第六十二話 鍛冶師レッタ
鳥舎を出たあと、次に二人が向かったのは、鳥舎のほど近く、商店が集まっている地区の中でも、特に武器や防具を扱っている鍛冶屋などが集まった地域だ。
役場から戻ってきたピノを肩に乗せたエリナは、たくさんの商店の様子を興味深そうに眺めている。
ブレーヴェ村では、"商店"と言えば自身の実家でもある「ブレーヴェの樹」であって、それ以外には商店と言えるものはほぼ無かった。
だが、バルディアのような大きな都市では、たくさんの商店があることはもちろん、同種の商品を扱う商店同士が隣り合っている、なんてことも当たり前にある。そうなってくると、ただただ「良い商売」をしていればいいということではなく、「隣の店と自分の店では何が違うのか」という差別化を意識して商品のラインナップを調整したりしているわけだ。それはエリナにとってこれまであまり意識してこなかった観点だったこともあり、軽く衝撃を受けているのだろう。
「あっちはスタンダードにして若手や新兵向け、こっちは槍とかフルプレートの鎧をアピールしてるから、重装備の人たち向けかなぁ…」
「そういう意味だと向こうの店は弓の種類が豊富だし、防具類も軽鎧とかが多いから、後衛職狙いかもな。」
店頭に並んでいるものを見ていると、店ごとに異なる客層を狙っているということがよくわかる。またそれぞれの店で、入口には何かしらの絵が描かれた看板が下がっていた。槌や鉄床、剣や盾、色が塗られているものもあり、訪れる客が目印にできるようにということであろう。
ルカとエリナは二人とも足を止めて戦うというよりは、動き回りながら戦うタイプだ。いろいろと見て回りながら、短刀や細剣、片手剣、軽鎧といった、比較的軽量な部類の装備品を多く扱っている店を探すことにした。
そうやって通りの左右に並ぶ店を眺めながら歩く。
「なんだろう……閉まってる店、結構あるよね。」
これは別に装備品の店に限らないが、戦時などでなければ普通は平日は店を開け、休日は店を閉める。
だが、二人の歩く通りの左右に並ぶ店は半分弱が店を閉めていた。
「なんでだろうなぁ……」
ルカは立ち止まると、一度後ろを振り返って自分たちが来た道を眺めながら、少し考えてみる。
事情は全くわからないし、体調不良や店の事情で閉めている可能性もなくはないが、それにしてはその閉まっている店が多すぎるのは確かだ。
気にはなるが、ルカが考えたところで鍛冶屋や商店の事情がわかるわけではない。
閉まっている店については、忘れることにして、二人は通りの端の方まで進んでいく。
すると、不意に二人の前に小さな店が姿を現した。
店先に赤く塗られた炎の絵が書かれた看板が下がっている。
「……ここ、入ってみるか。」
「……ん? うん、いいよ。」
何があったというわけではないが、強いて言うのであれば「気になったから」だろうか。
ルカが店に入り、先を行く彼にエリナも続く。
「いらっしゃい! 紅火工房へようこそ!」
店に足を踏み入れると、奥の方から明るくハリのある女性の声がした。
赤茶色で短めに切られた髪は後頭部で纏められ、同じく赤茶色の瞳は大きく開かれて客である二人を見ている。
少し煤や灰の汚れが付いた白いタンクトップと、茶色のゆったりとしたカーゴパンツが包む体躯は何とも健康的だ。
女性にしてはかなりしっかりと筋肉がついていて、かなり筋力があることがわかる。同時に胸元も多くの女性が羨むくらいに張りがあり、タンクトップの下の存在感はかなりのものだ。一方頬には刀傷の跡があり、肩や腕といった露出している部分にも火傷の跡がいくつか見受けられた。
おそらく店主でありながら、鍛冶師でもある、ということなのだろう。
ただなんというか、目に光が無いというか、覇気がないというか、どこか空元気のように見える。
「(女性の鍛冶師か……珍しいな)」
旧時代でも鍛冶師といえばそのほとんどが男性であり、それは今の時代でも同じだ。
