第六十五話 晩餐会と女子会と
夕日がヴァルグレン山脈の峰々に沈もうかという頃、ルカたちはバルディア城を訪れていた。
昨日リネットから伝えられていた晩餐会に出席するためだ。
バルディア城は辺境伯の居城ということもあり、大小様々な部屋がある。
その二階の一角、中庭に面したところに会食用の広間があり、そこでは今、とある私的な晩餐会が開催されている。
会場となっている広間には、大小さまざまなテーブルが並べられ、それぞれのテーブルには様々な料理や飲み物が並べられていた。
出席者たちが好きなものを手元の皿に取り食べることができる、立食形式のようだ。
晩餐会に出席しているのは、主催者であるギルベルト・ロイナー辺境伯、そしてその孫にあたるリィゼ=セリオール=ヴェールスフィア王女とその護衛として王都から随行してきた全部隊員、そしてルカ、エリナ、アーヴの三人だ。
「そうか。君たちが護衛に協力してくれたという傭兵か。セオからは今回はいろいろと危ないこともあったようだが、君たちのお陰で孫のリィゼも軽傷で済み、侍女のミリアも助かったと聞いている。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。」
明るいグレーの髪を油で撫でつけ、整えられた顎髭を蓄えた立派な体躯の老紳士が、ルカたちを前に頭を下げている。
彼がこの地を治める辺境伯、ギルベルト・ロイナーその人であった。
国王とは古くからの友人であり、リィゼの母親であるセレス第二妃の輿入れのために、当時平民であった彼女の養父となった人物だ。
ヴェールスフィア王国の北西に位置するルメリア諸国連合との国境に近く、国境を守護する役割を持つ彼は、実直で質実剛健を絵に描いたような男であった。本来、辺境伯のような身分の高い者が平民に頭を下げることは良しとされないが、この場が私的なものとして催されていることや、関係者以外が出席していないこと、加えて本人がそういった身分云々というところにあまり頓着しない性格もあり、ギルベルトはあっさりとルカたちに頭を下げたのだ。
さすがにルカたちもどうして良いものかと慌てていたところで、ギルベルトの後ろからひょっこりとリィゼが顔を出した。
その後ろではリィゼに付いてきたのであろうリネットが、苦笑いしながら立っている。
「ギルベルトお祖父様~? そろそろ私たちの友達を解放してくださらない?」
「んむ? おぉ、リィゼか。いや、すまんすまん。どうしても一言礼を言っておかねば気が済まんかったのでなぁ……用事も済んだことだ、部外者の儂は引っ込むとしよう。では君たち、今夜は気兼ねなく楽しんでくれたまえ。」
ギルベルトはリィゼに向かってニカッと笑いかけると、ルカたちに軽く手を振りながら、会場から去っていった。
「なんというか、辺境の守護を任されてるだけあって、歴戦の猛者って感じのプレッシャーもあるけど、気持ちの良い御仁って感じだったな……」
「そうですか? 私にとっては優しくて面白いお祖父様なんですけどね~。さぁ! エリナ、行きましょ! あっちの個室でミリアがお茶を準備して待ってくれているのよ!」
ギルベルトが去ったところで、リィゼは「待ってました」とばかりに少し強引にエリナの手を引き、外へ続く扉へと進んでいく。
「あ、ちょっと殿下……! じゃあルカ! また後でね!」
小さく手を振りながらリィゼに引きずられていくエリナに、ルカも手を振り返して応える。
すぐ隣でペコペコと申し訳なさそうに何度も頭を下げながらリネットも二人に付いて行った。
「エリナもえらく殿下に気に入られたみたいだな……ルカ、お前エリナと一緒に旅するんだろ? ありゃ定期的に王都に来いとか言われることになるんじゃないか?」
「いや、さすがにそれは……」
「なくはねぇと思うぞ……」
アーヴの指摘に、ルカは三人が出ていった扉を見ながら、何とも言えない表情で佇んでいた。
一方、晩餐会会場のすぐ隣にある、少し小さな応接室。そこにはエリナ、リィゼ、リネット、ミリアの四人の姿があった。
「はい、皆さんお茶が入りましたよ。」
まだ本調子とまでは回復していないが、日常生活であれば問題なく過ごせるレベルまで回復したミリアが、手慣れた様子でティーカップにお茶を入れ、各人の前に並べていく。
