第五十五話 天幕の会議
日が西の山の向こうへ沈み、野営地の周囲に夜の帳が降り始めたころ。
ミリアが身体を休めている天幕には、ミリア本人の他に、ルカやエリナ、アーヴに加え、リィゼ、セオ、ノア、リネット、そしてテオバルトの九名が集まっていた。
治療の時にミリアが横になっていた簡易寝台や、周囲の地面など、彼女の血などで汚れていた部分はすっかり綺麗に掃除されており、今は普通の天幕とさして変わらない状態になっている。
天幕の中央には縦二メートル、横一メートル程度の質素なテーブルが置かれており、正面奥にはリィゼが椅子に腰掛け、その左にセオ、右はノアが立っている。
ミリアは右奥の簡易寝台に腰掛け、大事を取ってテオバルトが近くに控えていた。
ルカの治療によって、怪我自体は完治し、身体の中の状態もかなり正常に近いところまで持ち直してはいるが、それでも死ぬ一歩手前まで行ったことは確かだ。さすがにリィゼの世話をしたり、歩き回ったりできるところまでは回復していないのだろう。
またセオの手前にはアーヴ、ノアの手前にはリネット、テーブルの手前側の左にルカ、右にエリナが立っている。
ルカがぐるりと視線を巡らせると、不意にミリアと目があった。
にこりと微笑むと、腰掛けたままではあったが、ゆっくりとこちらへ頭を下げた。
あの場にいなかったノアやアーヴの手前、あれこれと口に出すことはできないが、謝意だけはちゃんと示しておきたいのだろう。
ルカも笑顔で会釈だけを返しておく。
すると、セオが天幕内をぐるりと見回し、おもむろに話を切り出した。
「皆、心身ともに疲れているところすまない。集まってもらったのは他でもない、今回のことについて、皆の記憶が新しいうちに情報の整理を行うためだ。できるだけ短く終わらせようとは思っているので、少し協力を頼む。」
セオは天幕に一部の人間だけを集めた理由を説明したあと、小さく頭を下げた。
「では早速始めよう。見聞きした事実を並べることが基本だが、推測や憶測を含め、有用な意見も聞いておきたい。まずどの時点から話すかだが……」
「その前に、エディルという人物について、簡単で構いませんのでご説明願えますか? 私もアーヴもエリナも、ブレーヴェ村からの彼しか知りませんので。」
会議の冒頭、セオが進行し始めようとしたところで、ルカが割って入った。
おそらく今回の一連の事件について、避けて通ることのできない人物だ。この場にいる者たちからの見え方や評価は聞いておきたい。
困惑していたり、怒っていたりと皆様々だが、少し間を置いて、セオが口を開いた。
「そうだな……では私から簡単に説明しよう。」
セオはあまり感情を表に出さず、淡々とエディルの略歴を語り出した。
曰く、エディルは今から四年前、本人が十八歳になるのと同時にヴェールスフィア王国の新兵として軍に入ったらしい。
いつもの軽いノリで同僚や上司とも良好な関係を築き、配属された部隊内での立ち位置をかなりスムーズに確立していったという。
身体の線が細く、武術の力量もそこそこでしか無いものの、武器の種類に目立った得手不得手が無く、徒手空拳も含め、何でもそれなりに扱ってしまうという"特技"があった。
セオやノアのように剣技に秀で、騎士として優秀というわけではなかったが、「何でも得手不得手なく扱える」というのは、護衛時の状況を選ばないという意味で、有用と考えられたのだ。
リィゼが晩餐会などに出席する際、護衛と言えども帯剣の許されないシーンは少なからずある。そうなった時、素手でもその辺りにある「武器にできそうなもの」でも扱える才能は、護衛として「優秀」であった。
結果、軍への入隊から二年後には騎士へ、さらに翌年にはセオとノアに続く三人目の護衛騎士として任命されることになった。
「入隊後の経歴だけであれば、特段怪しいところはなかったな。大きなトラブルを起こしたという報告も無ければ、周囲に恨みつらみや考えていることを吐露していた様子も無かったようだ。普段からヘラヘラとよく喋る割に、酒の場などでは聞き上手だとも言われていたな。」
「そうでしたか……わかりました。参考にさせてもらいます。」
