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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第十二章 賑わいの陰で
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第六十六話 晩餐会の終わりに

 一方そのころ、ルカは華やかな晩餐会を離れ、アーヴやセオ、ノアと共に城の正面入口横に併設された警備兵の詰め所に来ていた。

 晩餐会の途中、折れた剣の代わりを調達したのかとセオに聞かれたのだが、その流れで紅火工房の話になったのである。

 ルカは、紅火工房(こうかこうぼう)の店主であり鍛冶師でもあるレッタの打った剣を一振り購入したが、城内での帯剣は認められていない。そのため、警備兵の詰め所に預けてあるそれを、セオたちと見に来たのである。

「これです。とりあえず何も聞かずに見てみてください。」

「ふむ……」

 レッタの打った剣を手に取ったセオは、すらりと鞘から抜き放った。

 灰色の刀身が、詰め所の入口に掲げられた灯りに鈍く光っている。

 セオはその剣を目を細めながら、ゆっくりと舐めるように観察していた。

 柄頭、鍔、刀身、切っ先……剣を扱う者として、様々な細かい部分まで気になるところをじっくりと眺めていく。

 そのセオの両隣でノアとアーヴも真剣な表情で剣を観察していた。

「……何というか一言で言うと"ちぐはぐ"だな。素材は明らかに粗悪だ。弟子入り直後でまともに剣を打てない者の練習用と見紛うほどにな。だが一方で鍛冶師本人の技術はかなり良い。売り物としては素材と腕が釣り合っていない……」

「そうですね。バルディアは城塞都市で国防の要ですし、優秀な鍛冶師や職人の数は王都に引けを取りませんが、このレベルならバルディアで片手の指に収まるんじゃないでしょうか?」

「見る限り刀身と鍔の合わせに歪みやガタつきがねぇ。刀身のバランスも完璧だ。武器として切っ先側を丁寧に作るのは当たり前だが、柄や柄頭側もかなり丁寧に仕上げてある。柄の革の巻き方も握りが甘くならないよう、かなりしっかり巻かれているんじゃねぇか?」

 セオ、ノア、アーヴ、それぞれが口にする評価は、ルカのそれとほとんど差はないようだ。

「やっぱりそういう評価になりますよね……」

「あぁ……して、ルカ殿。この剣はどこで?」

紅火工房(こうかこうぼう)という店です。鍛冶屋が集まっている区画にあるんですが……」

 店の名前を伝えたが、セオとノアは顔を見合わせたものの、心当たりがないようで、二人首を傾げている。

 アーヴは顎先に手を添えながら、視線を上に向け、自身の記憶を探っているようだ。

紅火工房(こうかこうぼう)……あれか、その区画だとかなり端の方にある店じゃねぇか? 武器や防具の店ばっか並んでるとこの奥の方にある店先に赤く塗った炎の看板が下がってるとこ。何度か近くに行ったことはあるが、閉まってたような気がするけどなぁ……」

 おそらくアーヴの言う店は紅火工房(こうかこうぼう)だろう。彼が言った通り、赤く塗られた炎の絵が描かれた看板が下がっていたはずだ。

「いや、多分合ってる。レッタって言う鍛冶師が一人でやってるみたいなんだ。鍛冶仕事をしながら店頭には立てないだろうから、剣を打つ日は店を閉めてるんじゃないか、とも思ったんだが……」

「……? 違うのですか?」

 ルカは少し伏し目がちになって、何か考えるように佇んでいる。

 その様子にノアが首を傾げた。ルカの言う通り、鍛冶師が一人で店を切り盛りしているのであれば、平日に休みが多いこと自体が不自然とまでは言えない。

 だが、ルカには紅火工房(こうかこうぼう)に行った時、もう一つの違和感を覚えていた。

「えぇ……実は紅火工房(こうかこうぼう)に行った時、通りに面した店がいくつも店を閉めていたんです。紅火工房(こうかこうぼう)だけなのであれば、特定の店の問題だと思いますが、普通は営業しているはずの店がいくつも閉まっているなんて、どうにも不自然で……」