「ミリアさん、身体の方はどうなんですか?」
「えぇ、まだ全快とは言えませんが、テオバルトさんからはもう普通に過ごして良いと言っていただいてますよ。」
エディルとの戦闘の後、瀕死の重傷を負ったことも、ルカの感応術で助かったことも知っているのだが、それでも治療後しばらくはほとんど起き上がることすらできないほどに弱っていたのを知っている。エリナは、目の前でにこやかにお茶の準備をしているミリアを見て、安堵の表情を浮かべていた。
「ルカ様からは"休息と栄養を取って、少しずつ身体を慣らして行くように"と言われてますし、姫様のお世話から頑張っているんです。」
お茶の入ったポットをテーブルに置き、ミリアも他の三人同様、椅子に腰掛けた。
あの時、いつ死ぬとも知れない状況のミリアを目の当たりにした三人にしてみれば、その本人が目の前で初めて女子会をした時と同じように微笑みながらお茶を準備しているその姿は、本当に助かったのだと強く実感させるのに十分な光景であった。
「リィゼ、ほんと良かったね。」
「えぇ、私の隣にミリアがいないなんて、考えられないもの。」
「リィゼさんの隣にミリアさんがいないと、違和感ありますしね~。」
リネットがくすくすと笑いながら、リィゼとミリアの様子を眺めている。
ちなみに、先日エリナとリネットがお互いを呼び捨てで呼ぶようになったのを受けて、彼女もまたこの四人でいる時に限ってリィゼのことをフィリスではなく本名で呼ぶようになっていた。
「ふふっ……まだまだ姫様のお側を離れるつもりなんてありませんよ。そうですねぇ、姫様が"どなたか"とご結婚なされたら、でしょうか?」
「なっ! ちょっと! ミリア!」
ミリアの無事を喜ぶ雰囲気だったはずのところに、当のミリアからは何やら思わせぶりなセリフが出てきてしまい、何故だかリィゼが慌て始めた。
その顔は熱でもあるのかと思えるくらいに赤く染まっている。
「ん? 何その慌てぶり~。」
「ち、違う! 私が結婚したら側を離れるとか言うから……」
明らかに狼狽しながら、リィゼは顔の前で両手を激しく振りながら否定している。
「じゃあ結婚しないの?」
「け、結婚はしたいと思ってるけど……まだそういう話は……」
エリナに結婚を聞かれ、リィゼは振っていた手を止めると、顔を赤らめたまま、俯き加減で漏らしたのだが、それをエリナは聞き逃さなかった。
「"まだ"ってことはそのうちするんだ?」
「そのうち、というか、まだそういう話をする間柄ではないというか……」
「ふ~ん、そうなんだ……じゃあそういう話をしたい人がいるってことかぁ……」
エリナはニヤニヤと笑みを浮かべながらリィゼを見ている。
明らかなエリナの誘導尋問に見事に引っ掛かっていくリィゼを、リネットとミリアはくすくすと肩を震わせながら眺めている。
「あ、ちょっとエリナ! ……もうやだぁ……」
「でもリィゼさん、部隊内では結構有名ですよ?」
リィゼはその両手で真っ赤になった顔を覆い、恥ずかしさに身悶えているのだが、リネットからの追い打ちに少し涙目になりながら叫ぶ。
「嘘っ!? じゃあノア様も知ってるの!?」
「あ、やっぱりノア様なんだ。」
「あ! ちょっと待って! き、聞かなかったことにっ……」
リィゼの方に少し顔を近付けるようにしながら、笑みを浮かべるエリナに、リィゼが懇願する。
恥ずかしさで顔は紅潮し、慌てれば慌てるほどボロが出る。もはや隠すことなどできていない。
「あ、そこはみんなちゃーんと秘密にしてます! というか、ノア様そういうところは鈍感なので~……」
「そ、そうなの?」
フォローになっているのかはわからないが、ノアがリィゼの気持ちに気付いていないと聞かされ、何故だか安堵の表情を浮かべるが、エリナはその顔に疑問符を浮かべ、ミリアは堪えられないのか、顔を背けて肩どころか身体を大きく震わせていた。
「だって、お互い好き合ってるのに、相手の気持ちに気付きもしない鈍感さんなんですよ? 二人で話ができるように仕向けたり、二人が話している時に周囲が気を遣って少し離れたり、こっそり応援してるんですけどねぇ……」
