第六十七話 見覚えのある後ろ姿
晩餐会から五日が経った。
辺境伯家から手配してもらっていた赤旗館での滞在期間は過ぎてしまったので、ルカとエリナの二人はマリウスが勧めてくれた"槌と麦亭"へと拠点を移し、レッタに頼んでいた武器の出来上がりを待っていた。
槌と麦亭は赤旗館よりは下のランクの宿になるらしく、客室は少し狭いが、良い意味で宿を切り盛りしている主人とその奥さんの人の良さが滲み出た、気楽に過ごせる宿だ。ちなみに、赤旗館と同じく、こちらで出てくる料理も若干大味で、もしかするとバルディア料理自体がそういう傾向なのかもしれない。
アーヴはというと、ちゃっかりと赤旗館から出る日までに王都エレドリアへ行く隊商の護衛依頼を見つけていたようで、二人との挨拶もそこそこに依頼人の元へと去っていった。
去り際のこと、「そんじゃあまたな。」と、たった一言だけ残して右手をひらひらと振りながら去っていくあたり、なんともアーヴらしい別れだった。
ルカとエリナの方はというと、エリナの足の痛みも回復したということで、ブレーヴェ村にいた時のように少し都市の外で手頃な害獣討伐をこなして過ごしている。また、エリナは初めての対人戦を経験し、思うところがあったのか、ルカに改めて訓練を願い出てきたので、村を出てから休んでいた訓練を再開していた。
今日も午前中にバルディアの周囲を囲む壁の外側、茂みや木が多いエリアでブレーヴェ村周辺にもいた見慣れた害獣を適度に狩った後、午後は壁の近くまで戻ってきてから二人で訓練に時間を費やしていた。
「左足の痛みはどうだ?」
「うん、もう平気だよ。痛めた後は荷馬車に乗せてもらってたし、ルカも治療してくれたでしょ?」
エリナは左足首をぐるぐると回しながら、その調子を確認しているが、痛がる素振りもなく、もう回復していると見て良さそうだ。
痛めた直後はかなり状態が悪かったこともあり、ルカがオリジナル感応術である《治癒》で治療していた。《再生》とは違い、体組織の大きく欠損や喪失を治すことはできないが、多少の怪我なら十分治せる術である。
こちらもあまり人前で使うのは避けたかったので、《再生》の件を知っている者、つまりエリナ、リネット、リィゼだけに対し、天幕内に隠れるようにして使うことにした。人払いのためにセオやノアには話を通す必要があったが、他言無用としてもらった上でその存在を開示している。
「《治癒》だっけ? 身体が治ろうとする力を強めて回復させてくれるんだよね? あの術かけてもらった後にはほとんど痛くなくなったからね~。」
「まぁ、それなら良いんだけどな。手合わせした感じ、違和感もなさそうだし。」
「でしょ? 調子いいもん。ピノもそう思うよね?」
「ピッ!」
「いや、ピノは怪我する前を知らないだろ……」
通じ合っているのかどうかはわからないが、やけに仲の良い一人と一羽に軽くツッコミを入れながら過ごしていると、ふとエリナが足を止めた。
小首を傾げ、小さく唇を尖らせるようにしながら、エリナはルカの全身を眺めている。
ルカの近くをぐるぐると回りながら、全身を観察し始めた。
「うーん……私のは半分冗談だったんだけど……それよりルカの動きの方が変わってない? 力が強くなったとか動きが速くなったとか、そういう感じじゃないんだけど、なんか違うんだよね……」
「いや、なんか違うと言われても……」
ルカ自身は何か変わったような気はしないのだが、エリナは僅かな違和感を覚えているようだ。
それよりもあまりじっくりと観察されては何とも居心地が悪い。
「と、とにかく! もうすぐ日暮れだし、今日は終わりにしよう! さ、討伐報告して宿に帰るぞ!」
「あ、ちょっと! もう少し! さっきの足さばきのとこだけでも! ちょっと~~~!」
自分のそばを周回しているエリナの横をすり抜けるように、ルカは街の方へと飛び出すと、足早に歩いていく。
「っていうかまだ明るいじゃん! まだお日さま見えてるって!」
「いやいや、西の方もちょっと赤くなってきてるし、な?」
「な? じゃないって! いつもはもっと付き合ってくれるでしょ~!」
歩く速度をまったく落としてくれないルカを追いかけようと、エリナは慌てて近くに置いてあった荷物を手に取る。
機嫌を損ねたように頬を膨らませるように見せながらも、どこか楽しそうな彼女は先を行く背中を追って駆けていく。
文句を言うエリナと、のらりくらりともっともらしい言い訳で躱すルカが、街の中へ姿を消したのはそのあとすぐのことであった。
西の空が茜色に染まり、日が落ちる頃、ルカとエリナは役場から槌と麦亭に向かって歩いていた。
午前中討伐した害獣についての報告とその報酬を受け取り、得た金で旅に必要なものを買い足して宿に戻る。それがここ数日のルーティーンでもある。
ちなみに毎日結構な量を買い込んでいるが、そこはアイオン・バングルに放り込んでしまえば良いので、金銭的に余裕があるうちにと毎日少しずつ買い足しているのだ。
今日も同じように買い出しまで終えた二人が槌と麦亭に続く路地に入ると、槌と麦亭に向かって佇む、どこか見覚えのある女性の後ろ姿があった。
青い長尺のローブに、肩より少し下まで伸びた赤髪のポニーテール。
「なんか数日前にも似たようなシーンがあった気がするよなぁ……」
「だよねぇ……」
二人は顔を見合わせ、数日前の赤旗館のロビーでの出来事を思い出す。
あの時は晩餐会のお誘いだったが、今日は一体何の用事だろうか。
槌と麦亭の前で今にも中へ入っていきそうな彼女に、エリナが声を掛ける。
「リ~ネット!」
「んひゃぁ!」
突然後ろから肩を叩かれ、リネットがおかしな声を上げて飛び上がる。
目尻に涙を浮かべながら、リネットは油の切れたブリキ人形のようにギギギ……とこちらを振り返った。
「今日はどうしたの? ここにいるってことは、私たちに用事?」
驚きのあまり声も出せないまま、リネットは小さく頷いただけだった。
「……そんなにびっくりすると思わなくって……ごめんね?」
「んも~!」
小さく舌を出して茶化したように謝るエリナに、リネットが上げた抗議の声が、夜が近づきつつある路地に響き渡ったのだった。