セオからエディルの人となりや略歴について簡単に聞かせてもらい、いよいよ一連の事件についての話題となった。
「さて、まずは現状の確認だ。死者はエディル自身を含めて三名、負傷者は六名。後は馬車を失うことになった。死者の遺体についてだが、手隙の者を向かわせ、三名とも埋葬済みだ。」
そこでルカはふと気になったことを口にした。
「すいません。死者は三名とも埋葬済みとのことですが、エディルの遺体はエディルだと判断できたのですか?」
「どういうことだ?」
ルカの発言の意図が読めず、セオは怪訝そうに目を細めた。
「いえ、私がエリナを助けに行き、現地に到着した時、エディルの姿は全身が赤黒く、上半身が異常に肥大化していたこともあって、最初は人間とは思えませんでした。エリナに言われるまで、私はその生き物がエディルだと判断できなかったんです。」
「いや、そのような報告は受けていないな。両腕を失い、背中側から一突きにされたエディルの死体があったとだけ聞いている。」
「セオ隊長。それについては、私たちも見ています。信じられないことですが、私たちとの戦闘中に突然そのような容姿に変貌しました。」
ルカの説明を補足するようにリネットも口を挟んだ。リィゼやミリア、エリナも頷く様子を見せている。
「ふむ。この目で見ていない以上、にわかには信じがたいが、目撃者もこれだけいるとなると事実だったのだろうな。しかし向かわせた者は特に異常を報告していないということは、ルカ殿とエリナ嬢が去った後に何らかの理由で姿が戻った、ということか。」
「ちょうど話題に上がったことですし、一度エディルの異変……"異形化"とでもしましょうか。これについて情報を整理しておきましょう。」
ノアからの提案は特に異論もなかったようで、一旦「異形化」について情報を出し合うことになった。
「最初の異変は私が刺された直後でしたね。」
少し小さくかすれていて、辛そうにはしているが、はっきりとしたミリアの声。
「彼はどこか……ほんの少しでしたが、その場にいない誰かと会話しているように見えました。」
あの時の様子はどうだったか。リネットもリィゼも少し上を見るようにしながら記憶の海を探る。
「確かに、そんな様子でしたね。"お前、何しやがった"と。あとは――」
「"アシェラ"、と。」
リネットの言葉に続くように、リィゼが零した。
「"アシェラ"、ですか……人の名前でしょうか。少なくとも私の知る王国関係者にはそのような名前の者はいませんが……セオ隊長、ミリア殿、心当たりはありますか?」
「いや、無いな。王城に出入りしている者であればほとんど知っているが、"アシェラ"などという名前は聞いたことが無い。」
「私も夜会や晩餐会など社交界の主要人物ならだいたいわかりますが、存じ上げませんね。」
ノアの確認に、セオもミリアも特に思い当たる人物はいないようだ。
アーヴに視線を向けてみるが、そちらも顔を横に振る。
「まぁ一旦人物だと仮定して、その人物の話は置いておく。荒唐無稽ではあるが、今は"エディルは見えない誰かと話し、その直後に本人の意図を無視する形で異形化させられた"としておこう。」
「では、異形化後についても話しておこうと思いますが、よろしいでしょうか。」
軽く右手を挙げ、ルカが切り出した。セオが頷くのを確認し、言葉を続ける。
「私の見た限り、まともな思考能力はなさそうでした。とにかく近くの動くものを無差別に襲う、そういった動きです。」
「それは私も同じ考えです。馬で逃げていくリィ……じゃなかった、殿下より近くの私の方に襲いかかってきましたし……。まともな思考能力が無いのもそうだと思います。ただただ真っ直ぐ突っ込んできて殴りかかってくるだけでした。おかげで何とか避け続けられたって感じです。」
エリナが途中うっかりリィゼの名を口にしそうになるのを言い直しながら、ルカの意見に同調する。
確かにあの動きはただただ真っ直ぐで単調だった。あの身体能力で思考能力が備わっていたとしたら、エリナは今頃この世のものではなくなっていただろう。
想像するだけでもゾッとする。
「そもそも、異形化って何なんでしょうか。人があのような姿に変わってしまうなんて……」