「み、みんなそんなことしてたのっ!?」
ガタッと椅子からリィゼが立ち上がる。その顔はもはや耳どころか、ドレスの肩口から覗く首元まで真っ赤だ。
「……いっそ気付かれちゃった方が早いんじゃない?」
「そ、そんなの恥ずかしいじゃない……そ、そんなことより! みんなはどうなのよ! 私ばっかりズルいわ!」
相変わらず顔は赤いままだが、可愛らしく頬を膨らませ、リィゼは抗議の声を上げながら、他の三人に矛先を向ける。
エリナやリネットはしばらく笑いが止まらずに、お腹を抱えていたが、少し落ち着いてきたところで、エリナがミリアに水を向けた。
「でもみんなはどうって言われてもなぁ……ミリアさんはどうなんですか? いい人がいたりとかします? ミリアさん素敵だから、周りが放っておかなさそうだけど……」
「私ですか? 夢中にさせてくれるような殿方もいませんし、そんなことより姫様のお世話をしている方が楽しいんですよねぇ……」
「……世話が楽しいってどういうことなの……」
話を振られたミリアはその細い顎先に綺麗な指を添えるようにしながら、少し遠い目をして答えるその様は、周囲もため息を漏らしてしまう程の大人の雰囲気を醸し出しているのだが、答えの内容に引っ掛かったリィゼの膨れっ面との対比に、またもエリナとリネットは肩を震わせていた。
「それならエリナさんはいかがなのかしら? やっぱり一緒に旅をしているくらいですし、ルカ様と?」
「ルカ? ルカは確かに素敵……というか凄いんだけど、旅って言っても始まったばかりだし、前に言った通りまだ出会って一ヶ月半くらいだもん。そういう感じじゃないかなぁ……私はそれよりアルヴェイン殿下かなぁ……」
「え? エリナってアル兄様が好きなの?」
「だってかっこいいじゃない……」
アルヴェイン――アルヴェイン=セリオール=ヴェールスフィア第一王子は、リィゼの腹違いの兄だ。これがかなりできた人間で、国民、とりわけ若い女性からの人気が高い。
エリナが気恥ずかしそうにしながら頬を掻いているのを横目に、リネットが続く。
「人気ですもんねぇ……人気過ぎていろんな街で肖像画や術版画とかも出回ってますし……」
実はこのアルヴェイン王子、王都でのあまりの人気ぶりに、肖像画や、感応術によって作られる旧時代で言う写真のような絵である"術版画"によって、ブロマイドのようなものが作られ、広く王国内に流通しているのである。
他の王族のものも無いわけではないのだが、その流通量が桁違いなのだ。そのせいもあって、ブレーヴェ村のような辺境の村でも「王族の顔は知らないが、アルヴェイン王子だけは知っている」ということはよくあり、余計にアルヴェイン王子の人気が高まる状況になっている。
「にしてもアル兄様って浮いた話が無いのよね。もう二十二だし、婚約者がいて当たり前の年なのに。」
「確かに、そういった話は耳にしませんね。お陰で若い侍女が"御手付き"になれるのではと勘違いするので、私としては早く身を固めていただきたいのですけど……」
立場も容姿も性格も良いとなると、周囲の女性が放っておかないとは思うが、リィゼやミリアのような立場でも浮ついた話は聞かないらしい。
性格が良いからこそ、女性を軽々に扱わないのかもしれないが、王族でかつ二十歳を過ぎてなお婚約者の一人もいないとなると、それはそれで少し問題ではある。
「リネットはどうなの?」
「わ、私ですかぁ~!?」
「そりゃ最後残ってるのはリネットだけだしぃ……」
「ですねぇ……」
「だよね~……」
「はうっ!」
このままうまく別の話題にすり替えられればと、リネットはうっすら思っていたのだが、残念ながらそうは問屋が卸さないようだ。
他の三人のニヤついた視線を一身に受け、リネットは仰け反りながら冷や汗を垂らしていた。
「いや、私はそういう男性は特に~……」
「「「まぁまぁ、そんなこと言わずに……」」」
「か、勘弁してくださ~い!」
そのあとも女子会は使用人たちが呼びに来るまで続いたらしく、部屋の外では時折リネットの悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。




