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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第十三章 バルディアにて
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第六十九話 非常識な訓練

 その夜、宿の自室に戻ったルカは、ベッドに身体を投げ出して天井を眺めていた。

 特に何をするでもなく、一見ぼーっとしているように見えるが、その実、頭の中ではアリスとの会話が繰り広げられている。

 その話題は、先ほどの会食の際にリネットから頼まれた"指導"についてのことだった。

「(今までエリナに頼まれてなんとなく手合わせとかやってたけど、さすがにちゃんと考えなきゃなぁ……)」

『(あら。エリナからのお願いは手を抜いていたのに、そのリネットとかいう女の子の為なら真剣になるのですか?)』

「(いや、そういうのじゃないから……)」

 早速アリスにチクリと言われ、ルカの表情が歪む。

 確かにリネットの依頼があったこともきっかけではあるが、それ以前にもっと大きな原因があった。

「(予想以上に"人間相手"の戦いが早かったんだよ。いくらなんでも村を出て初っ端にエリナが対人戦を経験することになるなんて思ってなかったんだ……村でアーヴと三人でいるうちに、もう少し気にかけとけば良かったよ。)」

 そう、エディルとの戦いだ。

 想像していなかった、想定外だった、いろいろと言い訳じみた理由はあれど、結果的に準備が足りていなかったのは事実だった。

『(なるほど……)』

「(エリナが俺と旅を続けるなら、今後も賊の類と戦うことくらいはあるだろうし……って考えてたところに今回の話が来たんだよ。)」

『(そうですか。では、そういうことにしておきましょう。それで? ちゃんと考えた結果、ルカは二人をどう指導するつもりですか?)』

「(うーん……エリナは対人戦を見据えて、俺からの攻め方をいろいろと変えてやってみるところからかなと思ってるんだけど、リネットは感応術士だし、術の指導をするべきかと思って……ただ俺の場合、感応術に関しては完全にB.N.I.C(ビーニック)頼りだから、教えた内容がそもそも"人類には再現不可能"なんてこともありそうなんだよ……)」

『(でしょうね……私も何か案を出せれば良いのですが、なにぶん術を使って検証できる身体がない身の上では、良いアドバイスはできそうにありません……)』

 寝返りを打つようにしてベッドの上で横を向く。

 あれこれと考えを巡らせながら、ぼんやりとしているルカの脳裏に、一つ思い浮かぶことがあった。

「(同時発動……)」

『(えっ?)』

「(同時発動はどうかな? 俺の場合B.N.I.C(ビーニック)のおかげで簡単にできてるけど、普通の人間でも努力次第で二つ同時くらいならなんとかならないか?)」

『(突拍子もないことを……と言いたいところですが、考えてみる価値はあるかもしれませんね。)』

 感応術は"何をどうしたいか"というイメージを強く持つことで、様々な事象を引き起こす術だ。

 "イメージを強く持つ"という行為は、言い換えれば"集中する"とも言える。結果、集中している物事以外に思考を割く余裕はなくなることになる。

 結局、一つの術の行使に意識を集中している状態で、他の術の行使の為に意識を割くことはできず、それは人間の脳の構造上の制限でもあった。

「(この世界では一般的に複数の術を同時に使うことができないって考えられてるけど、"術を使うこと"が脳での演算処理なのだとしたら、違う見方ができないか?)」

『(そうですね……確かに脳での演算処理だと考えると、術を使うことも、呼吸や歩行、他にもさまざまな"無意識下"での活動のすべては人間の脳での演算処理ですし、"ながら作業"として同時処理しているとも言えますね。)』

 だとしたら――

 ルカは上半身を起こし、ベッドの縁に座り直した。

 右手を顎先に添えるようにして、さらに思考を巡らせていく。

「("術を使う"という行為を、反射的に発動できるレベルまで慣らせば?)」

 二人の議論は続く。いつの間にか立ち上がっていたルカは、部屋の中をウロウロと歩き回っていた。

『(可能性はあります。条件付きですが。)』

 部屋の中で歩くルカの足が窓際で止まった。

 窓の外は暗く、ほとんどの民家は灯りも消えている。深酒したであろう人影が往来をふらふらと歩いているのが見えるが、意識のほとんどが考え事の方を向いているからか、ルカの視線は外を見つつも何も捉えてはいない。