リネットが口元を押さえるようにしながら眉を顰めた。人はもちろん、他の生物であっても、あれほどまでに急激に姿形が変わることなどあるのだろうか。
「それについては、エディル自身も想定外だったようですし、私たちがいくら話し合ったところで推測の域を出ないでしょう。我々の知り得ない"何かしらの方法"があるのだろう、としか言えませんね。」
口を挟んだのはミリアだ。ああでもないこうでもないと話をしていても、議論が脱線するばかりで、正解にはたどり着かない。
であれば、異形化自体はわからないことが多すぎるのだから、早々に分かっている部分だけを共有して話を収めてしまおうということだろう。
「あと、戦ってみて気がついたんですが、身体が異様に硬かったんです。硬かったと言っても金属のような硬さではなく、肉体であることは確かなんですが、剣で切りつけても刃が入らない、という感じでしょうか。セオ殿やアーヴならわかると思いますが、黒狼のそれをより強固にした、そんな感じでした。」
「ふむ……確かにあれは他の似た獣とは明らかに違ったが、それを上回る、か……」
「ただ"似ている"ことが同種のモノかどうかは判断できません。私はどちらとも戦いましたが、奇妙な一致があるように感じられた、としか……」
「片や人間、片や狼ですからね。今のところ"同種のもの"として扱うのは早計に思えますが……」
ルカの発言にノアが返す。発言の内容はもっともだ。似てはいるが同じと断ずることはできない。
「そうだな。似たような例が続きでもしない限りは似て非なるものとしておく方がいいだろう。さて、異形化については一旦これくらいか。では次だが、エディルの目的や行動についてだ。」
セオは異形化についての話を切り上げ、エディルの目的や行動そのものについての話に話題を変えた。
「まずは、直接的にエディル自身が口にした内容や見かけた行動について聞きたいのだが……」
「でしたら――」
セオの質問に対して、ミリアが手を挙げ、口を挟んだ。
「まだ異形化する前に、今回の一連の行動が"オーダー"だと言っていました。姫様が邪魔なので消えてもらう、狼は運用試験、あと――」
ミリアはそこまで口にしたところで一度口を噤んだ。
「……あと?」
視線をルカの方へ向け、逡巡するような表情を見せた。
エリナ、リィゼ、リネットも少し困惑しているように見える。
だが、セオに促され、ミリアは意を決したように再度口を開いた。
「ルカ様の行動追跡を、と……」
「「「……っ!」」」
男性陣が驚愕の表情を浮かべ、視線がルカに集中する。
「ルカ殿、心当たりは?」
「いや、まったく……むしろこちらが聞きたいくらいです。そもそも彼と初めて会ったのはブレーヴェ村ですし……」
セオの問いただすかのような物言いに、ルカが困惑の表情を浮かべる。
もちろん嘘はついていない。確かにブレーヴェ村が初対面だし、初めて会話した時はエリナが廃棄予定の武器を運んでいるところにエディルが合流する形でルカやアーヴの元を訪れただけだったはずだ。
その後も依頼の話はセオかノアと会話していたのだし、エディルがルカの元を直接訪れたこともない。
ブレーヴェ村を出発してからも、立場上はルカとアーヴの所属している部隊の上長にはなっていたが、簡単に指示がある程度で行動監視につながるような素振りもなかったはずだ。
加えてそれ以前となると、ラボで覚醒後、ブレーヴェ村に到着するまでにアーヴに会ったくらいで、ルカにとってみれば、知り合いと呼べるのはアリス、エリナ、アーヴ、マリウス、セリーナ、リサ、陽だまり亭の主人と女将くらいしかいない。
「(監視するとしたら、アリス? でもアリスなら各地の施設と距離さえ近ければ会話できるし、会話できない場所だからというなら、エディルに連絡できているのもおかしな話になる。それにそもそもアリスが俺を監視下に置く理由が思いつかない……)」
どう考えても監視しようとする存在もその理由も思いつかない。
「あの……少なくともルカが村に来てから、ほぼ毎日一緒に行動してますけど、ルカからエディルの話は出ていませんし、会いに行ったりということもありませんでした。というか、私が重いものを運んでいる時に向こうから手伝おうかと言って近付いて来たくらいで、数えるくらいしか会っていないはずです。」