赤熱した金属の塊を重い槌でひたすら叩くという重労働は、どうしても体力的な問題から女性が継続して行うことが難しい部分がある。
結果として業界は男性過多から男性偏重になり、残念なことに女性に対する風当たりは強くなるのだ。
それでも店を構えられるほどの腕を持っているということは、どこかで誰かを師と仰ぎ、その師の下で一通りの修行は行ったのだろう。
「こんにちはー」
エリナは店主の女性に挨拶し、店内をぐるりと見回している。
「エリナ、気になるものがあったら言ってくれ。俺も少し見て回るよ。」
「うん、りょうかーい。」
エリナがナイフやダガーなどの短刀類が並んでいるコーナーへ行ったのを見て、ルカはショートソードなどの刀剣類が並んでいるコーナーへ向かった。
ショートソード、レイピア、サーベルなど、様々な剣が並んでいるものの中から、いくつか馴染みそうなものを手にとってじっくりと見てみる。
「(これは……)」
柄に巻かれている革などは悪くないのだが、刀身の素材になっている鋼の質がひどく悪い。練習用の素材かと見紛う程だ。日用品なら良いが、自分の命を預ける武器にするとなると躊躇われるほどの粗悪さだとわかる。
だが、逆に作りに関しては、思っていたよりもかなりいい。
刃は綺麗な線を描いていてヨレたりはしていないし、柄や鍔なども丁寧に仕上げられていた。
切先から柄頭までの重量バランスも良く、重心はちゃんと中心線上にある。
「(悪くない……)」
「あのさ……」
手にした剣をかなりゆっくり見ていたのが気になったのか、女性が声を掛けてきた。
普通であれば店の商品を売り込む場面だと思うが、何故だか少し表情が堅い。
「熱心に見てもらってるけど、うちの商品はどうだい?」
「どう……とは?」
一瞬質問の意味がわからず、そのまま返してしまう。
買うかどうかが聞きたいのか、良し悪しを聞きたいのか、それとも他の何かか。
「いや何と言うか……店の商品は全部アタシが打ったんだけど、えらく真剣に見てるもんだから……」
買うかどうか、ではないらしい。自身が作ったと言うのであれば、聞きたいことは剣の良し悪しか、それとも自分、つまり「女」が作ったことについての探りか。
ルカ自身、武器の作り手が男か女かというところにこだわるつもりはない。確かに人数は少ないが、旧時代にも女性の鍛冶師や刀匠で有名な人は居たわけだし。
店のラインナップを見ればなんとなくわかるが、おそらく彼女は重いものや大きいものが得意ではないだけで、軽いものや小さいものを扱う方が合っているのだろう。それは体格や筋力、持久力の無さから来ているのかもしれないが、言い換えてみれば鍛冶師としての「個性」とも言える。つまり「小さく軽いものが得意」なだけだ。
ルカはどう答えるか、少し唸ってから、手に持っていた剣に目を移し、そのまま口を開く。
「そうですね。まだ他の店を見ていないので他店との比較はできませんが、腕は悪くないように見えますよ。細かいところは丁寧ですし、刀身に歪みもなさそうです。お陰で重心やバランスが良い。ですが……」
ルカは正直な評価を口にしたが、最後に少し言い淀んだ。
ルカを見ていた彼女の視線が、少し逸れる。
「……鋼の質が――」
「悪い、か……」
「えぇ。」
自分で答えを口にする。ということは、彼女自身、鋼という素材の質が粗悪であると理解しているということだ。つまり、仕入れの時の目利きの問題ではない。
となると、問題は違うところにある。おそらく彼女は他の工房が仕入れを行った後に残った、質の悪い鋼しか回してもらえないのではないだろうか。
「(腕は悪くないのに、もったいないな……)」
もしかするとルカが思っているよりも、周囲の鍛冶師の方が腕が良く、彼女が未熟だから質の良い鋼が入手できなくなっているという可能性もなくはない。だが、道すがら眺めてきた店のことを思い出してみてもその可能性は低いように思えてならない。
その時、ルカはふと思い付いた。腕は悪くないのに素材が悪くて商品価値が低いなら、「腕だけ」振るってもらえば良いのではないか?