「(条件か……細かい制御が必要な術はダメ、とか?)」

『(えぇ、射程や威力などを都度細かく意識しなければならない術はダメでしょう。反射で使えるように、ということであれば身体強化系くらいでしょうね。)』

「(だな……本当にできるかどうかわからないけど、そこは試すしかないし、二人には悪いけどダメ元で付き合ってもらうか。)」

『(それはいいですが、今の認知科学のような話をしても、あの子たちには理解できないでしょう? どうやって理解してもらうのか、ちゃんと考えるんですよ?)』

「(……はいはい。)」

 明日は朝からリネットも混じって過ごすことになっているし、あまり遅くまで起きていると支障が出そうだと、ルカは窓の外の鎧戸を下ろし、眠ることにした。

 鎧戸に遮られて、外の喧騒はほとんど聞こえないほどになっている。

 これなら今夜眠るのには困らなさそうだなどと考えながら、ルカはベッドに戻り、布団に潜り込んだのだった。


 ◇◇◇


 会食の二日後、ルカはエリナ、リネットの二人とバルディア城内の訓練所にいた。

 普段はロイナー領軍所属の者たちの鍛錬の場だが、今日はルカたち三人だけである。

 セオからの指示もあり、他の人間の出入りは禁止されている。機密情報を含む任務の準備だ、などとセオが適当に事情をでっちあげ、ルカたちの様子が第三者の目に晒されないように、との配慮のようだ。

 セオに言わせてみれば「優秀な人材の存在を隠しているように見せて、目立ちたくなさそうな貴殿に恩を売っているのさ。」ということらしい。

 三人のいる訓練所は強固な壁と高い天井に覆われた石造りの空間で、壁際には訓練用の様々な武具が置かれており、好きな武器で訓練が行えるよう一般的な種類の武器は一通り揃えてある。

 時間はそろそろ夕刻。壁の上の方にある採光用の小窓からは赤くなった西日の光が差し込んでいた。

 二人への指導自体は昨日から始まっているのだが、すでに自分の考えを伝えた上で、ある課題をこなしてもらっていた。

「はぁ……隊長ってば本当に全部の業務を免除するなんて……」

「セオ様、本気でリネットに強くなって欲しいんじゃない?」

「そうかもだけど、私の業務を押し付けられたみんなから、後ですごい嫌味言われそうなんだよね……というか主にユージンとライナスあたりに。」

「あぁ~……わかるかも。」

「でしょー?」

 エリナとリネットは、壁際に設置されたベンチに並んで座り、休憩しながら会話に興じていた。

 額に滲んだ汗を拭い、外の水場から汲んできた水で口を潤している。

「ところでルカさん、昨日言われた"訓練中は常に《敏捷性強化(アジリティ)》を使い続けろ"って、結局何の意味があるんですか?」

「それ、私も今ひとつわかんないかも。"反射的にできるようにしておけ"って言ってたけど、扱いがうまくなるだけじゃないんだよね?」

 少し離れたところで訓練用の武器を眺めていたルカに、二人が問いかけた。

 昨日二人がルカに言い渡された"課題"、それは"訓練中は常時《敏捷性強化(アジリティ)》を使い、維持し続けること"だった。

 もちろんあの夜にルカとアリスが立てた推測に基づいた課題である。

「とりあえずいつでも反射で《敏捷性強化(アジリティ)》を使えるようにしておけば、不測の事態が起こった時に戦線からの離脱が容易になるからだよ。」

「それだけ?」

「いいや、そもそも術の維持にあまり意識を割かなくて良くなるんだ。他のことに意識を集中させやすくなるし、純粋に戦いが優位になる。それに《灼空の封盾(シアリングイージス)》の名前を決めた時、術の名前は"イメージと紐づけられれば言葉は違っても大丈夫"って言ったの覚えてるか?」

「あ、はい。私みたいな感応術士にとってはそれなりに衝撃的でしたし……」

 リネットが《灼空の封盾(シアリングイージス)》をルカの目の前で使ってみせた夜、ルカはリネットたちに術の名前はその術のイメージと合っていれば何でもいいのだと説明していた。