「村を出てからだと後方警戒の部隊で一緒にいたが、あいつは部隊に簡単に指示を飛ばすくらいで、ほとんど隊列の前方にいたからな。俺の目の届く範囲で二人になってたタイミングも無いぞ。」
「そういう意味では野営中も私と石壁の生成で行動を共にすることはありましたが、ルカ殿とエディルが一緒にいるところは見ていませんね。」
エリナ、アーヴ、ノアがそれぞれ自身の視点の話をするが、どれもルカとエディルの接点を示すものではない。
「逆に不自然なくらい接点がありませんね。おそらく"オーダー"というものを提示している者がルカ様のいる場所を押さえておきたいだけで、誰と何をしているのか、といったところまでは興味が無いのではないでしょうか。その行動を追跡しておき、然るべきタイミングで何らかコンタクトが取れるように、と。感応術士としてのルカ様が非常に優秀であることは我々も知っていますが、その者も同様に感応術士としての、もしくは我々とは違う視点でルカ様に価値を見出しているのかもしれません。」
「ふむ……確かに"オーダー"とやらでルカ殿の行動追跡を指示されていたのであれば、直接的にルカ殿とエディルに関係があったとは考えにくいか。ミリア殿の話の方がまだしっくりくるな。となるとその"オーダー"とやらを提示している者について、思い当たる人物や組織がいないか、ルカ殿には聞きたいところではあるが……」
「……いいえ、まったく……少し考えてはみますが……」
「ルカ殿、申し訳ないのですが、何とか手がかりだけでもお願いします。あらかじめ断っておきますが、ルカ殿がどうこうという話ではなく、個人であれ組織であれその者が提示した"オーダー"に殿下の殺害が含まれていることが問題なのです。その目的が何であれ、殿下を狙うなど許せるものではありません……」
ノアの表情や声音は明らかに怒りを含んだものだった。リィゼに危害を加えるなど許せるわけがないと拳を握っている。
ただ、ルカも考えてみるとは言ったものの、おそらく答えも手がかりも、何もわかりそうにない。
「そういうことだ。ルカ殿、何か気がついたら報告してくれ。些細なことでも構わん。」
「……はい、わかりました。」
ルカは思案するように右手を口元へ添えて俯くようにしているが、その表情はかなり暗い。
「さて、次だ。他は"殿下の殺害"と"狼の試験運用"だったな。」
ここで意見を口にしたのはまたしてもミリアだった。
「殿下の件については、"邪魔らしいので消えてもらう"という言い方でした。ですので、今回結果的に殺害を試みはしたものの、殺害に固執していたかどうかはわかりません。最悪幽閉や目的次第では降嫁などで王城や王都から排除できればそれで良かった可能性もあります……が、これも私の推測の域を出ませんね。」
「なるほど。まぁ殿下のお命を狙っていたこと自体が目的ではない、という可能性はありそうではあるな。だが事実として殿下を亡き者にしようとしたことは確かだ。我々はその可能性を念頭に置きつつ行動せざるを得ん。警備体制や人員配置はより慎重にせねばならん。はぁ……やはりこの手の話になるとミリア殿ばかりに頼り切りになってしまうな。宰相か軍師にでもなったほうがいいんじゃないか?」
「セオ隊長、ご冗談はおやめください。私は姫様の専属侍女以外、やる気はありませんよ。」
少し呆れたように言うセオに、ミリアも微笑みながら返す。
「そうね。私の大切な侍女をセオ様に取られてしまうと、妬いてしまうわ。」
ちょうど間にいたリィゼもミリアの言葉に嬉しそうに口を挟んだ。
「"狼の運用試験"についてだが、まず間違いなく黒狼のことだろうな。隊長さんとは戦闘後にも話したが、何らかの方法で突撃と撤退、進軍速度の調整、攻撃参加要員数の指定あたりの指示は受けていたと考えていい。部隊としての"運用試験"だった、と考えるのがしっくりくる。」
「あれだけまとまった数がいた以上、何者かが数を揃えて訓練しているのは確かだろう。黒狼単体の戦闘能力から見ても、しっかりと対策して戦わねばマズい相手ではある。今回は早い段階でアーヴ殿が遅滞戦を展開してくれたことと、ルカ殿が石壁を作ってくれたお陰で犠牲者は出さずに済んだがな。」