 そう、紅火工房(こうかこうぼう)を見つけたあの時、休日ではないにも関わらず、半分近くの店が閉まっていたのだ。

 その光景がルカには不自然に見えたのである。

「なるほどな……確かに少し"匂う"な。一度私からギルベルト様のお耳に入れておこう。」

 紅火工房(こうかこうぼう)やその周辺の商店についての話は辺境伯へ伝えるとのことなので、相応の調査はしてくれるようだ。

 セオが手にした剣を鞘に戻し、ルカへと手渡すと、ルカはそのまま詰め所の警備兵に剣を再度預けに行く。

「んじゃまぁ会場に戻るとしようぜ。とっとと戻らねぇと、ユージンやライナスあたりが俺たちの分まで料理を食っちまうぞ。あいつら遠慮がねぇからな。」

 アーヴのぼやきにある者は苦笑いを浮かべ、またある者は肩を竦めながら、ルカたちは会場へ戻っていったのだった。




 晩餐会の出席者たちが広間に戻ったしばらく後のこと、リィゼが短く挨拶を述べたのを最後に、晩餐会はお開きとなった。

 使用人たちが広間の後片付けに動き回っているのを横目に、リィゼ、セオ、ノア、ミリア、リネットの五人は、ルカたちの見送りのため、城の正面入口へ向かって歩いている。

 それぞれが思い思いの相手と雑談に興じ、会の感想や小さな約束、明日以降の予定など、取り留めなく話しているうちに、一行は城門前に到着した。

「楽しい時間もあっという間だったわね。ねぇエリナ、明日にはピノちゃん帰ってくるんでしょ? 一度私のところにも来て欲しいなぁ~……ちゃんとピノちゃんがどんな子なのか見ておきたいんだけど……」

「うん、もちろん。でも普段の手紙のやり取りはセオ様かミリアさん経由だからね?」

 エリナとリィゼはピノの話をしたらしく、ピノを使って文通のように手紙のやり取りをする約束をしたようである。

 とは言え、無検閲というわけにはいかない。エリナとリィゼが友人同士である事情を知る、セオかミリアが間に入る形になったのだろう。

「それは分かってるわよぅ……」

「ふふっ」

 検閲が入る以上、女子同士の秘密の話は筒抜けになってしまうわけで、その辺りが不服なリィゼが口を尖らせる横でエリナたちが笑っている。

 また、当初エリナとリィゼがお互いを呼び捨てにし、気安く会話することは、女性四人の時だけということにしていたが、ミリアからセオに話を通してくれたようで、セオとノアの目も気にしなくて良いことになったようだ。

 ミリアが言うには「そうしておかないとセオ様の検閲を意識して堅い言葉を書かねばなりませんし、楽しくないでしょう? 検める側としても楽しくありませんし……」ということらしい。"検める側の楽しみ"とやらについては、リィゼがだいぶ文句を言っていたようだが、当の本人は微笑みながらのらりくらりと躱していた。

「さて……」

 城門前まで来ると、ルカ、エリナ、アーヴの三人が城の方を振り返り、リィゼ、ミリア、リネット、セオ、ノアの五人と向かい合う。

「ルカ殿とエリナ嬢は武器の打ち直しが終わるまではバルディア内に滞在するのだろう?」

「えぇ、手配していただいた宿はあと三日ですし、そのあとはエリナのお兄さんが勧めてくれた"槌と麦亭"を訪ねてみようかと。」

 ブレーヴェ村を出る前、マリウスからバルディアを始め、リヴィエナや王都エレドリアについての話を聞いていた中に、それぞれの街のお勧めの宿の情報もあった。バルディアにあるのは"槌と麦亭"で、"槌"の名の通り宿の主人が職人でもあるという少し変わり種の宿だ。