 実際のところ、この世界ではほとんど誰にも知られていないことであり、それは感応術師団の中でも同じであった。

 だが、本当は"もう一つ上"がある。術の名前なりイメージしやすい名称なりを口にすることは強く安定した効果を生むには必要なことだが、術の発動の"必須要件"ではない。

「あれ、もう少し言うと"イメージができていれば、言葉は不要"でもあるんだ。」

「「……えっ?」」

 感応術を使う時はその様子をイメージし、解き放ちたいタイミングで術の名前を口にして"イメージと発動タイミングの固定化"を行っているに過ぎない。

 事実、そのことを理解しているルカは、これまでにも感応術の無詠唱発動を行っていた。

 言葉は不要と聞き、耳を疑うように固まった二人にルカが続ける。

「エリナ、エディルとの戦いの後でみんなのところに戻る時に、俺が《旋揚(ワール・フライト)》って口にしてなかっただろ?」

「あー……えっと、あの時ね……ど、どうだったかなぁ?」

 身体中の傷と左足首の痛みのこともあってルカに抱きかかえられていた時のことだ。

 詠唱云々よりも、その時のことを思い出してしまい、エリナの顔が赤くなる。

 とてもではないがその時詠唱していたかどうかなんて覚えていないし、そんな状況ではなかったのだが。

「……まぁ覚えてなくても仕方ないか。実際に見せるとこんな感じだよ。」

 ルカは左手を横に伸ばし、手のひらを上へ向けた。

 その次の瞬間、伸ばした手の上に小さなつむじ風が渦を巻き、程なくして空気中に霧散するように消えていく。

 同じように今度は右手を伸ばし、指先を数メートル先の地面へ向けると、指先から小さな火の球が飛び出し、地面に衝突して消えた。

 もちろんその間、ルカの口は閉じたままである。

「……嘘……無詠唱なんて信じられない……」

 驚きのあまり、リネットが小さく零し、その隣でエリナは固まっていた。

「まぁ信じられないかもしれないけど、実際できるしね。というわけで、二人には《敏捷性強化(アジリティ)》を無詠唱で発動できるところまで使い込んでほしいんだ。」

「「えぇーーーー!!」」

 そんなことを狙った課題だったなどと思いもしていなかった二人から悲鳴が上がる。

 ルカは苦笑いしながら二人を見てはいるが、出した課題を取り下げるつもりはない。

 まだ口にしてはいないだけで、二人には《敏捷性強化(アジリティ)》を無詠唱かつ反射で使えるようになってもらうつもりなのだ。

 そのためにも過度に甘やかしたりはしない。

「(無詠唱かつ反射で使えるところまで来れば、エリナは意識を戦闘行為そのものに割けるようになるし、リネットさんは《灼空の封盾(シアリングイージス)》と合わせることで部隊内でもかなり強力なカードになるはずだしな。)」

 ルカは訓練所の中央付近まで歩き、二人の方を振り返った。

「さ、今日は次で最後にしようか。二人とも《敏捷性強化(アジリティ)》は維持したままだからな?」

「わかってるよ。でも《敏捷性強化(アジリティ)》込みの二人がかりでも全然攻撃当たらないんだよねぇ……」

「ほんと、ルカさんすごいよね……まぁ私はそもそも白兵戦がダメなんだけど……」

「それでは困るな。お前には白兵戦もこなせるようになってもらわんと。」

「……!」

 突然訓練所の入口から声がして振り返ると、そこに立っていたのはセオだった。

「た、隊長……白兵戦"も"ってどういうことですかぁ?」

「そのままだ。感応術士だからといって術だけ使えれば良いわけではない。白兵戦もできる術士の方が戦力としては重宝するし、近距離で急襲された場合も戦線を維持しやすくなる。合理的だとは思わんか?」