アーヴとセオはそれぞれ黒狼についての見解を口にした。そこへエリナが手を挙げた。
「あの……今朝、天幕から出た時なんですけど、ネクサバードを飛ばしているのを見かけました。本人は"到着した時のために歓待の準備を依頼してる"って言ってましたが、裏切りが判明した時に"ネクサバードまで使って襲撃タイミングを調整した"と言ってたので、黒狼を操っている人への連絡だったんじゃないでしょうか。」
「なるほど……であれば、やはりエディルと黒狼の線は繋がっていると見て良さそうだな。どのように調査を進めるかという問題はあるが、黒狼側の人間を確保できれば、エディルが裏で繋がっていた者の情報も何か得られるかもしれん。」
「そうですね。ただ調査自体はバルディアに着いてからギルベルト様にお願いしましょう。現在の状況や人員、資材などはあくまでもバルディアに向かうために必要なものしか想定していませんので、調査対応までは不可能です。」
エリナの情報からセオはエディルと黒狼側の背後関係に言及したが、それに対してノアは冷静に対応方針を意見した。
確かに現有戦力はリィゼの護衛のためのものであり、その他の行動を取るための余力はない。ギルベルト、つまりバルディアを治める辺境伯に自分たちの代わりに調査してもらうようにする方が現実的だ。
これには特に異論もなかったようで、セオは静かに頷いただけだった。
「さて、現時点で共有できそうなことはこれくらいのように思うが、皆話しておくべきことは他にないだろうか。敵性勢力に関する情報があると嬉しいのだが……」
「そうですね……あくまで参考程度ですが、おそらく今隊列の構成員を含め私たちの中にはエディルの協力者はいないと思います。本人は"いませんよ、この隊列には"と言っていたので、中にはいないが隊列の外にはいるのでしょう。黒狼とその関係者だけかどうかはわかりませんが。」
「そういう嘘ではないものの、言葉で人を惑わせるようなところはありましたからね。ミリア殿の見解は可能性が高いかと思います。」
ミリアの見解に、ノアが同意する。
これでおおよそこの場の面々の持つ情報はまとまっただろうかと全員が顔を見合わせたところに、これまで一切話すことなく控えていたテオバルトが口を開いた。
「これで終わりですかね? でしたらリネット以外は早々に退出をお願いします。ミリア様はまだまだ本調子じゃないんで、早く休んでいただきたいんです。」
テオバルト本人からすると身分や立場が上の者も複数いるのだが、怪我人のいる場ではどちらがより優先か、臆することなく意見できる胆力は大したものである。
「そうだな。ミリア殿、辛いところすまなかった。今夜はゆっくり休んでくれ。皆、この場での話は私とノアで取りまとめておくが、何か思い出したことがあれば後からでも教えてくれ。殿下のお世話については……」
「そんなこと気にしないで。一人でも何とかするわ。一人で難しそうなところは……エリナ、手伝ってくれるよね?」
セオが言い淀んだところで、リィゼはエリナの隣まで軽やかに移動すると、その肩をポンッと叩いた。
「で、殿下っ!? 私ですか? できますかね……」
「あとで私も行きますから、エリナさん一緒に頑張りましょう!」
「リネットさん……お願いします!」
目の前で繰り広げられる会話を見ていたミリアは、主君とエリナの距離感が少し変わっていることに気がつき、目を見開いた。
エリナを呼び捨てにしながら気安く肩を叩くリィゼ、教えられた偽名ではなく"殿下"と呼びつつも、緊張したり狼狽える様子の無いエリナ。
「(姫様、エリナさんに王女であることをお伝えになったのですね。そしてエリナさんはそれも含めて受け入れた……もしかすると仮初めではない、本当のお友達を得られたのでしょうか……)」
ミリアは目を細めて二人を眺めていた。願わくばあの二人の関係がこのまま長く続いてくれればいいと祈りながら。
「皆さん、私の話は聞いてましたかねぇ? 早く出ていってくださいよ。」
「「「あ……」」」
半眼で睨むテオバルトに指摘され、ミリアとリネット、テオバルト以外の面々はそそくさと天幕を後にするのであった。