「なるほど、確かにいい宿だ。アーヴ殿はどうするのだ?」

「俺か? とりあえず金出してもらってる分は赤旗館でゆっくりするが、その先はー……そうだな、適当に隊商の護衛依頼でも請けて王都の家に戻るわ。」

「ふむ。しばらく滞在しているならこちらで護衛依頼を出したいところだが、少しタイミングが合いそうにないな。」

「かもな。」

 アーヴの方は、ルカやエリナのように武器の打ち直しといった時間のかかる予定はない。

 受注した依頼を達成し、やることがなくなれば、次の仕事を探すか拠点や自宅に戻るかのどちらかだ。

 今回の場合、彼の家に戻るついでに適当な護衛依頼を探すのだろう。

「では、今夜はこれで。」

 ルカが小さく会釈するように頭を下げる。

 その様子を皮切りに、それぞれが一言二言と別れの挨拶を交わしていく。

 リィゼがエリナと軽く抱擁し合っているのを横目に、リネットとミリアはルカに世話になったことに対する感謝の言葉を伝えている。

 程なくして、エリナとリィゼがどちらからともなく静かに離れた。

「じゃあ、またね。」

「うん、またね。」

 二人の挨拶を最後に、お互いに小さく手を振ると、ルカたちは城を背に城下へ向かってその場を後にする。

 エリナが時折振り返ってはリィゼたちと手を振り合っていたが、緩いカーブを描く道を進むに従って、その姿は見えなくなっていった。

「最初は緊張したけど、楽しかった~」

 ルカの隣で歩くエリナが、小さく伸びをする。

 城という場所で晩餐会ではあったが、私的な場としてドレスコードも無く、加えてその時間の多くは女子だけの空間で過ごせたこともあり、かなり楽しく過ごせたのだろう。

「そりゃ良かったが、王女殿下と知り合いになった手前、下手な行動はすんじゃねぇぞ。」

「なにそれ。どーゆー意味?」

「……」

 両手を後頭部に回し、数歩先を歩いていたアーヴは、肩越しにエリナへ視線を向けながら何やら不穏な言葉を投げかけた。

 少し引っかかる物言いに、エリナの表情が曇る。

 夜とはいえ人通りが皆無というわけではない往来だ。あまり周囲に聞かれていい話ではなさそうな気がしたルカは、薄く《風の封壁(ウインド・シール)》で音を遮断しておく。

「言葉のまんまだ。難しいことをダラダラ説明するつもりはねぇが、どちらかが何かやらかしたら相手が困るっつー話だ。その上王侯貴族なんてもんは面倒くせぇ人脈に雁字搦めにされながら、腹ん中に真っ黒いもん抱えて生きてる連中だからな。影響度が違う。わかるだろ?」

 なんだか少しアーヴらしくない物言いに、ルカもエリナもその表情に疑問符が見える。

「(アーヴにしては珍しい話をするな……)」

 アーヴと言えば、人付き合いなどその場その場で気楽に楽しくやっていければ良い、そんな風にすら考えていそうに見えるというのに。

「それは……わかるけど。」

「いいや、分かってねぇな。」

 不意にアーヴが立ち止まった。

 くるりとこちらに向き直ったが、城を出る時まで見せていた気安い笑顔は無く、視線を地面へ落としている。

「お前が何かやらかすなり、誰かに狙われるなりすれば、最悪誰かさんの王位継承権争いだとか王城内での立場に無視できない影響があるって言ってんだよ。逆に誰かさんなり周囲なりがその権威を悪用すれば、お前や一緒にいるルカもただじゃすまねぇ……」

「そんなこと、リィゼもみんなもしないでしょ?」

「だろうな。お前も俺も、多分ルカから見ても今日のメンバーに変なやつはいないと思ってるだろ。でもその他の王侯貴族は別だ。あいつらは何でもやるし、どうとでもする。裏から手を回して白を黒にするなんざ、日常茶飯事だ。」

 エリナが視線を落とすと、そこにはアーヴの手が強く握り込まれていた。

 こころなしか先ほどよりも表情が一段暗くなったようにも見える。

「あー……とにかく。立ち回りには十分気をつけろってことだ。いいな?」

「……うん、わかった。」

 軽く右手で頭を掻きながらそう言うと、アーヴはエリナの答えを確認し、二人に背を向けて歩き始めた。

 だが、歩く方向は赤旗館の方ではない。

「アーヴ、お前――」

「らしくねぇ話はこれで終わりだ。男の昔話なんざ聞こうとするなよ? 出てくるのは酒の失敗くらいのもんで色っぽい話の一つもありゃしねぇんだからよ……はぁ……俺は飲み直してから帰るわ。じゃあな~」

 右手をひらひらと振りながら、アーヴは繁華街の方へ歩いていく。

 そのまま二人の方を振り返りもしない。その背中は次第に小さくなり、やがて路地の奥へと消えていくと、その場には二人と遠く繁華街から聞こえる夜の街の喧騒だけがそこには残っていた。

「何ていうか……大変だなぁ……」

「そうだな。距離感も立ち居振る舞いも。」

「違うよ。」

 見えなくなったアーヴの方から、視線を足元へ落としたエリナがポツリと呟いた。

 アーヴは敢えてなのかあまり細かくはっきりとは言わなかったが、王族と友人として付き合うということの意味を彼女なりに理解したのだろう。

 そう思ってルカも理解を示したが、エリナの口から出たのは否定だった。

「えっ?」

 その意味が読み取れず、ルカが怪訝そうな表情を浮かべる。

「大変なのは、リィゼだよ。アーヴの言う通りだとしたら、友達なんて簡単にできっこないじゃない。」

 一人の少女が王女だからという理由で、王侯貴族の権謀術数の真っ只中にその身を置かれるのであれば、そこでできる友人はきっと心から通じ合える相手にはならない。

 エリナが大変だと感じたのは、そういう仄暗さを孕んだ世界にいるリィゼのことだったのだ。

「自分に寄り添ってくれない人や、気の休まらない関係ばかりじゃ、毎日辛いと思う……」

 トントンッとスキップを踏むかのように数歩前に進んだエリナは、少し楽しそうにくるりと回ってルカの方へと向き直った。

「だからリィゼに寂しい思いはさせない。私とリネットとミリアさんの三人でね!」

 もちろん気をつけることも忘れないけど、と付け加え、エリナはその白い歯を覗かせながら微笑んだ。

「……なるほどな。じゃあ大変だろうけど、ピノに頑張ってもらうしかないか。」

「だね!」

 ルカはエリナの頭を軽く撫でて、宿へ向かって歩き出す。

 エリナも撫でられた頭に照れたように触れると、先を歩いていくルカを追って宿の方へと消えていく。

 いつしか往来は夜の帷に包まれ、街の喧騒もやがて静かに聞こえなくなっていった。

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