一緒に入れておいてくれれば良い。」
いくら友人同士だと言っても、一般人同士とはわけが違う。王女ともなれば外部とのやり取りを無制限に許すことはできない。
なのでエリナとリィゼの手紙のやり取りには、必ずセオかミリアが間に入ることになっていた。
「わかりました。そうします。」
いまだにエリナを離そうとしないリィゼと、どうしたものかと困り顔のエリナに目を向けると、ピノが二人の周囲をパタパタと飛び回っている姿が目に入った。
「(ピノには悪いが頑張ってもらうしかないな……)」
ルカはこの先忙しくなるであろうピノのことを思って苦笑いを浮かべながら、リィゼが離れるまでの間、優しい眼差しで二人と一羽を眺めていたのだった。




