第六十一話 ピノ
いろいろと眺めたり目移りしたりと、バルディアを半ば観光気分で散策しながら、二人は役場までやってきた。
ロビーを通り抜け、ぐるりとあたりを見回すと傭兵業向けのカウンターはすぐに見つかった。
受付待ちの列はそれほど長くはなく、カウンターの向こうに座る担当者も特に慌てるでもなく粛々と処理を進めているように見える。
そのせいか、二人もそのまま列の最後尾に並んだものの、ほとんど待つことなく自分たちの順番が回ってきた。
「おはようございます。本日はどのようなご要件でしょうか。」
「おはようございまーす! 今日は依頼達成の報告と報酬の支払いをお願いしに来ましたー!」
二人はカウンター越しにそれぞれの依頼の達成について記された書面と各々の傭兵タグを提出する。
エリナの元気の良さに若干圧倒されながらも、担当者は二人の提出した書類を受け取り、さっと目を通す。
「えーっと、依頼主と依頼内容は……はっ!? あ、いえ、すいません……手続きしますので、少々お待ちください!」
書面に書かれた依頼主と内容に、驚いたようで、担当者は少し緊張した面持ちで処理を始める。
王女殿下付き護衛騎士団からの護衛随行依頼とその達成、加えてめざましい働きに対する追加報酬付きとなれば、書面を持ってきた二人が貴族や王族と関係があるとは思えない若い男女とはいえ、迂闊な扱いはできないと焦っているのだろう。
「あー……依頼主と内容が私たちの見た目と合ってないもんね……」
見るからに慌てた様子の担当者を横目に、エリナは少し申し訳なさそうに苦笑している。とはいえそれは不可抗力なのでどうしようもないのだが。
「えっと、基本報酬がこれで……追加が、これで……不備は……大丈夫っと。」
あれこれと手続きやチェックを進め、程なくして担当者は一度奥に引っ込むと、報酬の貨幣と傭兵タグをトレーに載せて戻ってきた。
「お待たせしました。こちらがルカ様分、こちらがエリナ様分の報酬となります。」
ルカは本来の報酬の金貨五枚と追加分が三枚、エリナは本来の報酬の金貨一枚と追加分が一枚、これが今回の報酬だった。
ノアの話によれば、本来はもっと出すべきなのだが、リィゼがお忍びで動いていたなどの事情もあり、正規の方法で支払う金額としてはこれが限界なのだそうだ。何かしら考えてくれるという話も聞いてはいるが、ルカはあまり期待しないようにしていた。というよりは、相手が相手だけに少し距離があったほうが良いと考えているだけだが。
「ありがとうございます! あ、あともう一つあるんですが……」
傭兵タグと報酬を受け取りながら、エリナが少し申し訳なさそうに一通の封書を懐から取り出した。
「(もう一つ?)」
「あ、はい、何でしょうか……?」
ルカは自分の知らないものが出てきたことに怪訝そうな表情だが、担当者は特に気にする様子もなく、エリナから封書を受け取る。
担当者は封蝋に刻まれた印影に「今度は護衛騎士団……」と小さく呟きながら、中の書類を取り出し、書かれた内容に目を通し始めた。
「あぁ、ネクサバード所有の許可と登録ですね……えっと、諸経費を全部護衛騎士団が負担ですか……」
「ネクサバード?」
「あ、ルカにはまだ言ってなかったよね……例の"ルカ目当ての誰かさん"のことで何か情報を思い出したら、すぐにセオ様たちに知らせられるようにするために、所有の許可をお願いしたの。」
ルカ目当ての誰か、つまり「ルカの行動監視」をエディルに指示した何者かのことだ。
そもそもルカの存在を知る者自体が指折り数えるくらいしかいないこともあり、ルカには心当たりが無い。だが、ルカの行動監視について言及したのがエディルであり、そのエディルが「殿下は邪魔だから消えてもらう」と言っていた以上、ルカの行動監視をする者とリィゼを消そうとする者は同一である可能性がある。
セオたちとしてはヒントを持つ可能性があるルカから情報を聞き出したいが、ルカの知る限りそのような相手はいない。この状況を無理やりにでもまとめるためにエリナが取った手段が「ルカの記憶喪失疑惑」の提示だった。そしてセオたちから離れ、ルカと旅を続けるために「ルカが思い出し次第ネクサバードで連絡する」という"鎖"を自らに掛けたのである。と言っても追加された条件と言えば「エリナがリィゼと敵対しないこと」くらいで、"鎖"としては何とも緩いものではあるが。
「なんていうか……悪いな。」