 セオが訓練所内に入ってくる。

 彼にしては珍しく意地の悪そうな笑みを浮かべていて、一見冗談めかしているように見えるが、その目だけは至って真面目だった。

 リネットをただの感応術士ではない"何か"にしようとしているのだろうか。

「セオ殿、もしかしてリネットさんにも何か武器を持たせるつもりですか?」

「そうだな。後衛だけではなく、中距離から近距離まで動けるようになるなら、短杖ではなくしっかりと戦える得物を持たせたいところではあるな。」

 軍にも関わる話だろうから、あまり踏み込むのは良くないし、下手にセオの考えを聞いてしまえば巻き込まれてしまいかねないリスクはある。

 ルカはその事情に踏み込まないように注意しながら、あえて「武器を持たせるのか」という点においてだけ問いかけてみた。

 そして返ってきた答え。ああそうなのか、とルカは一人心の内で納得する。

「(……彼女を"前"にも出せるようにするつもりか……)」

 セオが指揮官として彼女をどういう駒として使おうとしているのかはわからないが、少なくとも前線に出して《灼空の封盾(シアリングイージス)》など使われようものなら、相手側にとってはたまったものではないだろう。

 そうであるならば前線で彼女自身が身を守れる程度には動けるようにならなければ。

「ではリネットさん。上官のご命令のようですし、ここからは短杖ではなく細剣に持ち替えてみましょう。」

「えっ? 本当に?」

「ええ、無理に切りかかったりはしなくても構いません。まずは普段とは違う長さや重さの武器を実際に体感してみましょう。」

 普段感応術士たちは何も持たないか、短杖あたりを持つのが一般的だ。だが前衛として前に立つのであれば異なる武器を持つべきだろう。

 決して力の強くないリネットであれば、まずは細剣あたりを試すのが良いはずだ。

 ただ、武器が変わるとそれが少しの差であっても戦いの中では大きな差になる。少しの重さが体力を奪い、少しの長さが重心のバランスを崩す。

 こればかりは身体を慣らし、鍛え、体力をつけるしかない。

 だからまずは武器の種類をいくつか試しながら、「ただ持って動き回る」というところからやらせることにした。

 リネットに訓練用の細剣を手渡し、訓練所の中央へ向かって戻ろうとすると、不意にセオから声がかかった。

「私も混ぜてもらおうかな?」

「「……えっ?」」

「セオ殿、本気ですか?」

 いつの間にかロングソードを肩に担ぐようにして、セオが笑顔で歩み寄ってくる。

「本気だとも。私とリネット、ルカ殿とエリナ嬢の二対二での模擬戦はどうかね? 私とルカ殿の二人はお互いにのみ攻撃することとして、女性陣に手出しすることは禁止。女性陣は相手側のどちらに攻撃しても良いこととする。」

「なるほど、まぁそういうルールでやるなら構いませんが……あ、女性陣は《敏捷性強化(アジリティ)》の維持は必須、男性陣は感応術禁止。これも追加で良いですか?」

 あの笑顔……やらないという選択肢はなさそうだ。本人が身体を動かしたかっただけのような気もしないではないが、本来の目的はエリナとリネットの訓練である。そこは逸脱しないように"課題"を継続させられるように釘を差しておく。

「結構。それで行こう。」

「はぁ……手加減してくださいよ?」

「ふははっ! 確かに、女性陣が"見える程度"でなければ意味がないからな。」

 "見える程度"ということは、"見せるつもり"なのだろう。

 リネットに"剣"を扱う動きとはいかなるものなのかを、一度間近で見せるつもりなのだ。

「(エリナの参考にもなれば良いんだけど……)」

 楽しそうに訓練所の中央へ歩いていくセオと、それに続くように進んでいくルカの背を見ながら、女子二人が顔を見合わせる。

「セオ様って強いんでしょ?」

「うーん。王国軍内で剣だけだったら最強、本人は使わないけど、感応術ありの条件でやっても三本の指に入るって噂だよ。」

「うわぁ、それって本物じゃない……。ルカはどうかなぁ……いつも私に合わせてくれてるみたいだし、まだ本気になってるところって見たことないかも。」

 果たしてどんな模擬戦になるのか、想像もつかない二人は顔を見合わせたまま苦笑いを浮かべる。続けて大きなため息をついたあと、諦めたように男性陣の後を追うのであった。

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