素材の入手ルートに問題があるのであれば、こちらから渡してしまえばいい。
といってもルカとエリナが質の良い金属の鉱石などを持っている訳では無いのだが、ルカは少し考えてから、おもむろに自分のバッグに手を突っ込んだ。
店主から見えないようにバッグの中でアイオン・バングルの異空間から布にくるまれた棒状のものを取り出し、あたかもバッグから取り出したかのように引き抜く。
「すいません、これを。」
差し出された包みを受け取った店主が布を解くと、そこにあったのは折れたショートソードだった。
それは、異形化したエディルとの戦闘中に折れた一振りである。
このショートソードも量産品ではあるが、マリウスが仕入れ品を見直し、軍の新兵に支給されるレベルのものを調達してくれていたこともあり、その素材である鋼も並程度の品質はあるのだ。
「これは軍の支給品で良く見かけるやつだね。アンタが使っていて折れたのかい?」
「ええ、先日戦っている最中に。今同じものの予備はあるんですが、新調したくてこのあたりの店を見て回っていたんです。」
「そうなんだね。それにしてもこんな折れ方をするような戦い方をするなら、うちの武器じゃあ……」
破断した剣の断面やガタつきが酷い柄、ボロボロの鍔の状態を確認しながら、彼女はその表情を曇らせた。
自分の店で扱える鋼では、ほとんど耐えられない。そう感じたのだろう。
「そこで相談なんですが、その剣を打ち直してもらっても鋳潰してもらっても構いませんので、その鋼を使って新たに一振り打ってもらえませんか?」
「えっ?」
突然の提案に、彼女は目を見開いていた。
「その剣の鋼もそれほど良いわけではありませんが、ここに並んでいるものよりはマシに見えますので、これをもとにして剣を打てば少し良いものを作れるんじゃないですか?」
「そうだね……うん、できるよ。アタシが調達できるくず鉄よりは随分良い鋼だし。……でも本当に良いのかい?」
「ええ、是非。そもそも折れたままじゃ使い物になりませんし、ダメならダメで何とかしますから、気にせずやってください。」
手元の折れた剣に視線を落としながら、彼女は頷いた。
先ほどまでは、燻って消え入りそうだった瞳の奥に、少し光が差す。
「わかった! 是非やらせておくれ!」
「こちらこそお願いします。エリナー! ちょっと来てくれー!」
ルカは短刀類を眺めているエリナに声を掛けた。
「んー? 何ー?」
「エリナのダガー、あれ出してくれ。それも打ち直してもらおう。」
「あ、買わずに作ってもらう感じ?」
「まぁそういうこと。」
こちらに来たエリナから刃毀れだらけでボロボロになったダガーを受け取り、店主に手渡す。
その後、ルカとエリナは店頭の商品からそれぞれがこれと思う一振りを選び、それと同じ形をベースに打ってもらうことにした。
完成するまでに一週間ほどかかるとのことなので、その間のことを考えて、同じものも買っておくことにする。
ルカはスタンダードなショートソード、エリナは片刃のダガーで柄頭に指を通せる穴の開いたものを選び、それぞれの料金と打ってもらう二振りの加工料を確認する。
「ショートソードとダガーで金貨一枚、打ち直す方のショートソードとダガーは……いや、こっちも金貨一枚で……全部で金貨二枚でどうだい?」
「うーん……ちょっと安すぎませんか? それだとその折れたショートソードとダガーを買ったのとほとんど変わりませんよ?」
金貨一枚に満たないような剣など、それこそブレーヴェ村で使っていたようなものくらいであって、普通は一振り金貨数枚はするものである。
素材の悪さのせいで価値が下がるのはわかるが、加工技術の腕を考えればもう少し高く設定されてもいいはずだ。
「いや、それだけ出してもらえるだけの価値があるか、まだ自信が無いんだよ。だからこの値段で進めさせておくれ。」
少し伏し目がちに言う彼女を前に、ルカはエリナと目を見合わせ、苦笑いする。
「じゃあまずは金貨二枚をお支払いします。来週出来上がりを見せてもらったらその時に改めて、ということで。」
「そうしてもらえるとありがたいよ。じゃあこっちは預かっとく。そうそう、アタシはレッタって言うんだ。話し方もお堅いのはむず痒いから普通にしておくれ。」
「わかった。そういうことなら、気楽にさせてもらうよ。俺はルカ、こっちはエリナ。来週改めて来るから、そっちの方はよろしく。」
ルカはレッタに金貨を二枚支払い、エリナと共に店をあとにすることにした。
他にもサブウエポンや予備の武器、防具なんかも見たかったのだが、今日のところは諦めた。というのも、ショートソードとダガーはいわばオーダーメイドなので、重量バランスや調整して欲しいポイントなど、いくつか要望を詰めていたら、すっかり夕方になってしまったのだ。
とはいえ、レッタがショートソードとダガーを完成させるのに一週間程度かかるわけだし、その間に見て回ることにして、今日のところは赤旗館へ戻ることにした。
少し暗くなり始めた街を、エリナはルカの横で、ピノを鳥かごに入れ、胸元に抱えるようにして歩いている。
「レッタさん、なんだか大変そうだったね。商売って売れなきゃ困るんだけど、同じくらい仕入れも重要なのに……」
彼女自身はどうして紅火工房の調達できる原料が粗悪なものしかないのか、理由を話すことはなかった。
思うところがないわけではないが、詳細を打ち明けられたわけでもない以上、ルカたちとしては如何ともしがたい。
「まぁ客に話してどうにかなるものでもないし、自分の問題だからって話さなかったんだろうな。と言っても原料の問題であの腕が燻ったままになるのは、城塞都市としても損失だと思うけど。」
「だよねぇ……」
「ピィ……」
エリナの反応に合わせてピノも反応する。
わかってるのかわかってないのか……いや、わかってないんだろうけども。
「とりあえず、今日は帰るか。」
「うん。お腹空いたしね。」
「ピッ!」
若干のモヤモヤを抱えたまま、二人と一羽の影は日暮れ時のバルディアの雑踏の中、赤旗館の方角へと消えていったのだった。