「あぁ、いいのいいの。私にとっては結構メリットあるからさ。」
手を目の前でひらひらと振りながらエリナが答えた。
そのまま少し身体をルカに寄せて、小声で耳打ちする。
「ネクサバードが使えれば、旅先から自分の好きなタイミングで村や殿下に手紙を送れるしね。」
「殿下と文通か……何とも凄い交友関係が出来たもんだな。」
前半はいいとして、後半は他人に聞かれるとマズい。自然とルカも小声になる。
「というかエリナは文章を書くの、大丈夫なのか?」
「うーん……」
ふと気になって聞いてみると、エリナの表情がみるみる渋面になっていく。
「難しい言い回しとかがなければ……」
この世界、特にヴェールスフィア王国の識字率は決して悪くはない。それは王侯貴族のような家庭教師を付けられる家や、王立学園などに通っている者以外にも、役場や教会などが子どもたち向けに行っている「週末教室」というものがあるからだ。
概ね五歳から十歳くらいまでの間、簡単な文字や計算、近隣の地域の地理や風土といった物事に関する教育がなされている。
だが、これはあくまでも「簡単なお勉強」であって、「週末教室」は高度な学問を教える場ではない。
エリナは実家が商売をしていることもあり、多少文章や計算に慣れているとは言っても、王侯貴族が手紙に書くような言葉や言い回しまではついていけないのだろう。
「まぁどうしてもって時はわかる範囲なら教えるよ。」
「うーん……いや、嬉しいんだけどさぁ……ルカってほんと何でもできて羨ましいというか、恨めしいというか……ずるいよねぇ。」
「いや、何でもできるってわけじゃ……」
何故だか微妙に半眼になったエリナになじられ、苦笑いしていると、カウンターの向こう側から遠慮がちに声が聞こえた。
「あのー……」
「あ、はい!」
「ネクサバードの登録申請ができました。バルディア西砦横に辺境伯領管轄のネクサバードを管理している鳥舎がありますので、そちらで許可証を提示してください。」
そう言って、担当者はエリナにネクサバードの所有許可証を手渡した。カードサイズのそれにはエリナの名前と許可を出した者、今回はセオの名前と、そして登録処理を行った役場の印章が刻印されている。
「鳥舎では飼い主のいない子を一通り見せてくれるので、その中から相棒にする子を選んで名前を付けてください。そうすると担当者から登録証を渡されますので、その登録証を自身の選んだ子に役場まで運ばせれば登録処理は完了です。」
「はーい! ありがとうございました!」
担当者に感謝を伝えた後、ルカとエリナは軽い足取りと共に鳥舎へと向かっていった。
「か、可愛い~~!!」
目の前には大きなカゴ。
その中には、体長十五センチ程度の色とりどりの鳥が十数羽入っており、歩き回ったり小さく鳴いてみたりと、その魅力を存分に放出している。
もちろんその魅力にノックアウトされているのはネクサバードの所有許可証を手にしたエリナだ。
役場を後にした二人は、その足でバルディア西砦の横にある鳥舎を訪れていた。
ネクサバードは通常、各地の領主が管轄する鳥舎で飼育され、その中から所有許可証を持つ者に保証金と引き換えに譲り渡される。
その際どの個体が誰の所有となったかは登録証に記録され、役場へ「初仕事」として登録証を運ばせることで登録完了となるのだ。
だが、可愛いものが好きな人間にとってはここで一つの大きな壁がある。それは――
「こ、この中から一羽だけ選ぶなんて……できないっ!」
ということである。
結局選ばないといけないのだが、あの子も可愛い、この子も可愛い、となると、必然的にどんどん時間は経過していくわけで、エリナもその表情をゆるゆるに緩ませながらかれこれ三十分ほど迷っていた。
おかげで担当者の表情はそろそろ感情を失いそうである。
「エリナ、気持ちはわかるけど、担当者さんも困ってるから、そろそろ決めてやってくれ……」
「そ、そんなぁ……」
そうして半分泣きそうになりながらも必死になって若いネクサバードたちと向き合うことさらに一時間、エリナはようやく自身の相棒となるネクサバードを一羽選んだのだった。
エリナが選んだのは綺麗な青碧の羽をした個体だった。体長は平均よりも一回り小さく可愛らしい。
「はぁ……やっと次に進めます……」
若干、いやかなりげんなりした様子の担当者は、小さく愚痴を零しながら、エリナが選んだネクサバードを革でできた手袋をした手でカゴから外に出した。
ネクサバードは担当者の革手袋の上に大人しく止まって、時折小さく鳴きながら担当者を見ている。
「さて、最初は貴女の手に止まらせますので、手をこちらに。最初は手のひらを上にしておいてください。」
担当者に言われるまま、エリナは手を差し出した。
差し出された手に、担当者がネクサバードを近づけてやると、何度か小首を傾げるような仕草をした後、ひょいとエリナの手のひらに乗り移った。
「わぁ……」
瞳を輝かせてネクサバードを見つめるエリナをよそに、ネクサバードはエリナの手のひらにくちばしをそっと付けてじっとしている。
「今貴女の匂いを覚えているところなので、手のひらからくちばしを離すまでじっとしていてください。」
「はい……というか、私素手なんですけど、手袋しなくても良いんですか?」
少し不思議に思ったエリナが担当者に問いかけると、担当者はネクサバードの様子を注視したまま答えた。
「ええ、ネクサバードが生まれて初めて見た相手を"親"と認識するのはご存知でしょう? 同じように初めて匂いを覚えた人間も"家族"として認識するんです。なので、誤って我々が"家族"になってしまわないよう、鳥舎で働く者は世話をする時に革手袋をするんですよ。」
「へぇ~……」
「あぁ、匂いは覚えたようなので、ゆっくり手の甲が上になるようにひっくり返してください。」
担当者の話を聞いているうちにネクサバードはエリナの匂いを覚えたのか、手のひらからくちばしを離し、またもや小首を傾げながらエリナの顔を見上げている。
エリナがゆっくり腕を返すと、ネクサバードはその腕の動きにあわせて落とされないように器用に腕の上を歩く。
小さな足を一本一本出す度に「ピッ! ピッ! ピッ! ピッ!」と小さく鳴く姿が堪らない。
「(かっ……可愛い……!!)」
心臓を撃ち抜かれ、メロメロになっているエリナをよそに、担当者はネクサバードの足に付ける小さなリングと手紙などの荷物を入れる革袋、その革袋を背中に固定するためのハーネスを取り出し、革手袋のまま慣れた手つきでそれぞれのパーツをネクサバードの足と胴に取り付ける。
リングは白銀色の金属の部品と革紐でできていて、足を通してから外れてしまわないように絞って止められるようになっているようだ。
「では、この足につけた金属なんですが、わかりますか? それに触れてみてください。」
「え? あ、はい……」
手の上のネクサバードの人間から見ると小さいし、足も細いため、触るのは少し躊躇われる。
エリナが恐る恐るリングの金属部分に触れると、白銀色だった金属が、ゆっくりと少し暗い灰色に変化していく。心なしか光の反射も弱くなったように思える。
「はい、もう大丈夫ですよ。この金属は最初に触った人の感応覚の波長を取り込んで記憶するという性質がありましてね。ネクサバードは"家族"の感応覚の波長を感じていると、安心して落ち着くんですよ。まぁなくても大丈夫ではあるんですが、"家族"とは言え最初はまだ関係性が薄くて逃げてしまうこともありますから、一年くらいの間はこのままにしておいてやってください。ちゃんと世話して可愛がっていれば、逃げたりすることはなくなりますし、"家族"の言うことをよく聞くようになりますから。」
「そうなんですね……わかりました。頑張ってお世話します!」
返事は元気で良いが、おそらく説明はちゃんと聞いてないだろう。
目線は自分のネクサバードに釘付けだし、おそらく心の中では「可愛い!」と叫び倒しているのではなかろうか。
ルカと担当者は顔を見合わせると、苦笑いを浮かべていた。
「代わりに私が聞いておきます……普段の世話とかは何か気にすることはありますか?」
「いいえ、ネクサバードは元々とても頭が良く、人の手を煩わせることはほとんどありません。ある程度自然の豊かな場所であれば、食事なんかも適当に食べられる昆虫などを見つけて食べますし、糞尿の類も放し飼いなら飼い主が困るような場所にはしませんよ。食料の確保が難しそうな時は穀物の実を、生肉や干し肉を戻したものを与えるのであれば、細かく刻んで与えてください。身体も小さいですから量はそれほど要りません。」
「街中ではカゴに入れたりする必要はありませんか?」
「場所によりけりですね。平民街などでは不要ですが、貴族街や軍関連施設、特に領主様や王侯貴族の方々の居城に連れて行く必要がある場合は、専用のカゴに入れておかないと諜報員だと疑われたりしますので、注意してください。」
ネクサバードに首ったけになっているエリナを横目に、ルカが担当者の説明を聞いていく。
確かに遠方への連絡手段として使われる鳥なのだから、機密情報や敵対勢力が知りたがるような情報が多い場所へはそのまま持ち込むのはマズいのだろう。
専用のカゴについては、部屋の一角にいくつか置かれており、担当者の話ではカゴの費用も護衛騎士団から貰っているとのことで、好きなものを選んで良いということだった。一応エリナに声をかけてみたものの、返ってくるのは生返事ばかりでこちらに来て選ぼうとする素振りもない。仕方なくルカは勝手に選ぶことにした。
「あの様子じゃしばらく話にならなさそうですね……まぁ、私が選んだものが気に食わなくても文句は言わないでしょう。どうしても嫌ならそのうち買い直しますよ。」
そう言ってルカはいくつかのカゴを手にとって眺めると、ラタンという木のツルを使って作られたカゴを選んだ。
細かく編み込んで作られた土台と、ある程度隙間のある網が上部を囲んだような形だ。中にはとまり木として木の棒が取り付けられていて、カゴの床部分はカゴの横からスライドして取り出せるようになった木皿のような板があり、取り出して排泄物を洗い流せるようになっている。形状は釣鐘型とでも言えば良いだろうか。卓上などに置くことも、何かに吊り下げることもできるようになっていた。
「さて、後は名前を決めていただいて、登録証に記入したらそれを役場まで運ばせれば手続は終了です。」
「だってよ。」
「えっ? 何?」
「……ピ?」
担当者とルカの声に、エリナと彼女の腕の上のネクサバードがこちらを向いた。
同時に小首を傾げてこちらを見ている。
「名前だよ……というかおんなじ動きして、もうだいぶ懐いてるな……」
「え? あぁ、名前ね! ちゃんと考えてるよ。」
「本当かよ……」
半ば呆れ気味のルカをよそに、エリナは両手を腰に添えて胸を張った。
ネクサバードもエリナの肩にひょいと移動し、何やら胸を張るような仕草をしている。
……仲良しか。
「で、名前は?」
「ピノ、だよ。ピッって可愛く鳴くから。ね~?」
「ピ~!」
「……仲良しか!」
仲が良いのは構わないが、この短時間にどれだけ意気投合したのか。
ルカが突っ込んでいる横で、担当者は登録証にピノの名前を書き込んでいる。エリナのネーミングセンスについては気にしないことにしたようだ。
ピノの名前を書き込み小さく折り畳まれた登録証をエリナに差し出す。
「ではこの登録証を背中の革袋に入れて、役場まで飛ばしてやってください。」
「あ、はい。ところで行き先って教えなくても大丈夫なんですか?」
受け取った登録証を、腕の上に止まらせたピノの背中に付けられた革袋に収めながら、エリナは問いかけた。
考えてみればどうやって行き先を指定しているのか、ネクサバードがどうやって行き先を理解しているのか、そういった話を聞いた記憶はない。
「役場は卵から孵化してから何度か行き来させて教え込んでいるので大丈夫ですよ。その他の行き先も特に教えなくて大丈夫です。貴女がよく知る相手のところであれば、勝手に見つけて向かいますので……感応覚の波長を理解する能力があるくらいなので、感応術的な何かで飼い主の記憶から、行き先である相手の感応覚の波長か何かを読み取っているのだ、などと言われています。詳しいことはわかっていませんけどね。」
「そうなんですね! ピノ、凄いねぇ~」
「ピピッ!」
登録証を収めた革袋の蓋を閉め、エリナはピノの頭を指先で撫でながら窓際へ進む。
「よぉし。じゃあピノ、登録証を役場の担当者さんのところまでお願いね。さぁ! いってらっしゃ~い!」
窓からピノの乗った腕をそっと伸ばすと、ピノは躊躇うことなく大空に向かって飛び出していく。
と言っても役場は徒歩圏内だ、ピノはすぐに役場の方へ向かって旋回し、建物の向こうの方へ急降下しながら消えていった。
「さて、これで登録に関する処理はすべて終わりです。役場からはすぐに帰ってくるでしょうし、飼い主の場所は自分で見つけて戻ってくるので、このままお帰りいただいて大丈夫ですよ。」
「はい! ありがとうございましたっ!」
「長々とありがとうございました。」
二人は担当者に礼を言い、ルカの選んだ鳥かごを手に、鳥舎を後にしたのだった。




